2025/08/31 のログ
ご案内:「貧民地区/盗賊ギルド」に影時さんが現れました。
ご案内:「貧民地区/盗賊ギルド」にさんが現れました。
影時 > ――昼下がりの貧民地区。

茹だるような日差しは未だ絶えず。なけなしの涼を求めて日陰を求めるものもまた絶えず。
所によっては僅かばかりの飲み水を巡っての諍い、パンの欠片を分け合う小さな姿もまた無くなることもない。
悲鳴嬌声怒声もまた、通りに響き、巡回の衛兵すらおこぼれを預かろうとする地域の一角に酒場がある。
見た目は平民地区に見かける其れと比べ、随分と寂れたように見える。
実際寂れているように見える。並べられている食事や酒の品目もまた、然り。

だが、頼めばそれなりに出てくるのは、その酒場が或る盗賊ギルドの拠点であるからであろう。
とは言え、質やら何やらについては――舌が合えば美味いのだろう。きっと。恐らく。
時間のお陰か、人気が少ない有様なのは有難い。安い酒精やら饐えた臭いやらのうち、後者は飯時に嗅ぎたいものではない。
そう思う姿がこの店の奥にある。奥の席に座する男女の組み合わせが。
まあまあ呑めるが味わいが今一つの安酒のラベルを眺める、上下白色の背広に細いリボンタイを締め、右目に片眼鏡を付けた男だ。

「……殺し屋風の、とかいう味付けらしいが、何を以てそーゆー名づけをしたんだかなァこれ……」

そんな男が慨嘆と共に、フォークでつつく皿の上のものを見遣り、首を捻る。
細い(パスタ)に焦げ目が付け、具も質素……否、辛みと香味付けのニンニクと唐辛子、赤い果肉の野菜で整えた程度のもの。
肉や魚等、もう少し食感的にも満足がいく具がもう一声欲しいが、そんなレベルが欲しいなら素直に平民地区の飯屋に行く方が早い。
だが、なぜこんなところで飯を食っているのか。この酒場の“裏”に用があった。
先日より依頼していた幾つかの情報の裏取り、再確認、状況変化も含めた情報の追跡、等々。それらを得るために此処に居る。

この店のバックヤード――つまりは、ギルドの中で幾つかの書類は受け取り、頭の中に入れた。
それらは、この場所では開かない。
もう一人のものと認識を擦り合わせ、報告を聞きつつ、今後の駒の運び方を考えるために腹ごしらえついでに話し合う。

> 男の向かいの席に腰掛ける、黒装束の小柄はテーブルの上に置かれた皿を見下ろしながら、物思いに耽っていた。
先日の襲撃から数日が過ぎ一先ずの平穏を過ごし、裏で知人と会って相談事をチラホラと。
それをどのように伝えるべきかと頭を悩ませながら焦げ目のついた赤いパスタを見やる。

「……んー、真っ赤だから……でしょうか?」

唐辛子と赤い果肉が効いた真っ赤な色が血のように見えるから、“殺し屋”なんて物騒な名前がついたのかもしれない。
そんな世間話を口にして、今日は酒ではなくミルクが注がれたグラスを両手で持ち、少し口に含んで渇きを癒す。

それにしても、まだまだ夏は真っ盛り。
雲一つない青空の下を歩くのに、このケープはもう欠かせない存在になりつつある。
深く、細く息を吐き、本日のお題へと話を進めよう。

「先生は、あれから何かありましたか? また妙な視線を感じる……とか」

まずは探りを入れて確認を。
知人曰く、暗殺者が差し向けられるようなことは恐らくないだろう、とのことだったが。

影時 > 過日の襲撃から数日空けて。過ぎて。住処たる宿に囮がてらの式紙を置きつつ、出歩くことが多くなった。
止むを得ないといえば止むを得ない。最終的な解決に至らず、収拾がつかなくなるとなれば、冒険者の宿の高い部屋でもこうしたくもなる。
部屋が高いのは、何も設備だけではない。宿泊者に金銭相応の安心を得てもらうためでもある。
気付けば実に永らくとは言え、毎月のお代を欠かさず漏らさず支払ってくれる客は、手前勝手だが良い客でもあると思いたいものだ。
そんな宿から、こういうきっかけで離れることを考慮しなければならないのは、因果めいているが、さて。

「……そりゃお前、この細麺の料理全般が血の色になっちまわねぇかねえ」

毎回毎回、気取った口調変えは面倒しいのか。一応の変装めいた装いながらも普段通りに喋りつつ、対面の相手の言葉に苦笑を零す。
魚介類のパスタも確かにあるが、何か赤色が多いような印象があるのは、先入観が染みつくような体験があってだろう。
そう思いつつ、空いたグラスにどぼどぼどぼと安酒を注ぐ。ドロリ、とした色合いの赤いワイン。
ちびりと呑んで、味わって……、まぁ、こんなものか、と思いつつ息を吐く。舌が肥えていると呑めたものではないと言いそうだが、是非も無い。

