2025/07/25 のログ
ご案内:「王都マグメール 富裕地区 ヴァリエール伯爵家邸宅」にヴァンさんが現れました。
ご案内:「王都マグメール 富裕地区 ヴァリエール伯爵家邸宅」にナイトさんが現れました。
■ヴァン > 『全員集まったな。しばらくの間、客人が逗留される。失礼のないように』
富裕地区のとある邸宅、その正門と建物の間に人が集まっていた。
やや緊張した面持ちの近衛隊長が声をあげる。隣には黒の騎士服を着た中肉中背の男。
兵たちの中には突然集められたことに、表情にこそ出さないものの不審そうな仕草がちらほら垣間見える。
近衛隊長の視線を受けて、銀髪の男は面々を見渡した後に低い声で話し始めた。
「あー……ヴァン、聖騎士だ。ヴァリエール伯から依頼を受け、君達の訓練の教官を務める」
聖騎士という単語を聞いて近衛兵達の背筋がぴんと伸びる。兵士は階級には素直だ。兵たちの変化に構わずに、男は話を続けた。
ここ半年で数件、王都で貴族の暗殺あるいは暗殺未遂が発生しており、警備強化の必要性を伯爵が感じたこと。
具体的には魔導具の導入を通じて近衛兵の連携を図ること。その訓練に男が携わること。
「……とはいえ、これまで何度か君達の警備体制をみていたが、現状でも高い水準の実力を持っているといえる。
そこで、二人一組あるいは三人一組でより即応力を高めることを目指す。
あとは……ブラックフォード、という者は誰だ?」
何度か訪問した際の警備の状況を頭に描きながら、素直な感想を伝えると兵士たちからは照れるような、誇るような声が漏れる。
しかし、次に呼ばれた姓に皆、押し黙ってしまった。
男は誰が手を挙げるのかを眺めている。一人、服装が明らかに他の兵士と違う者がいるようだが――。
■ナイト > ずらりと並んだ兵士の中で極めて浮いた存在があった。
腰に剣を携えた年若い黒髪の少女――まではまぁまぁ稀ではあるが、目を引いても浮くことは無い。
スカートの丈を短く改良されたメイド服に身を包んだ、メイド騎士が其処に堂々と仁王立ちで佇んでいるのだ。これは浮く。
重ねて。同僚であるはずの兵士達は、何故か少女と一人分の距離を取って整列していたので、更に浮く。
ざわつきながらも聖騎士の登場に興奮する兵士達だったが、その口から“狂犬”の名が出た瞬間、ピタリと口を閉じ、更に一歩少女から離れて距離を取る。モーゼの海割りならぬ、である。
少女は彼らの行動にフンッと鼻を鳴らし、腕組みをして高らかに言った。
「ブラックフォードは私よ。
聖騎士様がわざわざご指名だなんて、光栄だわ。ダンスのお誘いかしら?」
好戦的なサファイアの瞳がギラリと輝き、嗤った口元には鋭い狼の犬歯が覗く。
近く、あの“味方殺し”などと言う悪名高い騎士が教官として訪れると聞いて以来、ずっと溜め込まれて来たギラつきも、もう我慢する必要は無い。
“狂犬”は愉しそうに口角を上げて獲物を見定めんとする。
■ヴァン > 男は意外そうな表情を浮かべていただろう。
どうやら伯爵から態度や能力は聞いていても、肝心の外見を聞いていなかったらしい。
とはいえ、その目は『やはり』と語っていた。
「女か…………っと、失礼。君は単独で動ける者だ、と聞いている。遊撃戦力の向上は即応力強化に大きな役割を果たす。
その点も伯爵から頼まれていてな。方針を決めるためにも、まずはどれくらいの実力があるか見せてもらいたい」
縦横無尽に駆ける矛となるか、単独で主を守る盾となるか。他の適正もあるかもしれない。
伝聞である程度の目星はつくが、やはり実戦を見るのが一番わかりやすい。
「ダンス――ダンスか。近衛兵複数相手にどう立ち回るか見ようと思っていたが。
……そうだな。俺と立ち合ってもらおう。あぁ、俺は回復の魔術が使えるから怪我させるかもと遠慮しなくていい」
さらりと告げた言葉に兵士たちが猛抗議するように一様に目を剥いたので一瞬男は黙った。
