2025/08/03 のログ
影時 > 「……――なーんか心当たり山盛りそうな仕草してくれちゃってまァ。
 ったく。地上に戻ったら、酒呑みながら聞くからな。心しておくよーに」
 
娘のこういう仕草はつくづく、分かり易い。
耳が痛い事柄は聞き流す性質なのはよく分かっているが、今回は肩を竦めていつもの事と流すのは良くなさそうだ。
感じる態度からもそんな勘を覚える。聞ければ知っている範囲で助言、新たな修行も考えられるだろう。
それもこれも、まずは帰ってからである。この場で聞くのは、今から行うことを考えると良い選択とは思い難い。

(地形改変は――恐らくない。生態系の改変、ってよりは、置く奴らを変えたって感じかね?)

石を投じた先を見る。投じた後の反応を思う。現れるスライム状の何かの所作を見る。
透明度の高い水餅がヒトガタを為した姿は、今の季節だと食べたくなる気もするが、分析を図る必要がある。
スライムは色々と侮れないが、高性能・高機能を窮めると体内に“核”というべき部位を生じさせる場合がある――と感じている。
常にそうである、とは限らない。粘体全体が核同然である場合、一瞬で総体全てを滅却しなければならないリスクが生じる。
ちらりと目を遣る水場、揺蕩うそれが悉くこの透明度の高い粘体であると仮定したら。
性質を把握し、対処の順番を考える必要がある。

・呼吸や微音等の生命反応には――反応しない。
・衝撃には――反応した。
・衝撃を受けると――何か出してくる。

刹那に列挙した特徴は単純な魔物ではなく、自動防衛装置めいたトラップの部類と見る方が正しそうだ。

「――刃が溶ける類でも、やはり無ェか。はは、刀が振るえる時なら此れ位はな」

核のような部位がない手合いの場合の処方を模索がてら、斬る。
無機物を消化するよりは、とぷりと受け止めてく類なのだろう。刃を氣でコーティングし、斬撃と同時に波濤の如く注ぐ。
注がれた氣で飽和したそれは、存在を保てずに床のシミとなる様に凡その性質の見立てを済ませ、残る一体の方を見る。
その対応、対処は娘の方に任せる。動き自体は緩慢であり、つけ入るスキがある。そこにいつか見たものが差し込まれる。
何か、という証明は籠った爆発音を伴って証明され、粘体を飛び散らせる。肌を叩く爆圧に顔を顰めると、

「こらこら、悪気はねぇから我慢しろ。な?
 ……恐らく衝撃優先、だな。多分今もあるかもしれねェが以前来た時は、この水路を小鬼とかが船を漕いでやってきた。
 それを足場に向こう側に渡ってみたりもしてたンだが、この塩梅だと対策されてそうだな。
 
 スライムの類にしちゃあ弱いが、足場を使って渡るのは止めといた方が善かろうな」
 
――水の上を歩く技でも、いずれ教えるか。

そう思いつつも襟巻の中から身を乗り出し、抗議よろしく尻尾をぱたつかせる二匹の毛玉を男は宥める。
二匹の頭を撫でて落ち着かせながら所見を述べ、腰帯を通したポーチの一つから折り畳んだ地図を広げる。
侵入経路と見える限りの構造物、その配置から地図自体の変動はない、或いは少ないであろうと目算を立てつつ、前に進む。
耳を澄ませる限りで遠く、遠く。きぃこきぃこと櫂を漕いでそうな音が聞こえてくる。
水路を進むゴンドラの類はまだ、ありなのだろう。漕ぐにしては随分と難儀していそうな気もするが。

この辺りまで来られると、少し面倒かもしれない。まずは先に見える建物を目指し、その扉を開け放つことにしよう。

> 「…………」

肩を竦めて言い聞かせる声を聞きながら、ふいっと逸らした顔はそっぽを向いたまま。
声で返事はせずに、耳だけ其方に向け、尾の先を揺らして「聞いてますよー」とでも言いたげな返事をした。
話すことが増えるのは説明も面倒そうで、叱られはしないが心配性に拍車がかかりそうな予感がしてならない。
これならいっそ、数日この遺跡に潜って記憶が薄れるのを待った方が良いか。などとも考えて。

師が石を投げ入れたのが単なる思い付きとは思わないが、わざわざ危険な罠を自ら踏むのはどうなのか。
否、これも試験の一環と言うなら受けて立つべきだ。
今後一人、ないし誰かと潜ることになった時、それらの判断は自分でしなければならないのだから。

