2025/11/30 のログ
ご案内:「王都マグメール 富裕地区」にさんが現れました。
> 冬の夕暮れ。茜色に染まる街並みにはノスタルジックな雰囲気がある。
道を行く人々は、冷えた木枯らしに身を縮め、立派な厚手のコートに身を包む貴族もいれば、日が暮れる前に屋敷へ戻ろうと息を切らして駆けて行くメイドの姿もある。
此処、富裕地区の平民地区との違いは、やはり徒歩で移動する者の少なさだろう。
屋敷への道半ば、すれ違う人は数人程度。逆に馬車は三台も過ぎて行った。

「…………」

石畳に落ちた細く長い己の影を見下ろして、静かに息を吐く。
白い吐息が天へと上る最中、木枯らしに浚われ掻き消され。見つめる先を失くした瞳はぼんやりと虚空を眺めていた。
今日の夕食は何にしよう。出来れば、温かいものが良い。
そんな取り留めのない、他愛のないことで思考を埋めて、足元へ焦点を合わせると止めた歩みを再開する。

コツ、コツ、コツーー。

石畳を叩く靴音が冬の乾いた空気を震わせ響く。

ご案内:「王都マグメール 富裕地区」に影時さんが現れました。
影時 > 気付けば冬めいた時期は、いよいよ肌寒さを増している。
新たに住まいを構えたエリアは平民地区のような雑然さは遠く、並ぶ店もまた対象を異としている有様。
だが、決して客を選ぶものばかりではない。
平民地区の方からわざわざ出向き、幾つかの依頼、仕事を頼む……という事例も少なくない。その逆もまた然り。
そんな富裕地区の一角、最近流行りのカフェやブティック等が並ぶ辺りから、一人の男が歩く。
地味な濃茶色の羽織袴に黒い襟巻を合わせ、腰に刀を差した異邦の装いの者。
如何にも余所者で御座い、と云わんばかりの姿は奇異の目も確かに向くが、然程強くはない。

この地域に位置する大商人の屋敷に出入りするから、だけではない。
根本的な事項として気配がおぼろであり、少ないとは雖も人の流れを影を踏まないように縫い進むからに他ならない。

だが、見るものが見れば直ぐに気づこう。
その男の肩、頭の上に乗っかった小さな茶黒の毛並みの生き物に。真新しく纏うのは。

「……なんだね、気分が何か違うか?ン?」

背に家紋めいた紋様を描かれた、白いポンチョのような装いだ。
飼い主の羽織含め、毛玉たちが纏う衣装を手掛けている店がこの富裕地区の一角にある。
調整や補修など、時偶に足を運ぶが、その際についでとばかりに新作を受け取ることもある。今日はその日であった。
着方こそ普段通りであっても、新しい服はやはり何か違うらしい。ご機嫌のような動きを見遣ってみれば。

「ふむ?」

ふと、前方に。何か見知ったような姿が垣間見える。
家路につくなら呼ぶのも良し、何か用事があるならば、確認をしてみるのも良し。一人と二匹で首を傾げつつ様子を見てみよう。

> 立派なお屋敷を構えるのは貴族ばかりでなく、名の知れた商家もちらほらと。
必然、立ち並ぶ店も高級志向の一流店が多くなる。
左手に見える赤レンガの店は、貴婦人達の間で人気の老舗洋菓子店。季節の果物をふんだんに散りばめた、宝石細工顔負けの一点は目と舌を楽しませてくれると評判である。
代わって、右手に見えるブティックは――

そのブティックから姿を現した男を見て足が止まる。
色合いは地味だが、風体はこの国に染まらず異国の装いを色濃く残す、我が師、その人である。
いつもの指定席に収まる子分達は、見慣れぬ服に身を包んでいる様子。
ここがご令嬢たちで賑わう昼間の大通りであったなら、めかし込んだ小動物の姿はさぞやモテモテだっただろう。
飼い主を差し置いて、可愛い可愛いと褒められる二匹は想像に易い。

彼方も既に気付いていたようで、視線がかち合い。白猫は止めた足を其方へ向け歩み寄る。

「……こんばんは、影時先生。お買い物……ですか?」

一見学院の生徒とのやり取りにも見える挨拶を淡々と投げかける。
此方は特に用事も無く、後は屋敷に戻るだけなので、師が買い物を続けるつもりなら供をするつもりでいた。

影時 > この辺りの動向、目玉等の情報が欲しければ、学院のラウンジでの会話に聞き耳を立てると早い。
元々の生業のお陰で耳が利くお陰で、取捨選択が必要な位に聞き取れることがある。