こほん、咳き込んで見極めるのに一番の方法を提案すると、場が目に見えて落ち着く。
少女にはこの邸宅以外で見覚えはないが、どこか敵意のようなものを感じる。
「数分間立ち合って適性を見極める。この石畳の上の……花壇が隣にある場所でいいだろう。
武器は木剣にするか? 愛用のものがあるならそれでもいいが」
男はそう言いながら立ち合いに良い場所がないかと探しながら言葉を紡ぐ。
近衛隊長に渡したものは、時間を計る道具のようだ。隊長の足元には用意しておいた片手持ちも両手持ちもできる木剣が二振り。
■ナイト > 「ええ。この可憐な私がヴァリエール家の騎士、ナイト・ブラックフォードよ。ようく覚えてらっしゃい。
――……ふーん。目的はわかったわ」
そんなことは言われなれているとでも言った態度でクイッと顎を上げて返し、名指しで呼ばれた理由を聞けば納得の首肯で返す。
で、その方法は? と目で尋ね、男がポロリと口にした提案に他の皆が全力でお断りの目を向けるのを眺めつつ。
この怠け者の腰抜け共め――ッ。
許され、あからさまにホッとした様子の隣人を射殺すような目で睨みつけた。
隣人は怯えてちょっとずつ下がり隊列を崩してしまうが、それを非難する声はなく。
「いいわよ。 ――は? そんな心配端からしてないわよ。
訓練での怪我も死も、本人の実力不足が原因でしょ。他の兵も皆そう思ってるわよ。
実力があるなら怪我はしないし、私一人相手にして怪我するような奴なら教わる価値もないもの。
生きてれば医務室へ、死んでたら神殿でもぶち込んで、はいサヨナラってね」
二つ返事で頷き、腰の剣よりも訓練用の木剣を使用するべきかと調達に向かう途中、くるりと半身を翻して言った。
兵の皆は無言の重い空気を纏い、文句言いたいけど言った後が怖いといった様子。
「じゃあ、私はこれを使うわ。実力が見たいって言うなら、普段どおりが一番だもの」
既に木剣を二つ足元に用意している姿を一瞥し、直ぐに向き直って腰の剣を引き抜く。
仮にも聖騎士。悪名までつくような相手だ。遠慮などするつもりは毛頭ない。
■ヴァン > 「職業も名前もナイトか。覚えた」
伯爵の発言を思い出す。だいぶ穏やかな言葉で幾重にも包んだ言い回しだったのだな、と女騎士の同僚に視線を向ける。
それと同時に、親近感が湧くのを感じる。協調性に欠ける単独戦力。
続いた言葉に近衛隊長が真っ青になる。貴族への暴言は使用人のものだとしても家の間でのトラブルになりうるからだ。
隊長に手をひらひらと向けて問題ないとの意思を示しながら反対側へと歩き出す。
「威勢のいいお嬢さんだ。有効打をあてられたら褒美を与えるよう伯爵にかけあうよ。制限時間は……三分でいいか。
その代わり、当てられなかったら夕食後に貴賓室に来たまえ。……鎧は外してな。伯爵の許可も得ている」
細められた目はじっとりと、身体を舐め回すような視線を向ける。唇の端が嗜虐的に歪んでいる――ように見えた。
あまりに横暴な発言に同僚の兵が一瞬ざわつくが、最後の一言にそのざわめきもすぐに治まってしまう。
位の高い者に――特に雇用主に意見するには、多くのものを喪う覚悟をしなければならない。
男の詰襟に防刃機能があったとしても、とても振り下ろされる棒状の金属を受け止められる硬さはない。
腕や脚にあたれば骨折も考えられる。当人は魔法で回復するから問題ないなどとのたまっているが……。
「使い慣れた武器が一番だな。俺は……何にするか……。
お。そこの庭師くん。その足元に転がってる……いや、それの隣。そう、それを貸して欲しい」
木剣ではないらしい。負けても言い訳ができるものを探すとでもいいたげに呟いた。
男が庭師から受け取ったのは全長1mほど、木製の柄に平たい金属がついた道具。通称シャベル。
農具を両手で持って、近衛隊長に顎をしゃくった。乾いた『はじめ!』の声が響く。