「あの時以来かは、減っているように思う。次第に減ってそうだな。……何か心当たりがあるなら、聞くぞ?」

そんな中、響く問いに横目で周囲を見遣っては、一拍置いて答える。
あの夜の襲撃の直前が、視線のピークだろう。其れが次第に減少傾向にある。

> 貧民地区のボロ宿であれば気も使わない――客層的にも荒事に慣れた者が多いので気を使わなくて済む――が、師の借りている部屋は違う。世に言う高級宿の一角である。
せめて宿屋と他の客に迷惑が掛からないように、何か問題が起きれば刺客を誘き出す囮にいつでもなるつもりではあるが、今の所その必要には至っていない……。
恐らく、もうその心配は無いだろう。

「……じゃあ、考案者が殺し屋だった。
 パスタを作ったら、うっかり血が混ざったから殺し屋のパスタ。それが、隠し味」

スーツ姿で紳士ななりをしているのに、口調はいつもと同じ。
アンバランスさが少しおかしくて、冗談に聞こえないような冗談を淡々と口にして、グラスに注がれる赤ワインを指さし言う。“それ”と。
そこまで美味くないワインが、ますます不味くなってしまいそうな話だ。

「そうですか。それは……良かったです。……良かった、ですよね?」

数が減ったならもう大丈夫かと安心する反面、荒事が遠ざかることを師は退屈と感じないか首を傾げ。
心当たりと言われると、少し考えるように一度口を閉じ。

「……あの後、例の知人に会ってきました。依頼書が出ていると、教えてくれた方です。
 “彼”曰く、暗殺者が群れを成して仕事をすることは少ない。
 安い依頼は時々情報がギルド外に漏れる。報酬は出ないが、注目はされる。
 何度も注目されれば、それはスカウト対象になる……。売名行為、ではないかと」

今回の襲撃犯の正体が何者であったか、その一つの可能性について聞き及んだことを説明した。

影時 > 勿論、初心者や駆け出し向けにグレードが落ちる部屋はある。
それでも其処に泊まらず、より広さも設備も整った部屋を定宿に出来ているのは、ひとえに雇い主からの厚意に他ならない。
独りで住むには広い部屋なのは、誰かを連れ込むのも踏まえてのことでもあるが――それはさておき。
より状況が執拗極まりなくなるなら、盗賊ギルドやかつての雇い主であるシュレーゲル卿の伝手を辿り、仮宿でも考慮しただろう。

事の発端でもある弟子を囮にするのは、過保護じみていても憚られる。
万一仕留められなくとも、連れ攫われるような事態となった場合、取り返しがつかないことになりかねない。

「……お前さん、その論だと料理失敗してねェかねえ。
 こっちのワインだと……どうだろうな。どうなんだろうなぁ。パスタにこだわらずにワイン煮でも作る方がマシじゃねえかな」
 
こんな格好で飛び散ったらまずそうなものを食べるのは、とは思う。
だが、気をつけて食べる所作も最早慣れたもの。
冗談にしては余りにもな弟子の言葉に、呆れ混じりながらも楽しんでいるような風情で食を進める。

「その点だけは、な? ――何故こうなったかという裏付けを取らなければ、いまいち得心し難い」

荒事は荒事でも、一番喜ぶのは生命をぶつけ合うような強敵との戦いだ。
そうではない場合、弟子や生徒の教導に供せるものでない限り、満足感は薄い。殺せば満ち足りる性質ではない。
肩を竦めつつ見遣る緋色の目の弟子は、どうやら裏付けの解に足る何かがある、らしい。そんな気配を察れば。

「……――ふむ。その点で軽率な気がしなくもないが、まぁ話を聞こう。

 成る程? 他言無用、詳細は何某から、等みてぇな条件がなけりゃ、それは確かに漏れもするか。
 かと言って、あんなに雑多につるむとなれば、知人殿が云う処の暗殺者のセオリーとやらからは、外れるかね」
 
一端フォークを置き。不味いワインをちびちび舐めながら、思考を巡らせる。
特定の誰かに接触するなら、この状況だと代理人でも間にかませたくなる状況だが、動いた後は仕方がない。
今日ここに来るまでつけられた、辿られたという認識こそないが、帰りも気をつけようと心掛けつつ。

「この前の手合いの奴らの遺留品の調べは付いた、と思うが。どう思う?」

ぽつ、と問う。群れを成すのは少ない筈の者たちが、徒党を組んで襲撃してきた先日の件だ。
遺留品、所持品の改め、並びに所属を示すものがあるなら、それが何なのかを確かめるようにギルドに依頼していた。
同じものを見たはず、記憶したはずだが、その感想を弟子に問うてみよう。

> 「失敗から出来た料理は意外と多いそうですよ。ワイン煮のスープパスタ……それもありですね」

楽しい食事の冗談めいた話は此処までとして。真面目な話へと話題は切り替わって行く。
一先ずの安心を得られたことは良いが、師は事の原因、刺客共の詳細をはっきりとさせたいと言う。
そう言う点は、今の話で少しは伝わっただろうか。

