2025/07/26 のログ
ナイト > 見事なシャベル捌き――とは、誉め言葉として正しいのかは甚だ疑問だが、それ以外に褒めようがないのもまた事実。
名指しで指名をされた以上、雇い主が彼方にある程度の情報を与えていることは察して余りある。
彼の方も何か納得がいった様子であれば、言葉にして返す必要もない。

少女が男をあしらい逃げ帰らせようと考えていたのは、間違いなく良からぬ噂を真に受けてのことだった。
しかし、ここで相手を叩き潰したいと衝動のままに暴れまわるのは、純粋に強者との死闘を望んでのものだった。
武器を手放し、此方へ掌を翳す仕草。考えるまでもない、術を使うつもりだ。
戦場で染み付いた思考は、その考えに至るのに瞬き一つの時も必要なく、反射としか呼べない速さで。

「――――ウ゛ゥゥー……ガウッッ!!!」

喉を低く震わせ、大きな一吠えが辺り一帯に響き渡る。
鼓膜を揺らすその声は、少女へと射ち出された白い魔弾を防ぐ音の壁となる。
わんわんと響く音の余韻に、前列で見学していた兵士の数名が足元をふらつかせ、その場に倒れ込む。

そして、打ち込んだ掌に十分手応えを得られなかったことに、眉間に皺を寄せて思考を回す。
物理的な軌道では無かった。当たる前に一歩下がり衝撃を弱めた? ……それだけでは、不十分。

「……ああ、そう言うこと。魔法、使っても良いのね」

ルールに縛られていたのは少女も同じだったようで、呟き、顔を上げた少女の顔にはニヒルな猛獣の笑みが浮かんでいた。
剣も、拳も、脚も、魔法も、この牙や爪まで含めて全てが武器。
使えるものはすべて使って相手を蹂躙することこそが、少女を狂犬と言わしめた理由の一つ。
野生と戦場で叩き上げられた騎士(ナイト)は彼とは違う意味で武器を選ばない。

二人の攻防に呆気に取られていた近衛隊長が、男の声に少し遅れて返事をする。
時間はあとどれくらい残っているかを考えるだけの理性はまだある。
少女の持つ剣、その柄の中央に埋め込まれた魔石が光、バチバチと青い稲妻が溢れ、剣へ、そして少女自身にも広がっていく。
事ここに至っては距離の有無は無意味。好きにすれば良い。離れ距離を取ろうと、猟犬はその牙を突き立てるのみ。
姿勢は低く、スカート丈のことも気にせず、右足を重心に左足は大きく前へ、剣を持つ右腕は後ろに引いて剣を水平に保ち、前へ伸ばす左手が狙いを定めてピタリと止まる。

残り時間が後どれくらいかなんて関係ない。全ては次の一手で終わらせてあげる。

星を散らせたように輝くサファイアの瞳がそう告げていた。

ヴァン > 先程の怒声とは違う、猿叫――いや、犬型の吠え声。
その効果に耐えられずに倒れ伏した幾人かの音を耳で聞きながら、眉を顰めた。
仲間への影響を考慮しない点は指導対象か。あるいは、この少女は同僚を仲間だとみなしていないのかもしれない。

「そりゃあな。とはいえ……修理費は出さんぞ。
コストとリターンが見合わない戦力は運用できんからな」

少女の愛剣の周囲に現れる雷はすぐに少女自身を包み込んだ。
立ち合い、実力確認の範疇を超えている大技の発動を予感させる。軽口を叩いて思いとどまらせようとするが、止まりはしないだろう。

姿勢からして刺突。そのリーチは雷撃もあって想像以上に長いだろう。
少女の身体能力からすれば右脚で大地を蹴り距離を詰めてくることが予想されるが、単なる魔術攻撃ということも考えられる。
発動前に潰すか、回避か――。

腰に差した打刀を使えば容易に解決しそうな問題だが、伯爵とひと悶着起こしかねない。
降参と言えば少女は攻撃を止めてくれるだろうか? ありえないと脳内で即答。

「やれやれ、とんだお嬢ちゃんだ……」

両手で持っていたシャベルを右手に持ち替え、肩に担ぐ。左手は奇妙に印を組んでは解きを繰り返している。
予備動作なしで発動するための魔術を<魔弾>から変更しているようだ。

