2025/08/02 のログ
> 数分もしない内に、少し鉄臭い、独特の刺激臭がする酒がショットグラスで出される。
それを手にして臭いを嗅げば、布で隠した下の面はひくりと眉間に皺を寄せ、じぃ、とバーテンダーを見据えた。
暗がりから覗く緋色を見返して彼は肩を竦め、値段相応だとでも言いたげな涼しい顔をして見せた。

頼んでしまったものは仕方がないと、口元を覆う布をずらして口に運び、一息に煽る。

「――っ、ぅ……ん、酷い味」

思わず漏れた感想に否を唱えるものは無く、まるでそれを洗礼だとせせら笑う声すら聞こえた。
空になったグラスの中に、一番安い貨幣を重ねて三枚投げ入れ、それをそのままバーテンダーに突き返して。

「……裏から店を出ても?」

囁き合う他の客の声を隠した耳で拾いつつ、周囲に聞かれぬようにと小声で尋ねた。
メニューにあった金額よりも二枚多く重ねた分だけサービスは良いものになるようで、片目をパチリと閉じて返され、視線はカウンターの脇にある扉へと滑り。

――其方の裏口からお帰りを。

そう視線が告げていた。

ご案内:「王都マグメール 貧民地区2」にゼオンさんが現れました。
ゼオン > 裏口から出れば人影が一つ。
気配はない。無防備が過ぎる褐色肌の男。
あくびを噛み殺しながら頭を掻く、おそらくはしこたまに酒を飲んだ後なのだろう、
貧民地区だというのになんら警戒心が微塵も感じられない。

だがもしかしたら盗賊、暗殺者からすれば嫌が応にでも目についているかもしれない。
夕暮れから素行の良くないならず者とつるんで酒場などで誰彼構わず周囲の目も憚らず大声で下品に嗤い、騒ぎ、
まるで群れて存在感を示して己を大きく見せるかのようなゴロツキの類。その中心。

一目見れば明らかに”殺した方がいい類”

「……んぁ? お、美人ちゃん? はっけーん。ねーねー、何してんのー?」

殺気も悪意も敵意も何もない。
何もなさすぎる。
見た目こそそこいらにいるごろつき、誇示するように安物のブロードソードを携えた軽薄そうな物言い。

だというのに、存在は明らかにそこにあるのに、幽鬼の如く気配は闇に溶け込んでいて。

そもそも、認識阻害の術で貧民地区にあって標的とならぬように性別を溶け込ませている相手に”美人ちゃん”などと。

「俺さー、今超暇なんだよねー。奢るから飲みいか……、あ、やっべ、正体隠してる感じ?
 ごめんねー、今すっげ女に飢えててさー、六感がめっちゃ研ぎ澄まされててさー」

タチの悪いうわさ話のように、まるで何気ない日々に無理矢理引きずり込むかのような異質が闇夜から近づいてくる。
にへらにへらと笑って、無遠慮に間合いを詰めてきて。
まるで相手に応じてしまえば平和な日常が手に入るかのような空気を伴って。

そんなもの。この街には、ましてうらびれたこの区域にはあるはずないというのに。

> 用が済んだなら、これ以上の長居は無用。
妙な連中に絡まれる前にと、挨拶もなく足早にカウンターの内側へと回り、示された扉を開けて外へ出る。
その先には、夜の色に染まり始めた外の世界が待っていた。

そこで他者に出くわすと言う可能性は十分にあった。
だが、それ以上に。関わり合いになる前に、気配を消し姿をくらませる暗殺者としての技量に自信があった。

目の前にふと現れた見知らぬ若い男。
だらしのない笑みと品の無い大声に目を眇め、酔いどれの最中らしい足取りに侮りを抱く。
武器は安物。身なりは悪くない。
……が、年の割に遊び慣れた風貌を感じる出で立ちは、よくいる貴族の馬鹿息子と言ったところか。
依頼でもあれば躊躇はしないが、そうでないなら関わらない方が良い。
理由(命令)の無い殺しは暗殺者の仕事ではない。ただの殺人だ。

近付くならば距離を置き、そのまま闇に潜んで通り過ぎるまでやり過ごそうとした時だった。

「――ッ!」

金色の目が、此方を捉えた。
口にした言葉に、ぶわりと毛が逆立ち警戒心が一気に跳ね上がる。
術を解いた覚えはない。解けたとしても、顔も、体格も、一目見ただけでわかるような格好はしていない。
じりじりと後退しながら、静かに片手を後ろに回し、腰に携えた双剣の片割れへと向ける。

