2025/10/14 のログ
■影時 > ここまで見たもので、クローズアップしたいことがある。
茸かそれともカビ。どちらかかそれともどちらもだが、生物に寄生するという奇妙な生態がある。
その上で生物を操っている……ように見える性質を示している。
茸やカビの繁殖、繁茂の仕方、やり方としては、胞子を撒き散らすことが挙げられる。
だが、ここでもう一味。寄生した動物を運搬者と呼べる媒介者とするなら、どうだろうか。
甘い匂いで惹き付け、興味を持ったものを襲い、菌糸を肉体奥深くに植え付け増殖――新しい菌糸を更に運ばせる、と。
薬と毒は紙一重であり、人間の貴族が財源になると目に付けるような効果は、確かにある。
幾つかの工程と時間を経て抽出する、ことは出来る。出来るが管理が厳密ではない場合、恐ろしいことになりかねない。
「――まァ、な。社会の基本原則であり、契約を交わしたからには履行ないし順守せにゃならん。
はは、改めて云われるとこそばゆいなぁ。
しかし、そうか。絵巻とか見たことあるのか。今度時間がある時に聞かせてくれ。ちと気になる。
鉄も鋼も硬く、割と何処にでもあり、加工法が成り立ってる故に世に流布してる。
一方で加工に一手間二手間かかり、貴重な代わりに、鉄よりも鋼よりも硬いモノが幾つもある。
ミスリルやらアダマンなんたらよりは、まだ俺にも手が負える類ならば、使わない手は無ェ。
もっと硬いだけで言えば、金剛石なンだが、ありゃ燃えるからな―……」
元、という。その語句の響きを舌の上で反芻しつつ、弟子なりの感性の感想をあるがままに受け止める。
十把一絡げに其れが駄目、とは言わない。まずは素直に受け止めた上で、思いを巡らせる。
今回使った術は神仏の後光にも見立てられなくも、ない。術で紡ぐものは不純物もないそのものなのだから。
あとは知識。知れる機会が無いなら、想いを巡らすこともあるまい。
鋼鉄よりも硬いあれこれ。俗に魔法金属等と名高い素材もそうだが、宝石の幾つかもその類に含まれる。
希少性と加工性の問題故に、使い出は鉄に負ける。その一方で工具に使われることもあり得る程。
いずれ、座学を開いてみても良いかもしれない。
唸る姿に目を細め、休憩は終わりと水晶飾りを再度腰帯に下げて移動を再開する。
きっと此れが最後の移動であろう。幸か不幸か、魔族の能力を使うような寄生体には遭わずに済んだ。
これが忍者と忍者、もとい、忍者とアサシンの組み合わせのメリットだ。移動能力の高さは余計な敵を避けることに繋がる。
そうでなければ、足元を見るがいい。汚泥の如く見える淀んだ緑色の増殖が、風を受けて揺れる。揺蕩う。
正常な空気でリセットしたおかげで、より鼻が利く。無対策であれば脳髄を蕩けさせるような匂いがいよいよピークになる。
その終着点が、役所――と見立てた一際立派な建物の屋上への着地だ。
腰の刀に手を添えつつ、直ぐに見える下階への階段の方に進む。扉は、空いている。否、永らく空いたまま放置されてている。
氣を研ぎ澄まし、動体とも生物とも言えそうな動きがないことを認めて、先行する。
弟子に「続け」と目配せして下階、建物の三階へ。三階以外にこの場所は無事な所がもうない。
一階、二階は既に沈み切って進入のしようがない。何より、その証拠とばかりに「あるもの」があった。
「……――見事、と云っておくか」
往時は会議室でもあったのだろう。踏み込んだ広い部屋に、横たわるものがある。
外に通じる窓は割れ、砕かれ、街の真ん中で増殖する茸とカビに触れられる場と化している。
砕け、風化した椅子や机の残骸もあるが、それらよりも明らかに新しいものが、ニンゲンの死体があるのである。
放り出された杖、上等そうに見えるローブ、防水が効いたようなブーツ等々、どれもこれもしっかり金が掛かっている。
だが、自分達にも似たマスクが壊され、首に下がっている時点でもう駄目だ。
うつ伏せに付せ、かっと見開いた眼窩や口から菌糸が伸び、突き出ているが、直接の死因は放り出されカビた短剣だろう。
