2025/05/31 のログ
ご案内:「王都マグメール 王城/王立図書館に続く回廊」にアイシャさんが現れました。
アイシャ > 王族達の邸が並ぶ一角から続くこの回廊は、王城に併設された図書館へと向かううちのルートの一つとなっている。
春も終わりに近く、もうすぐ夏が来ようとしている暦だが、それよりも実際の季節はずっと暑い。
だから、借りた本を抱えて歩く少女の額にもうっすらと汗がにじんでいた。

(これだけ暑いと、噂のル・リエーに行ってみたくなっちゃうのだけど)

一風変わった像があるという水遊場は、市井の同世代には人気なのだと聞く。
だが、何せ人生でつい先ごろに初めて海を見たばかりの引きこもり王女には敷居が高すぎる。
今までは使用人を介して本を借りていた王立図書館に足を延ばせるようになったことだって、彼女にすれば随分と進歩したものだ。

「流石に独りは無理ね。
兄さまか…兄上に…でも駄目ね、兄さまは暫くお出かけじゃない」

引きこもりが少し成長したとはいえ、それでも未だ引きこもりには変わりない。
行動範囲が少しばかり広がっただけの少女には、一緒に出掛けてくれて、あわよくば自分を助けてくれるような相手が未だ必要だ。
けれど一番頼みの綱のすぐ上の兄は暫く遠出すると聞いていた。
自分よりも下のきょうだいと向かうとなると自分が監督役にならねばならず、勿論そんな器用さが少女にあるはずがない。
両親はきっと忙しいだろうし、そうなるとすぐ上の兄を越えて上のきょうだいのどちらかに頼まねばならない。

「…今年も、水着のカタログとやらは見て終わるだけになりそうね」

ため息一つ。
積み上げた本の山を改めて抱えなおし、その足は回廊を歩き続ける。

ご案内:「王都マグメール 王城/王立図書館に続く回廊」にファルスィークさんが現れました。
ファルスィーク > 数か月前までは暗くなり始めていた時刻だが、今は陽が落ちるのはまだ早く黄昏時にもまだ猶予はあろうか。
ふらりと久方振りに訪れた王城はと言えば、さして変化もない様子であるが、静まり返っているのは場所のせいか。

今年も暑くなりそうな予感が感じられる気温に、回廊の窓から見える景色を見やれば僅かに眉根を寄せて吐き出される溜息。
歩く靴音は僅かに反響しつつ進める歩みの中の独り言……。

「暑くなれば、氷菓子の売れ行きは好調にはなるが……過ぎれば悪影響が出る。
さて……今年はどうなる事か」

酷暑であれば、果樹園などの被害も大きくなるだろう――などと思案している所、向かいから来る令嬢の姿を見やれば、思い出すのに僅かな時間を要するのは、あまり目にする機会が無いからか。

「珍しい所でお会いする。
確か……イフレーアのアイシャ公……だったと思うのだが。
ラディスファーンのファルスだが、覚えておいでだろうか」

近付けば足を止め、ゆるりと会釈をした後、抱えている本の山が目に入れば手を差し出し、避けられなければその本を1冊2冊と手に取って持とうと試みるつもりではある。

アイシャ > 「…姉さまにお願いするのも難しいし……やっぱり…ひゃっ?!」

前方からかかる声に小さい体は一瞬硬直する。
自発的に外に出かけるようなったとはいえ、所詮は重度の人見知りが中重度の人見知りに少しだけランクアップしただけのこと。
相手に目の前に立ちふさがるつもりはないのだろうが、声を掛けられた側からすればその身長差も相まってとてつもない壁の出現にすら思える。
会釈があれば少なくとも少女への敵意がないとは理解できたが、完全に硬直してしまっているに等しい王女には相手の名乗りを受け入れて咀嚼するまでに随分と時間がかかった。

「…………え、っと」

顔にはうっすらと見覚えがある。
自分に近しいタイプとはまた違う系統の整った顔。
内向的な脳内の中を必死に回転させて、蔵書以外の記憶野の中から心当たりのある情報をあれこれ引っ張り出すしかない。