「……武器を溶かす魔物もいるのですか?
 ただでさえ、軟体は刃が通りにくいのに……。厄介極まりありません」

迷わず刀を抜いたのは、石が溶かされなかったのを見てのことか。なるほど、と頷きつつ質問を重ね、辟易とした声で締めくくる。
スライムのような魔物は特に、物理攻撃に強く、切っても潰しても核を潰さなければ元に戻ってしまう。
今回のように核らしきものが見当たらない部類は、魔術師が作り出す魔法生物に程近く、刃に氣を乗せると言う芸当が出来ない娘では、術に頼らざるを得ない。
跡形もなく完全に消滅させるなら、燃やし尽くすしかなく、たかが尖兵相手に時間とコストが見合っていないと言える。
文句ありげに襟巻の中から抗議する二匹を眺めながら、その原因が此方にあるかもと感じつつも他人事のように見ていた。

「音に反応しないなら、爆薬の使用も躊躇わなくて良さそう……――とは、いかなさそうですね。
 今もまだ、小舟に鬼が乗っているかはわかりませんが、まだ運航はされているようです。
 ……水上戦は苦手です。出来れば、避けたいと思うくらいには」

他にもまだスライムが潜んでいると考えるなら、水路を渡ること自体命取りになりかねない。
もしも、足を踏み外してしまえば、一巻の終わりだ。
できれば、わざわざ危険な橋を渡りたくないと思うのが人の心と言うものである。

広げられた地図を覗き込もうと、脇から顔を覗かせて、遠くから舟を漕ぐ音を聞き取れば耳を揺らして振り返り。
まだそう近くはないが、徐々に距離が縮まっていることを感じ取り、先へ進まんとする背中を小走りに追いかけ走り出す。
聞き耳を立てるのもそこそこに、厄介ごとになる前に先へ進んでしまおう。

影時 > 「ったく。……こういう場所なら、氣の感知を怠るな。
 何って云うかなぁ。ん、あれだ。額に目があるような感じで見てみろ」
 
心配性もそうだが、その心配の種の所以を聞けるなら、知悉する範囲で凡その見当をつけられるかもしれない。
遭遇した限りの内容を分析し、手管、傾向を読み解き、此れならばこう、という講義の題材にも出来る。
話すのが億劫になるになるかもしれないが、手が掛かる何やら程可愛いもの、とはよく言ったもので。
手が掛からない弟子でも、注ぐ情熱は変わらない。慢心になりがちな尖りがあるなら、それを程よく整えるのも師の仕事。

――氣の扱い、運用の取っ掛かりを得たなら、開けたなら。

次に磨くべきはその先。どれだけ鍛えても鍛えきれない感覚がある。出来ることが一気に広がるのだ。
感知のセンスこそその一つ。水に魚は棲むものとしても、生きているような気配を発する水はただものではない。

「ああ、居るともさ。
 例えば、王都の地下水道の魔物掃除で遭いたくねぇ類のひとつ、体内に取り込んだ奴を溶かす粘体(スライム)が分かり易いなぁ」

逆にどうして居ないと思うのか……とまでは、云わない。知らないと思うならそれは言い過ぎである。
今回遭遇した類にちなんで、金属を溶かす程の溶解力を持ちうる例の一つを挙げ、面倒そうに肩を竦める。
魔物図鑑でも買っておこう。そう心に決めつつ、襟巻の中に引っ込む二匹を一瞥し、娘の顔をふと見やる。
特定の手合いの魔物を厄介と評する。出来れば遭いたくない。だが、遭う可能性を回避できない際にどうするか。
そうした思考の動き、考えを巡らすなら、寧ろ褒めるように目を細めつつ眺めるだろう。
対処の一例を示すのは容易い。だが、それは一例だ。火遁で焼くばかりではコストがかかるなら、どうすれば良いか。模索する様を大事にしたい。

「そうだなぁ。沢山持ち歩ける手段があったとしても、毎回吹っ飛ばすにも数限りがあるなら、な。
 ……そういうわけで、取り敢えず今は順路通りに先に向かうとするか。
 
 氣の扱いが精妙になってきたなら、軽業の類を教えてやろう。木の葉を飛び移る技とかな」

故に今回、順路のショートカットという手段は止める。正攻法で進むほかない。水路を満たす全てがスライムなら、嫌な悪寒がする。
地図を覗き込もうとする姿があれば、見え易いように下ろしてみながら、聞き耳を立てる様子に頷く。
見終えたならば先ずは先に。なんにせよ先に。奇妙な氣、気配を発するオブジェクト、目印の類は水路以外にはない。
辿り着く扉の前、先程のように耳を澄ませて――手信号。三、二、一と指折数え、タイミングを計って扉を蹴破ろう。

【お遊び・敵脅威度判定(1d3)⇒1・:普通 2:そこそこ 3:とても強い】
[1d3+0→3+(+0)=3]
影時 > (――む。)

扉を蹴破る先は、天井が高い。とても高い。その中に蠢くものがひとついた。
石像――否、これは鉄の腕か。黒鉄で出来た重々しい鎧騎士のようなものである。
師の身長を倍にしたくらいに大きく、無骨な鎧騎士が緩慢な動きで出刃包丁じみた刃を掴み、立ち上がる。

