2025/08/02 のログ
ご案内:「無名遺跡」に影時さんが現れました。
ご案内:「無名遺跡」に篝さんが現れました。
■影時 > ――遺跡がある。
ここに遺跡がある。数ある。沢山ある。
遥か古より存在する名もなき遺跡たちは山脈の麓に存在し、終ぞ全てが探り終えた、という話は聞かない。
それらを纏めて一つの街のよう、と提唱する学者も居れば。
全て魔族が人類を貶めるために創造し続けているのだ、と宣う識者も居る。
真実は誰も知らない。きっと重要視していない。経験則で知り得るのうちのひとつとして、踏破済の層が未踏破に変わることもあるのだから。
「……そろそろ、先に進むか。準備は良いかね?」
現状、認識されている層で地下六層はあるうちの、第三層。
迷宮と形容される遺跡のその層の入口と言える玄室に、幾つかの影がある。
この階層に至るまで見つけた宝箱の仕掛けを解除し、都度見つけたものは魔法の雑嚢に突っ込んで先へ。その先へ。
今到った広いホールのような空間に交戦跡、と言える豚鬼や小鬼の死骸を散乱させ、先に進む扉の前に座す者が声を放つ。
天井自体が薄明りよろしく光る構造は、わざわざ松明や龕灯の類を用意しなくともいい。この先も確か同様だった筈だ。
そう思いだす者の片割れは水袋から水を含み、小袋から取り出す丸い携行食を呑み下す男であった。
忍び装束に羽織を纏い、傍らに鞘篭めの刀と小さな背嚢を置きつつ、休止する有様は、大変リラックスしているように見える。
胡坐に組んだ膝上で、半分こされた携行食――兵糧丸をもしゃもしゃ齧るシマリスとモモンガもまた、同様。
薄荷の風味が利いた甘めの其れは二匹も食べ慣れている食物ではあるが、やはり粉っぽいのだろう。
んがくく、と呑み込めば、ぢっと男の顔を二匹がそろって見上げてみせる。
その意図は聞くまでもない。掌を窪ませ、そこに水を注いで差し出せば、二匹の毛玉がぴちゃぴちゃと小刻みな舌の音を奏で、呑んでゆく。
ひときしり満足して、二匹が男の肩上に攀じ登り、首に巻かれた襟巻の中に潜れば準備が出来た合図である。
さて。もう一人は、どうだろうか? 出立前含め、此処まで至るまでの様子を思い返しつつ問おう。
■篝 > 無名遺跡へ足を踏み入れた経験はこれまでになく、冒険者ギルドで囁かれる噂程度の知識しかない。
例えば、誰それが新しい入口を見つけた。
例えば、新種の魔物に出くわした者が、それを討ち取り学院の教授へ鑑定依頼を出している。
例えば、名の知れた冒険者パーティーが行方知れずになり、一人として戻らなかった。
どれもこれも、暗殺者には関係のない話でしかなかった。
――今までは。
成り行きから今は冒険者となった娘は、見慣れぬ薄明りの天井をぼんやりと見上げては不思議そうにして。
不意に尋ねられた声に振り返れば、腰に携えた双剣を確認してから顔を上げて首肯する。
「はい、問題ありません」
いつもと同じ落ち着いた起伏の無い声音で返し、支度はでき、休憩も十分に取れたと答える。
腹ごしらえは不要と断り、水も最低限にしか口にせず。その方が身体の調子が良いとして、自身のスタイルを貫くのも、慣れない閉鎖空間での探索を警戒してのこと。
男の飼う小動物等も腹ごしらえを済ませ定位置に戻ったのを見届けてから立ち上がり。
「……先生、ここからはどう動けばよろしいですか? 指示を」
扉の先を見たことがあるだろう師の判断を仰ぎ、命令を待つ。
■影時 > 経験がないならば経験させればいい――とは、簡単には言う。
思い描く理想は信用出来る者達、友人と組んで、浅層を周回する。きっと此れが何よりも手堅い。鉄板だ。
