2025/07/28 のログ
■ヴァン > デリカシーの無さを咎められると思わず肩が震えた。笑いを堪え切れなかったのだ。
もてないだろう、という指摘には反応しない。飾らない方がいい、という者も中にはいるのだ。
お互い様だという表情を隠しつつ、質問に答える。
「貴族御用達の舶来品を扱う店でなら手に入りますよ。平民地区の住宅街にある酒場兼宿屋でなら、少ない量でも買えるでしょう。
そう。同じ敵と戦うことはあまりない。暗殺者も手の内が割れればそこまでの脅威ではない……。
ここ数か月で貴族を狙った暗殺やその未遂が数件発生しています。その中には伯爵殿と近しい方もいれば政敵もいる。
次が彼でないという保証はどこにもないのです。
近衛兵の連携、そして状況に即応できる戦力として、一層の成長を貴女は期待されているのです」
この紅茶がなぜこんな香りを放つかは男もよくわかっていない。
茶葉に花の香りを吸着させたものがあるのは知っているが、そのような細工はされていない、自然なものだ。
初めて飲むであろう様子を眺めつつ、男は慣れた手つきでカップを口に運んだ。こちらの方は女性にとって毒になりうる。
効果を十分に発揮するほどの量は入れていないが、人間大の女性格には媚薬となる。
酒の匂いにつられてそっちを飲みたい、と言い出さなかったことは良かった、と言えるだろう。
「知識を持つ人がユーモアのセンスも持っている訳ではありませんからね。そこは我慢してください。
ところで……貴女からみて、教官とやらはどんな人物ですか? あぁ、私は誰にも言いませんからご安心を」
テーブルの前に出されたクッキーに興味は惹かれたが、手を伸ばすのはやめておいた。
彼女が自分のためだけに出したのでは? という疑問に対し、明確な否定材料ともしそうだった時のリアクションが
クッキーの美味しさに流石に見合わなかったからだ。
■ナイト > 震える肩をジロリと睨み、口にはしないが苛立つオーラは隠しきれず。
続く言葉が良い情報だったので、今は目を瞑ることにしよう。
「そうなのね。良かったぁ、後で買いに行こう!」
「暗殺者ねぇ。風の噂で、ボヤ騒ぎがあったとか、他の家では当主が眠るように息を引き取っていたとか聞いたけど。
穏やかではないわよね……。複数の兵団で合同訓練とかも結構やってるのよ、冒険者にも加わってもらったりして、色々とね。
……あくまで、旦那様は兵団を屋敷の防衛にしか使うつもりはないそうだから、貸し出すつもりも、面と向かって攻め入ることもないから、問題が起きてから対処するしか私達には出来ないってのが歯痒いわ。
勿論、強くなれるなら、私だって強くなりたい。旦那様の期待にだって応えたいわよ?
だから真面目に訓練だってしてる。今日だって……」
そんな秘密が其方のカップに潜んでいたとは、偶然とはいえ、それを回避したのは猟犬としての勘……と言いたいところだが。
単に、このお茶が我儘を言って他人から奪わずとも、満足できる美味であっただけである。
「どんな人物かぁ? あー……いけ好かない。すかしてる。ムカつく。
……けど、腕の方は確かね。噂じゃ、サボリ魔だって聞いてたのに、結構強かったわよ。
ちょっと、なんで食べないのよ? 食わず嫌いは駄目よ? 毒なんて入ってないから、安心なさい」
苦虫を数匹噛み潰したような険しい顔で人物像を語るが、後半は騎士として正確に相手の技術を評価する。
もう一枚と手を伸ばせば、一向に減っていないクッキーに気付き、手に取ったクッキーを相手の目の前へ突きつけて。
■ヴァン > 貴族向けの店だと購入の1単位が大量になるが、そのことは黙っておいた。
平民地区の宿屋を訪れるなら、そちらでも会うことになるかもしれない。
「兵士や騎士の訓練は本来、外敵に対してです。タナールやアスピダのように、相手も集団。
冒険者あるいは傭兵達は魔物や山賊なら相手にできますが、彼等に忠義はない。
――貴族にとって兵士は己とその領地、そこに住む領民といった財産を守るもの。伯爵は賢明な判断をされています。
そもそも暗殺者が他国の手の者なのか、貴族間の権力闘争すらわからないのですから」
少女は意外と――といっては失礼だが、真面目に訓練に励んでいるようだ。
周囲に対して同じように求めるのは恵まれた才を持つ者の残酷さだと思うが。
紅茶を楽しんでいる様子には目を細める。己が選んだ品物が評価されるのは嬉しくはある。
ただ続けられた言葉には、予想通りとはいえ表情が固まった。
最後まで聞き届けた後、クッキーを受け取って口に含む。もぐもぐ、ごくん。
クッキーは飲み込めたが、感情は飲み込めなかった。
「なるほど、なるほど……いけ好かない、すかしてる、ムカつく、サボり魔」
紅茶を飲み干して、おもむろにバンダナを頭から外し、ジャケットの内ポケットに入れた。
頭を何度か左右に振って髪をさらさらとさせた後、手櫛で後ろへと撫でつける。
現れたのは細められた青い目。ずっと浮かべてた穏やかな微笑はどこかに消え失せていた。低い、低い声で告げる。
「よーーーーーーーくわかった。そのように振る舞おうじゃないか、お嬢ちゃん。
まず今夜、一冊選んで読むんだ。読み終わったらテストをする。テストの際、本を開いて確認してもいい。
合格点がとれるまで寝かせないからな。この部屋から出られると思うなよ」
座学での体系だった知識習得、そして実践への反映。それが夜にうら若き乙女を部屋に招いた理由だ。
とはいえ……伯爵はあまり深く考えずに許可を出したのだろう。昼だと仕事に支障が出るから夜なら良い、とか。
夜、客人の部屋にメイドが呼ばれて数時間帰ってこないことが、周囲からどう見えるか想像しなかったに違いない。
■ナイト > 密かに行われる暗殺の類は、内戦を想像させる。
しかし、それこそが敵国の罠と言う可能性もあるのか。と驚いて目を瞠り、それは深く首肯した。
この争いの火種がどこから始まったものなのか、黒幕がいるのか、それとも偶発的、連鎖的に起きた事件なのか……。
狭い富裕地区でお家を守るしかない騎士には計り知れないことが起きている。
とは言え。真面目な顔で啜るには、このお茶は美味しすぎる。
また一口に含めば、その香りで満たされ、喉を通り過ぎる温かさにうっとりと目を瞑った。
「まぁ、防衛の命令が出てる以上、私達は動けないからどうしようもないのよね。実際。
毎日同じ相手と、同じような訓練を繰り返してばっかじゃ腕が訛る……。
そういう点では、今日の訓練は皆良い刺激になったんじゃないかしら」
渡したクッキーが口の中に消えるのを見届けた後、満足げに頷いてもう一枚摘まんで自分の口に放り込み。
「そう! 余裕綽々って感じで、ムカつく!