> 「……額に、目?」

ようやっと言葉を返したかと思えば、反応するのはやはり興味のあること、である。
生物の気配や息遣いを探ることは常だが、魔力や氣の感知はそこまで気にかけてこなかったようで、キョトンと目を丸めて首を傾ぎ、言われるまま額に手を当てて摩る。無論、ミレーでもそこに目は無い。
忍術でも、魔術でも、発動されれば予知したが如く反応して示すだけに、意識して感じ取ると言うのは慣れないようで、何度か首を傾げながら耳を揺らし、集中するにつれて尾がアンテナのようにピンと立つ。
暫くすると、うっすらとだが魔物――ここで言うならスライムと、遠くから迫る舟にいるだろう者の氣を僅かに感じ取れた。

が、これを常にとは非常に疲れる。
立っていた尾がゆるゆると下りて行って。
続く話は更に嫌気の差す話で、下りた尾からしなしなと元気が抜けていく。

「それは非常に厄介です。いっそ、地下水道なら火攻めにして全部焼き尽くせばよいのに……。
 焼却処分。その方が効率的と考えます」

これまた極端な回答を出すが、その案が通るとも最初から思っていない様子で。
魔物に詳しくなればまた違う答えも出るかもしれないが、金属を溶かすほどの力を持つ魔物相手に近接で仕掛けること自体不利であるのは変わらない。
出来れば遭いたくない。そもそも受けたくない、と考えてしまうのも仕方ないことだ。
火遁以外の術や、師がやったように刃に氣を纏わせるなど、まだまだ学ぶべきものは山積みである。
大変だけれど、学べることはやはり喜ばしい。より良い駒になれば――……。
そう考えながら、ふと視線を向ければ細められた暗赤と目が合った。不思議そうに其れを見返しつつ。

「……確かに。道具も、氣も、使える回数には限りがあります。……ん、承知しました。
 ――木の葉に飛び移る? 木の葉……。木の葉?」

首肯するも、また不思議な技に興味を擽られ、木の葉って、あの木の葉?と尋ね返しながら、地図に向けていた顔を上げ、下から顔を覗き込むような形。
新手が来る前に進み、合図に呼吸を合わせ、派手に扉を蹴破り見えた向こう側。
広がる景色はまた異なり、高い天井と、謎の鎧騎士。人間ではないことは、その背丈からわかる。
物騒な武器を片手に立ち上がれば、その大きさは3m以上はあるだろうか。

「あれは、無視するわけにはいかなさそうですね……。
 先生、先手は頂きます。後のことはお任せしました」

中身が何で出来ているかはわからないが、門番が木偶の坊とは考えにくい。
ひとまずわかるのは、石を投げて確かめるような相手ではなさそうだということ。
相手の力量を図るなら、勝率の低いものから特攻するのが良いか。
足を止めた師の横をすり抜けながら、返事も聞かずに双剣の片割れを抜き放ち、白と黒両の刃を構えて姿勢を屈め一直線に鎧へと駆けて行く。
攻撃が来るならば、それを躱せるようにと緋色を光らせ神経を集中させよう。

影時 > 「ものの喩えと云うか、言葉にすンのがむつかしいなあ。
 ……四大の流れを感じよ、五行の巡りを捉えよ、とかまことしやかに云うのは簡単だが」
 
言葉にすることは出来ても、いざ実践しようとして出来るなら苦労はしない。
額の目というのもニュアンスのようなもの。概念的なものに近い。
心眼を開く、目に氣を集めて働かせる――等とも云うのか。だが、若し出来るならば色々と世界が広がる。
漠然と感じていたものが、より明瞭、鮮明に見える。
娘の尾っぽが肩上に乗った子分たちよろしく、ぴんと立つ有様に呼応し、毛玉達も尻尾を立てる仕草をする。
若しかしたら見えている、かもしれない。飼い主の日課の瞑想を真似てそれらしいことをする生き物だ。
問題は、そうした氣遣いを常に保つことか。次第に降りる尻尾が次の話にしなしなとなる様に肩を竦め。

「城攻めならまだ良いんだがな。
 嗚呼、俺がそれ遣るときは犂や鍬の棒を買って、包丁を結び付けた槍で突く――あンまし旨くないが、確実だ。
 チカラも使うのも使い捨ての道具で片すのも、どちらも等しく手段だ。」
 
なまじ有効と信じる手段があると、それに縛られる。極端な回答もある意味間違いではないのだ。
如何に氣で刃をコーティング出来るにしても、鉄を溶かす生き物に刀は積極的に振るいたくないもので。
故にスライムの核を壊し、ないし摘出できれば事足りる使い捨て出来る道具に頼るのも、間違いではない。
閉所で許容できる限りの長柄と考えれば、即席武器を使うのも立派な手段だ。
目を細めるのはある意味、懐かしみも覚える。己もそれ以外の者も、誰しもが通った道なのだから。