「……。
御無沙汰、しております」

少なくとも自分の顔を見て、名を充ててきた相手だ。
家族の誰かしらとは付き合いがあるはずで、けれどそれが誰なのかわからない。
何なら直接会話をしたこともある気がするのだけれど、王女の味方である精霊達はいつも同じ精霊が一緒にいるわけではないから結局検索先としてはあてにもならなかった。
だから、頭の中で懸命に検索を繰り返しながらも緩やかなレベランスで膝を折る事だけが今の王女にできる事。
積み重なった本の背表紙を一瞥すれば、それらは精霊や古い魔法に関する本が殆どであることが解るだろう。
けれど、偶然相手が手に取った本はジャムのレシピ本と色彩学に関する内容だったから、王女の濫読ぶりを意図せず披露する羽目になったかもしれない。

ファルスィーク > 声をかけるまで、己に気付かなかったらしい令嬢の独り言は、耳に届いたが、一際大きく聞こえたのは可愛らしい悲鳴めいた声から、どうやら驚かせてしまったらしい。
反応が返ってくるまでの間は、お互いに沈黙したまま。
すっかり固まってしまっている姿をみれば、僅かに唇の端が上がり浮かべる笑みは、可愛い小動物を愛でる様なそれ。
どうやら、令嬢の身元は合っていたようではある。
向けられる銀の瞳には、己の事を必死で思い出そうとしているらしき思考が読み取れそうではあるが―――。

「ふむ………分からないのも無理はないか。
私も頻繁に王城に来ている訳でもないし、姿を見たのも幾年振りであるだろうからな。
……王族の末席に身を置いているファルスィーク・フォン・エインウィスナーだ。
以後、記憶して頂けると有難い」

正式な名を改めて告げながら、伸ばした手は令嬢の抱えている書籍を取っていく事になるが、目にすることになるなるのは、年相応の女性が好むものと言えばいいのか。
ほう………と感心したような声を上げつつ、その内容を見るべく開くのは目次の項目。
ざっと目を通してから閉じるまで然程時間は掛からず。

「これは中々興味深い………ジャムか。
氷菓子のソースとして使えるかも知れないな。
加えて……色彩学…目を惹く事で購買意欲にも繋がるか。
―――失礼……アイシャ公……精霊の愛し子も年頃の娘であるらしい」

この書籍は己が後で借りる事にしようという心づもりは、関心が大いにあるという事で令嬢にも伝わったかもしれない。
次いで、まだ令嬢が持っている物へと目を移せば、それらの専門書に感心したように何度か頷き。

「イフレーアのテミス公やヴィティスコワニティのリュシアン公もだが、カルネテルの家系は勉学に熱心であるらしい。
特に興味を引くものに関して向き合う姿勢は、学生の鑑ともいうべきか」

2人の子息の名を挙げるのは、一応、己の生徒であるからで貪欲に学んでいる姿を思い出しつつ。

アイシャ > 「……も、申し訳ありません…ファルスイーク様」

バレた。
完全に、バレた。
別に本が重いから震えているわけではないのに、その震えのせいでよそから見れば怯えているようにすら見えるか。
尤も、相手のことを100%記憶できていないことが改めての名乗りと、吊り上がる口元に把握したとばかりに滲み出ているように王女からすれば感じるだけなのだが。
とはいえ、震えているのは事実なので、本の山を抱えて若干の焦りと共にプルプルと震えている様は余計に小動物じみていたことだろう。

「あ、ええと…そのあたりは、その……と、年頃というか。
上の妹と…化粧品の話に、なった、ので」

上の妹が化粧品を世に送り出しているというのは、世にどれぐらい広まっているのだろう。
精霊から春のお裾分けで貰った立派な苺に端を発してジューシーなフルーツの香りのグロスを彼女に提案したのはこの姉なので、少しでもその発想の手伝いになる様にとみていた本たちを捲る男の手をちらりと見上げる。

「…わたしは、その。
ものすごく、食べ過ぎている…ので、少し控えているんです、けど。
でも、でも!綺麗な色はやっぱり、食欲増進に繋がる気がする…ん、です……けど…」