「……軽率ではないです。信用に値する情報源と確信しての行動です」

否を唱えつつ、他者を使う、頼ると言うことに考えが及ばない娘は、何がいけなかったのかと少し不満げに首を傾げた。
この猫は警戒心は人一倍高いはずが、ぬくぬくと弟子の生活を送る内に随分と野性味が抜けてしまったようだった。

「ん……、経験値、動き、全てバラバラでまとまりがない。道具も、一流が使う品質ではないかと。
 依頼や依頼人に関する品を持っていなかったことについては評価する。
 けど、最初から依頼を受けていなかったのなら持ってないのは当然。
 中には、身元に繋がる物を持つ者もいました。
 何より、顔を見られてからの敵前逃亡はあり得ません。彼らは暗殺者としては三流も良いところ。

 ――総評して、暗殺者ギルドの人間にしてはお粗末だと感じました」

どう思う、と聞かれて答えるのは元子飼いの暗殺者からの視点。
己であれば、仕込みは万全を尽くす。同僚がいるならば、数を生かした連携を取るべきだ。
身元がばれること、敵前逃亡、どれもこれも舌を噛んでその場で自害すべきだと考える。
少しばかり辛口な採点をつけて、師にも同じようにどう感じたのかと視線を投げて問い返す。

影時 > 「成る程成る程。……云うんだったら、お前さん作れるかね?それ」

こういう場所での会話は、真偽を混ぜこぜにしながら――とは言うが、気質的には難しい気がしなくもない。
己は兵法者の皮を被った荒事師。弟子は暗殺者志望。諜報のあれこれには心得があるが、それもどこまでこの国で通じるやら。
だが、あるのとないのでは、大きな違いとなるのは確か。
そう思いながら料理の技能の有無をふと、声に出して問う。野宿等で専ら鍋と包丁の主となるのは、自分ではあるが。

「こういう時は、敢えて誰かを間に挟む、だ。何だったら分身を使うでも良い。
 目にするものがすべて真実とは限らんのは――火守の。お前さんもよく知っているだろう」
 
牙が抜けてきた……というわけではあるまいとは思うが、人間もミレーも向き不向きがある。
会うもの誰も彼も信用を置かぬような在り方、生き方はつくづく心が荒ぶ。
可能ならば早々に、この件の憂いを払い落しておきたい。片をつけておきたい。除ける要因を絞り込んでおきたい。

「――……そうだな。纏めるなら、俺もお前さんと同じ認識だ。

 詰めはまあまあ良くとも、練度が足りん。心得が足りん。お粗末そのもの。
 この点を踏まえると、例の知人とやらの証言を裏付ける流れ、とも言えるか。
 事情通も交じっているようだったが、あれだけ殺しに殺して跡も残さずとなりゃぁ、次の手も鈍ると見える。
 
 そうとなると、先刻“あっち”で聞いた内容の信憑性が高まってくるな……」
 
これが暗殺者ならぬ暗殺団、ともいえる練度を揃えた者達なら、ハナシも変わっただろう。
だが、現実はそうではなかった。敵前逃亡に加えて、機密保持の服毒も何もなかった。
いつぞやの弟子のように自爆してくる風情すらなかった。並べてみてみると、この己から見てもお粗末極まりない。
そう思いながら、思考を巡らせる。あっち、というのは勿論他でもない。盗賊ギルド側で掴んだ内容だ。

「曰く、例の家は子飼いを以て元の手駒の生死を洗っている――だったか」

見分した所持物、遺留品的にヴァリエール伯爵、並びにヴァリエール伯爵家の手勢の関与を把握できうるものはなかった。
それに加えて、留意すべきなのはヴァリエール伯爵側の動きである。
人の出入りを綿密に観察し、統計する者の報告、その追跡者の情報も踏まえれば、諜報的な動きが見えるという。
あの襲撃とは別、と考える方が良さそうだろう。この分を踏まえると、第二波が起こるとすれば別勢力ともなりそうで。

> 「…………料理、したことが無い……ので」

同じものは作れない。と言うか、料理と呼べるような物が出来上がるかもわからない。
しゅんと一回り小さくなってぽつりと呟くのは自身の無さの表れだろう。

「それは相手に失礼では? 信用していないと、言外に告げているともとられます。
 手が離せない、動けない、そう言う理由が無い限りは、赴くことが当然と……私は、思ったのですが。
 ……私が、暗殺のターゲットだから、不用意に相手に近づくのが迷惑……だから、でしょうか?」

人を使うも、分身を使うも、相手を軽んじているように感じられて気が乗らないと言う。
しかし、現状の自分の立場を思い返せば危険に巻き込むところだったかもしれない、と後になって心配や後悔が浮かんできた。
こう言うところも、まだまだ経験の不足、考えの浅さが浮き彫りになる。

「ん、お粗末。次に続く者も出ないなら、それが良いです。
 無駄に争い殺したいわけでは無いので……」

同意を得て、アレは暗殺者ではないと強く頷いた。
あっち――盗賊ギルドから教えてもらったことにも、またコクリと首肯して。

「それは……ありえる、とは思います。
 ですが、主様が本気で命を下せば、怪しまれる前に情報は全て手元に集まる。
 ので、労力としては小指一本分程度でしょうか……。それよりも、やるべきことがあるのかと」