周囲は水を打ったように先程までの歓声が消えていた。

ふぅ、と男は長い息をついた。にっと笑う。左手を前方に出し、手招き。

「……来いよ、お嬢ちゃん。いい男ってのは無理難題でも受け止めるもんだ」

ナイト > 雷を纏う少女は青白い火花を辺りにまき散らすのもお構いなしに、長い黒髪が広がるのを鬱陶しそうに軽く首を振る。
咆哮による簡易魔術の無力化と、戦意喪失。そして雷撃の魔術。
どれも敵の真っただ中に単身突っ込むのであれば良いが、味方が多い場面では負傷者を出す恐れすらある。
元の気性も原因ではあるが、この無差別に暴力を振りまく狂犬を扱い切れる指揮官は今の所一人としておらず、少女は戦場であろうと単独で駆け抜け続けた。
弱すぎるものは仲間じゃない。良くて子分、悪ければ足手まとい。ただ守られることしかできない庇護対象を仲間とは言わない。

全身にたっぷりと雷がいきわたり準備は整った。
相手も同じく再びシャベルを手に待ちの姿勢へと入る。
歓声は消え、静寂が辺りを包み込んだ――。

「良い度胸ね。これも躱せたなら、その時はアンタを手放しに褒めで上げるわ」

笑顔の裏に互いに本音を隠し、やがて来る勝負の時。
この国にはない剣技の構えは故郷のもの。
其処から繰り出される技は、異国――魔族の棲まう遥か北より。

「いくわよッ!」

犬歯を見せ、吠えるように叫ぶと少女の姿がぶれて消えた。
そうして、一瞬遅れて強風が吹き荒れる。
――疾風迅雷、獅子奮迅。雷を持って、韋駄天の如き疾駆を成し、目にもとまらぬ速さで男が手にするシャベルの切っ先目掛け刺突を放つ。
仮に、いなして逸らそうそうとも尚、その剣先は止まらず、男の身体を狙い襲い掛かるだろう。

一射必中――。少女が得意とする魔術の一つ。それは何も弓にだけ限定されたものではない。
少女は自身の身体、その腕に握る剣を一つの矢として、思考は愚か、獣の動体視力をも置き去りにする光の速さで、相手を仕留めて射殺さんと暴れ狂う。

ヴァン > 無差別な暴力に唇の端が緩む。少女を笑っている訳ではない。
力を制御し、方向づけすることで更に強くなる。その前の、何もかもに噛みつく姿は――二十年前の誰かを見ているようだ。

周囲に放電されていた雷が落ち着く、というより少女の指揮下に入ったと感じた。
カッコつけなきゃよかったな、と己を呪う。明らかに真昼間の富裕地区で見ていいものではない。
私有地だから許されるだろうが、伯爵がなんと言うか。考えるのを止めた。
魔法単体では無効化されるようだ。ならば。

「土よ!」

<土弾>。土属性の<魔弾>。土の塊が二人の間に現れた。それは消える瞬間の少女目掛けて突き進――まない。
リンゴが落ちるように、その土塊は自由落下を始めようとして、男の持つシャベルが衝突した。平面の一撃を受けてあっけなく飛散する。
土砂と変わったそれは広範囲な雷撃の通り道となり、避雷の役割を果たす。少女の攻撃を少しでも弱体化させようという涙ぐましい工夫。
更に、土砂は少女がいた位置へと向かっていった。服が汚れる以上の効果はただ一つ、目くらまし。

『騎士様の戦い方じゃない……』

観客の若い近衛兵の呟きが響く。おそらく登用されたばかりなのだろう。
卑怯としか思えない行動に唖然とした表情を浮かべている。


男は少女の姿を正確には捉えていなかった。姿勢、土埃が露わにする空気の流れ、伯爵の言葉――少女と己を結ぶ直線だけが戦場だ。
あの体勢で斬撃である意味もない。面で小細工を弄した男の、点での攻撃。
更に男は踏み込む。右手右脚を前に出して土砂を飛散させた後、シャベルを離し徒手空拳に。身体を逆に捻って左半身を前に。
胸元まで引き絞られた左拳を捻って少女の顎下に――正確には、少女の顎下が通過するであろう位置に放つ。
刺突の通過コースから逸れるように身体を捻る、いわゆるカウンターの構え。周囲の雷撃は気合で耐えるしかない。