「道具も道具で工夫の仕様もあるんだよなァ。魔術鉱石の屑石を砕いて混ぜた火薬なら、利きも変わるな。
 ……最近暑ちぃから、川泳ぎでもするときに見せてやる」
 
この国に来てから齧った錬金術からの発案、発想による火薬術のアレンジも、いずれ教えても良いかもしれない。
そして、思わず尋ね返す有様に頷きつつ地図を畳み、腰に戻しながら先に進む。先を急ぐ。
建物は変わりない。侵入可能な窓、出入口が他に見当たらない点も含めて、変わりようがない。
是非も無いなら、タイミングを合わせて突入するほかない。今回の突入行は以前と同じく一人ではない。待ち受けていたのは。

「……――見た目通りに硬そうだな。“ごぉれむ”の類かね。
 って、もう少し様子を見ろ。血肉を持った手合いと見えうるか、――!」
 
巨大な鎧騎士。黒鉄で身を固めたそれは、同じ黒鉄で出来た大振りの片刃の大剣を掴み、身を起こす。
如何なる敵だろうか。直ぐに浮かぶ呼称は土人形とその亜種。或いは一時期、各地の遺跡で出没した記録のある魔導機兵なる類のものか。
きりきりきりぎちぎちぎちがこがこがこがこ。
関節のみならず鎧の内側からも異音、駆動音を奏でるものが、兜状の顔面に嵌まった紅い眼を燃やして侵入者を認識する。
そして、同行者の声を振り切るように白黒の刃を携え先駆ける猫を。

この鈍重そうに見える騎士――魔工騎士とも称しようか。
魔導機械仕掛けのガーディアンは心臓部に埋め込まれた魔術鉱石を鼓動させ、魔力を総身に滾らせる。
燃え上がる魔力はそのまま、大振りの刃に集まって魔術的紋様を灼熱させ、チカラを放つ。
風巻く熱。熱波だ。刃の間合いの先に居ない小柄を狙い、横薙ぎに振るえば風が生む。熱気を伴う斬圧を繰り出してゆく。

対処できうるか、否か。うわっぷ、と呻きつつ侵入後にしては難度が高い敵に対する動きと、その対処を見極めるべく様子を見る。

> 「難しい……。何となく……は、感じる? けど、疲れます。

 ――農具? ああ、なるほど……。使い捨ての、武器。理解しました。
 破壊されることを前提としての、立ち回りですね」

チラリと横を見れば、同じく尾を立てていた二匹に気付く。氣は、こう感じれば良いとアドバイスをしてくれているようだった。
パチリと緋色を瞬かせつつ、師が出した攻略法の一つに首を捻るがすぐに意図を理解し頷く。
敵が其れと最初から分かっているなら、やりようはあると言う例なのだろう。
不意に出会う敵としてはやはり相性の悪い敵だが、その時はその時で、また違う解決策を模索するだろうことも想像できる。

「……効率を上げる方法。火薬に魔石は、まだ使ったことは無いです。高価、だったので……。
 はい、是非に。木の葉を跳んで渡る、のは……興味がある。楽しみ、です」

資金に限りがあり、火薬の使用を禁じられていたので火薬の調合にまで気を回したことはなかった。
屑でも魔石は量が増えれば値段はそれなりに掛かるのではないかと、少し迷いが出るが、それで火力が上がるのならとも心が揺れるところ。
全てに組み込むことは難しくとも、一つか二つ程度なら、師の監督の下試すのはありかもしれない。
木の葉渡り含め、楽しみなことである。

――とは言え、悠長に未来の楽しみに気を向けていられる状態ではない、現状がある。

扉の先で待ち受けていた巨体の鎧騎士――魔工騎士を前にして、其れを分析する師の横を抜けて先を行く。
先行したのは何も傲慢な無謀から来るものではない。
あの巨体から繰り出される攻撃ならば避けられる。そこに魔術が加わったとしても、流れを肌で感じ読めると、自信があってのこと。
そして、仮に自分がやられたとしても、師ならば冷静にその眼で得られた情報を分析して、この部屋を攻略するか、撤退するかを判断すると信頼していた。
逆に師が先にやられてしまえば、己では遺跡から出ることも難しいと。
敵の脅威を冷静に判断して取った行動だった。
――己を駒として扱う癖は未だ抜ける兆しは無い。

「問題、ありません―― ッ!」

鎧の中から響く歯車の音、ギシギシと軋み、関節を動かして動く巨体へ迷いなく突き進み。
滾る魔力の波動が燃え上がり熱風を生むより一瞬早く、その気配を読んでマントの裾を左手で握って身を覆い、熱風に煽られ肺が焼かれぬように口は堅く閉じる。
軋んで回る歯車の駆動音を聞き逃さずに、地面を蹴り、横凪に腕が振るわれ巻き起こる風に乗って飛んで躱し、跳ねるように柱を蹴って後方へと回り挟み撃つ形へと変えよう。

