2025/11/27 のログ
カイルス > 信頼が薄れると言われて顎に手をあてる。

「やー……女性に声をかけるのは挨拶とか礼儀、って言われる所もあるからさ。
そういう習慣がない所の人からはナンパって思われるのかな、って」

女性に対する距離感の掴み方がやや残念な男は、へらりと笑って誤魔化してみせる。
封筒の詳細について男もよくは知らないが、おそらくギルドが作ったものだ。点字ではなく、しっかりインクで書かれているだろう。
中身については推測ができるので口にしたが、確実ではない。

「…………俺としては、せめて。実績を積んでから挑戦権を得る方が良いと思う。
その時は、その手紙に書かれているものとは違うことが書かれているはずだ」

少女にとってこの手紙がどれだけ甘美なものか、男にも推測はつく。だが――今はその時ではない。
借りを返すかどうか、悩んでいるような少女を前に、男は背筋を伸ばして相対した。

「……俺の推測が正しければ、だけどね。
その中にはある男の暗殺依頼が書かれている。篝も一度見たことがある相手だ。
報酬は……確か、今は2000万ゴルド。うちの掲示板にもう数年も貼られていて、誰も剥がさない」

2000万。平民であれば7万あれば1年間、慎ましく暮らすことができる。
王侯貴族でもその4,5倍もあれば十分に過ごせることを考えると、破格の金額といえる。

「その手紙を開いてから燃やすと、28日間、燃やした人間の五感がうちのギルドと共有される。
その状態で、標的を単独で消去すること。それができるかどうか……」

少女は奇妙に感じるかもしれない。
男の口ぶりからすると、暗殺依頼を出した人物は彼自身が暗殺者ギルドから狙われていることになる。
とはいえ――手紙を開けて確認しないことには、男が言っていることは推測の域を出ない。
何も見ず、そのまま破り捨てて暖炉にくべるのが賢明なのだろうが――。

> 『やぁ、今日もいい天気だね?』と声を掛けることは問題は無い。問題はその先になんと続くかである。
お茶に誘うか、ベッドに誘うかでも大きく変わる。
残念と言うべきか、幸いと言うべきか、少女はどちらも経験が無いので、男の言葉の真偽を確かめる方法も女目線からのアドバイスもしようがない。
本気で欲しいものは力づくで奪う。遊び半分でもまた力づく。
そう言う者を多く見てきたので、挨拶の言葉だけで終わらせる青年は比較的紳士的にさえ思う始末だったくらいだ。

この手紙もそう、紳士的である。
挑戦権と言う形で示された上に断る権利まで与えてくれている。
どんな内容が書かれているのか気になってしまい、封を切らずにちょっとだけでも見えないかと試行錯誤し始める前に、ギルドを良く知る者からの助言が入る。
あくまで推測だが、その勘は外れていないだろう気がする。

「暗殺依頼……。一度見た……、だけ。説明、感謝します。試練の例の一つとして理解しました。
 個人として報酬に興味はありませんが、資金を得たい理由はあります。
 問題は、その相手を誰も消せずに依頼が残り続けていると言う点……――カイルスも?」

挑んで破れたか、それとも触らぬ神になんとやらと手を付けないのか。
その依頼を彼も受けたことはあるのかと問う。
彼は、この緋色は“一度”見ただけと言うが、正しくは二度……ではないか。
そうではない事を祈りながら、手元の手紙を見下ろし。

「……権利を放棄し、この手紙を捨てたとして、また再び得ることが出来ると言う確証は有りません。
 実績を積むのにどれだけの時間が掛かるかも。
 ……今のままでは、きっと……時間を掛けても積めない」

きっと、否、確実に、暗殺やそれに類する後ろ暗い仕事を受ければ師に叱られる。
破門ではないが、勝手をすれば手に負えんと投げ出されるのも仕方がない。既に貴族の命を狙い屋敷に火を放ったと言う罪状で、師には散々迷惑をかけてしまっているわけで。
これ以上我儘は言えない。
それに、己がいつまで生きられるかもわからない。元より短命と割り切り、そう言う生き方をしてきたのだ。
何処で恨みを買っているかもわからなければ、冒険者として働く中で不運にも、と言う場合もある。
時間は待ってはくれない。

焦燥を言葉の合間に吐息で零し、手紙は大切に腰に巻いたポーチの中へと仕舞いこむ。

「手紙を開いて燃やすと承諾。見てからでも、破って捨てれば……破棄になる?」

暗殺者ギルドの挑戦権に書かれた暗殺対象。まずは、手紙を見てから考えよう。そうしよう。
と、迷いともども放置して、チラリと伺うように視線を向けて尋ねよう。
内容を読んでからじゃ、もう捨てちゃダメ? と。