だから、膝つかせてやろうと思って鳩尾に軽く一発叩き込んだのよー。……外されたけど」
美味しいお茶に気が緩んだのか、声高らかにはっきりはきはき、笑顔まで浮かべて悪口を連ね。
隣で青年が変装(?)を解いていくのにも気付かず、楽し気に声を弾ませていたが――
「――……な゛っ」
声色が急降下したところで隣を振り返り、見覚えのあるお顔が見えた瞬間ピシッと石のように固まった。
「な、なんで……?! だ、だって……さっき、あれ?
ま、まさか……! アンタ騙したわね! 性格悪ぅ! このっ、嘘つき! 嘘つき銀狐っ!
嫌よ! 今日の夜は読みかけの小説を読むって決めてるんだから!
何が悲しくてかたっ苦しい剣の指南書なんて読まなきゃいけないのよ!
あー……もうっ! こんなことなら、バックレてればよかったぁ!」
わなわな肩を震わせ、軽く毛を逆立てながらカップを持っていない方の手で男の顔を指さし、ギャンギャンと吠えて吠えて吠えまくる。
非難する声に始まり、拒否する声に変わり、最後は後悔が滲む嘆きの声となり。
ヤダヤダと駄々を捏ねても、この男は折れてくれる気が全くしないのは、きっと気のせいではない。
■ヴァン > あの後、近衛隊長相手には警備体制の変更を指示した。
死角を補い合い、全体の状況を各兵士が把握する。情報を処理する隊長は訓練終了後机に突っ伏していた。
誰か頭の回る者を手配した方がいいかもしれない。
「あの一撃はいいセンスだった。<障壁>を張るのが遅かったら痣ができてるところだ。
……俺は『約束は忘れてない』としか言ってないぜ? それに、さっきのメイドさんは俺だってわかってた。
貴族に対する接し方をしていただろ――あぁ、見えてなかったか」
鼠を見つけた猫のように笑う。騙してはいない、ただ口調を変えてみただけだ――そう言わんばかりの顔。
嫌、という言葉にはなおさら笑みを深くする。
「読みかけの小説? 先週新刊が出た恋愛小説か? 題名を言ってみろ全部ネタバレしてやるぞ司書をなめるなよ。
俺は伯爵から『必要十分な教育を行う権限』を委譲されてる。諦めるんだな。
教育を机の上で受けるかベッドの上で受けるか、前者なら本を選ぶ。それだけだ」
我ながら最悪な脅迫を行いつつ、目の前に三冊を提示する。いずれ全て読むことになる本だ。
生徒を席につかせる脅し文句を言いつつ、ベッドの上に行ったら絞め技をかけてきそうだな、とぼんやりと思った。
狼同士が吠えるような声はやがて止むだろう。
せめてもの慰めは、紅茶が飲み放題だったところだろうか。
■ナイト > 「それはどーも。あんなのに当たるようじゃ、戦場じゃすぐに屍の仲間入りよ。
……き、気付かなかった!
だ、だって、身分はどうあれ客人に対してメイドならあれくらいするのが当たり前でしょ。
私が鈍いじゃなくて、うちのメイド達の水準がとーっても高いから! それだけよ!」
評価されるのは悪い気分ではないが、上から目線なのはお気に召さないらしく仏頂面だった。
仮にも教官なのだから、上からものを言うのが当然なのだが。
メイドの仕草に関してはまた言い訳がましく、つらつらを理由を並べ、うんうんとなんども頷き一人合点して。
嫌味ったらしい意地悪な笑みに歯をむき出しにして低く唸り声を上げた。
「ぬぁぁ~っ!!! 止めなさい! 絶対止めて!! アンタ悪魔か!
くぅぬぅ~~……っ! わかった、わかったわよ! やれば良いんでしょ! や、れ、ばっ!!
即行受かって終わらせてやるんだから……ッ!」
そう宣言して、少女は突きつけられた本を選ぶ。中でも一番出来るだけ薄い本を。
仮にベッドを選ばされれば、間違いなく締め技の応酬があっただろうことを、ここに記す。
やる気は此れっぽっちもないが、発破を掛けられては止まれない性質である。
少女は燃え滾る相手への敵意を本にぶつけ、嫌々ながら勉学に集中するのだった。
はたして、夜が明けるまでに合格をもぎ取ることは叶うだろうか……。答えは翌日のお楽しみ。
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