2025/08/23 のログ
ご案内:「平民地区~貧民地区」に影時さんが現れました。
ご案内:「平民地区~貧民地区」にさんが現れました。
導入 > ――宿屋街。

王都を拠点にする冒険者向けの宿屋が幾つも並ぶことから、いつしかそんな俗称が付いた一角が貧民地区に近い平民地区にある。
正式な名前ではない。だが、これだけ宿屋が軒を連ねるということは、需要があることの証左に他ならない。
住まいを買うのが億劫、賃貸住宅を契約するのも面倒とか言う筋金入りは、一部屋を何年も借りるとか借りないとか。
と、そんな筋金入りではなくとも、気づけば一部屋を長く借り続けているがひとつある。
それが最終的に、今日に到るまでの切っ掛けの要因とも云える。

○○を探せ。XXという恰好をしている――といった条件に合致する者のうち、近しい装いの者が出入りする例がこの場所にあったのだ。

此れが当たりとは限らない。雲を探すような曖昧模糊を確定的な情報にする際、また一つ切っ掛けが生じた。
要件に該当する格好と背丈の捜し者の出入りの情報が、さらに加わった。
深淵を覗くものは、深淵に潜むものに覗き込まれている、とも云う。格言めいた一節の如く、気づきが起こることで次の動きが生じるのだ。
即ち実行者の投入。俗に暗殺者ギルドと呼ばれる者達は、だいたい夜に来る。

黄昏を過ぎ、真夜中を過ぎ、丑三つ時。
酒場を梯子し、泥酔者が千鳥足で歩くのを見かけるも稀になる頃合いに、とある宿の前に一人、二人、さらに、と。集う姿がある。
揃いの衣装と云うわけではない。だが、夜の街に紛れやすそうな特別感もない男達だ。
感情も何もない、冷たい眼差しが「栄光の曙亭」という看板が掛かった三階建ての宿の二階をじっ、と見る。

『『…………』』

其処に誰が泊まっているのを知っているらしい素振りだ。窓際に何かの植木鉢を置いたそこは、或る男が長く泊まっている。
安い部屋ではない。それなりに高級かつ防音も整い、基本的な家具やシャワー、台所まで完備している。
そこに泊まる男が異邦風の黒装束を纏い、それと似た装いを着る小柄が出入りするようになった……という情報を突き止めた者が次にどうするか。
この宿に泊まる者達は、上澄みばかりではないが、多くは冒険者として実力を有する。
明かりが落ちているなら、就寝中ないし不在。後者ならば爆薬や罠等、確実に被害を与えると思う仕掛けをすればいい――と思っていたら、不意に男の声が響く。

影時 > 「……熱心なことだ。誰かお探しかね?」

宿屋の前、向かいの二階建ての商店の屋根の上に気配を潜め、のっそりと身を伏せていた者が立ち上がる。
静かな声を投げ落とすのは、動き易そうな黒基調の忍び装束に身を包んだ男だ。
肌色を晒している箇所はなく、頭もまた黒い頭巾を使って包み、額に鬼の角めいた突起が二つ生えた鉢金をつけている。
呪符を幾重に貼り込んだと見える手甲を付けた腕を胸の前で組み、地上に集う何者かを暗赤の眼差しで睥睨すれば。

「嗚呼、答えなくてもいい。探し者はあれと見えるが、――追わなくて良いのか?」

ふと、真横に伸べる手で通りの一角を差せば、見えるだろう。物陰から急に通りへ飛び出し、走っていく小柄の陰を。
この宿屋町から、貧民地区の方へと向かって行くのを捉える者たちには、幾つかの心理が働く。
この不審者を相手取るか、誰何するか、それとも些少なりとも賞金を総取り等して、身を立てたい等でも思うのか。
無言の者たちの総意としては、任務達成を最優先――としたらしい。通りを走り、壁を攀じ登り、屋根の上に飛び上って走る。

それを追い立てるように、忍び装束の男もまた走る。
予め打ち合わせ済みの動きだ。最近見え、毛玉達も感じた不審な気配、不穏な感情の匂い。
盗賊ギルドで集めた情報も含めて考えれば、自分達の宿を襲う、という凶行、実力行使に及ぶのも間近であろうと。
そう考え、ここ数日網を張っていた。夜半に宿を抜け、向かいの店の屋上に密かに身を伏せ、様子を窺う。
動きがあれば、自分が目を引いた隙に予め定めた貧民地区の一角を目指して走るよう、囮として小柄な姿に命じて置いたのである。

