2025/07/05 のログ
ナラン > 雨上がりの街道を幌馬車が行く。
一日、朝から曇天の合間から降っていた雨脚は弱まったり強まったりで、漸く雲の切れ目が見えてきたと思ったころには空の色は茜色と藍色の合間だった。
馬車は急ぐでもなく、御者は馬の調子に任せて進めているようで、がたがたと鳴る車輪は馬の歩幅に合わせて一定のリズムで荷台を揺らしている。

「…あ はい!」

振り向いた御者が何か言ったのか、がたがたがたと揺れる馬車の中から、若い女の声が上がった。それに続いて、今度はやや小さくすみません、と言葉が続く。
声の主の方は、荷台から後ろへ流れていく景色を鳶色の瞳を瞬いて見送りながら手で口元を抑えていた。

(……いけない)

ちょっと、ぼおっとしていたらしい。もうすぐ王都に着く、という声に過剰に反応してしまった。人知れず白い女の頬に朱が上る。

その女の背後、荷台奥深くには山と積まれた武器――――のなれの果て。タナール砦で使いつぶされたものたちだ。
どれも一級品ながら長引く戦と魔族という文字通り人知を超える相手には長くは持たず、こうして定期的に『修理』に出される。
冒険者でもある女の今の仕事は、この武器をタナール砦から回収して、王都まで運ぶこの馬車の護衛だった。

ナラン > 女は気を取り直す様に咳をひとつして、改めて振り向いて御者の向こうの景色を見る。日暮れが近いからだろう。王都方面からこちらに向かってくるような影は見当たらない。
それから改めて座りなおして後ろの景色を見る。低い下草があるだけのだだ広い草原に走る道は野党が現れるような余裕もない。…相手が、どうにかして姿を消せるのであれば別だけれど。
しかし野党とて、いかに高級品と言えどこれほどかさばる代物を狙うものもそう居ない。万が一この馬車が襲われるとしたら、相手は完全に無差別な類か、あるいは故意に狙ってきたのであれば相当な苦戦を強いられるだろう。

どちらもあり得ることで、だから一種『がらくたの山』といえど護衛は欠かせない。

(そう、だから気を引き締めないと)

両手で顔を撫でる。むっ、と気の強そうな眉にもついでに力を込めてみる。
その女の頬を雨上がりの少し湿った風が撫でていく。暫く日差しが強い日が続いていたので、つい『心地が良い』と思ってしまう自分に女の口元から苦笑がこぼれた。

がたがたがた、と進む調子は変わりない。熱を奪っていく風に馬たちも気分がいいのだろう。

この分なら、陽が長い今の時期であれば月が上る前に王都にたどり着けるだろう。
女はもういちど、座りなおすと
生真面目に後ろに流れる景色を眺める姿勢に戻った――――

ご案内:「メグメール(喜びヶ原) 街道「まれびとの道」」からナランさんが去りました。