2025/06/30 のログ
ご案内:「九頭龍山脈 山中某所」に影時さんが現れました。
ご案内:「九頭龍山脈 山中某所」にさんが現れました。
影時 > ――修行と云えば、山である。

そんな定義やら観念とは、いったい誰が打ち出したものだろう。由縁は寡聞にして知らず。
ただ秘してやるべき修行となると、場所は選ぶに越したことはないのは確かである。
戦士、騎士の戦い方で秘伝を謳うものがあるのなら、忍者の戦い方もまた然り。
知られず秘されていることがアドバンテージを生むなら、手持ちの技を確かめ、新たに教える際にも場所を選ぶ。

今回、その場所に選んだのは九頭龍山脈の一角。
昼の居るような日差しが照らす、岩や砂利の堆積が川岸を形成する小川の傍で、幾つかのものがある。
川岸からやや離れた地面を丁寧に均し、立てられた緑色の天幕(テント)がまず一つ。
大鯨のしなやかな骨材やヒゲを組み合わせ、または継いで張られた其れは一人が使うには大きい。大きすぎる。
それはそうだ。一人で占有するのも贅沢の極みだが、連れが居るが故に自ずとこのサイズとなる。
天幕から張り出した布の下に、折り畳み式の椅子と小さなテーブルまで置いた主は、何処にいるのか?

「………………」

川岸にごろりと転がった大岩の上に居た。忍び装束姿の傍らに刀を置き、足を組み、瞑目して座禅している。
麓の村で受けた魔物狩りの依頼を早朝に終え、ささやかな報酬と処理された肉を幾つか貰い、その足で山に入る。
それが準備運動だ。街中とは違う山中の自然の氣、清涼な氣を呼吸を通じて取り込み、練り上げ、巡らせる。
息を整えることで改めて己が拍子を調律し、体内の淀みを排出する。
普段からやることだが、自然の中でやるとその効率は増すように思うのはきっと、気のせいではあるまい。

(…………――ふむ)

整った、と思えば、ぱちりと――目を見開く。
天幕の方で感じる気配は、要領よく日陰の中、テーブルの上に座禅……のかわりにちょこーんとお澄まし面で座る毛玉達だろう。
飼い主こと親分の真似をするにしても、骨格故に座禅までは組みようもない。
それでも何か、大事なところが分かっている、つもりらしい。きっと。おそらく。多分。
さて、新しくできた弟子はどうしているだろうか。座っているであろう方角をちら、と見遣ってみようか。

> 心固め――なる修行があると言うのを聞いたのは、暫く前の師の言葉からで。
座禅を組み、精神集中を行うことで何にも動じぬ鋼の如き心を得て、此れ即ち心固めとする。

仮にも師となった男の教えを半信半疑で試すのは、性根の素直さから来るところもあるが、やはり実力の差を見せつけられ負かされた部分が大きい。
今もこうして、師の背中を真似て座禅を組んで河原に座し、小柄な少女は無心で流れゆく川を遠目に眺めていた。

「…………」

人の来ぬ山は、それはそれは静かなもので、流れる川の潺に交じって小鳥の囀りや虫の音が聞こえるくらいで、それ以外の音はなく。天気も程よく。

「……ふぁあー……ん」

――実に良い日向ぼっこ日和である。
大きな欠伸を一つして、眠たげに目を瞬かせていると、目の前をふわりふわりと蝶が飛ぶ。
其れを目だけで追い、大人しく座禅を続けていたが、うずうずと揺れ始める尾は、ぱたり、ぱたりと左右に揺れて。

ついつい左手を蝶が止まった野花に伸ばそうとした瞬間、振り返った暗赤と目が合った。

「…………、」

そうっと、何事も無かったように手を下ろし、真面目に修行していた振りをするふてぶてしさは実に猫らしい。

影時 > 心を静め、心を固め、心の下に刃を置き、刃の上に心を置く。以って不動の心と成して固める。
――なぞと若い身の上でピンと来るまい。まして、師を名乗る男は酔狂を好む男となれば、恐らく尚の事。
後はどうだろうか。心法、精神修養に現在に至るまでどれだけ時間を割いていたか。
此れは当の本人に聞かねば、分かるまい。或いはその振る舞いから察するか。