顎に当てるのは望ましくない。女の顔を殴ったという悪名が追加される。それ以上に顎に当たると首の筋肉で抵抗される恐れがあった。
顎を拳が撫でる程度――それでこそ脳を揺らすことができる。てこの原理と、拳闘という技術の叡智。
脳を物理的に鍛えることができる生き物の存在は、現時点で確認されていない。目の前の少女がその例外でなければよいが。
少女の意識が一瞬でも途絶えるのが先か、猟犬が顎で嚙みちぎるのが先か――。

ナイト > 相手を射殺すまで動き続ける猟犬の魔術。
この技の難点は、細かな状況判断ができず、目でも追えない速さ故に自身の身体がどうなっているかさえわからないという所。
目くらましにやった土砂は、最初から相手を目視すらできていない少女には意味がなかった。既に獲物のロックオンは済んでいるのだ、変えようがない。
だが、代わりに細やかな礫は、少女自身の光速により鋭利な刃物となり、白い頬や腕に細く赤い線を描いた。
その僅かな痛みさえ、感知することも出来ず。
落胆する若人の声も拾わず。
その声を諫めない周りもまた、この二人の戦いはそれぞれ別の意味で「騎士」の戦いではないと感じていたに違いない。
少女はただただ、一直線に敵を穿つ――。

シャベルを手放したなら、その拳へ切っ先を向けて。
身は低く、一矢となって剣先を前に突き進み、コマ送りの映像じみた周囲の景色の中、左拳を構え突き出そうとする姿が見えた。
少女の剣が拳を捉えたと言うことは、水平にした剣とほぼ同じ高さにあった少女の顔もその位置にあったと言うこと。
拳を交わす、と言う選択肢は少女にはない。
故に、突き進み、拳……或いは、その根本である腕を斬りつける代償に、少女は意識を刈り取られる。

「――…………っは、……ぁ?」

痛みはなく、何かが掠めたような衝撃のみを残し、目の前がぐらりと揺れて意識が飛ぶ。
男とすれ違い数歩進んだところで、少女の足は緩慢となり、そのまま受け身も取れずに前のめりに倒れ込んだ。

ヴァン > 少女はただひたすらに武器を狙っていた。
シャベルを手放したことで狙いが変わったなら――右手。
それは男が体勢を変えたことで遠くなり、僅かだが威力が弱まっていた。親指の付け根の下が赤く血が滲む。少し抉れているようだ。
男は何か言う代わりに、近衛隊長を見遣った。

『……そ、そこまで!』

誰も動かない。同僚の少女を介抱すべきなのだが、あまりの事に誰も彼も脚が竦んでいる。
男は倒れた少女に近づきながら聖句を唱えると、べろりと己の傷を舐めた。
左手で摩ると、欠損したはずの傷は魔法のように消え失せていた。

「終わりの合図が聞こえてるかわからんが……。
とりあえず、実力は見届けた。皆、解散していいぞ」

呟きつつ膝を曲げ、少女を抱きかかえるようにしてから頭部に右手をあてて<回復>の魔術をかける。
一分も経たずに意識を取り戻す筈だ。しばらく回復痛を感じるだろうが……。
意識を取り戻したなら、困ったような顔で笑いかける。

「一匹狼ってのは格好よく聞こえるが、群れにいられなくなった奴でさ。長くは生きられねぇんだ。
狼は群れで狩り、生きて、増える。それができない奴は死ぬしかない。お嬢ちゃんは――どっちだ?」

伯爵は少女の種族についてあまり語らなかったが、この戦いで想像はついた。
あの咆哮は犬のものでは――飼われることをよしとする獣のものではない。誇り高く賢い狼のものだ。
そんな少女の教官となる――なかなかに骨が折れそうな予感がした。

ナイト > 全てを見届けた兵士達は、互いに顔を見合わせ耳打ちをしあっていた。
実力を称えるものもあれば、騎士道を侮辱していると憤るものもあり、おおむね否定的な意見の方が多いか。
それらの声も、近衛隊長が解散を促すことで収まり、各々持ち場へ離れていく。

