2025/12/28 のログ
ご案内:「王都マグメール 貧民地区」に影時さんが現れました。
影時 > ――風が吹く。

寒空の下、駆け抜ける大気の流れは屋根を走り、窓を叩き、壁を撫でて過ぎゆく。
人の肌身で長く居ようとするには、もう冷たい。凍えるかのよう。
ただでさえ乏しい陽光が絶え、夜となれば否応なく寒々しさは骨身まで染み渡り、凍え刺す程に。
そんな風から身を守ろうとするなら、壁のひとつや、ふたつ。否、四方に屋根も壁も必要だ。

平民地区ならばいざ知らず。この貧民地区と呼ばれる街区では、その全てを満たすのは難しいことがある。
まだ日が当たり易い場所、外縁に近い処ならば兎も角、奥の奥。
衛兵すら立ち寄らないどころか、逆に悪党とつるみ癒着して欲望を満たすことすらある危険地帯。
そこに建つ建物のひとつに……ぼう、と。小さく。小さく。青白く。鬼火のように灯る火がある。
この季節、薪一つ手に入れるのもままならない者たちすら自ずと忌避する、忌まわしさすら感じようものを。

「……ふむ」

手に灯すものがある。

元は二階建ての酒場か宿屋か。堅牢な造りは逆にかえって腐らぬ骸とばかりに、砕かれた壁、窓といった破口をぽっかりと開けるばかり。
その一室の壁に寄り掛かる男の姿が、なんとなしに差し出したと見える風情の掌に鬼火を揺蕩わせる。
さながら煙草を燻らすように。だが、生憎ながら喫煙の趣味はない。煙管は一応持っていても、お飾りでしかない。
にも拘らず焔を使うには意味がある。月明りも悪くないが、地に掛かる影は濃ければ濃い程よい。

幽冥めいた火を受けた男の影が、ふいに、ざわりと。煮え立つようにざわめく。

影時 > 「――ご苦労」

そんな気のない声を受けるのは、煮え立つ影より這い出るように排出される黒い影法師だ。
姿(シルエット)は頭巾と覆面で頭部を隙なく包み隠した、忍装束姿の男のそれには似る。カタチだけは似る。
勿論真っ当な存在ではない。卓越した忍術と一部の適性、才能が噛み合うことで影を依り代、媒体に生じる分身体。
戦うには物理干渉を行うチカラに乏しい。だが、その代わり呪的とも呼ぶべき用途にその能力のほぼすべてを割り振っている。
主用途は偵察ないし呪殺めいた殺害。敵の影を千切れば敵もまた千切れるノロイじみた威力を為し得る。
だが、今の用途、使い道は前者でいい。この街、この国では考えなしに能力、手札を晒すのは、対策をされかねない。

「――……まぁ、分かっちゃあいたが、考えなしに探るのはどだい無理があるなぁ」

取り繕うような口調ではなく、普段通りの声音を零しながら息を吐く。焔に照らされた顔が苦笑を刻む。
影より生まれたものが影に潜むのは容易い。影から影、闇から闇に移ろいゆくものをうまく使えば、色々と探るに役立つ。
そうして得た、間接的に見聞きするものを精査するのが術者だが、ここ最近の懸案、懸念を払拭するにはどうにも弱い。決め手に欠ける。
嘆息を零しつつ焔を握り消し、頭の片隅の一角を弾く。見えざる氣のラインを断てば術はおのずと解け、影法師は術者の足元の影に潜って消える。
緩やかに頭を振るのは、ここ数日脳裏に常駐させる術式の残滓を振り払うかのよう。

「ここは、大人しく待ちの手か。下手に藪を突いて噛みつかれたら敵わん」

懸念はある。さながら見えざる卓の向こうに居よう誰かを垣間見るように、ぼう、と虚空を見上げる。
卓の向こうには指し手が居る。居る筈なのだがどうにも靄を纏ったかのようにはっきりとしない。
それを払い、探る手は幾つか思うが、例えば流言飛語を流して誘うような手は――今の状況では通じないか、或いは意味が無い。
元より、そうした場合は思いもよらぬ処に波及しかねない。故に今は、使えない。
一手二手打てば使えるようにしておくにしても精々だろう。それを打つよりも先に、情報が出て来れば打つ意味すらも恐らくは無くなる。

影時 > ――さて。他にこの状況で打てる手は、あるのだろうか。
――無いと思う程にお前は万事を尽くしたか?

であるならば、思う限り、有効かどうかはさておき、如何様にも沸くものである。
盤面の向こうの彼方を思う。指し手を名乗るには不得意という認識を前提に、己が認識する限りの手札、方策を考える。
視点的であれば、影から影の間を跳梁するものに任せればいい。だが、これも探りたいと思う全てを網羅出来るわけではない。
例えば足を切り落とし、印を結ぶための手指を残していれば、その分のチカラは増すかもしれない。
とはいえ、万事人任せというのも、性分ではない。情報収集も含めて全て己で為せるのが昔の己の持ち味ではなかったか。

そこで常々、脳裏に思い浮かべることがある。

敵を知れば何とやらの格言。知れば諦めに繋がると茶々を入れる意見もあるが、彼我の状況、次手を打つ前の認識固めには役に立つ。
身を捨ててこそ浮かぶ瀬もある、とも云うが、そこまでの事象――ともしたくない。であるとも思いたくない。
少なくとも、まずは盤面の向こうの素性を明瞭にすることこそ急務だろう。ここ最近の事象に向かう方角を思い直す。

「……さて、さて、と。ちと移動するか。否、移動しようか。変な気配がしてきたな」

先ずは気になる所を、厄介事を片して、警戒を解きたい。腹の底から息を抜きつつ、不意に感じる気配の動きに意識を遣る。
感覚の網に引っかかるのは、数人。肌身に感じる気配と動きの拙さは、浮浪者かゴロツキの類と見る。
寒い夜だ。少しでも風を凌げる場所位は欲しくなるだろう。
瞑目し、感覚を研ぎ澄まし、気配を滅しつつ動く。するりと階下から上がるものの意を先んじるように外に。
二階の高さにある壁の破口から地面に降りる。膝のバネと体重制御の巧みにより足痕も落下音も残さない。

帽子を被り直しつつ、撒くように周囲を巡って、寝床に向かうとしよう――。

ご案内:「王都マグメール 貧民地区」から影時さんが去りました。