「……あー」

さて、この河原はすっかり夏めいた時期だと、清涼な水の流れのお陰でさぞ涼しいことだろう。
流れる川のせせらぎ。遠く遠く聞こえる鳥の声や虫の音。天候も恐らくは急変することもあるまい。
日なたに居続けると茹だるかもしれないが、健康的に日差しを浴びる位なら、この時期はまだ良いだろう。
詰まりは、眠くなってしまってもおかしくあるまい。或いは不慣れなら、注意が散漫になるのもさもありなん、か。

「――……ったく。退屈になってきたか?
 なら、ちぃと身体を動かすついでに術の幾つか、などでも講釈でも垂れてみようか。
 
 まずはおさらいだ。お前さん、火遁以外で使える術は幾つ位あるかね?」
 
見た。見えた。尻尾が示す獣の相よろしく、蝶が留まった花に手を伸ばそうとする姿に、ク、と喉を鳴らして笑う。
さながら、猫のようと云うと、齧られそうな気もしなくもないが故に声には出さない。
精神修養に眠気やら退屈さを覚える頃合いはひとそれぞれだが、身体やら頭やらを動かし回したくなる頃合いであろう。
そう思いつつ、右手で傍らに置いた刀を掴み上げ、ひょいと音もなく河原に飛び降りる。
楽にしても良い――立っても良いし足を伸ばしても良い、とばかりに目配せしつつ、問いの声を投げようか。

> 平地かつ人と物に溢れた街と比べ、山の中は何と過ごしやすいこと。川の音色も相俟れば、涼しさはぐっと跳ね上がる。
完全に日が真上に来ればまだ別だが、その時は川に足を浸ければそれだけで暑さも忘れてしまうだろうか。

影に生きた暗殺者は、日向の下の心地よさに微睡み眠気に誘われて。
猫の本能赴くままに虫取りをしそうになるのを、何か言いたそうな師の声で思い留まり手を引いた。
叱られるか、呆れられるかと覚悟して。
何と言って乗り切るかに頭を回し始めたが、相手は以外な反応をする。
緋色は不思議そうにパチリと瞬いて、笑った顔を見た。

「………退屈、ではありましたが。
 ん。使える術……は、火の術以外だと、隠密行動の為の物だけです」

大岩の上からひょいと身軽に降り立つのを見上げ、視線に促されてはその場で立ち上がり、軽く服についた汚れを叩いて落とす。
小石の転がる河原での座禅は足を軽く痺れさせたが、感覚がなくとも、多少痛みが残っても、立つには立てるので気にせずに。

問いには素直に答え、一つ、二つと指折り数えて見せるが、片手で事足りてしまう。
任意の物に擬態する術と、相手も既に知っている認識阻害の術。
それ以外となると、どれも火に纏わるものばかりとなるので仕方ない。
得意を伸ばした結果と言うよりは、伝えられた術がその系統しかなかったと言う話。特化した結果だ。

影時 > 高原というほど標高は高くはない筈だが、過ごしやすさの面は平地と段違いかもしれない。
広大とはいえ城壁都市となると、造りの関係上どうしても風通しや氣の溜まりの面で淀みが出やすい嫌いがある。
ここはそうではない。天候の悪化、盗賊や魔獣等、アクシデントが無い限り、快適ですらある程。
遣ろうと思えば、自活、サバイバルも出来なくもない。
だが、それには限度がある。人間、やはり文明的な生活に根差すものであれば。

――さて。

教育方針で幾つか注意すべき、心掛けるべきは現在進行形で策定中な状況でもある。
叱ればいいでもなく。考えなく叩き込めばいいというものでもない。
人間もミレー族も向き不向きがある。相性がある。感覚的な不一致もありうる。

「そう云うと思ったぞ。
 だが、偶には、だ。心を空っぽにして息を整えつつ、自分を見つめ直す――という作業も必要になる。
 そう頭の片隅に置いとくと良い。忍者だろうがアサシンだろうが、不動心が無けりゃぁ務まらん。
 