倒れ伏す少女は意識を失った自覚もないまま、いつの間にか浅い眠りの中に落ち、またふと揺られて目を開けばいけ好かない聖騎士の顔が飛び込んで来る。

「――……なっ! にやって、アンタ――……あぁーっ、痛~っ、ガンガンする……」

思わず飛び起き声を上げようとしたが、まだ全回復には不十分なようで、目の前がくらくらと回り鈍痛が響く。
殴られた衝撃や痛みは殆どなかったのに、一体自分は何をされたのかと疑問を抱きながら、左右の米神を指で押さえながら唸り声を上げた。

「あー……痛い。久しぶりにガツンと来たわ。
 どっちって聞き方は違うわね。
 弱い種だけを集めて増やしても、強者はけして生まれず、淘汰され最終的に種は絶滅する。

 戦争も同じ、弱い奴に合わせてたら勝てる戦も負けるじゃない。有象無象と仲良く肩並べて行進するのは雑兵の役目よ。
 ほら、一騎当千って言うでしょ、騎士は強くてなんぼ。弱い奴とつるんで死ぬのはごめんだわ。

 ……って言うか、アンタにだけは言われたくないわよ。味方殺しの嫌われ者の癖に」

男の言うことも一理はある。が、それは野生の群れでの話。
確かに野性味あふれる少女ではあるが、ただの狼ではない。誇り高い魔狼の末裔である。
共に戦地を駆ける者は、自身と釣り合いを取れる手練れでなければ認めない。

その点において、男は一応合格点をもぎ取ったことになるが……。

軽く頭を振って痛みを紛らわせば、男を睨み上げて負けずに言い返す。
つらつらと語った最後には、説教臭いの止めてよ。と生意気に言い捨てる始末で。

ヴァン > 騎士道――そんなものが求められるのは、実際がそうではないからだ。
敬意は得られなかったが、実力は示せた。それでよしとしよう。

「今は大人しくしておけ。あと数分もすれば動けるようになる。
……なるほどな。お嬢ちゃんの考え方はわかった」

少女の言葉に対し、そう言いながらも向けるのは明確な否定の視線だ。
格下の護衛に主を任せ殿を務めるといった連携も今は難しいのかもしれない。
己の汚名をずけずけということに苦笑しつつ、己の顎に手をあてた。

「……オトナには色々あるんだよ。そんなこと言ってると、俺みたいなろくでもない大人になっちまうぞ。
さて。約束を守る騎士ならば、夕飯の後にやることはわかってるな?
あぁ、それと。北方の生まれだと聞いたが、王国語の読み書きはできるよな?」

しっかりと信頼関係ができたならば、己の過去を伝えることもあるかもしれない。
しかし今は優先すべきことがある。二つの質問を投げかけた。
どちらかにノーと答えられると大変なので内心戦々恐々としながら――。

ナイト > 「あー、くそっ。 もう、わかったわ」

休むことで治るなら、今暫くの我慢と割り切って、眉間に皺を寄せたまま返事をした。
そこに否定的な視線を向けられていることに気付いていても、噛みついて聞き返す元気が無かったことは、相手にとって幸運だっただろう。

苦笑の後に続けられた言葉には、更に皺を深くして。

「自分でろくでもないとか言っちゃう辺り、ますます性質が悪いわね。

 …………約束なら覚えてるわよ。有効打を与えたら無効ってこともね。
 ――? 書くのはまだ苦手だけど、読む方は問題ないわ。それって、後でやることに何か関係あるわけ?」

意味深に悪徳貴族よろしくな顔をして取り付けられた約束を思い出しながら、どんな無理難題を言い出すつもりかと訝し気に尋ね返す。
もしも、乙女に取って死活問題な提案をするようなら、旦那様に直談判を辞さない覚悟が少女にはあった。
そして、それすら通らないようなら、少女は拳を掲げ、第2ラウンド開始のゴングが高らかと鳴り響くことだろう。

ご案内:「王都マグメール 富裕地区 ヴァリエール伯爵家邸宅」からヴァンさんが去りました。
ご案内:「王都マグメール 富裕地区 ヴァリエール伯爵家邸宅」からナイトさんが去りました。