2025/08/13 のログ
ご案内:「メグメール(喜びヶ原) 洞窟」に篝さんが現れました。
■篝 > 闇と静寂が満ちる洞窟の中、無数の獣の咆哮と爆発音が一つ、二つと響き渡る。
上がる火の手が増える度、闇は晴れ、次第に見えてくる光景がある。
狼と似て非なる大きな体躯の獣の群れ。腐臭を放ち、濁った体液を滴らせる不浄の魔物。
そして、その中心で囲まれ佇む黒づくめの小柄。
小柄の背後で、ゆらりと伸びる白尾の先に、赤い焔を宿り揺れている。
焼かれた者、手足を失い身動きのとれぬ者、蘇ること叶わず消滅した者。
既に半壊させられた群れは、小さな獲物との侮りを捨て、脅威として敵を威嚇する。
群れの頭だろう、一番大きな獣が距離を取れば皆離れ、小柄の周りを伺いながら隙を探してゆっくりと回り出す。
「…………ん、まだ」
小柄は両手に携えた双剣の感触を確かめながら、獣の動きを目で追った。
■篝 > このまま、群れを全て処理しても、まだ氣の余力はあるだろう。
もっと、もっと、もっと――。
もっと、沢山、術を、氣を、費やして。
突き詰め、己を追い込めば、そうすればきっと、捧げるべき供物の輪郭が分かる。
己の魂の形が見えて来る……はず。
瞳、耳、脚、腕、肺、心臓。
一部ではなく全体へ、惜しむことなく氣を巡らせ、肉体を強化する。
その間にも、獣は遠吠えを上げ、仲間を呼び数を増やそうとする。
荒々しい獣の呼吸音を猫の耳が拾い、不規則にも思えるその音の中で、二匹の呼吸がピタリと重なった。
瞬間、同時に前後より挟み撃ちにせんと飛び掛かる獣。
だが、氣によって強化された瞳は未来を見透かしているかの如く。
ひらりと身体を仰け反らせ、彼らの爪と牙を躱し、すれ違い様に小柄の双牙が獣に一撃を見舞う。
左の銀は前方の獣の腹を大きく切り裂き。
右の鐵は後方の右目を斬りつけ、深々と抉るように突き立てられ。
急所に傷を負えば、痛みを感じぬ不死の獣も怯んで飛び退き後ずさる。
突き刺さったままの鐵の刃を取り除こうと、獣は前足で顔に触れるが、その直後――
バァンッ!! と、その頭部は破裂し、爆炎が上がる。
腐肉をまき散らして動かなくなった身体が、少し遅れて地面に崩れ落ちた。
小柄が左の剣を引けば、闇の中より鐵の刃が回転して舞い戻り。
パシッ。と、器用に右手で捕まえ双剣は持ち主の下へと返る。
■篝 > 敵の数は残り五体。応援が駆けつける気配はまだない。
それならそれで良い。一匹残らず燃やし尽くして、冒険者ギルドの依頼を遂行するのみ。
先ほどの攻撃でまた一段と小柄を囲む獣の円は広くなり、敵の頭は撤退と追撃を迷っていることが伺える。
そして、下された決断は速かった。
二匹で敵わぬなら、四匹で。
タイミングをずらし次々に飛び掛かり、腕や足へ向かって、休むことなく襲い掛かる。
其れを左右の剣で滑らせるようにいなし、鉄の削れる音と火花が上がる。
攻撃としては温い。この程度、捌いて撃ち落とせば――否、これは仕留める為の動きではない。つまり。
「――ッ!!」
残った一匹、群れの頭はその巨体をものともせず、離れた岩の上より高く跳躍し。
岩から岩へと飛び移り、小柄の背後へと回ると牙をむき出しにして飛び掛かった。
無数の気配が飛び回る中、完全に気配を殺しての奇襲である。
漂う腐臭に気付き振り返るその瞬間、大きく開かれた獣の口が目の前に広がり、小柄は咄嗟に右手を突き出した。
グサリッ。深く、喉奥を突き刺された獣は低い唸り声と体液をまき散らしながら、それでも引き下がることなく押し進み。
