2025/06/25 のログ
ご案内:「王都マグメール 富裕地区」に影時さんが現れました。
■影時 > ――何もない一日の午後。
雨続きの中、珍しく晴れた日に何もない、とはいかない。
知己の老貴族から呼び出され、幾つかの話し合いとそれに纏わる依頼の受諾を済ませ、富裕地区を闊歩する。
王都の富裕地区に幾つもある大きな邸宅の一つから、出てきた胡乱な姿に目を向けるものは、不思議と居ない。
羽織袴という異邦の装いに、肩と頭に小さな齧歯類を乗せた姿は長身もあって目立ちそうなもの。
だが、周囲の喧騒や風景に紛れるおぼろな気配が、そうはさせない。
すいすいと行き交う人の流れ、速度を落とさずに通りを駆け抜ける馬車を躱し、ふと足を止めた先は。
「ああ、成ぁるほど。これが学院の子たちが云ってた奴か」
――と。そんな声音が富裕地区の一角に最近出た、と噂される喫茶店のオープンテラスに響く。
どこそこ産の高級な小麦粉に新鮮な卵、王家御用達の蜂蜜云々が使われたという、ふわふわのパンケーキなるものが旨いのだとか。
紅茶も良い。王家御用達という枕詞は付かなくとも、学生たちが買いに行くほどの値段帯にしてはハイグレードだと。
であるならば。見かけてしまったならば、ひょいと足を向けずにはいられないものであった。
もちろん、此れも別の理由もある。
老貴族から依頼され、監視若しくは潜入工作せよと頼まれた貴族の邸宅にも、ここは近い。
長く見張って何か得られるとも限らないが、馬車の行き交う頻度、人の流れ等々。それを見るのにも丁度良い。
「……――ってこら。人様が真面目腐ったコト思ってんのに、そんなに喰いてぇのかねおまいら」
だが、そんな飼い主の考えごとはいざ知らず。小さな毛玉はいつだってマイペースだ。
オープンテラスのテーブル、白いテーブルクロスが敷かれた上に鎮座ましますは焼き立てパンケーキと紅茶。
かけ放題ばかりに蜂蜜が入った小瓶と並ぶように、茶黒のシマリスとモモンガがきらきらおめめでパンケーキを見る。凝視する。
食べられる――とは思うが。与えすぎて大丈夫だろうか。大丈夫ではない気がする。
■影時 > 情報収集の類については、期せずして出来た新たなる弟子にお題がてら任せていることもある。
だが、これも幾つか適材適所的に分業、分担した方が良い面もある。大いにある。
表向きの本業としても過言ではない家庭教師の関係上、貴族や富豪の邸宅が多い富裕地区に向かうことが多い。
気配を滅して、適当なお屋敷の天井でも借りるなら、監視を行うこと自体は難しくない。
問題はそれを定点的に継続して行いうるか。
考える結論を端的に述べるなら、難しいと云える。何故か。
第一に天候。この先、暑くなる。暑さに耐える位は出来なくもないにしても、限度がある。それは思わぬ失敗を招きうる。
第二に諜報戦の類を嗜むなら、同じ発想、考えを抱くものの発生は当然のことと思うだろう。
人間、楽をしたい生き物だ。労せずことを運べるならそうしたいのは至極当然。であるが故に、危険を犯す必要も時に必要になる。
――とはいえ、とはいえ、だ。
思うこともなくもない。
詰まる所権力者同士の小競り合いであり、目に見える流血と成るかそうでないか。つくづく、度し難い。
「分かった分かった。喰わせ過ぎるワケにはいかんからな?いいな?喰い過ぎたら晩飯とおやつは抜きだ。よろし?」
繰り返しになるが、小さな毛玉達はマイペースである。飼い主こと親分の考えごとなぞ知ったことかである。
食わせろー食わせろーと前足を振り上げ、尻尾を立ててせがむようなポーズを見せる様に、大きく肩を竦めてみせよう。
こんな店頭の軒先で気配を隠すどころでもない。
背丈のある男が卓上の小さな獣らが、意志あるものとばかりに声をかける風景とは、周囲から見れば奇異であろう。
仕方がない。彼らは人間の言葉を介する――らしいのだ。
フォークとナイフを取り上げ、蜂蜜が掛かり過ぎていないあたりを気を付けて切り出し、平等になるようにカットする。
小さな欠片を二切れ皿の端に置いてやれば、わぁいと二匹が前足を振り上げてハイタッチ。
「んじゃまぁ、頂きます、と」
その情景に唇の端を釣り上げ、片手拝みののちに自分の分を切り出す。
物としては至極素朴。だがその分、料理人のセンス、技量が率直に問われる。自分が同じように焼けるかと思うときっと難しい。
生地自体の甘みは強くない。お陰で蜂蜜の味わいがより際立つ、とも言うのか。
成る程、これは――旨い。女子が喜ぶわけだ。此れは弟子たちにも紹介してやってもいいかもしれない。