2025/10/12 のログ
ご案内:「魔族の国」に影時さんが現れました。
ご案内:「魔族の国」に篝さんが現れました。
■影時 > ――魔族の国。
その全貌を知る人間は、この世に居るまい。かくいうこの己もまた全てを知らぬ。
知りようもなく。だが、知りたい。何かがあるならば。その何かを、見たい。
――故に往く。
誰かが既に至った場所でも、己にとっては未踏の領域だ。
渇望は止まず。絶えず。ひとつでも知れるものがあるなら、さらにさらに知りたいものだ。
魔族の国に至る経路は、幾つかある。幾つもある。
王国軍が把握しているもの、監視下にあるものがあれば、魔族と取引のある悪徳商人等しか知り得ぬもの等色々ある。
どれも危険だが、その中でもひときわ危険とされる経路を辿り、進んで数日。街道のかの字もない荒地を進み――。
「……いやァ、思った以上に淀んで腐ってンなぁ。
風向きのせいとはいえ、途中でヒテンもスクナも嫌ァな貌してたのも頷ける具合だ」
……或る遺構に辿り着く。広さは小さな町程。街道沿いで見かける宿場町にも見えなくもないものが、荒地の向こうにあった。
過去形なのは此れが単純。薄暗い曇天の空、僅かに差し込む日光が照らすそこは実に淀んでいる。腐っている。
土地自体が擂鉢状に窪んでそこに水が溜まったは良いが、そこに異様なものが繁茂し、爆ぜて、ぷわぁと胞子を放っている。
茸や巨大なカビが茂り、水も土地も腐らせ、異臭を放っている。時折蠢くものは――どんな化け物やら。
それを風上となる小高い場所から見上げる姿が一人。否、二人。ついでに二匹。
柿渋色の羽織の下に動きやすい装束をした男が、片目を眇めて見遣り、肩上のシマリスとモモンガも同じような仕草で眺める。
二匹の茶色いふかふか毛並みの尻尾がせわしなく揺れるのは、嗅覚の鋭さの泣き所だ。風に篭る悪臭のせいだ。
それを感じればごそごそと装束の隠しから取り出す、小振りな棗の実ほどの水晶を握り、念を篭める。
すると、ふわりと広がる清らかな風がヴェールのように取り巻き、呼吸を楽にしてくれる。突入前の最後の休息だ。
「お前らは悪いが、雑嚢の中で待っててくれ。な?
それと篝。さっき渡した防毒面の付け方、大丈夫かね。必要ならまた説明するぞ」
二匹ともう一人にそう声を放つ男の足元には、木箱がどかりと置かれている。開いた中身は二つ。
革細工で作られた鼻と口元を覆うマスク。
通気口と思われる穴が空けられたそれは毒消しの薬草と炭が詰められ、毒素、胞子を含む微粒子を吸気より濾しとる。
瘴気には慣れがあるが、今回わざわざ用意したそれは出立前、行きつけ同然のトゥルネソル商会で買い求めたもの。
それ程の危険地帯であり、危険を冒して程金になる、実入りになるものがあるとされる土地がここだ。
依頼元の経路はシュレーゲル卿。冒険者ギルドを介した実行者指名の仕事である。
禁制すれすれの薬を取引している貴族の手の者が、この先の場所に採取に向かい、戻らないと云う。
強力な精力剤、ないし媚薬としての用途があるらしいが、現物を確認し、それを持ち帰るのが仕事だ。
併せて、その手の者の末路等が分かれば、その情報も欲しい、と。
■篝 > 王都から此処まで離れたことは今まで一度も無かった。
街中の情報、主に貴族の情報、暗殺を担ってきた故に、外のことは本や話で聞く程度しか知識が無い。
シェンヤンのことも、魔族の国のことも、どれもこれも初めて目にして知ることは多い。
師の供をして数日の旅の果て、辿り着いた魔族の国――の縁。
小さな町だったらしいそこは、今は酷い荒れようでじゅう人の気配はなく。
「ん゛、むぅ……」
お供の二匹がそんな顔をしているなら、もれなく鼻の利く弟子も布で覆い隠した下の面は嫌ぁな、まさに“二日酔いの寝起き”のような顔をしていたに違いない。
元気なく萎れてへたっている尻尾は、だらんと項垂れてしまっていた。
風上にいてもこの臭い。ならば、その臭いの発生源へ足を踏み入れればどうなるやら。
『南無三。』と心の中で唱えて覚悟するしかあるまい。
「……う? マスク……大丈夫、です。
――これで、合ってる?」
そうして、覚悟を決めた最中、師が声を掛けた。不思議と少しだけ臭いがましになった気がする。
予め話に出ていた防毒面――マスクを思い出し、足元のそれに手を伸ばし取り上げれば、一度首に下げ、フードとストールを脱いでから口元へ装着し、ベルトを締めて付け心地を確認。