肌はひりつくが、火遁使いには慣れたものだ。マントが熱気を和らげてくれることもあり、直撃さえ避ければまだまだ動き回る余裕はある。

魔工騎士がすばしっこい猫に気を取られるなら、主力は十分にその力を発揮してくれると期待する。

影時 > 「感じられるだけ、上等な部類だよお前さん。
 これをな。普段よりそれとなく悟られないように出来るようになれば、上出来だ。
 
 そうそう。人間もミレーも道具を作り、扱う才はどちらも変わりやしねぇ。
 時と場合によるが、依頼書をしっかり読んでいれば、その時に必ず倒さなきゃならん敵が分かる筈だろう?」
 
この歳で、これだけやれるのだ。
氣の扱いに熟達出来る使い手を篩い分けるようにして鍛え、忍者として仕上げていった里の出としては、驚くものがある。
氣の恐ろしい処は、人間以外が使えないと断定できる理由がないということで。
これはー、こうー!とでも言いたいのか。襟巻から出て、むずむずと尻尾を立てて、ぶわわと毛並みを膨らませる二匹は――分かるものがあるのかもしれない。
真逆ねぇ、と思いつつも、氣が使えない者らしい自体の対処法を述べつつ、理解を得たらしい姿に頷いて見せる。
溶かされない戦い方と、溶かされる前提の戦い方もある。どちらがその時の状況で最良かだ。その見極めは自分自身にしかできない。

「……――成る程。それもそれで、時間を取ってみていいかもしれねェな。
 どっちも気分転換のついで、と思ってくれや。
 やってみて分かるもの、違いがあるという気づきは、俺が教えるに当たって一番大事にしたい処でな」

火薬も火薬で奥深い。火遁で火を、術符で爆発を起こせるが、氣や術によらない起爆手段は色々な可能性を秘めている。
いちおう確立されている火薬の調合法も、いずれはより高度に、より緻密に改善されるだろう。
己が気づいた火薬調合のレシピは、黒色火薬のそれと大差はないが、添加物に等級の低い魔術鉱石の粉末を加える。
すると起爆時、生じる爆炎は魔力を含み、先程のスライムにもより一層の効果が見いだせるだろう。
他の手立ての腹案、工夫があるのなら、試せとそそのかすのが己が生き甲斐とも云える。

とはいえ、何にせよきちんと生き残れるかどうか。
分析がてらでもあり、いつぞや伝えたように試しの意味も強く、先行する娘の動きを見る。二匹と見る。
襟巻から出た二匹が前足を腕組みよろしく組みながら、尻尾をくねらせて何やら話し合うように顔を向け合う。
ぺたんぱたんと飼い主の肩を尻尾で叩くのは、手伝わなくていいんでやんすか?と言いたいのだろうか。

「……――なら良いが。
 こいつの中の力の流れは、見えてるか?闇雲に戦うと、篝。次第にジリ貧になるぞお前さんが」
 
二匹が云わんとすることも、理解できなくもない。此れは生き物ではない。機械仕掛けの存在だ。
機械は疲れない。痛みを覚えない。内蔵動力の消耗こそあっても、それが一瞬で使い切るような生易しいものではない。
魔導式熱波とも云うべき剣風の娘の対処は、的確。与えた防具がさっそく役立っている。
玄室内には幾つもの柱が乱立し、即席の避難場所、遮蔽物として使えなくもない。

だが、敵には破壊するに困るものでもない。
娘にとっては鈍重な動きではあるが踏みしめる動きで刃を引き戻し、手近に見える柱の陰に入れば、大剣で打ち砕く。
破片を飛ばすのか? そうではない。右手に剣、左手に柱を掴み、交互に躱す姿を叩き伏せようと打ち込んでゆく。

さて、そろそろ気づくかもしれない。師はまだ動かない。
弟子たる娘がどう動くか、対処をしてみせるのか。それを値踏みするように暗赤の双眸を細めるのみ。

影時 > 【次回継続】
ご案内:「無名遺跡」からさんが去りました。
ご案内:「無名遺跡」から影時さんが去りました。
ご案内:「無名遺跡」にさんが現れました。
> 【待ち合わせ】
ご案内:「無名遺跡」に影時さんが現れました。
> 「……でも、明確な位置までは確信が持てません。これではまだ、使い物にならない。普段から悟られず……精進します。

 ん……。依頼書を読むだけで判断できる敵なら、良いのですが。
 それも、魔物に詳しくなればわかるようになる……?」

褒められても釈然としない様子で、静かに首を横に振った。
娘にとっては十八は、“この歳にもなって”である。
三十路を越えたくらいに見える師を目標の一つとするなら、既に半分の時を過ごしていると思うと焦りもする。
偏った基礎の不足分を今改めて学んでいるのだから仕方がないとわかっているが、それを仕方ないと言う言葉に甘えるつもりはないようで。
苦手な精神修行と同じく、此れもまた精進を重ねると言う。
身振り手振り、一生懸命に教えてくれる先輩(二匹)もいるので、遠くない未来コツを掴めるようになる日も来るだろう。