ただそれだけでも、獲物を探して山野を進むのとは似て非なる緊張を得られることだろう。
しかし。己は兎も角、新たな弟子とした娘には事情がある。諸々込み入ったものがある。
おまけに実力も単なる初心者と云い難い程にもある。
これを踏まえ、経験を積ませようとするなら、見取り稽古と実戦を折半したような仕立てで、進む方が良いだろう。
奇しくも己にも弟子にも隠形の業の心得がある。
気配を減じ、滅し、暗がりに隠れて回廊を進む魔物の群れをやり過ごし、玄室に篭る魔物の様子を見れば不意を突く。
ここまでは善し。歯応えや難度は兎も角、見つけた宝箱から回収する財貨は換金すれば良い金額になる。
これ以上の品、物を求めたいなら、探したいならば先に進むほかない。
いずれにしても先に進むほかない。過去に一番弟子と到達し、至った階層がどのように異変を迎えたかを知りたいのなら。
「……なら良いんだが。緊張の連続ってのは、思ったより余裕を削るモンだ。よくよく己にも気を配れ。な?」
だと、良いのだが。動けば小腹が空く。呑み過ぎない、食べ過ぎない程度に腹を満たし、喉を潤す。
食料と水を魔法の雑嚢の中に詰めるだけ詰め込み、一回の食事量を定めておけば、理論上の活動時間は非常に長くなる。
とはいえ、理論上だ。予め定めた目標を達成すれば直ぐに取って返すし、思わぬ何かが起これば同様だ。
此れが依頼を請けての探索の基本、と己は認識している。無理が過ぎれば元も子もない。既知であっても何か起こるか分からない死地だ。
「前に来た時を思い返すなら――扉を開けたらいきなり、なーンてことはなかった筈だ。音を探ってから、開け放つぞ」
装備を整える。兵糧丸入りの小袋は小さな背嚢に捻じ込み、水袋は腰裏の魔法の雑嚢に戻しておく。
何でも入る雑嚢があるのに、わざわざ背負い鞄……背嚢を用意したのは、弟子という同行者を伴っているからだ。
腰の雑嚢は有用だが、そのかわり自分以外による物の出し入れができない。故に水薬やら保存食、水入りの瓶等を別途小分けにしたという訳で。
背嚢を背負って立ち上がり、腰に刀を差しながら扉に歩む足音は静謐に。
大きな扉の前に立てば、ぴたと耳をつけ、音を確かめて――徐に押し開く。音なく開く扉の向こうから入る風は、水の気配を含む。
――運河を張り巡らせた水の都を見たことがあるなら、見えてくる風景はそれに似る。
地底湖と云うべき水上に薄らと光を放つ磨かれた岩の空の下、複雑に水路が張り巡らされ、水が流れている、ように見える。
通路はその水路に沿って縦横に広がり、その交差点ごとに今いる玄室と同じ石造建築が幾つも散見する。
いつか訪れた時、嗅ぐ水の匂いは清涼のように思えたが、何処か淀んでいる気がするのは気のせいだろうか。
■篝 > 遺跡に向かう前、師からは『以前、姉弟子と共に潜った』とだけ聞き、それ以上のことは詳しくは聞かなかった。
曰く、遺跡の中は時間を経るごとに姿を変えることがあり、毎度同じである保証はないと言う。
故に警戒は怠らず、一度踏破した階層であっても油断は厳禁であると。
例の台風のような姉弟子との旅路がどう言ったものであったかは、聞く理由が無い今は掘り起こさずに置いた。
余計な先入観は邪魔になる。同時に、師が姉弟子と己を比べていない以上、無駄に探って変な勘繰りをされてもと思う。
目を曇らせる負の感情、劣等感や嫉妬と言う感情には無縁であり続けるべき、とも。
此方の様子を伺う師の視線を受け流し。
「……余裕は必要なのはわかる。けど、余裕は気の緩みにもなる。先生は過保護すぎます」
もう一度、問題ないと繰り返し、その心配を無用と首を横に振る。
昔から仕事中の飲食は禁じられてきた。暗殺者となってからもそのリズムは変わらず、冒険者になっても同じ。