使い方に問題は無いか、と師へ確認して。大丈夫なら上からストールで顔を覆い直し、フートを深く被る。
今回の依頼は、冒険者ギルドから態々名指しで指名されたものだと聞いた。
冒険者として名が知れると言うのも、立場や柵に縛られる。大変だな、とは外野の意見である。
これが何であるかは詳しくは聞かなかったが、こんな場所まで取りに来るのだから、きっと貴重な薬にでもなるのだろう。
横取りしようとする者がいる可能性もあれば、魔物の巣窟となっている可能性も十分にある。
瞳に氣を巡らせ、耳を立たせて、辺りには十分注意しておくべきだ。
「先生、これが終わったら……お風呂、とまでは言いませんが……。
せめて水浴びを所望します。……酷い臭いです」
愚痴を絡めつつ嘆息を一つ吐き、師と共に作業場へと足を進めよう。
■影時 > なぜ此処がこうなったかは――さて、色々思う処はある。最有力なのは魔族の仕業か。
人間が人間同士で殺し合うなら、魔族もまた同様。魔族は人間に関与し、魔族もまた魔族同士で争い合う。
ただ、結果として。この地に生い茂る茸やカビは猛毒であるが、毒は薬にも成りうるものでもある。
その情報を持ち帰ったのか、それともわざと流布させたのかまでは知りようもない。
冒険者ギルドを介した指名依頼の際、受け取った卿からの書簡の記述を思い出す。
どうやら、茸やカビを栽培している者が居ないかという点も懸念しているらしい。持ち帰りの依頼はそういうことだろう。
若し、件の手の者が居たならば、その末路を確かめよ。
彼らが死んでおり、何らかの遺留品があるならば、獲得物としても問題ない、という旨もあったか。
「結構結構。よし、ちょっと待ってくれ。
俺も二匹を仕舞ったら、付ける。――わっーてるよ、現物をナマのまま入れたりしねぇから安心しろ。な?」
二匹の毛玉が大変微妙な顔をしているなら、同じ位に鼻が利くもう一人だって同様である。
忍者として嗅覚の訓練をしている己にもこの匂いは酷いと感じているなら、ミレー族としての嗅覚も同じ判断を下すだろう。
覆面の下に浮かべる表情が如何なるものかを思いつつ、マスクを付ける姿を横目にする。
また後でな、と小さな子分の頭を撫でれば、彼らは前足を振り上げて何か言いたげにしてくる。
――もちろん、彼らは喋らない。だが、伝えたい処はなんとなしに分かる。
言い返す内容は、合っているようだ。ならば良しと尻尾を立てて頷き、飼い主の腰裏へと伝い降りる。
潜る先は蓋を開けた雑嚢の中へ。ちゃんと収まったのを確かめ、蓋を閉じながら残る小柄の方に回ろう。
ぐるりと見まわし、マスクや装備等、肌の露出がないことを確かめれば、問題ないと頷く。
次いで己もマスクを付ける。襟巻を引き下ろし、件の革マスクを取り上げて慣れた仕草で付け、調整する。
それが済めば、襟巻を巻き直して調息。息を吸い、吐く。
そのいずれにも薄紙挟むに似た抵抗があるのは、止むを得ない。毒の耐性こそあっても、好き好んで吸うものではない。
それに恐らく、この装備があっても長居は難しい。そう踏む。考えている。
「そうだな、そうするかね……どっか貸し切れる場所でもありゃ良いんだが、と。行くか――」
快適な呼気を与えてくれていた水晶飾りは、今は休ませる。
ぽんぽんと宿る風の精霊を労うように叩いて腰帯に吊るし、同じ腰に差した刀含めて装備を確かめ、数歩進む。
そこから先は擂鉢の底に下る斜面である。それを滑り降りるように進み、――ちゃぷり。
足先を浸す汚泥めいた大地の温度を感じる。奇妙に暖かいような気がするのは、季節のせいではあるまい。
■篝 > 装備の方法は間違いなかったようで、軽く鼻を鳴らして拳を握る。
臭いのせいで萎えてしまいそうなやる気を何とか奮い立たせ、意気込みを新たに号令を待った。
二匹は前足を振り上げ、手振り身振りで抗議し、其れに飼い主は応える。
その返事に満足して、とたたたと駆け足で鞄に滑り込む二匹の姿を眺めながら思うのは、彼らの尾が二つに増えるのはいつ頃だろう?と言う現実離れした妄想だった。
あそこまで知恵が回る小さな獣だ。師の教育や扱い方も成長の一員であることは確実だが、持って生まれた素養も大きいのではないかと考えてしまう。
そう、彼らは妖になりかけている……と、熱心に書物を読もうとしたり、話に相槌を打って頷く姿を見る度に、そう夢想するのだ。
――さて、準備は整った。
息苦しさはあるが、幾分臭いが軽減されたお陰で気分はだいぶマシである。
