2025/11/26 のログ
ご案内:「無名遺跡」に影時さんが現れました。
影時 > ――過日、大規模な調査隊を送り込み、多大な被害を受けた巨大な迷宮。

九頭竜山脈の麓に点在する遺跡群の中で最近見出され、一時期閉鎖領域とされたものだ。
遺跡は様々な危険と共に貴重な遺物が眠っていると予測される以上、冒険者ギルドとしては塩漬けする訳にもいかない。
一定以上のランクを満たしている等、認定された実力者を適宜送り込み、その探索を試みていた。
その甲斐あって、発見された案内板めいた石板を解読することで、判明した内容に基づき、更なる攻略を模索する。
石板に曰く、東西南北の四方に置いた要より地力を集め、守護者の力と成している、と。

成る程。道理ではある。
調査隊が相当の被害を受けた階層、膨大な数の魔物と極めつけの大妖魔を維持する代価(コスト)は並みならない。
その代価ゆえに、遺跡の浅層と深層に巣食う魔物の脅威、戦力には差があるという俗説も納得できるものがある。
目下の課題として、その四方の要を制覇、破壊せずして先に進むというのは無謀の極みであった。
調査隊が大きな被害を受けたのは、冒険者以外に調査や修復等に関する非戦闘員を多く帯同させていたことにこそある。
かといって、実力者を送り込めば良い、というのも――さて、正しいのかどうか。そこで……。

「……先遣隊を送り込む、と。いやまァ、先触れは俺独りなんだがネ!」

都市規模と目算される大遺跡は、その実山脈の麓全てにアリの巣のように広がるのではなく、さながら異界を形成しているとも思われる。
そうでなければ、仮に万一遺跡が沈むようなことがあれば、大地が爆ぜ、陥没する――ような大きなリスクさえあろう。
仮にそんな可能性が杞憂であっても、何物が作ったかと分からぬ遺跡から、巣食う脅威が地に沸き、跋扈する危険は何としても避けなければならない。
つまりは冒険者の仕事だ。先触れとして単独潜入に熟達した、生存能力の高い力量者を送り込み、進路を確定させる。
そこで白羽の矢が立った男は今、最早何処とも知れぬ地の底、迷路の奥の巨大な扉の傍で小休止をする。
仰々しく描かれた悪魔らしい図柄を横目にしつつ、団子状の糧食を喰らい、水を呑んで嘯く。
胡坐を組んだ足の上、太腿の上にちまりと座す二匹の齧歯類も同じ。半分に分けられた糧食を食い、掌に注がれた水を呑む。

都合、何層位進んだだろうか。行ける限り進め。目印をつけるのを忘れるな。踏破しても良いが成果は必ず持ち帰れ。
通過地点(チェックポイント)と出来る玄室、分かれ道のたびに特殊な染料で壁に符牒を書き込み、進む。
己が邸宅の掲示板に書き込みを残したうえで出立はしたが、さて。地上では何日経過したろうか。或いは一日も経っていないかもしれない。
異界じみた地の底の時間経過は、どれだけ正確な時計を持ち込んでいたとしても計り辛い。

影時 > 満腹にはしない。もっとも兵糧丸は満腹になるためのものではないが、食い過ぎの愚は様々な危険を誘発する。
とはいえ、緊張に次ぐ緊張、更なる緊張の連続は経験を積んだ冒険者でも精神を削る。
故に適度な休息、弛緩を意識して図ることは、先を進む者として重要なことだ。其れがつい先程斃した魔物の血が立ち込める場であっても、だ。

「お前らもいつの間にか図太くなったよなァ。
 だが、こっから先は雑嚢(カバン)の中に入ってろ。いきなり毒気や深い水の中に放り込まれたらかなわんだろ?」
 
足の上でもちゃもちゃと食べ終え、ぱむぱむとふかふか毛並みのお腹を叩くシマリスとモモンガに忍び装束姿の男が告げる。
二匹はただの毛玉ではない。気付けば様々な経験を飼い主に連れられて積んだ賢い毛玉だ。
え゛ー、と云わんばかりに飼い主を見上げ、ぱたむ、ぱたむと尻尾を振り、お互いの顔を見合ってはこくと頷く。
こうした危険地帯の奥で告げる飼い主の言葉は、大変シリアスだ。それを守るというのは互いの安全を守ることにも繋がる。
ぱたぱたと振られる尻尾におうよ、と頷きながら、男が腰裏の雑嚢を開けば、二匹はするすると入り込む。