目指させる先は、貧民地区に昔大きな屋敷が存在した場所。
幽霊屋敷と揶揄できるものがあったが、ある日轟音と共に爆破されたのだろう。基礎の石組の残骸以外は見る影も無い。
だが、それをいいことに、其処では偶に幾つかの暴力の遣り取りが為される。

> 知人から己の暗殺依頼が出ていると聞いたのは暫く前のことだった。
曖昧な情報かつ怪しげな仕事であり、受ける者はいないだろうと締めくくられた予想は残念ながら外れてしまった。
依頼書に追記がされたのが少し前のこと。盗賊ギルドを介して、暗殺対象として己の名がそこに付け足されたことを知り、いずれくる刺客との斬り合いを覚悟した。

元主が何を考え依頼を出したのか、その真意は未だ掴めず。
ただ漠然とした違和感のようなものを感じながら、今夜を迎えた。
愉しそうに獰猛な眼をして嗤った師曰く、これは釣りである。餌は己で、魚は暗殺者ギルドの刺客。
今夜あたり来るだろうと言う師の言葉の通り、夜も静まった宿の前に複数の人影が何処からともなく集まって来るのを、路地の影から緋色は見据えていた。

師が向かいの建物から彼らの目を集める、それが合図だ。
小柄は顔に巻いたストールを引き上げ口元を隠し、深くフードを被り、建物の影から飛び出す。

「――――!」

わざと足音を立てて注意を引き、追っ手を振り切らぬように手加減をして路地を駆ける。
囮としての役目を忠実に果たそうと、迂回するルート取りで目的地である貧民地区へと向かう。
路地に入れば、転がる木箱を踏み台にして屋根へと上り、身軽にひょいひょいっと跳び回って。飛び交うナイフと銃弾を身を捻って躱し、攪乱する。
たっぷりと時間を稼いだ上で、刺客の足を削り、師が待つだろう集合地点――荒れ果てた屋敷跡へと誘い込もう。

「…………ッ、」

砂埃を巻き上げながら、崩れた柱の並ぶ荒地でようやく小柄は足を止めた。
後に続き、闇に紛れ飛び込んだ刺客等は小柄を囲うように円を作った。
その手にはナイフ、刀、鞭、小銃、多種多様な暗殺道具が握られている。

影時 > 全く。胡乱極まりない暗殺依頼にここまで血道を挙げられるものか。
暗殺者ギルドに出ている――なるその話を聞いた際、遅かれ早かれこのようなことになる、ということを想定した。
それはこの弟子を己が手元に置くと決めた際、想定しうるケースのひとつでもあった。
事の発端にして首謀者と思われる貴族の名を聞き、関与が伺われる情報を紐解いた際、恐らくこうだろう、と思ったことがある。

……不確定と思われる事項は確定させないと気が済まない、裏取りを欠かさない気質なのでは?と。

所詮は単なる感想だ。だが、そうであると考えたなら、将来的に備えておくべき事態もおのずと見えてくる。
予兆を察したなら、備えておくのは必然。所属はどうあれ、冒険者ギルドも盗賊ギルドも四六時中守ってくれる道理はない。
であるなら、護身の備えは絶やすこと無かれ。すなわち、汝一時の平穏を欲すなら、戦いに備えよ。

襲撃直前を認めれば、最初に注意を引く役は己。万が一に備えて重要物の悉くは、二匹の毛玉含めて魔法の雑嚢(カバン)に収容済み。
路傍の石同然に気配を滅し、感覚を研ぎ澄ます。人影の数はざっと十二人。
よく集めたものだ。前払い的な追加報酬でもあったか、多少は腕も知られた師匠を殺して身を立てる算段でもしたのか。

「そら走れ走れ。走らねばあの猫はよく逃げる。
 逃がした魚の大きさに悔やむ……暇を与えるつもりはないが、な?」
 
どうでもいい。囮役としてバトンタッチした小柄な姿が向かう先を意識しつつ、口元を覆う布の下から低く声を放つ。
背後から追走する者は身軽。僅かな起伏のみを頼りに壁を走り登り、住居や店舗の屋根にひび割れ一つも増やさず、囮に追い縋る者達を追う。
そんな追手たちのエモノは多種多様。短剣短刀に刀、鉄鞭に銃、針剣、杖にも見える中空の棒は吹き矢か。
成る程と認めつつ、加速する。速度を上げ、夜空に高く跳び上がりながら手甲に貼り付けた術符を数枚、千切り取り。