食事も休憩を必要最低限のみ、張り詰めた緊張の糸が切れぬように保ち続けることは常である。
長時間、それこそ数日に渡る潜伏もそれで平気だったのだから、この程度で音を上げたりはしない。
師の過保護、心配性には呆れたと言うように弟子は生意気に嘆息した。
「ん、承知しました。先生が入った後に続きます」
武器も、薬も、食事や水も自己責任と考えるのは、仲間と言うものに対する経験の無さからくるもので。
師が荷物を分けて持つ理由も、万が一失った時の被害が半分で済むようにと考えたのだと解釈していた。
それを同行者のことを配慮してと知れば、また奇妙なものを見るような目で首を傾げることだろう。一応納得はするが、解せぬと言う面をするに違いない。
音と気配を殺し耳を澄ませば、扉は静かに押し開かれる。
その背中へ続き扉を抜けた先に待つのは水の都を想像させる涼し気な空間であり、今までいた場所とは全く異なる景色だった。
中層に至るまでにも感じたが、つくづくこの遺跡は不思議な場所だ。
光を放つ岩、その下を流れる水が何処へ続いているのかなどと無駄な考えは早々に止め、ピンと三角の耳を立てて周囲を警戒してみるが、水の流れる音以外に聞こえるものは無い。
「……現状、敵の気配はありません。静かなものです」
念のため双剣は片方を鞘から抜き、両手が埋まることは避ける。
水の淀みまでは気付かないが、この先に魔物が潜んでいるか、それともトラップでもあるかと警戒は緩めずに進もう。
■影時 > 向かう先の詳細は、敢えて今回伴わせた弟子には教えていなかった。
だが、知ろうとするならば難しいことではない。冒険者ギルドの窓口で『第xxxx号遺跡のマップを見せてほしい』と、尋ねれば良い。
踏破済み扱いされている遺跡ならば、そうして既知の情報を得ることは割合容易ではある。
攻略当初なら各々で作ったマップを秘匿し、高値で取引等するものだが、己がギルドでは一度攻略済みとなれば安全確保のために周知される。
魔物が出なくなった遺跡の場合、野盗や山賊が勝手に占領し、根城にする恐れもある。
そうでなくとも、定期的に侵入したり再発生する魔物が、何らかの品を持っていることもあるため、安全な探索のために公開される。
――注意するべきは、この再発生という語句である。
此れは時折、迷宮の構造、改変を伴うことがある。以前侵入したこのエリアの水はよく澄み、魔物が漕ぐ船も泳ぐ程だったが。
「そうかね?これはな、平時を保つための手順、とも言う奴よ。
……いつ如何なる場合でも、どんなキワモノと遭っても、力揺らさず、心乱さないためのな」
仕事中と捉えるのも間違いではないが、己がスタンスは少し違う。
ここは死地である。敵地である。死と隣りあわせの異界を行軍するものであるなら、自己管理は行き届かせるべきと。
喉が渇いて喉を鳴らしただけで、耳聡く敵が反応するようなことは隠形の使い手として避けたい。
呆れたと云わんばかりの嘆息ぶりに肩を竦めつつ、認識したと返す有様に頷き、扉にぴたりと付ける耳に神経を傾ける。
襟巻の中から顔を出し、小さな耳をぴこぴこさせる毛玉達も間近に敵はない――と思うらしい。
身に付けた品々の重みを再認識しつつ、動き出す。扉を開く。
警戒するのも万一の備えも用意しておくのも、ちゃんと理由がある。
自分だけ万全な物置きを使えるのは、良くもあり悪くもある。不意の事態で仕損じた場合のリカバリが出来ないのはまずい。
徹底するなら、相互に装備位置と中身を共通させる位必要だ。自分独りだけが良い目を見れば良いものではない。
「……いや。ちとこりゃぁたちが悪そうだ。氣を研ぎ澄ませて、視てみろ」