そこで一度言葉を区切り、また少し考え込むように目を伏せて、ちびちびとミルクを舐める。
何処まではなすべきか。確証を得られたことだけにするべきか、それとも仮説も込みか。
信頼を寄せる情報源の言葉を思い出しながら、ゆっくりと顔を上げる。

「家の使用人から、私に関する記憶が消えている可能性があるそうです。
 覚えている者も中にはいるようですが、おそらくほとんどの者は記憶を改竄されています。

 卿の暗殺が失敗したことで、主様は危険な立場となっていると考えられます。
 私や、先生、その背後にある卿、商会の相手をしている余裕が無いから、
 私を消すより、関係を清算することに時間を割いているのではないか……。

 ――今言ったことは、私ではなく彼の予想ですが、納得できる部分もあります」

己で導き出した答えではないが、つじつまはあっている。

「あの暗殺依頼も、記憶と記録の改竄が済んでしまえば、取り下げられるのではないか……と。
 実際、どうなるかは数日様子を見て、と言うことになると思いますが」

つまり、暗殺依頼は此方――主に、師の動きを止めさせ、ヴァリエールの隠蔽が完了するまでの足止め。
師は渦中の火種()を自ら抱え込み、お家騒動の目晦ましに上手く乗せられたと、そう言うことらしい。

影時 > 「…………だーよーなァ。
 練習がてら、まずはどっから始めさせたもんか。野菜の切り方、魚の捌き方とかも覚えないかね」
 
鍋の番位はさせたような、と思わなくもないが、それが料理の範疇に数えるには無理がある。
しゅん、と小さくなったような風情と共に呟く様に、椅子にだらしなく腰掛け天井を仰ぐ。
いずれ教え込ませるにしよう。煮炊きは兎も角、その前の下拵えが出来るようになるなら、それに越したことはない。

「それはそうだ。篝にとっては多少は信を置けるかもしれないが、俺にとってはそうじゃない。
 何と言うかな……蟲は分かるな? 小うるさく飛んできたりするあれだ。蟲は光に寄っていく習性がある。
 極端な喩えだが、今後の指針になりうる(じょうほう)を撒いて、此方の動きを誘導させている――かもしれない、とも、な。
 
 標的だからとて、その知人が逆に暗殺者であったなら、まんまと間抜けな獲物がやってきた、とも思うだろうよ。
 
 ……この辺りの機微はむつかしいなぁ。人を観る目、裏の裏を警戒する感覚、どちらもこの辺りじゃあ必要なものだ。
  まァ、結果的に篝の判断で良かったろうと。そう思おう。俺とて、誰しも疑うのはな。疲れる」
  
誠意の見せ方、としては弟子の行動は適切。それは間違いない。だが、聊か不用意ではある。
相手を巻き込むという観点だけではない。羊の皮を被った狼という喩え通りであった場合の留意、気構えが足りていない。
それをまだまだ小娘の時から培え、というのは無理がある。良くも悪くも裏の道理に馴染んだものの考え方だ。
尤もらしく宣う己とて、情報に踊らされる葦である。真贋見極め、選り分けて、賭けに出なければならないこともあり得る。

「……そうだな。それが面倒が少なくていい。
 血の滾らせ時、命の賭け時って云うには、余りにあれは足りなさ過ぎた」
 
暗殺者志望、登用希望、という見方も過日の一団には出来そうだ。
それはある意味、今向かって話し合う弟子の同類――とも言えないだろうか? 思わず弟子の目を見つつ、考え込む。
希望する身の立て方、進路希望的なものを思うと、此れはやはり止めなければならないのだろうか。

「成る程。……そうとなると、俺は俺で待ちの一手というのはあんまり良くねェか。
 こっちからもいよいよ動いた方が、良い頃合いが近づいてきた……ん?」
 
別に懸念する伯爵自体を取り除きたい、というわけではない。そこまでしてやる大儀も何もない。
大義名分でも欲しいなら、卿に掛け合うコトも想定できるが、それはまた己がいっそうの面倒に頭を突っ込むことになる。
それは避けたい。色々と蓄えを叩き、無理や無茶をやった。何より自分たちの自由が縛られているのは面白くない。
考え込むような小柄の様子と仕草を見つつ、フォークで焦げ付きのあるパスタを巻き取り、んぐ、と飲み込みつつ聞くのは。

「…………――ほーぅ。

 それはそれは、御大層なことだ。成る程成る程。そうとなれば、早めが良いな俺も。
 向こうの手勢から火守、お前のことが消されたとして、被害が損害と生じた、という記録は残っている。
 内々に有耶無耶にされるのは、余り面白くない。
 嵐が過ぎるのを待つのもまた、それ以上に面白くない。そうとなれば、持つもの持って謁見を賜りに行かなきゃならんな」
 