カイルス > 少女が二度、件の人物と邂逅していることを赤髪の男は知らない。
一度という言葉に対して、具体的な対象を思い出させるように告げる。
もっとも、その姿は子供を背負い歩く、どこにでもいるような人物に過ぎなかったが。

「多少あの人には恩がある。それ以上に、俺では無理だ。
それは確かにそうだ。俺はそんな機会がこないことを願っている。たぶん、先生もそうだろう。
まっとうに生きていけば得られないし、そもそも得る必要のないものだ」

男がその仕事に手を出さない理由は個人的な感情と、実力不足によるものだと告げる。
少女は男がどのような“仕事”をするかまでは知らないだろうが、それなりの実力はあるようにみえる。

手元にある挑戦権を放棄すれば、少女の生き様にもよるが次の機会を得るには長い時間がかかるだろう。
それ以上に、周囲がその権利を得ることを望まないだろうことも男はなんとなく察している。

「いや……見てからでも破ることはできる。
仕事のレベルと己の力量を天秤にかけて判断するのは、どんな仕事をするにしても必要な能力だろう?
手紙を開いた状態で燃やせば受諾になる。手紙を破ると、その後燃やしてもダメだ。挑戦権は失われる。
そうだ、肝心なことを言ってなかった。万が一挑戦権がある状態で篝以外が燃やしてしまったらそいつは死ぬ。
さっき言った、五感の共有がうまくできなくなるかららしい」

男がギルドに入った時のことを思い出す。人名だけが書かれている、少し変わった紙質の便箋だった。
誰かの目に留まってもそう疑問は持たれないだろう。

手紙を渡して少し肩の荷が下りた気がしたが、その荷物は誰か別の人に渡しただけのようにも思えてくる。
ともあれ――もう時間も時間だ。これから仕事が入ることもないだろう。
ゆっくりと席を立ち、少女へと挨拶をする。

「最終的には篝の考えを尊重するよ。あと……あまり、人に言わないようにな?」

言うまでもないが、と軽く笑った。

> そう、あの男と少女の邂逅は、その時ギルドにいた者しか知らない事だろう。
あのまま刃でも交え一騒動起きていれば別だが、実際は食堂で相席したのみ。特に誰かの記憶に残ることもない。
だからこそ、また会っていたことは青年には伝えず胸の内だけで言葉を留めていた。
あの“聖騎士”が暗殺対象なのですか? そう問えば、猫箱のように確定していない封筒の中身が決まってしまうような気がして、言えなかったというのもある。

「……恩、ですか。ん……無理、皆も無謀と思う程の腕前。
 カイルスは、暗殺者(同業)なのに……そんなことを言うのですね」

恩がある相手にあの怖がりようとは、いったいどんな目に合ったのか。合わされたのか、と目を瞬かせ。
無理と断言する言葉には否定をできずに瞼を閉じる。油断していたつもりは無かったが、後ろを取られてしまったと言う現実は、目を逸らせない実力差の表れでもあった。
彼は同業でありながら、また師も殺すことを躊躇うことなくするのに、皆口を揃えて『真っ当に』と言う。
暗殺業が真っ当とは思ってはいないが、正しく生きることよりも、暗殺者(火守)として生きることを望む少女には受け入れがたいことで。
帽子の中に隠した耳がペタリと伏せて声を拒絶する。

「そう、見てからでも大丈夫。なら、安心ですね。
 ん、理解しました。強制ではない。あくまて、選ぶ権利は残ってる。懸命に思考することも必要……。

 ――う? ぅっ?! 私以外が燃やすと、死ぬ……。しょ、承知、しましたっ」

ふむふむと頷きながら説明を聞いていたが、最後の話にはぎょっとして、見えないはずの尻尾がぶわりと広がりピンと立つ。
そして、コクコクと、先ほどよりも大きく頭を何度も振って頷き返し、しかと頭に叩き込む。

「……わ、わかった。ありがとう、カイルス」

立ち上がる相手を目で追ってお使いの礼を告げ、笑みと共に去って行く彼を見送り暫しぼんやりと天井を見上げていた。
さて、どうするかと悩むなら、まずは腹を満たしてからか。
食堂に向かうつもりだったのを空腹で思い出し、少女も本来の目的地――食堂へと向かうのだった。

ご案内:「王都マグメール 平民地区・冒険者ギルド」からカイルスさんが去りました。
ご案内:「王都マグメール 平民地区・冒険者ギルド」からさんが去りました。