スコーンも美味しい、フルーツも美味しい。
それらを組み合わせるためのジャムがかけ合わせてくれたらなお美味しい。
ましてや、それらが瞳にうつくしく映る者なら猶更。
控えめだった言葉が、途中で白熱するも、少し白熱させすぎたと自覚したのかその熱はすぐに縮小する。

自分の食欲の旺盛さに少ししょんぼりしたのも束の間。
すぐ下の弟の名前が出てきたことに少し萎れがちに舌を向いていた目線がぱっと上を向く。
そして、その動きと同時に肩の上で銀色のお下げがぴょんぴょんと跳ねた。
目の前の男のことを思い出す切欠を与えられたのだから、そこから蚕の繭を解くようにか細い記憶の絹糸を慎重に解いていく作業が王女の脳裏の中で始まったわけだが、それとは少しだけ距離を置いて

「…いえ、年頃だからというよりは、その、……わたしは、いつでもご飯もお菓子も美味しいので…。
勉学に熱心かと言われたら……ちょっと…」

年頃も関係なく、年がら年中食事がおいしい。
それは健康面からすればいいことなのだろうけれど、相手の言うような年頃が理由なのだとはやはり思えない。
ぽわぽわと、白く柔らかい頬を赤面に染めたなら、また視線は落ちがちになるのだろうか。

ファルスィーク > 「いや、気にする程の事でもない。
確か……アイシャ公はインドア派だったか。
それにしても、麗しく成長された姿は眼福ではある」

己にしてみても、面影が朧げに見えて不確実さもあっての呼び止めとなったのだしと。
硬直の後、何やら震えているらしき様子は、己にしてみれば怯えていると受け取るしかないのだが……小柄な令嬢のそれは随分と可愛らしく見えるのは仕方がない。
怖がらせたかと思いつつも、先にその仕草が見えるのだから笑みを深くするばかり。

「ほう……化粧品か。
さすがにその辺りは私は疎いのだが…となると……アステリア公か。
合わせて、香水など調香も得意とするのだろうか。
私としては、少々興味はあるが」

量産できるかにもよるが、色付きの玻璃製の瓶に入れてみれば、貴族の間では結構な流行となりそうではある。
改めて、その専門性の高い才能の多岐に至る血筋自体が、希少であり価値が高い物であるという事を実感しつつも、令嬢の言葉は興味をそそられるものばかり。
見上げてくる瞳の先……続いての言葉には思わず、小さく噴き出してしまった。

「…いや、失礼。
拝見するに、食べすぎという程の事はないと思う。
それに、女性の食欲増進に繋がる色の事は詳しく聞きたいところでもある」

どうやら、食べる事は好きである。というのが如実に分かる反応は、食いつき具合から察するには十分すぎる。
人見知りであるのに、興味を惹く事に関しては饒舌になる性質は、成程、よく似ているというべきか。
令嬢の体型へと目線を向けるのだが、しっかり成長している肢体は魅惑的と言ってもいいほど成熟しつつあるのは見て取れた。

なんとも、表情が豊かというか全身で感情を表現する仕草は、好ましいものであるし、素の本来の姿は今の令嬢の姿なのだろうとも。

「食事も、お菓子も美味しいのであれば言う事はない。
食べることが気になるのであれば、作る側になるという手段もある。
アイシャ公の理想の菓子を作る……などはとても夢がありそうだが?」

それこそ、色合い、香り、味等は材料によっても千差万別であるのだからと。
そこに、多少の魔術のを付与してみれば、ポーションならぬ飴という形でも世に出回るかもしれず。
好きであるのならば方向性を変えてみるのも……との提案を頬を赤くして俯きがちな令嬢の顎に指を絡ませ上へと挙げさせてみようか。

アイシャ > 「…麗しくなんて、そんな、姉や母に比べたら、わたしはそんな」

この引きこもり王女の自己評価が低いと言われたら事実なのだが、本人が一貫して下している己に対する評価は『バランスが悪い体型』というものだ。
母や姉のように伸びなかった身長に対してアンバランスについた肉、そのものがコンプレックスでもある。
だからにすることの程ではない、と言われるとますます恐縮してしまう。
麗しい、などと評価されたら猶更。