「少し待てば足が速い奴は追いついてくるか、とは思ったが……さりとて食い物が続く限り長居したい場所でもないな」

先を進むかそれとも引き返すか。この足で進んだ場所、経路に限っては罠の有無、策定が済んでいる。
通過地点を示す符牒とは別の色の染料で、罠が仕掛けられた場所にはマーキングを施した。
遺跡の管理者、掃除人が居ない限り、ないし存在して目が及ぶまでであれば拭い去られることはあるまい。
これを辿れば必ず安全、敵と遭わない――でもない。時間が経てば敵は再度湧き出(ポップ)すことだろうが、今ならまだかなり楽は出来よう。
いずれにしても、己はまだまだ先進まなければならない。であるならば。

「……さァて、仕事を始めようか」

水袋と兵糧丸を入れた袋を雑嚢に仕舞い、傍らに放り出した得物を掴み上げる。
黒鞘の刀。柄巻を確かめ、少し抜き出した刃の輝きに己が目を映し、口元を引き上げた襟巻で覆い隠し立ち上がる。
刀を腰に差し込み、男の己が身の丈を超える程もある扉に向かい合う。触れた扉は、不思議と直ぐに――開く。

【お遊び判定(1d4)⇒1:地 2:水 3:火 4:風】
[1d4+0→4+(+0)=4]
影時 > 要は四つ。今回、男が割り当てられた要が配置されていると思われる遺跡は東方に位置していた。
四つ。四大となると。魔術師、魔法使いやら賢者やらとなれば、ピンとくるものがあるかもしれない。
いわゆる四大属性、四大元素の概念。
文字通りの地底迷宮ではなく、異界の如く成る場所ならばそれを為すものを欲したのか。
真偽は不明。謎のまま。仮に全層踏破を達成したとしても、明かされるかどうかは――さておき。

現実を見よう。せざるをえない。直面させられる。

「――……ぬ、ッ! 真逆(まさか)とは思ったが……他も似たような仕立てかねぇこりゃ。」

扉を開けば、ゴウ、と吸い込まれる。吸い寄せられる。吸い寄せられて引き摺り込まれれば、ぱたむ、と扉が閉じた。
踏み込む先は――まるで地の奥底に築かれた箱庭。だが、鋭く切り立った岩山の尾根をわざわざ作るのはどうだろうか。
そこに、風が渦巻いている。精霊を視認出来る者が居れば、魔性に狂わされたかのような視方も出来よう。
目方が軽いものだったら、吹き方次第であっさり吹き飛ばされ、底知れぬ断崖奈落に落とされかねない。

そうでなくとも、だ。

薄明りが灯ったような天蓋にちらほらと見える精霊らしい気配や、風読みに長けた巨大な猛禽が不埒な侵入者を待ち構えているらしい。
ギャアギャア騒がしいのは、此れは“はるぴゅいあ”であろうか。腕の代わりに翼、鋭い鉤爪を生やした鳥足の女の魔物も見える。

「…………うーむ。もう少し胸でけぇンだったら、暫し眺めても良かったんがなあ。なに、駄目か?
 って、なンだね。評じられるのは好かんかったか。そりゃ悪かったよ。
 
 だが、すまんな。――もう斬った」
 
先触れ、監視役らしい鳥の魔物が騒ぎ、それを呼び水とばかりに一番の護衛者らしいハルピュイアの群れが寄ってくる。
それを片目を眇めつつ見遣り、見分する――だけの余裕はある。まだある。
汚らしさはあるが、顔と胴体は整ってなくもないように見える。だが、起伏がないのはどうだろうか。
胸先の桃色が揺れても、その揺れ幅がいまいち男は気に召さないらしい。ついつい顰め面で零せば、苦情よろしく喚きが起こる。
風に乗っての飛来は速い。もうじき、魔術魔法でも射かけられそうな間合いに近づいた際、刃音が――小さく響く。