これなら採取と調査、どちらも問題なく時間が取れそうだと感じつつ、師の声に頷き後を追った。
中心へ向かって窪んだ斜面を慎重に滑り降り、泥沼のように湿る大地へと足を踏み込む。
「ん、少し……歩きにくい、ですね。
……水の上を歩く練習、もう少し……頑張っていれば……」
今更言っても後の祭りだが、思わず後悔が口を突いて出た。
真面目にやっても、未だ水の上に立てて2秒。歩くのは夢のまた夢だ。水を纏う例の修行も、亀の歩みなのは言うまでもなく。
ほんのりと感じる足元の温もりに首を傾げながら、地熱……ではないし、日も照ってはいないし……。と天を仰ぎ見たりして。
不思議そうに足元を眺めた後、ハッと顔を上げて。
置いていかれないようにと慌てて師の後ろをついて行く。
「……前任者、は……同じ冒険者だったのでしょうか?」
所々、瓦礫なんかが転がる足元に注意して、辺りを淀ませる臭気を軽く手で払ってみるが効果はなく。辺りを見渡しながら周囲を観察する。
行方知れずとなった前任者のことを、師は何か知っているのだろうか?
■影時 > 装備の確認は怠れない。見た目にも分かるような危険地帯に入る際は厳重にせねばならない。
此れは己に限らず、若し今後弟子が単独でこのような地域に潜る、侵入する際の教訓にもなりうる。
その意味では、卿から請けた依頼の内容は渡りに船でもあった。
卿が気にするのは麾下のものではなく、どちらかと云えば敵対的な意味で注視する貴族の動きだ。
社会的な地位やら勢力やらを背景に、何らかの闇のものを抱え、さらなる力を蓄えたいとするなら、阻止したい。
そうでなくとも、未知の有毒物は暗殺の手段に使われることもある。
そんな者達の手先が仕損じている、目的を果たせなかった際の末路は……敢えて語るまでもないだろう。
自分達とて、物見遊山のつもりではいられない。報酬を受け取る仕事であるならば注意を払う。
動物的な直感に優れた子分たちの感覚は、此処では恃みにし難い。下手にこの空気に晒すのはまずい。
防毒マスクが無ければ、何の考えもなく吸ったら最期――真っ先に肺がダメになるだろう。
「元々、最低限の整地や舗装はされているようだが……泥濘と化してるなあ、ものの見事に。
なーに、無理不向きばっかりは致し方あるまいよ。
大き目の石、岩に飛び移るように移動するぞ。ここらはまだマシにしても、長く足を浸す気になれん」
靴は魔獣の皮革を幾重に重ね、防音性にも耐水性にも注意を払っている。
それでもなお、と思うのは水の生温かさが何故か、という点だ。水面下では何かが増殖している可能性を捨てきれない。
目的を達成したら、期間前に十分に足は洗っておこう。その為も兼ねて水樽は幾つも買い込み、魔法の雑嚢の中に入れている。
追従する弟子に言葉を返しつつ、進路を見立てる。
舗装用の石畳だったと思しい岩を幾つか見切り、手近なものに向かって跳ぶ。次は、その次も、と跳びながら。
「……前任者と云うか、嗚呼。卿が書で伝えた処によると他所の貴族の手の者、だな。
こンな所に来れる時点で、ただの兵士じゃあないな。冒険者か、身を持ち崩した元冒険者、だろうな。
そうとなりゃ、だいたい考える処も自ずと浮かぶ。……進み易そうな処をまずは進む、だが……ほう、こりゃまた凄い」
街の入口、だった風に見える門扉の名残に至る。見える先も今まで通った処と大差がないか、より酷い。
石造りの建物が自重に負けて傾き埋もれ、木造の建物の残骸もカビやら茸の増殖に埋もれ、浸食されている。
だが、それでも足を濡らさずに進めそうな処もある。それが進行ルートになるだろう。
街を貫く街道の名残とも見えるそれを見回し、進む中で、不意に見えるものに、ふと足を止める。
――獣である。獣のように見えた。
だが、獣の癖にそれらは咆えない。吠える代わりに、弾けるように胞子めいた靄を頭に見える箇所から吐いた。
三匹の狼のような獣が、茸とカビに喰われその乗り物と化している。
灰色の毛並みが極彩色に汚れ塗れ、狼の頭はなんと。赤い赤い茸の傘にすげ変わっているようにも見える。
何をどうやって外界を認識しているかは、分からない。しかし、血が通った生き物の熱は分かるらしい。
その証拠に、獣の本能を思い出したかのように走り迫ってくる。それを……、
「さァて、まずは一手だ。……土遁・黒曜刃剣」
男は腰の刀を抜かず、右手を数度くねらせ、印を結ぶ。その掌中に二枚生じる黒く耀く鏃状の刃を打ち放つ。