記憶消去あるいは記憶改ざん。帳簿を弄るように人間の記憶を弄るというのは、いよいよ以て極端も甚だしい。
かちゃりとフォークを置き、数度頷きつつ、ずり落ちかけた片眼鏡を押し上げて付け直す。
先方、弟子の元主が危険な状況になっているのは知ったことではないが、卿が此れを知ればどう思うか。
何かに使えるかも、と預かっておいた、弟子の手による邸宅の被害と損害、修復費を計上した書面のことを思い出す。
己のような走狗(使い走り)が騒動のごたごたに使われるのは慣れたものだが、溜飲を下げるにも落とし前は付けに行く方が良さそうだ。

不吉に思える程に暗赤の双眸を揺らめかせつつ、グラスに残ったワインを飲み干す。
まずい。まずいがもう一杯。手酌で注いでさらにもう一杯。慎重に酒杯を置きながら、ク、と口の端を捩じり上げる。

> 「先生が、それを必要だと判断し、教えて頂けるなら覚えます。
 まずは牡丹餅から教えてください」

天を仰ぐ姿に呆れられたとますます小さくなっていたが、前向きな言葉に顔を上げる。
料理は勿論、食にもほとんど興味を示してこなかった娘だが、弟子になってから色々と美味いものを食べさせられ、食事には多少なり良し悪しを付けるようになって来た。
料理も必要とあらば覚えて慣れる。努力をする。刺身や寿司も良いが、師が作ったもので記憶に新しい菓子を思い出し、大真面目にそれの指南を所望する。

「……先生も、いつか会えると良い。俗物な面もありますが、親切な良い人間です。
 う? 蟲……夜光虫? ん、うん……。ふむ。誘導される危険性。
 そう言う下心。企てがある相手は、私も判断できる。ちゃんとわかります。むぅ……。

 騙されたとして、私だけで済む問題なら仕方ないと割り切ります。それは己の落ち度です。
 んっ。次から……は、ちゃんと考えるように、します」

一定の理解を示しつつ、反抗も適度に織り交ぜて。最後は一応納得と反省に落ち着いた。
話はまだ続く。争いも、殺しも、面倒が少ない方が良いとの返しにまた頷きを返し、あの半端な暗殺者になり切れなかった者たちを思い出しながら、それと同時に師の戦いぶりも思い出す。
あの時の師は愉しんでいる風では無かったが、暴れられること自体は喜んでいたように見えた。
実際の所、この男は修羅や羅刹ではない。時々、鬼の面を被り振舞うことはあるが……。
まだ、師はよくわからない所が多い。そう心の中で呟き、小さく嘆息する。

一通りの話を聞いて出された結論は、奇しくも娘と同じものだった。
少し間抜けな仕草をした後で、目を怪しく光らせ嗤った師とは対照的に、娘は淡々と言う。

「はい、同意します。私も、主様に直接会って確認するのが一番と判断します。
 私の処遇もですが、家のことも……きになりますので」

古巣に思う所は大いにある。主のこと、同僚だったメイドのこと。どちらも、出来れば死んでは欲しくない。
静かに飲み終えたグラスを置き、ケープの裾をギュッと強く握りしめた。

――そこで、ふと思い出し。

「あ。そうでした。先生に土産があったのです。
 先日頂いた小遣いで、魔道具を買いました。その買い物の折、愉快……いえ、特殊な魔道具を見つけまして。
 此方は私の稼ぎで買いました。お納めください」

そう告げて腰のポーチから取り出したハンカチ。机に置いて開けば、赤い石を埋め込んだ指輪が出て来る。
師の前にそれを置き、どうぞと勧めた。

曰く、健康器具らしい。肩こり、腰痛、関節痛に効くと言うもの。
問題は、じわじわと熱を帯びて火照る範囲が広がって行き、やがてはサウナスーツに包まれているかの如く熱くなりすぎる点。
真冬や極寒の地では役に立ちそうだが……はたして。

影時 > 「じゃぁ教えてやろう。“よく生きる”には、何だってやらなきゃならん。
 ……イイねぇ。教えてやろうとも。
 そうなると、やっぱりいずれその内、引っ越しを考えなきゃならんかねぇ」
 
戦い以外のことで教えることにあたり、無駄となるものは極力ない――ない筈だ。
料理を分身を使ってこなすということも無いわけではないのだが、毎日そんな大技をこなしたいつもりはない。
基本のキを教えるところから始めようと思っていれば、興味を向けてきた事項に、感嘆と共に眉を動かす。
好きなもの、気になったものの作り方を知ると思うならば、良い傾向であろう。そう考えつつ頷き。

「だと良いが。“本業”の方をやるなら、いずれその内会うかもしれねぇかね。
 飛んで火に入る夏の虫、の方の虫……羽虫の方だ。
 水は高い処から低い方に流れるように、こうであれば自然であろう、と思われる方とか、人の仕向け方、動かし方を心得よ、とな。
 