「――天地(あめつち)整え、四方を定む。我が赦しなく窺い知ること能わず。四方払眼陣……!」
 
印を組み、祝詞じみた言の葉を発し、氣を走らせる。すると集合地点に予め埋設しておいた術符が燃え上がり、透明な直方体が屹立した――ように見える。
その感覚は比喩ではない。触れられる実体こそないが、遠方からの視認、魔法的な観測を遮断する妨害(ジャミング)の術式。
その媒体とした手にする術符が灰と散るのを確かめつつ、続けて両手を振る。左右の手に二本の細長い物体を取る。棒手裏剣だ。
赦しなく窺い知ることは能わず。それは詰まり、術者、並びに先行する小柄ならば、この中を覗き見ることは当然ながら叶う。
術式が発動したことで、追手のうちの数人、感覚が鋭いものならば違和感を覚えたことだろう。その隙は、見逃さない。

「やぁ、――遅参失敬。少し遅れたかね?」

屋敷跡の飛び込み、着地がてら両の手に構える棒手裏剣を擲つ。その狙いは感覚が鋭そうな飛び道具持ちの二人を、真っ先に打ち斃す。
達人が放つ手裏剣は何の加護も無き金属鎧を易く貫く。況や、肌身同然な軽装なぞ薄紙同然に爆ぜさせ、生命を失った血袋と化す。

> 小柄を囲う刺客の数は十二。連携が取れているようで成っていない。個人技の集まりは誰が獲物を仕留めるか、目で牽制をしあっていた。
一匹の猫と一つの依頼。総取りか、山分けか。一人が気の迷いを起こせば、途端に殺し合いになりかねない。
緋色を闇の中で輝かせ、暗殺者共の気配、武器、諸々をざっと視線を巡らせ確認し、腰に携えた双剣へと手を伸ばす。

「……! …………――」

不意に、世界が閉じる――。
そう表現するに相応しい感覚を肌で察し、遠くで響いた男の言葉を獣の耳は拾い上げ。その意味を思考する。
場に視覚的な変化はないが、確実に隠形の術の一種であることは察しがついた。
小柄と同様に異変に気付き振り返ろうとした者が二人いたが――

遅れて現れた黒づくめの影の如き男。小柄が師と仰ぐ者が、着地と共に投げ放った棒手裏剣によって刺客を二人亡き者にした。
まさに、爆ぜて血を吹き骸となった死にざまに、円は崩れ、刺客は追撃を予感し、現れた男へ注意を向ける者が半分以上。
小柄の傍までじわりじわりと密かに距離を縮めていた三人。
その内の一人が、背後から小柄を捕えようとナイフを構え襲い掛かる。
脇腹目掛け突き出された刺突は鋭く、殺気も殺した良い一撃だったが、良過ぎる猫の耳は衣擦れと砂利を踏みこむ僅かな音を拾い、切っ先を紙一重で躱して。ナイフを持つ手首に鐵の刃を這わせるように走らせる。
小柄の使う武器には即効性の痺れ薬が仕込まれている。ほんの少しでも体の内へと入り込めば、途端にこの通り。
男の手からナイフが滑り落ち、そのまま膝から崩れ落ちて小刻みに身体を震わせながら地面に伏せる。

カンッ――。

地面に落ちたナイフを蹴り舞台の外へと追いやり、小柄は冷えた声で師へ返す。

「……いいえ、今来たところです。
 まだまだ、活きの良い獲物はここにいますので……お好きなだけお戯れください」

逢引する恋人同士のような返しの後に続く言葉は不穏。
刺客は手練れの男を如何にして葬るか思考し、堅実な者は他者との共闘を選ぶだろう。
愚かな者は先に小柄を仕留めようとするか、それとも驕り一人で戦いに挑むか、逃げ出すか……。

影時 > 取り敢えず、という程でもないが、決めていることがある。誰一人して逃さないということ。
同時に想定することがある。野次馬の観測を出来得る限り阻む、ということ。
術符で区切った範囲に限ってのみ成立するそれは、男が得意とする隠形術の応用。
効果時間の限定こそあるが、この襲撃の流れで生じうる予測のひとつを阻む。自分たちの一挙一動、手管等の観測を阻むのだ。