 ……やはり火、火だよなァ。そうとなると、だ」
 
精神修養、座禅の機会はちょくちょく行おう。
教授者として前任と言える父親の教えが、そこまで至っていなかった可能性もある。それとも重視していなかった類か。
そう心に決めつつも、続く言葉に成る程と考えつつ、立ち上がる姿を見遣る。
腰に刀を差し、胸の前で腕を組みつつ思うのは、火、炎を軸にした喚起、術の編み方の流れ。

「篝よ。火の術だと、陽炎や蜃気楼のように惑わしの類はあるか? 例えば、だが……」

指折り数える有様は、厳選しての教えだろうか。そう思えなくもない。
教えておいた方が良い、あるいは教えを乞いたい術は幾つもありそうだが、不得意な系統から経路を編むのは効率が悪い。
考えが纏まったのか。腕組みを解いて、問いの声を放って五指をぷらぷらと振り、徐に指を組む。
ぱ、ぱ、ぱ、と続けざまに組み合わされる指の形、印は声をかける娘にも覚えがある類かもしれない。
火、炎を喚起する術印。火の神に乞い、宥めすかすがように呼び起こすチカラの形は――陽炎。
氣を走らせれば、男の背後が足元から茹だるかの如く、ゆらゆらと翳って揺らめく。陽炎の揺らめきに身を隠す術だ。

> なるほど、呆れられはしないが、代わりに説教が来るわけか。
と、どこか納得したように男を観察して首肯する。
真面目に言い聞かせてくるお小言に、ピンと立っていた耳が徐々に下がって行く。

「心を空にする、のは……集中すれば、できます。薬もあれば、なおやり易い……。
 痛み、命を失う危機的状況はなら、経験は有ります。対処も可能。
 ……でも、ずっと無心になることは、難しい……です。気も散る。

 学べるなら、火……以外のものも、興味はあります」

精神修行を必要とする意図は理解できたが、最低限は出来ている――つもりでいる。
常に無心でいろと言うならば、それは無理だから薬の返却をと促すように会話誘導を試みたが、此方の下心など透けて見えるだろう相手が乗ってくることは無いだろう。

「――? 在る。蜃気楼で、姿を偽る術。……今、見せて頂いたものと同系統、ですね」

何やら考え込んでいるかと思えば、素早く印を組み成される術に目を瞠り、自分の持つ術に限りなく近いものだと内心で驚いた。
一つ違うのは、少女が使うのは姿を隠すものではなく、偽るもの。
丁度、師が屋敷で使って見せた早着替えのように、表面上の姿を張りぼて(テクスチャ)で覆い隠し偽る術だ。
そんな話をしている内に、はっと何やら思い出し。

「影時――……先生。
 あの時、約束した分身の術のからくり。まだ教えて頂いてませんが……?」

一応と言わんばかりの敬称をつけるのは、教えを乞いている身であるため。
特に、こうして時間を割いて教わる時くらいは敬意を持つべきと思っているからだろう。
多少不服そうな半目には、約束を忘れたわけではあるまいな?と言う無言の圧も含まれている。

影時 > 「その言い草は“はっしし”――なる手合いのようで、程々に戒めねェといけねえなあ。
 まァ、そういう薬や酒をきっかけにする流れはあるとは思うが、めっ、だぞ? 良いな。
 その経験を具体的に、どのように直面した、臨んだかはいずれ聞いとくべきか。
 
 ……――良いとも。興味があるなら、まずは試してみねェことには、だな」
 
アサシンの語源がハッシシ、であったか。確か、と旅の最中で寄った地域で聞いた事物を思い返す。
麻薬を用いる集団やら教団であり、その名が転じて暗殺者を意味する語の源となったやら何とか。
さりげなくもない位に、あのクスリを求めだす様子に懲りてねェなあと笑い、わざとらしく叱るような声を出す。

――だが、目は笑っていない。

暗示やら瞑想やらの用途で薬物ないし酒を使う手管は知っていても、常用は厳に慎むべきというスタンスは今も変えない。
続く言葉で、漸く目を細め、やる気を見せた生徒の様相に嬉しそうに笑う教師の顔を見せようか。

