2025/11/15 のログ
ご案内:「メグメール(喜びヶ原) 旧道」に枢樹雨さんが現れました。
■枢樹雨 > 広大な平野に点在する森のひとつ。
新月に向かう細い月では照らしきれない木々の下、旅人とは思えぬ服装で歩く影がひとつ。
其れが人間なのか、魔族なのか、はたまた誰も知らぬ種族なのか、判断できる者は多くはない。
それでも姿形は確かに人間の其れ。
艶やかな長い髪が風に攫われて毛先を浮かせると、長い前髪もまた攫われ、隠していた目許を晒す。
覗いた双眸は仄暗い蒼。
冷たい風にその瞳を細め、小さなため息をひとつ落とし。
「随分と、冷える。」
持ち上げた左手で右の二の腕を摩る。
保温性に優れた袷の着物でも感じる、外気の冷たさ。
見上げた先では、木々の隙間から星の煌めく夜空が覗いている。
歩くはメグメールの旧道。森を横断する古い道。
整えられていない道は少々歩き辛いが、獣道と比べれば随分とまし。
もう少し夜の散歩を楽しもうかと空から視線を落とし、一歩を踏み出そうとする…のだが、
視線の先に先ほどまで存在しなかった”ナニカ”が在って。
「………?」
首を傾げ、見つめる先。
旧道のど真ん中に鎮座する、真っ黒なもの。
よくよく見つめてみれば、その黒は風に揺れる毛皮の様子。
大きさは中型犬くらいか。
しかし犬のように脚や胴や頭があるわけでもなく、大福のような楕円の丸み。
結論として、見たところで何が何やらわからない。
熟練の冒険者であれば、それが何であるのかわかったのかもしれない。
わからぬならば、だからこそ触れぬようにと離れるのかもしれない。
ただ、好奇心旺盛な妖怪の選択肢はただひとつ。
一歩を踏み出し手を伸ばして。
■枢樹雨 > 妖怪の白い指先が、全長50cmほどの黒いもさもさに触れようとしたその瞬間。
『ピギャ!』
甲高い音で、"其れ"は鳴いた。
反射的に止まる妖怪の手。ビクッと跳ねる肩。
50cmほどの大福、みたいな"其れ"は、風に揺れた黒毛を逆立て、此方を睨みつけている。
――否、目が何処に在るかもわからない為、睨みつけている気がする。が正しい。
驚き見開いた蒼の双眸が、パチパチと瞬いて。
「……魔物?」
咄嗟に思い浮かんだ可能性のひとつ。
再度鳴き声をあげる"其れ"は、ともすれば返事をしたかの様で、再び目を瞠ってしまう。
一度伸ばした手を引っ込め、その場に両膝をつくと、伺えない目を探すように黒のもさもさをまじまじと見つめて。
「君、魔物なの?」
意思疎通ができる。
そう感じてしまえば、話しかけるは妖怪の癖。
森中の旧道。そのど真ん中で得体の知れないナニカと向き合うこと数秒。
"其れ"は突然跳ね、大福のような楕円で此方へと飛び掛かってきて。
■枢樹雨 > 飛び掛かってくる"其れ"の裏側も、黒い毛に覆われていた。
身を守るよりも先に、その事実に意識が奪われてしまう妖怪。
次の瞬間にはその黒毛の裏面が顔へと落ちてきて、視界は黒に閉ざされる。
長い前髪が目許を隠すのとはまた違う感触。
柔い黒毛と、その奥に在る生き物の温もり。そして圧し掛かる重み。
飛び掛かられた勢いで後方に倒れ込めば、背中と後頭部に地面の硬く冷たい感触が伝わってきて。
「っ―――」
地面に押し倒された痛みに一瞬息が詰まるも、顔を覆う感触と温もりは存外悪くない。
持ち上げた両手が、顔に乗っかる黒のもふもふを掴む。
柔い黒毛の下で、何かが蠢く感触が掌で感じられる。
それは反射。
妖怪の掌から黒靄が滲み出て広がり、黒毛の魔物らしきものを覆いつくす。
異変を感じた"其れ"は高い鳴き声をあげて離れようとするが、もう遅い。
鳴き声すらも覆い飲み込んだ黒靄が霧散すると、妖怪の顔を隠す黒毛はもうそこに無く。
「………温かったのに、残念。」
妖怪の白い頬に残る、小さな傷。その傍らの、黒い毛。
それを指先でつまんだ妖怪は、名残惜しそうに呟きを落とす。
顔に残る温もり。同時に震えた肩。
温もりを感じたが故に、外気の冷たさを殊更に感じたか。
改めて二の腕を摩った妖怪は、ゆらりとその場から消え失せて―――…。
ご案内:「メグメール(喜びヶ原) 旧道」から枢樹雨さんが去りました。