例えば。「最近のあそこの新作のお茶が美味しいの!放課後にいこ、いこ!」みたいな会話やら。
またまた例えば。「……○○通りの店、最近やばくない? すっごく流行ってたに……」みたいなことやら。

年頃の子が喰いつくものであれば、つくづくそういう年代が集まる場所に耳を置くに限る。
冒険者たちも対象には出来るけれども、個々の経済状況、稼ぎの状況に大きく左右されるのが問題だ。
学院の講師、教師の間であれば、見慣れぬ装いやアクセサリーが見えれば、それを何処に求めたを聞くのもアリで。
ともあれ、雑多に抑えたいことを引っかけられる場所として、学院は有用なひとつである。
そうした場所で買い求めたものを知己が営むブティックに持って行った際、運が良ければ手土産も増えるものだ。

――さて。

小さい店ながらも、如何にも不似合いげなブティックから出てくる男の姿は、弟子にはどう見えただろうか。
通りに面した硝子のショーウィンドウを見れば、実によく分かるだろう。
レースたっぷりの白いドレス、ドール、子犬のぬいぐるみに着せたドッグウェアなどが飾られている。そんな店である。
其処から出てきて、ふと。認めたものに目を瞬かせ、歩み寄る姿を一人と二匹が手、前足を持ち上げて振ってみせて。

「おう、奇遇だなぁ篝。買い物、というか、“めんてなんす”だな。
 ……もしかしなくともあそこの店から出てきたのを、見たか? 
 羽織やこいつらの服をたまに預けて、術式やら細かなほつれとかないか、とか見て貰ってんのさ。
 
 あとは、少し歩きながら……なつもりだったが、お前さんも何か見てみるかね」
 
淡々と、めいた様相は相変わらずのもの。
気にすることなく先ほど出てきた店を顎をしゃくり、訪ねていた用向きを簡単に述べる。
着衣に仕込まれている術式類は破壊されない限りは持続するものだが、適宜確認、補修などは欠かしていない。
街に溶け込み易いという点では己より勝る弟子の様子をしげしげと眺めつつ、何か買うか?と問うてみよう。

> はっきり言おう。
背丈も筋肉も十分に持つ大柄な男が、少女趣味よろしくな可愛らしい品々の並ぶショーウインドーの店から出てくるのは違和感がすごい。
それこそ妻子を喜ばせるためにこっそり内緒でプレゼントを買いに来る以外の理由が浮かばない程度には、浮いて見える。
――が、二匹の愛くるしい小動物が傍にいるお陰で説明は不要だった。

師へは軽く会釈で返し、二匹に向けては軽く左手を上げて挨拶を返す。

「……メンテナンス、ですか? なるほど。
 はい、見ていました。先生の趣味……とは思ってはいませんので、ご安心ください。
 ん……。特殊な衣服の整備まで依頼できる店は貴重ですね。

 私は――」

服のクリーニングや修繕は聞いたことがあるが、メンテナンスとは? 疑問符を浮かべつつ相槌を打つ。
出てくるところを見ていたかと尋ねられれば素直に頷き、誤解はしていないと、首を横に振り答え。
術式を込められた服にはあまりなじみが無いが、師から貰ったケープのことを思いながらブティックを一瞥する。
アレもここで作られたものなのだろうか……?

見てみるかと聞かれれば、逡巡。数度視線を彷徨わせ。

「……いいえ。私には、必要最低限の物以外は不要です。……また、必要になれば……その時に」

視線はゆっくりと俯き、つま先を見据え口ごもる。
少し前の冒険者ギルドの依頼で稼いではいるので、資金が無いわけでは無いが、特殊なものが今すぐ必要とも思わない。
何より、頑張って稼いだ金は屋敷の支払いへ回してもらうためのものである。無駄遣いは厳禁だ。

店に背を向け、再び前を向いた視線の先は屋敷への帰路。緋色は宵闇に染まり始めた空を仰ぎ、程なくして歩み出す。

「…………影時先生、屋敷に戻ったら……少し、お時間を頂けますか? お話したいことがございます」

顔を見せぬまま、淡々としたいつもの声で告げる。
その中に、少しの緊張と迷いが滲んでいたが、それは些細な言葉の間としか感じられないだろう。