黒曜石で作られた手裏剣だ。その切れ味は鋼の刃と遜色なく、或いはより鋭い。
どす、どどす、と突き立つ刃が深く獲物に貫入し、一匹の殺到を食い止める。残り二体。
■篝 > 「……ぐ、ぅう……はい。
跳ぶ……。承知いたしました。追従します――」
慰めの言葉に唸りそうになるのを堪え、ここは素直に返事をして目の前の依頼に集中する。
先を行く師の言葉の通り、泥が広がる中で浮島の如く残る建造物の名残りや、瓦礫、それ等の位置を確認して、傍の岩に上がって靴裏の泥を軽く落してから。
軽々と泥中の岩島を飛んで渡る師の経路、軌跡を追うようにして娘も、ひょい、ひょいっ、と跳んで渡り後に続いた。
靴も、上着も、汚れるのは構わない。が、風に靡かせるハーフマントだけは汚れないように、泥が跳ねないようにと気を使いながら進んだ。
師の装備に比べ、娘の纏うものは一つを覗いて薄く脆弱なあり触れた軽装である。
茸とカビが繁殖した毒沼のような町の中で、全身を布で覆い隠して防いでいても、浸透するものまでは防げないところがある。
師の下した指示は、そう言う意味で弟子を救う形になっただろう。
「貴族の、お抱え……ですか? ん……真っ当ではない、と。
そうですか。では、悼む必要はありませんね。安心しました」
この地へ足を踏み入れていた者の足取りを探り、遺体ないしは痕跡を確認することも依頼の一つ。
……程度の認識だったため、ギルドから依頼された前任者と思い込んでいた。
元々死者に手を合わせるような感傷は持ち合わせないが、それはそれとして。気が軽くなったと口にして。
やがて、見えた入口らしき場所は、相変わらず酷い有様で生き物が住めるとは到底思えなかった。
特に、臭いが酷い。ストールとマスクで軽減されているが、つい眉を顰めてしまう程だった。
更に奥へと進んで行く師の一つ後ろを跳んで追従し、その脚が止まれば娘も手前の崩れた柱の上で止まった。
視線を追うまでもない。
何かの気配が師が立つ向こう側に見えた。
生き物では無いことは、その気配の奇妙さからすぐに感づいていた。
以前、洞窟の中でやり合った屍狼と少し似ている気がする。
柱の上で身を屈め良く見れば、その獣は頭に大きな赤い茸の帽子を被っており、身体中の至る所にカビが生えている。
その獣たちは獲物を感知すると一斉に走り出し、手前にいる師へ向け牙を剥くが――
当然ながら、返り討ちにあう。
術を持って刃を生み、獣の内一匹は串刺しにされ足を止めた。
「んー……」
残り二体が駆け寄って来るのを眺めつつ、腰の双剣を引き抜き立ち上がり。
「――……フッ! ……んっ!」
右に握った鐵の刃を獣の頭目掛け放ち、くるくると回り飛来するそれは一匹の額に深々と突き刺さった。
勢いあまって泥の中を滑り転がって行く獣に振り返らずに、今度は左の銀の刃を軽く手前へ引けば、頭部に刺さっていたはずの刃は一人でに抜け、まるで糸でも付いているかの如き動き、刺さった時の勢いにも劣らない速さで泥の上を滑り。
残ったもう一匹の左の前足、後ろ足を切り落とし、くるり、くるりと舞い戻った鐵の刃を手なずけ撫でるように器用に受け止めて手元に戻す。
本当は燃やしてしまった方が、楽に、確実に始末できる。
……が、腐臭、ガスが可燃性のものである可能性を考えれば、迂闊に火は使えない。困ったものだ。
小さく息を吐き、師へと視線を向ける。
「……この先、魔物の巣窟となっている可能性がありますね。先生、如何しますか?」
■影時 > 「こういう地帯は、な。普段なら俺でも倦厭する類だ。用事が無けりゃァ近づかんよ。
離脱したら、篝の火を借りた方がイイなこりゃ。可能な限り服やら何やら叩いて、付着物を焼き清めたい」
こうしたぼやきも、慰めやら気休めになるならいいのだが。
素足で触れないだけかなりマシだ。素足で水底を触れていたら、何がどうなっていた分かったものではない。
泥濘のような水底は計り知れないが、思った以上に汚らしい状態になっている恐れもある。
手足の洗浄と胞子や菌糸の類を持ち帰らないよう、徹底しておくことを定める。
飛び石の如く、建造物の残骸、瓦礫等、飛べる先を見定めて移動しつつ、横目を遣る。
己が与えた上着を汚さないように、とも心掛けているようにも見える様子に目を細めつつ、足を止めた先で一息。
「ああ。――ギルドを介した、シュレーゲル卿からの仕事の斡旋と云えば勘づくかね?