直ぐに見える情景は過日のそれに似て、少し違う。その違和感は真っ先に見える水路の中身にこそあるように見えた。
第六感含む感覚を研ぎ澄ませ、肌に触れる風に違和感を覚えれば、ごそごそと羽織の中の隠しに触れる。
手の中にごろりと落ちるものを、アンダースローで水路の方へと放り込む――、何の変哲もないただの石ころを投げたのだ。
水に投じれば、ぽちゃりと景気よく落ちる筈であろうが、ぼ……ちゃ、と。粘性が緩い粘液の中に投じたのように籠った音が響くのである。
すると、だ。
清らかな筈の水がぷくりと屹立して、半透明の粘りを見せながら凝って、歪なヒトガタを為すように通路に立ちはだかるではないか。
どうやら水路に流れるもの、それ自体がスライムのようなものである――らしい。そんな粘体が二つ立つ。
ぷるぷる、ぷるぷる、と震えるそれは水菓子のようだが、此処に在るものがそんな生易しいものであるものか。
「刺激に反応して、免疫よろしく尖兵でも出すような何か、か? まぁ、いい……、と……!」
ぼやくのもそこそこに師を名乗る男は踏み込み、粘体のうち一体に肉薄しながら鞘走る。
激烈な氣を篭めた腰の刀を抜き打ち、収めることで生じる閃きは二つ。音は一つ。
速やかに×の字状に断ち割られるものは、斬撃よりも込められた氣圧に耐えきれずに、すぐさまとろけ、床のシミに変じる。
物理的な衝撃はとぷりと受け止める代わりに、魔力や氣の衝撃で存在の構成がほどけてしまうようで。
■篝 > いつ如何なる時も、どんな際物と遭っても――。
その言葉にピクリと耳を揺らし、スッと顔を反らし扉の方へと視線を向けた。
力、心、揺らいで乱れる。そんな覚えが真新しい記憶にあり、耳の痛い話だった。
表情には出さないものの態度には明白に「この話は長引かせたくない」と現れ、先へ足を進めることでやり過ごし。
扉の向こう側、水路が張り巡らされた空間に立ち辺りを伺う。
敵の姿は見えず尋ねる声に否を返され、懐から取り出された小石が下投げで水路へと転がり落ちる様を目で見て、音で聞き。
「……?」
水音と呼ぶには重い、泥に沈むような音に疑問符を浮かべた。
そうして、水路の水が形を持って立ち上がる奇妙な光景に目を瞠り、粘性の水の正体を悟った時にはスライム状の魔物は二つに分かれ屹立していた。
魔物と言うよりはトラップに近い性質も持つらしい其れを、師は腰の刀で一太刀――正確には、二斬りして滅する。
「……、お見事です」
ほぼ同時に放たれた斬撃は音を重ねて一つにし、その斬撃の鋭さを見る者に魅せる。
速さには多少の自信を持つ猫も、それを捌くことは難しいだろうと想像すると同時に、あの屋敷では手を抜かれていたのだと改めて確信して。
何とも言い難い感情を抱きながら、残ったもう一体の方へ自然な動きで歩み寄り。
ゆっくりと伸びてくる腕を躱し、半歩避けてすれ違う間際、懐から取り出した特製の火薬筒に火打ち指輪で魔力を伴う火を灯し、するりと交わす瞬間、ヒトガタの中心へそっと差し込んだ。
ヒトガタが本物の人間ならば、懐へ小さな爆薬を気付かせずに忍ばせる、暗殺と同じ動きだ。
その技が暗殺ならば結末は一つ。
娘が背後に回ると同時にヒトガタは小さな音を立てて爆ぜ、飛び散り形を失くす。
「動きは鈍いですが、数が増えると厄介ですね。
反応するのは衝撃に対してだけでしょうか……?
音も、もう少し気を付けた方が良い、かもしれません」
同じく床の染みとなるも、まだ少し蠢く様子を見せる欠片を見下ろしつつ。
魔力、氣を十分に伴った攻撃でなければ完全に消滅させるのは難しいのかと首を傾げ、また一つ師に習わなければならないことが増えたなと振り返り。