「ん。まずは実践……ですね」

魔物の生態然り、錬金のいろは、火薬の改良に関しても、また日を改め座学と共に習うのも良い。
娘の持つ知識や秘伝の配合も開示すれば、互いに有益な結果をもたらすやもしれない。
何度か聞いた師の教育論は十二分に覚えている。

――現状のコレもまた、実戦あるのみと言ったところか。

「…………影時、先生?」

初撃を躱し後方へと回り込み、バックステップを踏んで移動しながら、柱を砕く追撃を既で躱して敵を引きつけるが、その間も師は一向に動く気配を見せない。
敵を観察しているのかとも思ったが、どうやら観ているのは敵ではなく己であると気付けば、一つの答えに行きつく。

これは、試験だった。
教えられ、導かれることに慣れ始めていたから忘れていたが、今回ここに訪れた目的は、師の監督なしに遺跡に潜るだけの力があるか、見極めるためのものだった。自らの力を示さなければ許しは出ない。
師が手を出さないのも至極当然だ。

魔工騎士が右に剣を、左に叩き折った柱を掲げ、小賢しく逃げ回る猫を叩き潰そうとする。
休みなく打ち付ける剣と柱の乱撃の中で駆け回り、砕け飛ぶ礫を刃の腹で払い流して。
攻撃に捕まりそうになったらなら、速さを求めて、脚へと氣が巡り一速、二速と速度を上げて行き。
転がるように避けて躱してを続けながら、師の呼びかける声に耳を澄まし言われる通りに魔力の流れを読み取ろうとした。
だが、集中する暇は与えてもらえずに逃げ回ってが続く。

「――ッ、」

助けはないものとして、このままでは埒が明かないと見切れば、双剣を鞘へ戻し、両手で陽炎の分身を生み出すべく印を結ぶ。
ようやく娘が足を止めたと見るや、魔工騎士は左腕を大きく振り上げた。
そして、即座に叩き付けるように娘へ向けて振り下ろす。
そのタイミングで氣を分身へと一気に流し込み実体を与えると同時に、本体は滑るように前へ飛び出し振り下ろされた柱の影へと忍んで、駆けて、敵から姿をくらませよう。
途中、床を叩いた衝撃で崩れた柱の欠片が額を掠り打ったが、叩き伏せられるか否かの前では、それも些末なことだろう。

「……はっ、はぁっ。――……迦具土神に加護、乞い願い奉る」

上手くやり過ごせたなら、分身に相手を任せつつ、師へ一瞥くれて再び敵へと向き直り、続けざまに手印を組み上げつつ鎧の中で渦巻く魔力の流れを読み取ろうとした。
感覚だけで読み取れないものを視ようとすれば、無意識に瞳へ氣は集中する。

影時 > 「そりゃそうだ。
 篝、お前さんいきなり「すべてを知るチカラ」を与えられたとして、直ぐに使いこなせるかね?
 答えは敢えて聞かんぞ。思ったままで正解だ。注意深く精進するといい。
 
 色々難儀し始めるだと……飛竜やら大猿、大熊の討伐あたりはまぁまぁ分かり易いな。
 詳しくなるのも良いが、同時に痕跡にも目を向けることだ。字面に足りねぇものを、探り出せ」
 
師たる男にとっては、また違う言い方がある。“この歳までよく生き延びた”という言い方も出来る。
例えば。瓢箪から出た駒の如く才能に満ち溢れて、忍として鍛え上げられた者が、この娘と同じ歳迄生き延びられるのは稀。
そんな世界に居た。そんな闇を見た。戦の狂気の片鱗を味わった。
お陰で鍛えれば伸びる素地を、今死地に伴わせている弟子によく見い出せている。
新たに増えた認識、境地がいきなり使いこなせる性質ではないのは、これもまた幸運であろう。変な慢心を抱く恐れが少ない。
故に注意深く、丹念に鍛えることを愉しんでいられる。己もまた、弟子たちの有様を教訓、バネとして鍛え直せる。

「そう、知った上で行い、試し、その結果を吟味する――だ。間に休みも挟みながら、な?」

万事が実地で教えるばかりは出来ない。己の本業、副業の兼ね合いもある以上、難しい。
出不精にならざるを得ない荒天時含めて、意識的に座学を設けることにしよう。反省会とも云う。
新たな何かを教える際の予習にもなる。諸々踏まえて実際に試し、教訓を得て身とする。今がまさに然り。

「――……今しばらくは、手ェ出さんぞ。
 突っ込んだ矢先に歯応えがあるのに遭うのは運が無かったが、篝。
 こういうのがな、俺が一人(ソロ)で潜る時に避け得ようのない手合いの一例よ」
 
襟巻の中から身を出し、またまた~と言わんばかりに、二匹の毛玉が前足でツッコミよろしくはたいてくる。
その動きの気配を感じつつ、胸の前で腕組みしてみながら頷く。弟子ある娘が行きついた答えに然り、と示す。
試しである。試験である。数だけ揃えた雑兵の群れを単騎で超える厄介ぶりだが……逆に丁度よかっただろうか。そう思わなくもない。
遺跡の類はどれだけ慎重になっても困ることはない。こういう明らかな脅威と出会った際、その判断の是非を否応なく問われる。