銀髪の男は動く素振りを見せない。まずは攻撃の腕を見るつもりのようだ。
■ナイト > 無言なのにやかましい兵士達の中で、何か言いたそうな顔の近衛隊長と目が合ったが、「安心なさい、勝つわよ」とウィンクを返して抜いた剣を軽く振り感触を確かめる。
違う……!そうじゃない……!と顔面蒼白の顔を更に白くさせる彼も、教官が寛大であったことで何とか呼吸の仕方を思い出した。
「一度当てられた程度で褒美なんて大げさよ。
――……あっはっは! 噂以外の面もちゃんとクズだったみたいで安心したわ。
ベッドから暫く起き上がれないくらい、ボッコボコにしてあげる」
良くも悪くも貴族らしい言動に一瞬口を閉じたが、今度は声を上げて笑い、嗜虐の悪趣味な視線も何のそのと声の覇気だけで蹴散らし、心底可笑しそうに声を震わせて言い。
伯爵の許可が何だと言うのか。それはつまり、負けるはずがないと言う信頼の証ではないかと、前向きすぎる自信家は余裕たっぷりに目を細めて暴言を重ねるのだった。
しかし、挑発には挑発が返される。
否、彼にとってはただ適当に武器を決めただけなのかもしれないが、騎士同士の模擬戦においてシャベルなんてふざけたものを持ち出されるなど、馬鹿にされているしか考えられない。
「――ふっざ、けんなァッ!!」
開始の合図から数秒の後、固まっていた空気を振動させる怒声が響き渡り。
同時に少女は剣を両手に構え真っ直ぐ距離を詰め駆けて行く。身体強化の魔法をかけている素振りは無いが、その脚力は並の人間のものではない。
間合いに入ったと判断すれば、剣を高らかに振り上げて、男の右肩を潰し折る勢いで叩き下ろす。
■ヴァン > 「おっと……初対面の女の子にクズ呼ばわりされるとは。
褒め言葉として受け取っておくか」
何か怒らせることを言っただろうか、と肩を竦める。天然なのか貴族の傲慢さからくるものなのか。
ボコボコにするという宣言に隊長は更に蒼白になるが、男は危機感が欠如しているのか笑っている。
怒りの籠もった声に兵士たちは首を竦めながら、少女の動きを目で追う。
通常の人間や亜人ではありえない移動速度に対しても男はわかっていたかのように下に向けていたシャベルの切っ先を上にした。
向けられる斬撃に対して、側面から払う。鈍い音をたてながらも平面が押す力は男が両手持ちということもあり意外と強い。
振りかぶる斬撃を止めるのではなく、受け流す。少女の剣の素早さに対応できる分、有象無象よりは多少「できる」ようだ。
すぐに女騎士も気付くだろう。この男は相手を舐めている訳ではなく、防御を重視した“武器”を選んだことに。
冗談めいた選択だが、クォータースタッフのような長い棒状の武器に近しいのかもしれない。
「古来より、武器には本来の用途があった。斧は木を倒し、弓矢や槍は狩りに。
サイズ、フレイル、ピッチフォーク……これらは農具だ。その場にあるものを使うのも、遊撃で有用な技術といえる」
ナイトにだけ聞こえる、低い声で話す。少女とは対照的に男は落ち着き払っており、冷静さを取り戻すよう呼び掛けているようにみえる。
一方で、立ち合いを見守る近衛兵達は男がひどい挑発をした、と受け止めたようだ。
同僚への表現しがたい感情はあるが、それでも舐められるのは兵士の反感を買っていた。
静かにあげる歓声や落胆の声は、少女を応援しているからこそ出るものだろう。
「疾っ!」
防戦に徹していた男だが、何度かの打ち合いの後に槍のようにシャベルを突き出す。
土を掘る道具だが、硬い地面すら足で踏みながらなら突き刺さり、沈んでいく能力がこの道具にはある。
その意外なほど鋭い切っ先で喉元を牽制する。
■ナイト > 減らず口を叩く余裕が憎々しく、狂犬は怒りに狂い、それをまた原動力とする。
振りかざした長剣は斬る以上に潰し折る、鈍器のような役目を持ち、半端に受け止めればその武器、腕ごと肩を砕いて再起不能にまで陥らせたことだろう。それほどまでに、少女の剣は見た目以上の重さがあった。