「……今日の酒はもう飲んだ。これ以上は不要。
 見知らぬ者に奢られる理由もない。何より、お前に付き合うつもりは無い……。

 ――さっさと去ね」

言葉にしがたい気味悪さを肌全体で感じ取りながら、寄る分だけ下がり、これ以上寄るなら刃を抜く。
そのつもりで淡々と冷えた声を返す。

ゼオン > 「え、なぁーに、ナンパとか初めてなやーつ?
 今時そういう初心なのマジでそそられんだけど♪
 ……そんな殺気立つなって。逆にそそられんじゃん。

 それともお前『初めて』かよ」

冷えた空気が満ちる。嫌悪より先の敵意が向けられて場に満ちるひりついた空気を愉しむように目を細めて。
明日をも知れぬ日々を送る者とは無縁の空気が混ざり込む。
律動を刻むように右手の人差し指を揺らしながら無遠慮に日常(異質)が距離を詰めて来る。

初めて。それはそんな軟弱な呼びかけに対してのものではなく、男の視線が少し、裏口から出てきた店を一瞥して。
要は目の前の男は”二択のうちの後者”なのだろうと。

「一個聞きてーんだけどさ―」

一歩踏み込んだ男の体が揺らぐ。次の瞬間には、肉薄して、しかしそれでも害意はない。

「俺にマジで勝つつもり?」

刃から生じる僅かな殺意も意にも介さず、そも”抜くつもりなら最初から来い(日常に抗うつもりなら明確に意志を示せ)とでも言うように、
どこまでも優しい軽率な声で、頬に手を伸ばして来る。

男にとってそれはまるで日常なのだ(当たり前のように殺す側)と言うように。

「つーか、こんなところでビビッて殺る気満々なのいーけどさぁ……。
 みんな一日の嫌なことを忘れるように酒飲んで楽しんでるわけ。
 店の傍で振り撒いちゃ駄目よ? そーいう上等なもの(殺気)は。
 俺が声かけて嫌な気持ちになったなら謝るし詫びもするけどさ、
 とりあえず握ってるものから手ぇ離さね?」

殺意を向けられた男は、害意を向けることなく、口から零れたのは裏口から聞こえて来る喧騒とは言い難い人の気配とざわめきに向けてだった。

> 殺気を持って返したにもかかわらず、相も変わらず戯言を宣う男に、警戒心だけでなく明確な嫌悪まで湧き出てくる。
“はじめて”と、その言葉の意味を理解したからこその焦燥が僅かに息遣いに現れたか。

「……不快。不愉快。私……は、貴方が嫌いです」

揶揄い嗤う顔を冷たく燃える緋色が睥睨する。
拒否の言葉を連ねて返し、双剣の柄を左手で掴み、いつでも引き抜けるよう備えた。
このまま退くなら何もする気はない。だが、これ以上関わるつもりであるなら容赦はしない。

男は現状を理解していないかのような軽い様子ながら、その歩みに迷いなく踏み込むと同時に距離を詰める。
縮地に酷似した体捌きに目を瞠り、愉し気に告げる声を耳で聞きながら身体を軽く仰け反らし。
頬へと伸びる手を右の手で瞬時に払い落として、男が触れることを許さず。

「この場において、勝ち負けを決める必要は無い。
 私は、帰路に就く。貴方は他を当たる。それだけ。
 ……貴方が私に関わらなければ良いだけ」

逃げるが勝ちと言うならば、勝ちを得ようとしていることに他ならないが。
殺すか生きるかならば、勝敗をつけるつもりはないと告げ。
加えて、

「其方の言動が全ての原因。楽しい気分を害したなら謝罪する。
 ……けど、それはお互い様。
 此方が武器から手を放せば、其方も見逃す?
 先に宣言を。……約束ができないなら、退かない」

先まで居た店を引き合いに出されれば、この男も店に用があるのかとも考えたが、問題は其処ではないと考えなおし。
互いに血を見ることを望まぬなら、先に退けと強気に交渉と言う名の脅しをかけた。
左手は、変わらず柄に当てたまま。

ゼオン > 「見逃す? なんで?」

心底分からないというように首を傾げた男の手が、呼吸の合間を縫うように左手を掴みにかかる。
先程の挙動よりは動きに先ぶれが生じ、敵意も害意もないが故に流れ込んで絡みつくような手管で
捻り上げて抑え込もうと言うように。
まるで口にされた嫌悪、不快を煽るような手管で。