例えば単騎で余力を残して倒せるか。
あるいは倒せぬ、突破できぬと判断し余力を帰還に振り向けられるか。
遺跡探索の肝は限られた余力(リソース)の管理である。
魔法の鞄でどれだけ食料や水、回復手段を保持できても、きっと余力は変わらない。窮地に陥る危険を軽減することには繋がるが。

――力を惜しむのも進み方の一つ。だが、逆に力を惜しむと全力なら倒せる相手との会敵時間が長引き、かえって疲れるかもしれない。
この敵はどうだろうか。重厚な敵は速度は遅くとも、確かな力がある。腕力任せの即席二刀流で娘を叩き潰そうとする様を見る。
よく動く。止まってはいけない。止まれば死ぬ。躱せなければ死ぬ。だが、魔工騎士の装甲は硬い。工夫なき刃は通らない可能性が高い。
大きく振りかぶった左腕で握った柱を叩き付ければ、爆ぜる。爆ぜるように破片が舞い散り、短くなった柱を敵は放り出す。
何故か。期せずして出来た塵が、視覚を遮ったからだろう。――成る程。

「ひとつ、教授しよう。この手の敵が何を以て敵を認識するか、考えたことはあるかね?
 蝙蝠や海を泳ぐ海豚や鯨等は、目ではなく音でものを認識するらしい。」
 
この魔工騎士、ひとのように者を見て認識し、識別するらしい。
粉塵が周囲に立ち込めるさまに不協和音じみた稼働音はそのままに、何やら注意深そうに足を止めて周囲を見回してそうな素振りを見せるでないか。
分身が時間経過で薄れた粉塵の向こうに見えた、と思えば、また剣の魔術的紋様を燃え上がらせて、振り上げざまに熱風を放ってゆく。
攻撃と共に粉塵を吹き払い、視界を明瞭にさせて敵対者を正しくとらえようとする。
つくづく、精巧に出来ている。よく出来ている。その全てはハガネのような五体に流れる魔力で駆動する。
氣を集め、高めて視力を研ぎ澄ませるなら、そろそろ見えるのではないか。分厚い胸甲の奥、人間の心臓と同じ位置で鼓動する動力が。

> 言わんとすることは理解できる。答えを聞かないとは、聞くまでもないと言うことだ。
知識だけで万物の全て知り力を得られるなら、経験はこの世から価値を失くすが、世の理がそうでない以上答えは「否」である。
教えを存分に活かすに至らぬ未熟を抱えながら、娘は慢心なくこの先も経験を重ねていくのだろう。
逆に、経験に胡坐をかいて学びを怠ることも、この師の下にある限りは無いだろう。
なにせ、教える本人が未だ精進を怠らず知識を貪欲に求めているのだから。

飛竜、大猿と名を連ねられた魔物は見たことがない娘でも、それが純粋に脅威を振るう魔物だとは想像がつく。
生態を知ることで弱点や習性を知り、討伐の一助となるとも考える。
が、それだけでも良くないと言う言葉に首を傾げた。
依頼書の中に記されないものまで察して探り、情報、現場の痕跡をあらう……これこそ、経験がものを言う。
前者と同じく、この教えは簡単にできることではなく、小さく頷いては見せたが弟子はあまり自信がなさそうだった。

学び、試し、反省と復習を行う。
試しに至った現状の先、反省会を行えるだけの結果が出せるか――それが今の問題。
具体的に言うならば、五体満足、生きて帰れるかと言う問題。
無論、命が危ういとなれば手を出すとも取れる言葉も投げかけられるが、心の何処かで“この程度で死ぬなら其れまで”と囁く声も聞こえてくる。此れは誰の声だったか、記憶は掠れ思い出せない。

「……はい。これを一人で仕留めれば、よろしいのですね。承知いたしました」

幻聴と重なり聞こえる師の声を耳で拾いながら、曰くそこそこ手応えのある敵を捌ければ、合格は堅いと理解し。
指輪を撫でるように擦れば、火打ちの魔石は小さな火花を上げ術は成る。
加護を得て、ゆらり揺れる尾の先に赤い焔が灯り、バチバチと火花の弾ける音を聞いて双剣を構え直した。

短くなった柱が打ち捨てられ土埃が立つ先で、分身(デコイ)は魔工騎士の視線を誘い、熱気で揺らぎそうになる姿を氣を多く使うことで保ち、足音を立てて右へ左へと揺さぶりをかけていた。
分身は実体を持ち、また与えられた分だけの氣も持つ。惑わせるには十分役立つか。