ついには小柄を抑えて上を取った。
「……ゥッ、……う゛ぅ?」
小柄は背中を打ち付ける衝撃に片目を瞑り倒れる中、完全に食いつかれる前に獣の頭を爆ぜようとした。
右の鐵へ、爆炎の術を放つ――……。
が、発動しない。
むしろ、触れた先から、精気、気力が吸われていく感覚が。
「……エナジー、ドレイン」
相手の魔力、氣を奪い、吸いつくす。そう言う手合いのものもいる。
以前聞いた言葉が脳裏に蘇る。緋色は大きく見開き、嬉しそうに喉を鳴らして嗤う醜悪な獣を見上げる。
■篝 > 腐臭が顔に吐きかけられ吐き気を覚えるが、そんなことに気を向けてはいられない。
一刻も早く離れなければ。氣を全て吸われてしまえば、最悪意識を失う。
突き立てた右の剣を、更に深く抉り込むように手首を回して押し込むも、脳にも目にも切っ先は届かない。
ニタリと嗤う大きな口が、小柄の前でゆっくりと閉じていく。
牙が、じわじわと皮膚に食い込み、右肩から血が滲んで――少女の命が、零れ落ちていく。
火守の教えに基本に、魂を蝋燭に灯る灯火に喩えるものがある。
これを、幾つもの傀儡に分け与え操る術、爆発的に燃やして金剛力を得る術など、多岐に渡る。
それらの数ある術の中、最も重要とされる、神の加護を受ける秘術がある。
自らの魂を神への供物とし、神秘とも渡り合う奥義である。
「――見えたぁ」
ポツリ、呟く声は場違いに明るく、穏やかだった。
脱げ落ちたフードの下からあらわになった少女の緋色の瞳は、微笑み心底嬉しそうで。
食らい付いたままの上顎を自由の利く左腕で抑え込み、離れぬように固定する。
突然の暴挙に驚く獣は更に深く牙を突き立てるが、そんなことは知ったことかと決して離さず、少女は神への祝詞を詠い上げる。
「懸けまくも畏き火之迦具土神に加護乞い願い奉る!
我、その真髄を宿す写し身なり……ッ。
契約の下、神も魔性も一切合切を焼き尽くす焔とならん……ッ!
――魂魄奉奠 神火降の術ッ!!」
唱え終えるその瞬間、消えかけていた少女の尾の灯は大きく燃え上がり、色を紅蓮から青い鬼火へと変える。
そして、それと共に肩から流れ落ちた血は青い焔――神秘殺しの神火を纏い、食らい付く獣へと燃え移る。
氣を吸いつくさんとすればするほど、獣の火は燃え広がり、のたうち暴れてとうとう少女を放り出す。
■篝 > 「……っ、うっ!」
放り出された小柄な少女は、宙を舞って向かいの岩にぶつかり、ゴロンゴロンと落ちて地に伏せる。
獣らも頭があの様では統率はもう取れまい。
少女の予想通り、助けようと近付けば燃え移ると一匹の犠牲をもって知れば、群れの残りは苦しむ仲間を置いて逃げ出す他なかった。
各々駆け出し逃げる有象無象を追う余力はなく、暫くの間倒れたまま事の成り行きを眺め。
やがて、獣が燃え尽き動かなくなった頃、少女はようやく身体を起こし、岩を支えにふらつく足で立ち上がる。
「……できた。やっと、できたっ。
これで、私も……火守。父上と、同じ」
感情をあらわにしない少女にしては珍しく、泣き出す前のように声を震わせて、両手に握りしめた双剣を抱きしめる。
辺りを包み込む青い焔。
そして、己の尾に灯る同じ色の灯火。
それを嬉しそうに眺めていれば、流れ落ちる血から上がる焔も、出血が止まればやがて消えた。
洞窟を焼き焦がす青い焔が消えるまで、少女はただただ望郷を眺めるようにその光景を見つめ続けていた――。
ご案内:「メグメール(喜びヶ原) 洞窟」から篝さんが去りました。