恐らく、目的達成を前に限界を迎えて――自害したのだろう。黴びていても分かる床の血痕がその証だ。
■篝 > 「――……先生が先生で良かったです。
はい、文字の無い絵だけの巻物です。構いませんが、現物は手元にはないです……。それでもよろしければ。
ダイヤモンド……、はわかります。とても高くて、炭素?で出来てる」
契約と言っても、ただの口約束。それを守り通す者がどれだけいるか。
簡単なことならまだしも、難しいこと、利益の少ないことは簡単に破る方が多い。
そう言う面で、三つ又の蛇と同等に師には信頼を置いている。この人は、けして約束を破らないと。
ごく自然な口ぶりで遵守を唱える横顔を見上げ、娘はぽつりと呟いた。
絵巻の件は少し考えるように視線を逸らす。絵巻の保管場所は既に手の届かぬ元塒の屋敷の中、今更取りに戻ることも出来ないし、既に私物はすべて処分されたと考えると無駄足になること請け合いか。
心なしか申し訳なさそうに告げて。
金剛石の別名には聞き覚えがあったようで、頷き答えた。
――時は進み。
師弟は無事、目的の地へと足を踏み入れた。
漂う悪臭と甘い臭いが胸を侵す前に、素早く仕事を済ませようと気は急くが此処で仕損じては元も子もない。
幸い、目に見える敵がいないことで難なく建物へと侵入も叶い、師を先頭に屋上から三階へと下る。
安全確保の後、目配せを受けて娘も続く。
屋外から室内へ入っても尚、変わらず、むしろ酷くなる臭いに頭痛を覚えながら、呟くような師の声を聞き部屋へ向かえば、そこには屍が一つ転がっていた。
より強い臭いに阻まれ、腐臭死臭も感じ取れなくなっていたことに内心驚愕を覚えながら、静かに師の傍へと歩み寄る。
「……惨いですね。
しかし、死体は動いていない。なら、やはり道中見たアレ等は、あの見た目ですがまだ生きているようです」
割れた窓から吹き込む風に乗って胞子が部屋へと流れ込む。
茸とカビが繁殖しているのが、その場からでも見える程だ。中心部は……あまり考えたくはない。
屍の様子を観察して最初に目につくのは、壊れたマスクと、屍の穴から覗く菌糸の存在である。
床に残る血の痕から死因はそれと検討を付けたが、その骸はあまりにも悲惨であった。この者は、このまま誰にも葬られることなく茸とカビの苗床となって風化するしかないのだろうか。
己らもまた、一つ間違えば同じように……。
そう考えると、自然と目を背けてしまう。
「先生、どうしますか? ……採取、しますか?」
不安を振り切るように顔を上げ、指示を仰ぐ。
■影時 > 「そう言ってくれると嬉しいねぇ。
……ぁ、やっぱりか。無いなら無いで構わん。印象さえ分かるなら語れることも若しかしたら在るだろうよ。
ものの言い方は多いと面倒臭いなぁ。その分世界は広い、ということだろうが。
そう、それだ。錬金術師の言葉を借りると、実は炭と近いとか何とか。故に燃えるとかだったか。不可思議よなぁ」
何事も信用だ。余所者が他所の国で定着し、根付き、安定して稼ぐにはそれが必要である。
それを己は冒険者としての実績として、同時に家庭教師の仕事という形で得た。
重きで言えば後者の方が大きい。職歴の順番で言えばシュレーゲル卿の食客が先だが、信用的な意味では劣る。
食客でやったことと云えば、当家には何の関係関わりもありません、と言い切る前提が大きいことばかり。
絵巻の現状を聞けば――既に失われたのか、それとも取りに行けにない状況であるのか。
後者らしい気配を察すれば、マスク越しに顎を摩り、唸っては息を吐く。己のせいもあれば、文句をつける段ではあるまい。
――そんな話と、蘊蓄を語りながら最終目的地と思われるエリアへと到達する。
この辺りに行くと、警邏も兼ねた寄生体も居る可能性もあるが、どうもそうではないらしい。
地上一階二階は沈み、真っ当な進入路がない。空を飛ぶ以前に窓を破る、蹴破る、といった選択、複雑な行動までは寄生体は取れないと見える。
故に好都合である一方で、一番の危険地帯であるとばかりに、匂いがいよいよ強くなる。