それでも、妹に話題が及ぶと下がり切っていた顔がぱっと上がるのはやはり自慢の妹だからだ。
引きこもり同志である欲目を捨てても、やはり妹の技術の凄さを知ってもらいたいというその一心。

「!
そうなんです、アスティは、あ、ええっと、上の妹は化粧品ですとか、調香とかそういったことが凄く上手で!
わたしも、自分の香水はずっと妹に作ってもらっているんです!
…本当はもっと、世に出してもらいたい気持ちもあるんですけれど…」

妹の技術の素晴らしさを知ってほしい気持ち。
けれど、妹が自分に合わせて作ってくれたこの菫香を他の誰かに譲るのが少し惜しい気持ち。
それらはやはり年頃の少女らしい春を苦く思う気持ちに近いのかもしれず。

そんなことを俯いてぐるぐる考えている間に頭上から噴き出すよう気配が忍び聞こえたものだから恥ずかしさと同時に少しだけ淡い銀色の睫毛を持ち上げるに至る。

「……いいんです、どうぞ遠慮なさらず笑ってくださいませ。
はしたなくも食べ物に対して意地が汚い自覚は、ありますので」

つい先達て件の上の妹と己の食欲を自覚するような話をしたばかり。
肩を落としたところで少し崩れかけた胸元の本の山を慌てて抱えなおしていたら、頭上から降ってきた提案は余りに魅惑的で。
陽銀の瞳が屑星を塗したかのごとくにきらきらと輝いて、この短いやり取りの中で一番はっきりと目の前の高いところにある相手の顔をはっきりと捉えて見上げたか。

「…わたしの、理想の、お菓子……!」

その提案は食欲に未だ勝つことが出来ない年頃の王女には余りに魅力的だった。
何せ、幼少時からの筋金入りの引きこもりである。
そんな少女にとっての楽しみと言えば、本と、家族から伝え聞く外界の話と──何より手っ取り早く欲を満たしてくれる、甘くて可愛らしくて美味しい味覚、即ちティータイムのお菓子たち。
本を抱えてさえいなければ、はしたなくもその魅惑的な提案への瞬間的な情熱だけで背の高い相手の腕にしがみついてしまっていたに違いないほど。

ファルスィーク > 「さて……そこは比べる必要はないと思う。
才色兼備の美男、美女揃いであるし、アイシャ公も存分に魅力的だ。
薔薇は見目麗しく香りも高いが、百合も負けてはいないだろう。
それぞれに、異なる美しさや香りを持って魅了するのと同じだと思う。
私の目から見ても……存分に魅力的ではあるし、性的対象として抱いてみたいとも思う」

小柄ではあるが、特にバランスが悪いと思わないのは、己の様に男性目線から見てのものである。
もっとも、女性の視点から見ればまた違ったように見えるのかもしれない可能性もあるのだが。
萎縮気味の令嬢へかける言葉は、己の思っている事でもあり……それでも、すぐに元気を取り戻すような話題となれば、本当に感情が豊かだなと観察するように。

「先程からの香りも調香したものだったか。
印象に良く似合っているのは流石としかいようがない。
……才能のなせる業か………アイシャ公の言葉から察するに、当人は名声などは望んでいない。好きだから作っている…そんな感じだろうか」

令嬢が語るのは、窺い知れる才能の片鱗。
調香したのは、令嬢の為であって純粋な好意の表れと言っても良さそうだ。
であるのなら、今はまだ世に出ない方が良いのかもしれないと。

「いや、あまりにも可愛らしかったのでな。
深窓の令嬢のような雰囲気があるから余計なのかもしれないが……実に素直で正直で良い。
意地汚いとは思わないし、美味しく食べてもらえるのなら作り手の方は存分に満足しているだろう」

緩く首を横に振るのは、令嬢を嗤うものではないと否定の意を込めてのもの。
先程、手に取った書籍は己の右手の上に重ねて持ち、崩れそうになった令嬢の持つ書籍は、数冊その上に乗せて持つことにした。
――分かり易いほど輝いた瞳は、己の言葉にかなりの興味を抱いた表れか。

