2026/03/13 のログ
■ナイト > 貴族同士の争いなど狂犬が知るところではない。
嘘の仮面の下で舌を出し合い、睨み合い、互いに口撃を繰り返し嗜む舌戦。
そんな作法を多少教えられたからと言って、それに倣うのは相手が言葉で解決を望む限りでしかない。
いざ暴力となれば遠慮も容赦もなく叩き潰すだけのこと。相手から手を出したなら、正当防衛の大義名分を得たり。
強者こそが正義であると語った少女の思想は、どこまで行っても野蛮であることに違いないが、それを恥じるつもりはない。
だが、今回に限っては少しだけ困る。
正当防衛と言えども、夜会で騒ぎを起こしたとなれば主に顔向けできないという点が一つ。
そして、本当に困るもう一点は――
子爵の面食らった様子を見れば多少溜飲が下がると同時に、そこまで見縊られていたのかと思うとまた違う苛立ちが沸いて。
一度静まっていた殺気が、子分共が柄に手を掛けようとするのを威嚇するように忽ち膨れ上がった。
それを止めたのは他でもない、嗾けてきた子爵本人だった。子分二人を制したのはちっぽけなプライドを守るためか。
警戒態勢を崩さず子爵と見つめ合う少女だったが、周囲のざわめきに気付くと、此方へ近づく者へと視線を向けた。
「――!」
低く響く一声で、一触即発の空気が一瞬にして霧散する。
人垣が割れて歩み来る聖騎士の姿を見て、少女はすぐに子爵の腕を解放し、そこから伝わる厳格で静かな怒りを感じ取り一歩後退した。
聞こえた第一声は誉め言葉だったが、素直に喜べるような空気でもない。
子爵と少女、それぞれへ告げられる忠告と叱責。
ここには居ない子爵の令嬢のことを言っているのだと理解して、ならば子爵とのやり取りも全て筒抜けだったのだと知る。
罰悪そうに視線を逸らし、一瞬、口を尖らせ何か言いたげな顔をしたが、大人げないと思いなおして素直に頭を下げた。
「……確かに、その通りだわ。そちらの子爵の妹君への言葉は謝罪します。申し訳ありません」
彼の言う通り、相手を言い負かすためだけに、よく知りもしない令嬢を貶めるような発言をしたことは自分が間違っていた。
ここにいる嫌味な子爵のことはまだしもと思う当たり、本人を前にして吐いた嫌味や暴言の数々はまったくもって悪いとは思っていないことがわかる。
冷たい目をした彼の手にあるフォークが血塗られていないことは、子爵と少女、どちらにとっても幸運だっただろう。
帯剣していなくても十分に荒っぽい聖騎士である。子爵以外の面々もそれは雰囲気で察したようで、中には顔を青ざめさせる者もいた。
そうして、改めてこの騒動に身を投じた一同へと向けられる言葉を皆が聞く。
少女もまたその一人として、男の言葉を聞きそれを胸に置く。
従士となるにあたって言われていたことだ。何か問題を起こせば、それは従士を指導する騎士の責任になると。
感情に任せうかつなことをせずに我慢して本当に良かったと、少女は男の言葉と、その冷え切った瞳を見て静かに思うのだった。
思っていた責任の取り方と少し違う気がしたが、結果的に丸く収まったのだから良しとすべきか……。
少女は飲みかけのグラスをテーブルに置き、そろりと手を挙げて密かにブチ切れている彼へ言う。
「あー……。ヴァン……様、私と一曲踊ってくださるかしら?
初めてのダンスの相手は貴方にと決めてたの。それとも、此方の子爵にお願いした方がよろしくて?」
ホールの中央へと男女が歩いていく姿がちらほらと見える中、少しの気まずさを感じながらも、自分たちもその流れに加わらないかと誘い掛ける。
挙げた手を返して掌を差し出し、それでもまだ機嫌が直らないようならと隣の子爵をチラリと見る。
心底迷惑そうな顔をされるが、そこは喧嘩を売ってきた代償とでも思ってもらおう。
■ヴァン > 受信はできても発信ができない。もどかしい思いを抱えながら男は足早に廊下を歩いていた。
走りたいのはやまやまだが、とかく貴族社会というのは面倒だ。
一触即発の場を子爵の左手が止めていたのは、男としては複雑な気分だ。
足音を立て近づきながら、ふつふつと怒りが湧いてくる。
少女に難癖をつけた男達、その状況を肯定的に捉えて、あろうことかおこぼれに預かろうとハイエナのように集まった男達。
危険を察知して、我関せずとトラブルの場から立ち去った者達。範疇を越えながらも対策せず静観する試験官達。
つまる所己に――それと、多分少女にも――人徳がないことが一端ではあるのだが、それで納得できるほど大人ではない。
何か言う前に少女は子爵の手を離した。少女の拘束で怪我をするほどやわではないだろう。
入り口近くのテーブルで拝借したフォーク――非武装すなわち無害ではない――を、行き先を決めかねるかのように指先でくるくる回す。
少女が紡いだ謝罪の言葉に静かに頷く。その場にいない第三者への侮辱は下手をすると本当に引くに引けぬ、不味いことになる。
顔つき合わせて喧嘩をするのは勝手にしろと言えるし、他人が嘴を突っ込む隙間はない。だから、ある意味安全だ。
「よろしい。子爵、貴公の家が騎士に誇りを持っているのはわかる。だが、人には適正や希望がある。
私は妹君と面談した際、文官への適正と本人の希望を感じ取った。それが貴家にも利すると判断したから断ったのだ。
決して、面子を潰すためではない――私の言葉が足らなかったのなら申し訳ない」
最初の一言は少女へ、後は子爵へと向けた言葉。
男の言葉に嘘や取り繕う様子は感じられず、しっかりと子爵の顔を見ている。子爵は頷く以外の行動がとれなかった。
男の右手は未だフォークを弄んでいる。言葉の選択を間違えれば、次の瞬間眼窩に深く突き刺さるだろう。
一応の解決はできたように思えたが、周囲の反応が鈍い。子爵とその取り巻きは無害化したものの、燻る不満の匂いを感じ取る。
二、三人ほど伊達男にするべきか、と剣呑な思考に至った所を、少女からの声で我に返る。
周囲からは、男の目にハイライトが戻ったように見えるだろう。
「……あぁ、ダンスの時間か。
――そうだな。ここにいる紳士方の足に穴を開けさせる訳にはいかない」
いつも通りの減らず口とは裏腹に、少女の手をとりながら男は膝を曲げ、手に触れないように口づけの仕草をする。
時代遅れとも言われそうな、由緒正しい礼をして、大広間の中央へと少女を誘い――。
■ナイト > 【次回継続】
ご案内:「王都マグメール 王城/大広間」からナイトさんが去りました。
ご案内:「王都マグメール 王城/大広間」からヴァンさんが去りました。