あとは、獲物を追い込んだと思った者達が、逆に獲物と成りうる。
時に自分達にも起こり得るケースのひとつを、今回の襲撃者達にも強いる――押し付ける。
顔を隠す装束、装いの下、刺客達は何は思ったか。考えたか。
心を読む異能までは持ち得ぬ身には分からない。だが、選択を強いることはできる。それが投じる手裏剣であり、片や緋の目の小柄が繰り出す刃だ。
致命と麻痺。三者二様の結果を以て命を失い、ないし、身体を痙攣させて倒れ伏す。生じる戦慄きは恐怖の裏返しか。

「そりゃ良かった。……改めてどうも、襲撃者の皆様。――ここで命を捨てて貰おうか」

手裏剣を投じた姿勢から両手を垂らし、小柄の言葉に頷いたのちに改めて会釈をするように挨拶を送る。
続く言葉は不穏。微かに響かす鋭い呼吸音と共に気息を巡らせ、五体に氣を充溢させてゆく。
身体の前で構える両手は(カラ)。徒手空拳。苦無も刀も握りもしない。だが、それだけで事足りる。
手近に金属の節を鎖のように繋げた鞭をえいと振り上げる刺客を見れば、身を低くしつつ、摺り足の動きで一息に間合いを詰める。

「憤っ、ぬ…………!」
  『…………ぁつ、ああ、ああああああ!!!』
  
右肘を引き、浅く腰を屈めた姿勢で突き出す貫手の突きは鋭く。
胸郭の肋骨の間を穿ち抜き、その奥に守られたものを引っかけた指先で引き摺り出す。その様、ある意味魔性の如く。
見知った顔でもあったのか。恐慌が響けば、噴き出す鮮血を背後にその声の主に迫り、血濡れた右手を大きく振りかざす。
続く所作は、これまた貫手――否、手刀による横薙ぎ。すぱり、と。
氣を充溢させた手刀が、無慈悲な程に鋭く、重くその首を刎ねて転がす。腕の立つ忍者は、無手で人を殺せる。その証とばかりに。

> 軽い調子の声が一変、男の纏う空気から発する言葉まで全て、死神のそれ。
敵と対峙する時、死を覚悟しない暗殺者はいない。と、小柄は思っている。
皆が皆そうでないなどと想像すらせず、当然として命が失われる、このような死合に暗殺者が怖気づくはずが無い、と。

倒れ伏した刺客の一人、そして此方を見ていた他の二人の心音が一気に早鐘へと変わる様に、疑問符を浮かべて一歩ゆっくりと引いて気配を薄めていく。
恐ろしく静かで、強烈な殺気を放つ師の戦いぶりを観察する。
無手の技。肉体強化だけで、あれほどまでに人間の身体は凶器へと変わるものなのか。
貫手ならば槍の如く、骨の間を貫き反しで臓物を掻き出す。
手刀となればそこいらのナイフよりも良い斬れ味を持って肉を、骨を断ち、首を跳ねる。
氣を巡らせ満たし強化する。単純なだけに、極めれば至る高見はここまでになる。その証明を師は弟子に見せる。――魅せる。
振るいかけた鞭が力なく地面を叩き、また砂埃を上げる中、手練れだろう刀剣使いの二人組が目で合図を交わし、同時に男へ向けて斬りかかる。一人は左から袈裟切りに。もう一人は横凪に胴を切払う。
また、その連携に合わせて小銃を持つ者は男の頭蓋目掛け銃弾を放つ――。

小柄を仕留めようとしていた残りの二人。
彼らは仕事を優先するか、それとも加勢し依頼の最大の壁となる男を討つかを迷っていた。
人質を取ると言う考えも中にはあったが、すばしっこい猫を追いかける内に仲間が全て死んでいたなんてことになれば目も当てられない。
迷いながら小柄の方へチラリと視線をやる。
すると、スーッと闇に消えようとする姿に気付き、逃がしてたまるかと追いかけ一人は駆け出し、もう一人が止める声も聞かず行ってしまった。

残された一人は怖気づき震える膝を掌で叩き、鬼神の如く暴れる男へと立ち向かう道を選ぶ。
自分は生きて帰れるか。青年が暗殺者となって以来、その不安を今ほど感じたことは無かった。