「……我ながら、かなり魅力的な提案だと思うが。
誰かに食べてもらえるのなら、実用的でもある。
…贅沢を言えば、私もやってみたいとは思う」

新商品開発の下地を作れば、後は領地の職人が氷菓子のように、あれこれと応用し進化していくだろう。
そして、それこそが己が人に対する興味と感心の醍醐味の部分でもある。
身長差がある為に、身を屈めればその分、顔の距離は近くなり………。

「今のアイシャ公の表情は、今までで一番魅力的だ」

そう呟くと、そのまま唇を重ねてみようかとの試み。

アイシャ > 「そうでしょうか。
わたしには薔薇の華やかさも、百合の清廉さもないような気がしますし、……?…?!」

薔薇と言われたら直ぐに思い浮かぶのはやはり母。
姉は百合というよりもグラジオラスが名に背負う剣の様な、しなやかで力強い華やかさの印象。
下の妹にはダリアのような大らかで情熱的な華やかさがあると思うし、上の妹に感じるのはフリージアのような控えめだけれど柔らかい純粋さと可憐。
己のことを卑屈だとまでは思わないが、やはり周りと比べてしまうと華やかさとしてはやはり一団も二段も劣るは思う。
だから、最後に加えられた言葉に動揺とともに白く柔らかい頬にぱっと季節遅れの春が訪れたのは気のせいではなく。
その言葉を正面から受け取っていいのかを躊躇っているうちに上の妹の技術の話になったから、一旦はその動揺も鳴りを潜めて。

「そ、そうなんです。
わたし、菫の香りが好きなんですけれど、それに合わせて作ってくれて」

小さなその花の香りは甘いけれど、纏うに含まれるその香りはどこかほろ苦く野の花らしい清々しい青さも滲む。
ただ可憐な紫花のその香りを再現するだけではない、花をきちんと理解したうえで自分に合わせて調香されたもの。
最初に貰った時からずっと気に行って、何年使い続けていることやら。
その香りは王女が肌身離さず持っているものも、気に入りの本やにも移り香として残るほど。
逆に、香りから弧の少女の持ち物だと推測できるものも、イフレーアの邸城には少なくない。

「…本当、ですか?
その、……みっともないとか、意地汚いとか」

思ったりはしないのだろうか?
口には出さないが、銀色の視線は尋ねるだろう。
家では何一つたしなめられたことはないけれど、世には小鳥の涙よりも慎ましやかな食事ですら多くて食べられないという貴族の子女もいると聞く。
それに比べたら、本当にこの王女ははしたないと言われても仕方ないほどに食べるのだ。
そして、その栄養が体のあちこちにいきわたっていることも事実。

胸の前で積み上げていた書籍の壁が少し低くなっていくのを、彼の手が一冊、二冊、と引き受けてくれる軌跡を追いかけるのは先程よりも伏せる角度が変わった銀色。
直ぐ上の兄よりも高い角度にあるその顔を仰いでいれば、近くなった距離に銀色の睫毛がぱちりと揺れて

「…、!?」

重なる唇に、銀色が瞬いたと同時に動きが固まる。
魅力的だとか、そんな言葉が聞こえた気がするが、重なる唇の感触に受けた動揺は余りに大きい。
驚きのあまりに抱えた本を足元に落とさなかったのは、借りたものを丁寧に扱おうという気持ちからだろう。

ファルスィーク > 「そのように思っているのはアイシャ公自身ではないだろうか。
花に例えたのは分かり易い一例としてだが、私はいずれの花にも美しさがあり優劣はないと思う。
――少々、言葉がストレート過ぎたかも知れないが、揶揄っている訳ではない」

令嬢の挙げたように、いずれの花が当てはまるのかという印象と言えば、その容姿を思い出してみれば確かにと頷ける華やかさがある。
令嬢はと言えば、大輪のというよりは、鈴蘭や待雪草のような可憐であるものが似合いそうだ。
言葉に詰まり頬を赤く染めたのは、意味合いが通じたからだろうと思いつつ……香りについては、その技術にも興味は更に惹かれる。