お抱え、子飼いとはいえ、こンなトコに行かされるのは物好きで無けりゃぁぞっとしねぇだろう。
……俺のようにあれこれ知っている、とも限らん。防備が思った以上に脆弱だった可能性もあり得るぞ」
まぁ真っ当ではない。依頼の出元を伝えれば、弟子もよくよく察せられるだろう。
とは言え、こんな処に“おつかい”に行けと云われて『行きます』と素直に返事できるかどうかは疑わしい。
この場所に至るまででも一苦労なのだ。魔法のアイテムの幾つかでも無ければ、きっと厳しい。
物が揃っていても尚、一つ備えが欠けていれば其処から致命的に瓦解し始める。
魔族の国含め、世に星ほどもある危険地帯は、極まっているとそうした性質がより明瞭になる。
マスク越しでも軽減しきれない悪臭が、増す。
だからと言って、どうすることも出来ない。腰に下げた水晶飾りの力を借りてばかりもいられない。
何故か。敵が来たからだ。茸とカビはどうやら、生物にも巣食う類であるらしい。
その出方、性質を窺うために刀を抜いて斬り込むのは避ける。まずは出来る限り接近せず、距離を置いて仕留める。
(神経組織を潰せば、と云うより……骨を断つ勢いの方が良いかねェこりゃ)
腑分けでもすれば厳密かもしれないが、いわば繁茂のための菌糸のキャリアーとして動物に寄生する可能性がある。
黒曜石の手裏剣が埋もれた中から、血飛沫は激しく漏れない。浸食が著しいのだろう。
とはいえ、骨を割り砕く勢いで埋もれた刃は術の維持が消えるまで、再生癒着を阻害する異物として働こう。
併せて考えれば、弟子がやって見せる動き、攻め方はきっと正しい。感覚器となっていそうな部位と移動手段の破壊。
双剣がそれらを為し、引き合う働きをもとに戻ってくる。火で攻めなかったのは良い判断だ。良い、と頷く。
「まぁまぁカタチを保っている建物があるな。
高所経由で迂回するか。――下手に火の手を挙げると、延焼しかねん。
ついてこい。ついでに、折角だ。この前の約束の幾つかを果たすか。さっき俺が使った術は見たか?」
一先ず状況を収めれば算段を立てる。仕事は魔物の掃討ではない。確保と確認である。
であれば、優先順位は明確にして明瞭。そのためにはまず移動だ。
宿屋や商店、あるいは礼拝堂等。人の町と大差ないとも見られる、見立てられる建物が損壊しながらも見える。
町の中央をまずは目指す。そのために、崩落した建物の天井を足場がてら蹴りあがるように進む。
飛び上がる先は、穴が幾つか空きながらも意外としっかりしている石造建築の二階の屋上。
煙突から一輪挿しよろしくカビが菌糸を生やし伸ばし、ぷかぷか胞子を放つさまを一瞥しつつ、走る。
地面を横目にすると、先程掃討したのと似たものや、人状のキノコの直立が、彷徨い歩くのが見える。
この先、同類が立ちはだからないとも言い切れない。別種もまた然り。
そう考えながら、追従する姿に声をかける。講義にもいい機会だろう。