……抜いて。戻して。ぱちり。

一連の淀みない所作を締める音は、とても密やかに。風の間隙を抜いて奔る斬氣の刃は強く、鋭く。
荒ぶ風のように、群れの上半身と下半身を斬り抜けて堕とす。――その名も荒風(スサカゼ)。氣を練り込んだ斬撃を飛ばす剣術の一つ。
かくして濛々と溢れる血が作る血煙を目くらましに、忍び装束の男が腰間の得物の鍔に指を掛けつつ進む。
上半身を前に傾けた姿勢で、風の流れを縫い進む。風の心得があるからだ。
一番弟子は風の子、風竜である。故にその理の一端をよく知る。
追風ならば速度を増し、向かい風ならばそれを利す帆船の航路よろしく、細く鋭い道を掛け、飛び越える。

「……! 落としにかかる手合いか、こりゃ」

道がないように見える場所は、奈落の底から吹き上がる風にうまく乗りながら跳ぶしかない。
そんな状況でも隠形は保つものの、風を乱すものは微かな違和感でも感じるのだろうか。
精霊力を持つ怪鳥らしいものが、翼をはためかせて風を飛ばす。それを先刻見せた刀の抜き打ち、氣を篭めた刃でいなし、払う。
明瞭に精霊を視認する訳ではない。だが、予兆を氣を通じて垣間見、そこに刃を合わせてゆく。

影時 > 「……よ、っ、と、っ、ほっ、と……! 
 ちまちま遣ってるだけじゃあ俺は落とせンぞ。ほら来い、男なら来いよ。雌でもいいから来い。なァ!?」
 
刃で切り払うばかりが全てではない。中空で寸分の見切りのままに練った氣を足裏、手先から放つ。
するとどうなるか。その反作用で踏ん張りようもない虚空で回避を為すことが出来る。
だが、万事それで済むわけではない。見切りが甘ければ装束が切れ、肌が切れ、髪の端が千切れる。
直撃をしなければいい。鉤縄を投げて届かないような遠くまで、落とされなければいい。

跳んだ先の刃の如く切り立った足場を踏みしめ、業を煮やしたとばかりに迫る怪鳥の接近に半身を向ける。
正対はしない。素直に身体の前面を晒せば、風圧を受ける面積が増す。良いことではない。
嘴で突き飛ばさんとばかりに迫る怪鳥の気配を注意深く読み、跳ぶ。跳んで手を出す。
存外毛並みのよい羽毛の背に触れ、残る手が黒檀色の刃を抜き放つ。――苦無をその手に取る。
とす、と敵の背に突き立て、抉って腰を屈めた姿勢で再度、着地し残心。
刃を打ち込んだ怪鳥が藻掻き堕ちるのを一瞥し、前に。さらに前に。進む。

――風界を作りたいのならば、このような足場はそもそも要るまい。

恐らくは要を置き、安置するための最低最小限の通路、といった所だろう。
こんな細く狭い道は、人二人が並んで進むにも難儀する。心得がない場合、魔術の補助が無ければ進むも難しい。
刃を仕舞って進めばやがて、円形に開けた場所へと繋がっている。奈落に底があるならば、それを地盤にして高く築かれた塔の天辺のよう。
そこに薄緑の光を血脈のように複雑に張り巡らせる人一人程もある石碑と、もう一つ。

「……やれやれ。こういう具合だと、暗殺をしにいくには無理があるか」

魔物が居た。男より大きい身の丈、胴体のハルピュイアであった。荒々しさはなく、瞼を伏せた顔は慈母の如く。
精霊力を蓄えたと思しい緑色のふかふかとした羽毛は大変美しく、頭上には魔力の塊のように見える正八面体すら浮かべている。
胸尻大変張ったボディラインは、文句をつけようもない。そんな感想を零せば弟子の一人からは大変呆れられよう。
とはいえ、そんな益体ないことを脳裏に浮かべたくなる程に、強い。とても強いチカラが肌を震わせる。

『――ギャアアアアアアアア!』
             「っっっ!!!」

鳥女が目を見開く。瞳はない。瞳孔もない。黒く染まった眼を見開き、叫ぶそれが風を生む。
台風の只中に放り込まれたかのよう。渦巻く爆風が不埒な闖入者を奈落に落とさんと荒れ狂う中、顔を歪める男が片膝を突く。
風の凄まじさもさることながら、魔力が宿った叫喚が感覚を文字通り震わせる。五体を強張らせる。
続けて羽撃き、魔力が籠った羽根を投刃の豪雨として飛ばしてくる有様を、地を転がるよう躱す。少し遅れていれば針鼠と化したに相違ない。