「淡い色合いと香りは確かに爽やかではある。
精神の鎮静効果もあり、親しみ深い……アイシャ公には似合う」

それをしっかりと再現し、強すぎず弱すぎず――あくまで主役は令嬢であるように仕上げているのも、持っている技術の高さの程が窺える。
そんな香りを覚えてしまえば、これからは令嬢を連想させる香りとして記憶する事になろう。

「私は思わないな。
美味しいものを欲しがり、少し食べるだけで満足し残してしまう自称美食家の方が、よほど意地汚い」

食事風景を目にしたことはないのだが、食べる事が好きであるという令嬢の場合は、本当に美味しそうに食べそうであるのが想像出来ての頷き。
家柄の貧富の差は仕方がないものの、粗末にしている訳ではないのであれば問題ないという考え方である為に。
そして、それが躰にしっかり行渡っているのなら、尚の事、咎められることも無い。

不意打ちという形になってしまいはしたが、柔らかい唇の感触をしっかり味わい、目の前にある見開かれた銀の瞳を覗き込みつつ僅かに目を細め、軽く吸いながらも唇は触れさせたまま伝える言葉。
出来るならば腰を抱きたいところではあるが、書籍を落としてしまいそうなので己も控えはしつつ。

「これで…性的対象であると言ったことが、世辞や謀りでも嘘ではないという事は伝わっただろうか」

アイシャ > 「…それは、そうなのですけど」

言われた通り、確かに花に優劣はないのだ。
ただどの花も賢明に、力強くその盛りにうつくしく燃え尽きるように咲いている。
だから美しいのだとも理解している。
けれど、自分自身に当てはめようとしたらやはり思いつくものがない。
様々な花の精霊達とのやり取りがあるからこそ、当て嵌めようと思えないのかもしれない。

赤裸々な評価の言葉だが、不思議と揶揄われているとは感じなかったがゆえに頬を紅くしながらも小さく頷いた。
相手によってはそれこそ不愉快だからと王族の傲慢な特権を翳して、理不尽な罰を与えることもできる内容。
けれど、そこまでに思い至らなかったのは、相手がまた王族だったからというわけではない。
羞恥の大小はあれど、嫌な感情を抱かなかったからだ。

「あ…ありがとう、ござい、ます」

そしてその言葉に上乗せするかのように褒める言葉が重なると、更に頬が紅く染まる。
妹の調香技術を褒められている嬉しさも勿論あるのだが、それが自分にきちんと合っているという誉め言葉。
もちろん、そんな言葉を聞いてわるい気になるはずがない。

自称美食家に対する嫌悪の吐露。
それに対しては王女もまた同じなので小さく頷いた。
己の一芸がどこかしら食卓に関わりを持つからだろうか。
折角おいしく育った食材たちを無碍にされて悲しむのは、何も声や存在がある者だけではないのだ。

「……えっと、その」

一度重なった唇は、離れるのかと思ったらそうではなく。
離れるどころか軽く重なったまま続く囁きのあまりの近さに震えるのは唇だけではなくて心音もまた跳ねてる震える一方。
真意を改めて伝えるようなその言葉に動揺を隠せないまま小さく頷いた。
既に、頬だけではなく耳も首筋もすっかり赤く染まっている。

「わたし、本当に、魅力的に、見えていますか」

半ば自分で閉ざした世界に生きていたこともあるし、常日頃情を交わす相手も限られている。
そんな自分が、第三者から見た時に本当に魅力的に見えているのかどうか。
先程もそのように伝えられたし、世辞を言うような男でもないように見える。
けれど、だからこそ改めて念を押してほしい、教えてほしいとばかりに問いかける間近の銀色にはどこか必死さもあるだろう。
誰かに自分の評価を委ねなくてはならないほど、自己評価の低い王女は自信がないのだ。

ファルスィーク > 「ふむ……では、精霊の愛し子へ更に付け加えようか。
精霊に優劣はあると思うか?
……意地悪な問いかけになってしまったが、アイシャ公は理解しているだろう」