マスクを取って掻きむしりたいような衝動にこそ駆られるが、浅慮のままに行うそれはここまで来たら自殺志願者でもするまい。
ここにある真新しい死体は、きっとそうではない。
雑嚢の裏に仕込んだ鞘から苦無を取り出し、死体を見分する。肌を突き、先端で引っかき、胞子菌糸の付着、沈殿も確かめる。
黒い刃が菌糸に塗れないのは、此れが不可思議なことに清浄な気配を放つ聖性を帯びた苦無であるから。
氣の動きどころか氣すら失われているのは、死んでいるということ。死体が纏うローブを締める腰帯にあるのは、己が雑嚢にも似た印象の鞄。
柄を返し、蓋を開けて試すように手を突っ込めば、思った以上に入る。魔法の鞄に違いない。
「目的を果たそうと足掻いて、果たしきれず自害したといった所か……。故に動かない。動きようもない。
採取は、するか。俺がやる。その上でこの死体を調べて、焼く位ならまだどうにかなるか。
もう少し安全な場所で鞄の中身でも改めれば、もう少しわかる処も在ろうな――」
己が愛用するそれとは、同一ではない。使用者を固定するような措置がない。
だが、自分達の宿部屋と同じ位の容積で物が入り、氣を走らせれば指先に触れるものの冷たさ、温かさを思えば、保全的な機能も働いているように見える。
オーダーすればかなり高額か、同じものを望むなら遺跡の奥深い処まで潜らなければならない程の上物だろう。
遺留物の幾つかや、証拠などでもあれば、それはそっくりそのままシュレーゲル卿に納めればいい。鞄は清めた上で報酬の一部として要求しても良いだろう。
そう語りつつ死体の見分を終えれば、窓辺の方に進む。
取り出す小瓶と鞄、幾つかの道具ですぐ外にある巨大菌糸の一部を切り取り、胞子などを収め、厳重に蓋をする。
直ぐに鞄を雑嚢に仕舞わないのは、炎で清める作業を終えていないから。
それが済めば、死体の再確認と持ち帰れそうな品々を外し、丁重に整えて火を放つ。後は安全地帯まで戻って清め、帰途に就く――。
■篝 > 窓から吹き込む空気、その息苦しさは此処に来るまでの比ではない。
マスクを介し、最低限の呼吸に抑えていても此れだけ負担があるのを考えると、防護の要であるマスクが壊れた時の絶望感と焦燥感は如何ほどのものだったか。
大きく見開かれた眼窩には、もう眼球は無く菌糸とカビが鎮座する鉢植えとなっている。
これまで多くの屍を見、また作り上げた暗殺者であっても、ここまでの屍を目にする機会はそうは無い。
動じず、屍の状態を観察し、所持品等を調べる師は慣れた様子だった。
これが踏んだ場数の差、年の功と言うものだろうかと考えながら、手出しはせず傍らで見守っていた。
屍がどれほどの期間ここに放置されていたかはわからないが、せいぜい数か月単位だろう。
衣服や所持品の朽ち具合、汚れ具合がそんな様子である。
ベルトを外し鞄を手に取るのを黙って見ていたが、あっさりと中に手を突っ込んだ瞬間は驚き、尾を逆立て固まった。
何事も無かったからよかったものの、平気そうな師とは対照的にひやっとしたものだ。
「……自害したのは、外のアレ等と同じようにならない為。運び手にならない為、でしょうか。
相応の覚悟は在ったと見受けられます。
はい、お任せいたします。何か手伝えることがありましたら、お申し付けください。
ん、町の外に出るまでは、気を抜けませんね。
私は周囲の警戒に当たります――」
一通り死体を調べ終えたのを確認してから、師をその場に残し、娘は部屋の入口へと向かう。
建物内には氣を放つような者は感じられないが、念のため警戒に当たる。
鼻は使い物にならないが、耳と目、気配を肌で感じる勘の良さは健在である。
その場で作業を観察することも考えたが、今は此方の方が役に立てると考えて――。
仕事が終われば早くこの不浄の地を離れ、新鮮な空気が吸いたいものだ。
今か今かと、採取と清めを終え、声が掛けられるのを心待ちに弟子は待つのだった。
ご案内:「魔族の国」から篝さんが去りました。
ご案内:「魔族の国」から影時さんが去りました。