「成る程成る程。この類はやっぱり在るか。……んじゃァ手がかりの一つにはなりそうだな」

そして、組んでみせた術に対する反応に、数度頷いて思考を巡らせる。
最終的に目指すべき解があり、そのための式の一つを知っているなら、変数と四則の組み合わせ次第で換えられる。
何故このような問いを投げ、実演をして見せたかと云えば、だ。
娘が得意とする系統から、如何に術式を組み立てるかを見出すためである。

「おお、覚えてたか。覚えてるよなァ。
 ――今やって見せたのは、その絡繰りを篝。お前さんの得意そうな処に落とし込むためよ。
 
 俺が使う分け身の術は、氣で“型”を作り、そこに氣をさらに満たすことで実体を伴わせる。
 で。陽炎がおぼろであるならそこに我が身を写し、濃くなるくらいに、注いで、だ。
 
 ……此れなら取っ掛かりに出来ると思うが、どうかね?」
 
いつぞや使った術は、分け身の術と云う。流派違いで色々と名前が変わるが、おおよその点は共通するだろう。
高速移動等による残像ではなく、文字通りの分け身として実体を伴う濃さを持った分身を形成する。
不服そうな半目を受け止めながら、無論覚えているとも、と頷きつつ、先程紡いだ陽炎を横目に見やる。
効果が続いている陽炎をスクリーンにするが如く、印を続けて組み、己が“型”を投射。
あとは氣を注ぎ、見えざるラインを魂の尾のように細く繋ぎつつ、固めて――実体を持つ幻像と成す。分身とする。
名付けるなら陽炎分身の術、とでもいうべきか。即興ながらも為せる点にこそ、忍びとしての技量が垣間見える。

> 「はっしし? むぅ、誘導失敗……ですね。子供扱いをしないでください」

聞き覚えのない言葉に首を傾げ、その言葉が暗殺者の語源であったと知れば、感心と納得の声を上げるか。
子供相手に言うような小言に半目になったが、見返した相手の目が口元に反して笑みを伴わないものと気付けば、視線をふいと逸らしてしまう。
交渉は決裂。真面目に叱られてもそれほど懲りていない様子で、相手の機嫌を伺いつつ。
学ぶ意思を見せれば、ようやっと相手の内と外が同じになったと見え、師はつくづく教師なのだと思い、興味深そうに黙って眺めていた。

「はい。私の場合は、火ノ神の加護を受けている時以外は使えない、と言う難点はありますが。
 手掛かり……?」

付け加えて術の制約の有無を述べる。制約故に、師のように瞬時に術を発動することが出来ないと。
その為、下位互換に当たる擬態の術を持つのだと。
手掛かりとはなんぞやと、また首を傾げて続く話を聞き、少女の恨み言じみた言葉の返答にも繋がるなら、直ぐに興味を掻き立てられ。

「――む! ……あれを、私の得意に……落とし、込む」

途端に聞く体勢に入り、やる気なく垂れさせていた耳をピンと立て、尾の先がゆらゆらと楽し気に揺れ始める。
屋敷で見せられた――魅せられた分身の術は、それぞれが実体を持ち、本体と遜色ない動きをしていたのを思い出す。
氣だけで実体を作り出すとは、相当な量を練り込まねばならないのだが、それを簡単に言って、ましてや今こうして目の前でやって見せようと言うのだから、この男の技量の高さには文句のつけようがない。

「おぉー……。――……お見事、です」

そうして、目の前でおぼろげだった陽炎が見る見る間にはっきりとした像を持った分身へと変わるのを見て、開いた口は誉め言葉しか出せなかった。
相変わらず表情に変化は少ないが、内心では相手に対する尊敬やら、自分に教える為だけに技を一つ作ってもらった高揚感やら、けれどそれに素直に喜べない不服な部分やら。色々と渦巻いているようで、尾は少し揺れたり、止まったり、また揺れたりと複雑な様子だった。
そろそろと陽炎の傍に寄り、下や横、様々な角度から眺めてから、好奇心に誘われ片手を伸ばして触ろうとしてみたり。