 ――悪人は悪人の顔で、他者を唆したりはしない。よくよく気をつけることだ。
 
 自分の責任で落とし前をつけられるなら、というにはまだ早い。
 人を見る目の鍛え方って、何かあるかねぇ。……――追々考えるか」
 
本業とぼかしていうのは、他でもない。一人の冒険者として、である。
表と裏の社会に通じる者との諍いは、避けたい。仕事で組むことがあるならば穏便に恙無く遣りたいものだ。
しみじみとそう思いながら、話す内容は弟子には難しい、思考から外したい事項であるかもしれない。
故に警句だけは、明瞭に。よくよく気をつけよ、と告げるだけに留めよう。
先日の交戦場は遺骸も何もないだろうが、僅かな痕跡から察し、探ってみせるものもいるかもしれない。
ただ暴れるだけでは、意味がない。斃す際は惨たらしければ惨たらしい程良い。それは心が弱いものには、警告になる。

修羅の如く為るべき時は、選んでいる。
弁えている。次にやることもまた修羅の時ではないが、一先ずの片をつけに行くには、どうするかは定まったか。

「じゃぁ次にやることは、決まったな。動向を見定め次第、余人を交えられない時にでも窺いに参るとしよう」

次手の方針を見定める。弟子には古巣に色々気になる、思う処があるのだろう。
深くは聞かない。聞くべき時にだけでいい。僅かな動きから何をしているか。それを察しつつ、酒杯を傾ければ。

「ン?土産?
 ……おぉ、良いのが見つかったか。良かった。物は、嗚呼。最近見かける奴の事かねぇ
 
 どれどれ……――あづ、っ!? 暑くねェかねおい!」
 
取り出されるものがある。課題を達成できた様子に、素直に良かったと笑ってみせて、開かれるハンカチの上にあるものを認める。
指輪である。赤い石を埋め込んだ魔道具。どれどれと右手の、薬指にでも嵌めてみよう。
起動の文言の類は要らないらしい。何故かと感じる答えは直ぐにある。
じわじわ、じわじわと熱が広がってゆく。恒常的に保つ練氣故か、それが強烈に働いたかのよう。
首筋から立ち上るように顔に上気の気配を赤く帯びさせ、直ぐに指輪を外す。この暑さは、極寒の土地だったら良かったかもしれない……。

> 「先生? ん、約束です。あれも、美味しかった……ので。
 引っ越し、しないと教えられないですか……。じゃあ、んと、遠慮します……」

言質取ったと満足げに頷き、牡丹餅の味を思い出しつつ。
料理を教えることが引っ越しへと繋がれば驚き、最近の師の懐事情を考えるとこれ以上の出費は流石に拙いと踏み止まった。
盗賊ギルドの幹部にポーンッと大金を何袋も渡して大判振舞していたのには、内心、焦燥不安が沸き立ったものだ。

「飛んで火にいる……火取虫! 理解しました。
 人の仕向け方、動かし方? んー……。
 悪人らしくない悪人と言うのには、まだ会ったことが無いです。
 悪い人は、嫌な感じがする。気配とか匂い……色々します。
 ……ん、気を付けます」

冒険者として会うなら、きっと問題は起きない。むしろ情報交換ができることは、互いに良いことである。
と、知人から習ったことを信じるなら、良い出会いになるのだろう。
静かに言い聞かせる言葉は説教のそれ。いつものことながら、師はこうなると大人しく話を聞くまで懇々と続く。
大人しく聞き分けの良い猫は、素直に返事をした。

「観察、偵察、主様のご予定を探る情報収集、ですね。承知いたしました」

明確な指示が出れば直ぐにでもと仕事に取り掛かるつもりで、どの役割でも任せて欲しいと暗赤を見上げる。
ワインを浴びるように何杯も飲み干していくのを眺めては、少し心配にもなるが、不思議なことに師が酷く寄った姿は今まで一度も見た覚えがない。
いつか、とことん強い酒を飲ませてみたい好奇心が湧いてくる。
ドワーフの火酒だったか……。それを贈れば、師はどんな反応をするだろう?
貯金の次の使い道と目標が決まった。

「はい、私のは先生から聞いた補助系のものを選びました。
 先生のは疲労回復に効く―― はい、暑いです。
 なので、お気を付けください。……と、伝えようと思ったのですが。少し遅かったですね」

説明も聞かずに嵌めるのが悪い、とでも言いたげに、いけしゃあしゃあと涼しい顔で言い返す。
何を隠そう、娘もこの指輪で同じく酷い目に合った。汗だくになって宿に帰ったのはまだ記憶に新しい思い出だ。

「そちらの指輪は前の持ち主が効果を調整するのを失敗したそうでして、直すことが出来れば丁度良くはなると思いますが。
 当分、冬までは出番が無いと考えます。ので、倉にしまっておいてください」

影時 > 「あぁ、違う違う。牡丹餅を作るあれこれなら、今の宿でも遣れる。
 だがな。人間生きていれば欲も出るものでな? どうせなら、広い台所も欲しくなるもんだ」
 
牡丹餅は場所よりも素材集めの方が少し手間ではあるが、金をかけるだけのことだ。問題ない。
考えるのはより先の先、将来のことだ。金は使ったなら稼げばいい。
宿に迷惑をかけうる状況が打開したとして、今の流れを思うとまだ余波が続く恐れもある。
立て篭もるにより適した建物か。それとも趣味に走るか。守衛に回る際に適したことも、いずれ考えるべきだろう。