師の助言を元に考えるなら、と氣を高めた緋色は敵を見据えて観察し、やがて見えて来る氣の流れ。
身体の中心、胸――心臓へと血が巡るが如く魔力が流れ込む様は、アレが敵の原動力(弱点)であると告げている。
罠と言う可能性も勿論あるが、まずは叩いて試すしかないのなら。

「…………、」

視界か、音か、魔力か。
敵がどれを頼りにして索敵しているか探りつつ、声も、足音も立てぬように気を配り少しずつ後退し。
意識の外にあると判断できれば、まだ無事な柱へ駆けて器用に登り。分身が此方の動きを察して敵を誘導する。
気を付けるべきは、タイミングと、装甲を撃ち抜くだけの攻撃を与えること。

「――ここ……ッ!」

分身が誘い出し、魔工騎士の身体が此方へ向いたその瞬間。
双剣を逆手に握り、柱を蹴ると同時に踵に仕込んだ火薬を爆発させ速度を上げる。
重力と爆発の威力を乗せて、分厚い胸甲目掛け双剣を掲げ突き刺さんとした。

爆破の音はどうしようと派手に鳴り響くもので、閃光の如く輝く火も伴う。
娘は空中に在り、気付かれれば格好の的ともなるが……さて、特攻の結果は。

影時 > 「機に臨み、応じ、変じろ――……と云うことだけは、馬鹿の一つ覚えよろしく容易いがね。
 だが、対応するための手札の幅を絞り、定めることは出来るだろう。
 過不足なく己を知れているなら、次に敵を知れ。依頼書の内容が曖昧なら、敵の痕跡を見出し、手管を整えよ」
 
討伐の仕事で依頼書のターゲットが明確なのは、恐らく大概が○○のXXを持ち帰れ、といった納品を伴うものだろう。
そうでない場合、依頼を出したものが倒して欲しいターゲットの正体を認識し切れてない恐れもある。
家畜や人を攫う小鬼(ゴブリン)や農作物を食い荒らす猪、というように分かり易いなら兎も角、だ。
否。正体が知れていても、その性向、傾向を分析し、襲撃、迎撃の(タイミング)を測ることも必要になる。
臨機応変と口に云うのはまっこと容易い。そのためには己を知り、敵を知る必要がある。
教訓を得れば反省が生まれ、次に実際に為して、また反省が生まれる。積み重ねが自他を知るための指標、材料となり、(レベル)となる。

――何にしろ、まずはこの場を切り抜けてみることだ。

敵は確かに強い。娘は鋼鉄を斬るやり方を知っているか? 恐らくまだ知るまい。
今の手持ちの手札で遣り口する余地はあるか? ない、とどうして言える。無ければ捻くり出せる余地は十分に在ろう。

「補足するなら、まずは一人でやってみろ、だ。
 おあつらえ向きに此れは、安直にお前さんが攻めるには難い類だろうよ。……その手に鋼鉄を斬り、穿つ(ワザ)はあるや否や?」
 
対応力と判断力を測りたい。仕留めれば善しではあるが、仕留められなくとも善しである。
為せなかったとして、罵声をかけたい訳でもない。敵に求めるのは、娘の放つ技に耐えられるサンドバッグとしての在り方のみだ。
件の巨躯と比べ、娘の持つ双剣はともすれば頼りなくも見える。
だから工夫が必要になる。小さな刃で大きいものを切ろうとするなら、それに相応しい業が必要になる。
無ければそれに代わるもの、他の手段を捻り出せるか。即興できるか。きっと出来る。程々の窮地は否応なく打開策を求めさせる。
つけ入る余地として、分身は魔工騎士の視覚を引き付ける。誘わせる。軽やかな足音も立てば聴覚も敵がそこにいると、判断させる。

だから、キカイの判断はシンプルに目下の敵と認識出来た(――と思わせる)ものを、振り上げる刃を以って切り伏せる。そう判断した。
それが間違い。より高度な戦術判断が出来るなら、腕組みする一人と二匹の存在を除外すべきでなかったし。
もっと強いて言うなら、よりより高度な感知能力を充実させるべきでもあった。粉塵が晴れた隙間から、同じ形の敵が――ふたつ。

『!!!』
 「……おぉ、やる、ねぇ……!」
 
敵の数が、おかしい。直前の思考回路に記録された形態の敵が増えていることを認識した処に、ぎぎぎ、と動きを一瞬強張らせた刹那に。
爆音がする。破圧が大気を揺らす。双剣を逆手に握る相手が異様な速度で肉薄し、胸部に双剣を突き立てる。
闇雲な突撃ではない。急所を見極めての特攻は無謀に見えて戦術的には正しい。

故に、切先が硝子のように硬質の装甲をひび割れさせつつ貫入し、その奥の心臓部を砕く。
それでふつ、と。巨体が身動きを止め、みし、みし、と不吉な音を軋らせ、崩れ落ちる。
全体を魔力の流動で維持していたのだろう。それが耐えれば、構造を維持できない。膝から崩れ落ち、がらがら、と壊れてゆく。