「女に飢えてるっつったじゃん♪」

刃を抜くなり、切りつけるなりしてくるなら右手から包みを親指で撃ち放って切っ先に合わせる。
引き裂けば舞い散るのは粉塵。
貧民地区で出回る媚薬。それも魔物の毒腺等を用いた即効性の魔薬の類。

「俺はお前のこと知りたいし関わりたいし味見もしたいしなんなら”仲良く”したいわけ……♪
 今度から見逃されたいならその凛としたそそる声も隠した方がいーよぉ……♪」

浸蝕してくる日常。この王都の日常。
それは陰に潜む退廃と淫辱の類。

それを示すように、それから逃れられぬというようにその場に不釣り合いだった軽率な笑みが”戦利品”を見る目で嗤う。

> 「――!!」

男が少しでも妙な動きをするならば。そう目を瞠り備えていた。
殺意、敵意の籠らない攻撃は凌ぐことが難しい。けれど、暗殺者もまたそれを理解し使いこなす者である。
流れるような自然な動きを、猫と同じ動体視力をもってしてようやっと捉え、完全に抑えられる前に左手は白刃を抜く。

闇の中で輝く白刃が迷いなく男の喉元へ向け、頸動脈を撫でるように掻き斬らんと――。
したが、その切っ先が抉ったのは皮でも肉でもなく、何かの包み。
途端に流れ出たのは、血ではなく粉塵であった。

「っ、……ッ!

 ――……これ、だから……貴族は嫌い……。
 仲良く、なんて……しない。したく、ない……ッ!」

その臭いには覚えがあった。
貧民地区で貴族に絡まれた時に嗅がされたものと同じ臭いに、咄嗟に布で覆った口鼻を更に右手で押さえる。
また、肌に触れることも毒であると知っているようで、男から、この場から離れようと大きく後ろに飛び退き、臭いから離れようとして。

「私の……所有者は、決まってる。
 ので、手出し……すると、貴方は身を滅ぼします……。
 忠告は、これ以上しない……」

布に臭いがつけばそれも毒になる。
距離が離せるなら、口を覆う布を解いて剥がそうか。
逃げられないなら、右の手でもう片方の刃を抜いて男を退けようと試みる。

ゼオン > 「別にこっちじゃ貴族じゃねーよ。……んでも立ち回りで見透かすのはいいねぇ……♪
 ……つか、滾ること言うじゃぁん♪ 身を滅ぼすって超そそるんだけど……♪」

威嚇どころか、背景をにおわせられた男の表情が喜悦に歪む。
貴族とみなしたうえで牽制に持ち出すなら貴族かそれ以上か。
面白くてたまらない。表情に狂喜がありありと浮かんでいて。

「……お前結構大当たりじゃん♪ いいぜぇ、逃げてもさぁ。
 俺も追いかけるから……♪」

頸動脈を躊躇なく狙う太刀筋に合わせての粉塵。
それを自分も少なからず浴びて、その距離だからこそ相手も少なからず浴びていることを悟って。

両手を広げて逃走を許すように、しかしその目は捉えた先の展開をむしろ望んでいて。
この街の日常()が目の前で形を以て追いすがるように。

> 貴族ではないとの言葉に少し驚き目を見開いたが、粉塵で防がれた時よりは劣る。
怯ませるために告げた忠告さえも悦ぶ姿は狂気じみて見える。
ますます男に対する得体の知れない気味悪さ、悍ましいとさえ感じる狂喜に逆に此方が怯まされる結果となってしまった。
小柄は身震いし、手にした双剣をしまう暇もなく。

「やっぱり、お前……嫌い……っ!
 大嫌い……ッ!!」

三十六計逃げるに如かず。
師に習った教えを守り、大きく後ろに飛び退き距離が開けば、男が追いかけてこない内に身を翻して夜道を一目散に走り出す。
愉し気に弾む男の声だけが路地に響いて、小柄の背を追い立てる。
路地を抜けても、貧民地区を出ても、何処までも追いかけられるような恐怖に震えて。
少女は暫くの間、闇の中に光る金色の幻覚に怯えて夜を過ごすことになるだろう――。

ご案内:「王都マグメール 貧民地区2」からゼオンさんが去りました。
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