「――通じたなら何よりだ。

 そりゃお前、そんなものがそうそう所かまわずひょいひょいと歩いているものかね。
 気配に、匂いか……ふむ。指針になるなら軽視するのも良くないな。
 
 だが、重視はするな。参考程度に留めておく方が恐らくいい。最後は己の勘次第だ」
 
つくづく、この手の話をし始めると長くなる。悪癖である。其れだけ大事にしておきたいことだが、伝えきれないのもまずい。
悪人らしからぬ悪人とは、何にしても会いたくない厄介そのものとも言ってもいい。
冒険者であり続けるなら。娘の志望通りの進路に至ったとするなら、要注意かもしれない。
その手の悪人は、己すらも騙せる程である。後は結局勘任せ、直感任せ。全く難しい。

「そういうことだ。俺も後で、頼んでおこう」

方針はまた少し、詰めてから実行に移す。腹が満ちればまた酒場のウラにでも回ることだろう。
腹ごしらえにはいまいちではあるが、無いよりはましと思えば厨房の主などから殴られそうである。
一番好みの酒は米から仕込んだ清酒ないし濁酒だが、ドワーフ仕込みの火酒も、普段より良く呑む類である。
より高いもの、珍重されるものは文字通りに燃えうるようなもの。それを贈られたら――おおっと。
不意に、何か。微妙とも奇妙ともつかない悪寒がした。ううむと首を傾げ。

「役立つものが手に入ったなら、それを軸にしたやり方、立ち回り方も出来る。金を出した甲斐があった。
 …………ったく、先に言え、ッ、と言いてぇ処だが、聞かぬ俺の方がまずかったか。
 調整なら、雇い主の辺りでも聞くかねえ。一先ず、うっかり触らねェようにあいつらにも言っておかなきゃな……」
 
酷い目にあったことのお裾分け、とも言えそうだ。
涼しい顔で宣う姿に手の甲で額の汗を拭い、一先ず問題の指輪を上着のポケットにでもしまっておく。
効能の最適化か再調整か。貰ったものを無駄に寝かせておくのも忍びない。
今は宿部屋で退屈していそうな二匹の毛玉に、触らぬよう言い聞かせて魔法のカバンの中に暫くしまっておくのだろう。

暑さばかりは致し方ない。喰えばまた暑くなること請け合いだが、食べかけのパスタを取り敢えず食べ終えるとしよう。
食べ終えたら、幾つかの手配と準備をこのギルドで行うために裏に行く。

懸念事は速やかにケリをつけるに越したことないのだから――。

> 「広い台所……欲しいですか。んー……そう言う、ことなら」

小さくコクンと頷き返す。どちらにせよ、引っ越しも牡丹餅も、いまの慌ただしさが落ち着かなければ出来まい。
師が思い描く隠れ家(マイホーム)の夢がどんな風に仕上がるやら、それもまた少し先のことになるだろう。

「何となく、ですが。野生の勘……的な?
 ……はい先生。己の勘、ですね。心得ました」

匂いや気配。それこそ野生のそれ。言葉や態度には出ないものを、己の勘で読み取る。
なんと難しい課題だろうか。人に騙された経験が少ない娘には、また大きな壁となるだろう。

そして、今後の問題の最も優先とするところ。
元主――ヴァリエール伯爵との会敵を目指し、師の指示に従い弟子も役目を果たそう。
盗賊ギルドを介しての情報収集、その他諸々仕事は多い。

「色々な店を回って、選んで、買いました。先生のお陰です。感謝いたします。
 ん、またこのブローチの良い使い方、一緒に考えて頂けると助かります。

 ……ん、――ふふっ。いえ、私もお渡しする前に注意しておくべきでした。以後、気を付けます」

初めてのお使いではないが、初めての魔道具選びは概ね成功したと言えるだろう。
独り言のように言いながら汗を拭う姿を横目に、悪戯の成功を密かに喜んだのは内緒の話。

汗だくの赤い顔で真っ赤なパスタを頬張り食べる様子をマジマジと観察しながら、娘は思う。
あの時、この指輪を一緒に見ていた小さな少年は、含みのある言い方をしていたと。
健康器具の指輪に秘められし力が! とは思わないが、それについても調整師がいるならば詳細が分かるやもしれない。
何はともあれ、食事を終えて一息ついたら早速仕事だ――

ご案内:「貧民地区/盗賊ギルド」からさんが去りました。
ご案内:「貧民地区/盗賊ギルド」から影時さんが去りました。
ご案内:「王都マグメール 貧民地区」に怪異譚・墓地の少女さんが現れました。
怪異譚・墓地の少女 > .

ちりん、ちりん

明るい夜に鈴が鳴る
それは、一部で語られているおとぎ話、あるいは恐怖話

満月の夜に鈴の音に誘われると異世界に連れていかれる、なんて与太話

そんな鈴の音が、貧民地区の路地から聞こえる

ちりん、ちりん

寂しい人にだけ聞こえるように
寂しさを感じる人を、癒すために

怪異は、貧民地区に現れた

.