令嬢の性格は大体の部分は理解はした。
故に、とても意地悪な質問であるというのも自覚はある。
己の言いたい事も伝わっているのだろうし、そこを今すぐいきなり飛び越えるのはとても難しい事ではあるだろうが、そこは交友関係によっての外部からの刺激などで徐々に解されていく事を願うばかり。

貴族等が口にすれば身分の関係から、不敬罪に問われる可能性は十分にある言葉ではあるが、赤く染まったままでの小さな頷きと、礼の言葉は己の言葉を素直に受け取ったと感じたのと同時に、令嬢の纏っている爽やかな香りが少し強くなったように感じたのは、紅くなったことによる体温上昇によるものか。
スンと軽く鼻を鳴らして、令嬢の香りをより嗅ぎ取ってみようか。

「………いい香りだ。
しかし、高揚し掛けている感情を抑え込まれてしまいそうにもなる。
………もしや、これは私のような害虫予防の策でもあるのだろうか」

調香した意図の一つに含まれているかも知れない可能性を言葉にし、ほほを赤らめている令嬢の細い肩の向こう側に、冷たい視線を感じなくも無いような―――。

食に関して特に富裕層では、自らの富を自慢するかのような醜聞が届く事もあるのだと。

唇を触れ合わせたままでの言葉は、実に生々しい事この上なく瞳を捉えたままであれば、距離はないと言ってもいい。
令嬢には刺激が強すぎるかも知れない行為ではあるが、それでも逃げ出そうとせずに受け入れる意思を示すような頷きは確かにあり。

「無論だ。
特に、好きな事について語っている時にアイシャ公が、ありのままの姿であるのは良く分かったのでな。
恐らく、他人に見せる事など滅多にない一面であるだろうから余計に貴重ではあった。
……そして、もっと様々な表情を見せてくれる事になるだろう。
普段は誰にも見せないような表情や声なども、堪能させてもらうし………アイシャ自身にも教えてやろう」

言葉の内容は己が行うであろう事を匂わせるようなそれ。
最後…令嬢の名をそのまま呼んで唇を離した。
気付けば日はすっかり落ちて夜の帳が落ち、静かな回廊には相変わらず人気はない。しばらく目線を重ねたままではあったが、令嬢の本来行こうとしていた場所である図書館へ、共に歩みを進めていく事になるか。

アイシャ > 「何一つ、ありません」

意地が悪いなどと思うことはない。
どの囁きも、自分にとっては等しく優しいもの。
だからこそ王女にはこちらの問いかけのほうが自分にとってはやはり身近だ。

「それは…聞いたことがありません、けれど」

妹がそんな作為を以て作ったとは思えず。
けれど、体温が上がっていけば肌の上に程よく乗せた香りは感情の高ぶりと共にその甘さとほろ苦さを増していることだろう。
冷ややかな視線のようなものがあるとしたら、それはきっと人ならざる何かなのだろう。
王女の耳に何らかを囁くことはなくても、愛し子に向ける悪意があるなら容赦はしないとばかりの、何らかの力。
それらが静観をきめているのは、あくまで王女自身の意思を尊重しているからに違いなく。

余りに問いかける表情が必死だったのだろう。
丁寧に、きちんと言葉にして伝えられる言葉は自己評価の低い王女には貴重な言葉。
そして、ごく間近に囁かれる言葉は、まるで魔法の言葉の様にどこか心をも高揚させる。
だからこそ、躊躇う気持ちよりもその言葉に身を委ねてしまいたい気持ちが勝つ。

「…教えてください、色々なわたしを」

余りにあまりに小さな決意の言葉と共に離れかけた唇を追いかけて落とす。
願うようなか細い声は、きっと目の前の男にしか聞こえないだろう。
きゅっと小さく結んだ唇には緊張がのぼる。
ただ図書館へと向かうだけの筈の足取りに、こんなに緊張したことはない。
ちらりと傍らの男を見上げた後、向かう足取りはどこかふわふわとしたもの。
ワンピースの裾と、王女の心境とどちらのほうが揺れていたのか。
それは、王女が後になって男から深く教えられるだけのこと。

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