男がシャベルで器用に払い、最低限の力だけで受け流す様には目を見張るものがある。
ふざけている……わけでは、ないらしい。
「……ぁ? ……真面目ですって、言いたいわけ?」
囁くような低音が、講師のような説明を事細かにしてくる意図は――考えればわかる。教官としての仕事をしているのだ。
だが、その余裕ぶった態度が鼻につくのもしょうがない。
火に油とはならなかったが、燻る怒気は変わらずに少女の中に残ったまま。
受け流された剣は滑り、勢いを殺しながら下へ、そこから間髪入れず逆袈裟切りに払い胴を薙ぐが、それも防がれ。
噂では味方殺しだの、怠け者の引きこもりだの、悪い噂ばかりだっただけに、此処まで動けるとは予想外だった。
少女の相手に対する見方は少し変わる。適当にあしらい打つのめす対象から、完膚なきまでに捻り潰して負かしたい者へと。
「ッ!」
攻防のリズムが変わる。切り返し向けられたシャベルは、その成りに似合わず鋭利な輝きを魅せ、少女の喉元へ突き進む。
今度は此方が防御に回る。剣の腹で切っ先を受け流し、ギャリギャリと削音と火花を散らす双方の武器をよそに、少女は倒れ込む勢いで身体を前に沈め、――両手で握った剣は片手に持ち――短く一歩を刻んで。縮地の要領で更に距離を縮めよう。
「……フッ! ――でいっ!!」
男の懐へぶつかる勢いで潜りこめたなら、鳩尾へ一発、左手の捻りを利かせた掌底突きを見舞おうか。
熊をも素手で軽々殴り殺す暴力の化身が襲いかかる。
■ヴァン > 剣の切っ先を払うには同じく剣をあわせなければならない。そのタイミングをあわせ、かつ向きも適切である必要がある。
一瞬でも間違えたらざっくり斬られることになる。板金鎧や鎖帷子があればともかく、男の格好では死すらありうる。
平面部分であわせる機会を増大させる、盾と考えた方がいいだろう。剣と盾、どちらが防御に向いているかは言うまでもない。
「伯爵から君の活躍を――つまり、戦闘スタイルを聞いている。
騎士、噂……そういうことか」
男が身に着けている打刀は特別なものだが、刀は重い物を受けるのも受け流すのも得意ではない。木剣では耐久が怪しい。
伯爵が言っていた『外見に見合わぬ膂力』のギャップに渋い顔をしながら言葉を続ける。
己の悪い噂――敵意の原因に思い至った。まともな騎士なら男を叩きのめしてみたくなるだろう。
実際にそれができれば箔がつくというものだ。
距離が一瞬できた隙に左手をシャベルから離し、掌を少女へと向ける。拳大の白い球体が複数現れ、人が投擲する速度で直線的に襲い掛かった。
<魔弾>。投げつけられた青リンゴに当たるようなものだ。我慢はできるが無視し続けるのは難しい程度の痛みを与える。
少女なら簡単に対処できるだろう。
「――――!?」
少女が左手を空けた。魔法に習熟しているとは聞いていない。そのまま距離が詰まる。
ふむ、男は感心するように唸った。男は有効打としか言わなかった。格闘は原始的な最初の武器だ。
男が言ったルールをうまく汲み取ったのか、あるいは武器の話から思いついたのか――あるいは単に天性のものか。
男の身体が微かに浮き上がるが、手応えは肉に沈み込むそれではなかった。即応の魔術障壁による防護が傍目にもわかる。
「時間は! ……三十秒ごとに教えろ! ラスト三十秒は十秒ごとだ!」
近衛隊長を見ずに男が叫ぶ。ややあってから正確な時間が告げられる。それを聞いて男が再び叫んだ。
目の前の脅威に余所見する暇はないこと、そして時間を気にする程度には緊張感を感じていることが察せられた。
少女に鋭い視線を向けたまま、距離をとろうとする。身体強化の魔術か、あるいは武器を捨てて格闘で張り合うか。
男はタイムアップによる戦闘終了を意識し――ふと思い至る。この小娘は終了の掛け声で素直に止まるのか?