ご案内:「王都マグメール 貧民地区」にミラルカさんが現れました。
ミラルカ > 「あらあらまあまあ♪」

夜にも貧民街にも似合わぬ明るい声。好奇心に瞳を輝かせるのは桃色髪の少女。

「あの鈴の音は何の音? こんな夜更けに何の音? 誰がどこで何の目的で? これはこれはーー」

芝居がかった調子で耳に手を当てるしぐさ。体まで鈴の音のいる方向に傾けてみる。

「これはこれは事件の香り?鈴の音からちょっと怪しい、とっても怪しい香りがぷんぷん♪」

その声は詩を詠むようで。ふわりとドレスの裾をひらめかし、

「これはきっと誰かを呼ぶ音。ではでは不詳、さすらいの旅芸人ミラルカが、ご招待に応じると致しましょう♪」

たんたんたん♪軽やかな靴音たてながら、鈴の音の鳴る方向へと進んでいく。

怪異譚・墓地の少女 > 好奇心でも、その鈴の音を追っていけば
進んでいたはずの路地は消え失せ、辺りは霧に包まれる
辺りが見通せないほどの濃霧
加えて辺りには、名無しの墓がずらりと並ぶ

全てが、いつの間にか、といった具合
本当におとぎ話し通り…異世界に連れていかれたような

けれど、そこに甘い声がかけられる

黒い、上等な布の服を着て
白磁の肌をたっぷりと晒した…浮世離れした少女

「こんばんは。いい夜ね
招かれた相手はおもてなし、しないと」

声はからかうような、甘えるような魅惑の声
乳房は薄く、身長も低いため子供のようにも見えるけれど
成熟した女の香りがふわりと墓地を撫でていく

「ねえ、あなたはどうして寂しいの?
あの鈴の音が聞こえるのは…誰かと会いたい人
あなたの望みを聞かせて」

微笑みながら、そっと手を差し出す
明らかに人外の…それも高位の存在であるが、その態度は友好的

ミラルカ > 「まあまあ、あっとういうまに路地が墓地。予想もしなかった、予想もできなかった。予想もできないことがおきるって予想したとおり♪」

墓石の一つ一つに顔を寄せる。まるでお花をみるためのように。墓碑銘もない墓へ手を伸ばす。つぅぅ。優しく優しくなぜる。その手がぴたりと止まる。

「まあ。驚いた。とてもとっても驚いたわ♪」

大げさに目を見開いて、背中をそらしてみる。たわわな胸がたゆんと揺れた。

「とてもとてもきれいな月の下。とてもとても魅惑的な鈴の音のお招き。着てみればそこにはなんてきれいなお嬢さん♪ 私は旅芸人のミラルカ。お会いできてとてもうれしい♪ もてなししてくれるなんてとても光栄♪」

香りに呼び寄せられるように、とん、とととん、軽やかな足取りで相手に近づいていく。相手が高位な存在であることに気づいているのか

「寂しい? 私が寂しがっているように――」

おどけるように答えてから、言葉を止める。

「そうね。そうね。さびしいのかな。さびしいのかも。さびしくなければ旅をしないもの。誰かに会いたいから旅をする。誰かに会う。仲良くなる。でもでも、誰かに会いたくなる。旅をする。また誰かに会う。また仲良くなる。でもまた誰かに会いたくなる。もっとたくさんの人にあいたい、もっとたくさんの言葉を、もっとたくさんの唇を、愛を、快楽を――」

自分のそこまで言ってから瞬き

「まあまあ、まるで私の言葉ではないみたい。でもでも、私の言葉でしかないみたい」

芝居がかってはいるものの作ってはいない驚きの色合い。

怪異譚・墓地の少女 > 「ようこそ、ミラルカ
私は、名乗る名前を持たないけれど、告げないけれど、仲良くしてくれてると嬉しい」

ここが誇らしいのだろう
墓地を見せびらかすように両手を広げて、にっこりと笑う

猫を模した被り物がずれそうになったので、手で戻しつつ
相手の、芝居がかった言葉を聴こう

「そうなんだ
寂しくて、旅をして…ああ、ミラルカは色々な人と会いたいのね
だから、きっと…私もあなたの寂しさを埋める欠片の一つ

どうぞミラルカ。私は寂しさを埋めるためのもの
あなたはどんな旅をしてきて、どんなことをしてきたのか、だれと会って、どんな愛と快楽を分かち合ってきたのか

それを私に教えて?」

近づいてきた相手に微笑みかけ…周囲が、墓地から…まるでキャンバスを塗り替えるように景色が変わる
今度は、月光が窓から入る簡素な木造の宿屋の一室に
ただしベッドは上等で…二人が寝転んでも余裕の大きさと柔らかさ
その端に先に座り、手招きする

「立ったままだと疲れるでしょう?
どうぞ座って。ミラルカのお話も愛も全て受け止めたいから」

蠱惑的な笑みのまま、手招きしていた手をそのまま下ろし、ベッドをぽふ、と叩く