2025/08/27 - 22:14~01:22 のログ
影時 > 「斬れば斬るだけ良い訳じゃぁないが、……さて」
どうする。如何にする。すぱっと斬って解決することは人世でそうない。そういう単純な話には遭った試しがない。
今抱えている件もまたその例に漏れない。
自分たちの寝床に手を掛けようとしていたものは、悉く仕留めた。それは良い。
問題はその後だ。今後について思うことは幾つも派生し、枝分かれする。
(……手の内が剥かれンのは避けたいんだがなァ。もう今更、というコトもあり得るか)
現状の住処たる宿に彼らは行きついていた。襲撃の動きを先んじて制したとはいえ、宿部屋の在り処を承知しているようであった。
この点で推察出来るのは、狙いの部屋に誰が泊まっているかを認識しているのではないか?ということ。
標的だけではない。その者の傍に、誰が居るのか。どういうものか?どのような使い手か?まで至っている恐れがある。
想像できてしまうと、座禅どころではない。足を緩め、胡坐に座し直しながら頬杖を突き、吐息を零す。
一の矢は落としたが、この先、二の矢、三の矢と更に射かけられるのは勘弁蒙りたい。
自分達だけに狙いが行っている間はまだ、いい。此れが見境なくなった時、取り返しがつかないコトになりかねない。
今、隅に畳んだ羽織の上でごろごろしている二匹の毛玉含め、大事なものや危険物は魔法の雑嚢にしまっておくとして。
いずれそのうち、居所を変える必要も迫られている。そういう時期なのだろう。
「手先どもの調べが付いたら、……そっから辿りに行かなきゃなんねぇかねェ」
先日の戦闘で尋問して得た証言、遺留品、持参品から拾い集めた情報は、盗賊ギルドに挙げて裏取りをさせている。
余計な心配なのかもしれないとしても、得た情報は鵜吞みにせず、出費がかさんででも確認をしなければ危うい。
それなりに時間がかかり、次第によっては二手、三手と後攻に甘んじる恐れもあるだろう。
だが、それだけ慎重になっても仕方がない。最終的に手を進める先に浮かぶのは、或る貴族の名と聖騎士なる人物。
敵は強ければ強ければいいとはいえ、悩ましいものだ。肺腑から息を絞り出し、傍に置いた刀を掴みながら立ち上がる。
影時 > 「だが――」
……だが。そう、いつだって、万一の先のことを考える。考えざるを得ない。思考を巡らせながら、脱ぎ置いた草履を履く。
世の中の仕組み、道理、しがらみとは、深まれば深まる程複雑になる。面倒になる。
色とりどりの縦糸と横糸が見事に絡み合い、一枚の“たぺすとりぃ”なる壁掛けを織り上げると三流詩人は謳いそうだ。
最新の弟子を拾って起こった、始まった事象の悉くが織り上げる絵柄とはさて、果たして如何なるものに至るやら。
考えざるを得ない。思わざるを得ない。考えて、思って――……ああまったく。
「……――!」
――きぃ…………ン、と。左手に持ち替え、腰に差した鞘から一気呵成に刃を引き抜く。一振りする。
刃音は、ない。否、ある。雑音のように満ちた様々な音を斬って、鎮め、この教練場はまた音を奏で出す。
他者と相対するに辺り、無手でも戦えはする。首を断ち、肉を穿つ事位は易い。
其れで事足りる場合があれば、その逆もある。無手で戦うには難しい場合に、その流儀を貫くのは愚直の誹りを免れない。
刀を抜いて事足りるなら、面倒な悉くは、はらりと斬って落ちるものである。そうせざるを得ない場合を想定せずにはいられない。
(手の内がバレて困るほど耄碌もしてないつもりだが、ああだこうだと備えられるのもなァ……)
刀術体術位ならまだいい。忍術の対策を敷かれた際が、厄介だ。魔法もそうだが、偶にあるのだ。術のすべてを潰すものが。
そうした場合に物を言わせるのは、鍛えた心身に培ったものである。鍛錬を疎かにすること勿れ。
使い込んだ柄に五指を絡め、緩やかに正眼に構える切先の向こうに幻視する。垣間見るように思う。敵を思う。
影時 > 先日の暗殺者――という名前の弱敵は、群れると面倒だ。その時はその時なりの遇し方がある。
だが、出来れば己が持ち札は晒すことなく対処したい。遠くから誰か視ているなんて、この国だと珍しくないのだから。
故に兆候が見えた時点で、予め定めて置いた戦域を使うことにした。次は同じようにやれるとは、限るまい。
己と同じように構える敵を切先の向こうに垣間見つつ、構えを変える。
正眼から八双。えいやと刃を打ち込んだなら、どのように斬る、刃を走らせるのが無駄が無いか。
その発想、思想を仮想の対敵に問うように刃を構える。
この国の剣法、剣術ならば手持ち式の盾がある。慣れた者なら、雑な斬撃は払い落して受け流す。
そのやり方は暗殺者が好む方向とは真逆。戦い慣れた戦士、騎士が身を崩したなら――、いや、持ち崩す先にはどうだろうか。
「……鉄を斬ろうと思うなら、鉄を斬れるように刃を打ち。盾と相対するなら……」
じり、とすり足で足を進める。盾と剣を構えたように幻視する仮想の敵もまた、じりじりと間合いを詰める。
盾は有用だが硬くなればなるほど重い。魔法の盾なら違うだろうが、そんな御大層な代物を持っているものも――ない、とは限るまい。
氣を巡らす。高める氣のままに歩を進め、刃を振り上げる。描く太刀筋は上から下。額狙いの唐竹。
それを防ぐように対敵が盾を構え、なんと防ぐ。チカラと勢いの乗ったそれを耐えきる。
反力にぶれる太刀筋を刀の柄を捻り、一歩。更に踏み込み、盾の表面を滑るように刃を走らせる。――左脇腹。斬って、抜けて。
「――……っは」
――残心。集中を緩め、息を吐く。細かな一挙一動を想定し、練り込みながら刃を駆ると、それなりに感じるものは在る。
出来ることなら、他の剣士との手合わせがあればより練り込めようが、無理は云い難い。
影時 > 「……騎士崩れが身を持ち崩して、野盗や盗賊に落ちる事例は珍しかねぇらしいが……」
騎士が賊に堕ちるなら、殺し屋にだって墜することもあるだろう。それが「ない」と断言できる材料は己の中にない。
故郷でも同じ事例が多くあったなら、此方だって同じだ。落ちるときは人間幾らでも落ちてしまうものである。
そうして堕ちた。堕ち切った際。その刃も錆び。鈍るや否や。――否だろう。錆び刀でもひとは殺せる。
歪な醒め方、研ぎ方で歪になった剣なら、切って出来る傷もまた歪で縫合の仕様もあるまい。
この先、そういう手合いと遭わない可能性が全く以て想定し難い。それがこの街、この国の闇だろう。
「色々散財したからなぁ。ちぃと稼がなきゃならんが、同じ位に今しばらくは鍛えにも気ぃ配らないといかんなー……」
今すぐ干上がるほどではないが、何かと蓄えを叩いてきた。その分の補填はしておきたい。
直近で遠出を強いられる依頼が無ければ、宿部屋に囮と監視も兼ねた仕込みを置きつつ、冒険者の仕事もすべきだろう。
そう考えつつ、暫く仮想敵を想起しながら、素振りと型を行い――。
ご案内:「王立コクマー・ラジエル学院 教練場・運動場」から影時さんが去りました。<補足:身長185cm/鴉羽色の髪/暗赤色の眼/白い羽織+暗色の着物と濃茶色の袴/刀>