2025/09/23 のログ
影時 > (風体は覚えた。彼奴が換金したか、ないし、どう使ったから等から、足取りを追ってみるのも良かろう)

必要によっては、追跡調査も必要だろう。去り行く先が向かう方角に見当をつけつつ、小首を傾げる。
恐らくは――という見立てが、もう一つある。金に困っているであろうということ。
直ぐに使える公用貨幣ではなく、換金の手間が生じる筈の金貨を嫌そうに、ないし、面倒げにしていなかったのも気に掛かる。
価値としては、直ぐに、あっという間にその日で使い果たしてしまいそうな程度でしかないが。
取り敢えず、心の片隅に留めておくべきだろう。こう見えなくとも冒険者だ。人探しは得意な方である。

「ああ、学院からの帰りでな?
 俺の故郷(クニ)の言語で書かれた古い本の訳を頼まれたせいで、こンな時間になっちまった。……ン、あそこだな」
 
余程衝撃とも言える不意のことだったのだろう。
気がそぞろな有様に全く、と息を吐きつつ、示される先に見える酒場を認める。
人入りとその流れの様子はまあまあ良い店であろう。そう思いつつ、弟子に寄りそう二匹の様子を見遣る。
賢い毛玉は空気が読める。他者の感情の機微を嗅ぎ取っている、と思わせる程に。
触ったり尻尾で擽ったり。頬を摺り寄せてきたら、二匹も一緒にすりすり。
一息ついた様子を認めれば”やったぜ”とばかりに、尻尾を立てて飼い主相手に、ふふーんと。胸を張ってみせる。

「へいへい。この辺りはおまいらに敵う気はしねぇやな、と。……あー、適当に頼むぞ。いいな?」

二匹の様子に肩を竦めつつ酒場に入り、空席を認める。奥のテーブル席を見つければ、弟子を伴ってさっさと陣取ろう。
腰の刀を外して卓に立てかけ、メニューを一瞥する。
まずは己の分の蒸留酒の水割りとパン、野菜と鶏肉で何か摘まめそうなサラダと焼き物と。
あとは弟子が呑むものが決まったら、直ぐにウェイトレスを呼びつけて頼むものを頼んでしまおう。

> 「先生の母国の本……。
 そうでしたか、それはお疲れさまでした。講師の仕事も大変ですね……」

少し心惹かれる話題に食いつきそうになるが、今は堪えて。
本のことは食事の席に着いてからか、宿に帰った後にでも聞いてみよう。
軽くねぎらいの言葉を掛けながら、尻尾でふわふわ、小さな手でてちてち。最後はすりすりと擦り寄り合って。
ちょっと誇らしげな二匹が師へアピールするのを不思議そうに首を傾げて見ていた。

「……ん、大丈夫です。先生にお任せします」

可愛い小動物には敵わないらしい師の後について店に入り、向かいの席に浅く腰掛けて。
二匹にはもう大丈夫と頷き囁いてテーブルの上へ降りるよう促そう。
始めて入る店だ。何が美味いかも、どんな料理があるかも知らないので、素直に頷き注文は師に任せ、飲み物は適当に手頃な価格のワインを一杯頼む。

「――先生、先ほど仰っていた本とは、どのような内容だったのですか?」

注文が済んでから、酒が運ばれてくるまでの合間に気になっていたことを尋ねた。
師の国は、おそらくは娘の先祖が住んでいた国か、その近辺。シェンヤンともまた違う文化である。
中々噂にも聞かないような辺境のことだけに、多少なり興味がある。

影時 > 「座学をやらんわけじゃァないが、全く。
 きっちし別料金は頂いたが、そうでなけりゃ翻訳は骨が折れるな……」
 
国語、外国語の受け持ちではないが、偶々該当の国の出身者が居れば捗る。そんな発想だったのだろう。
金は貰えるにしても、拘束時間が増える仕事は出来たら請負いたくはない。
文字通りに肩が凝る。ごきごきと肩、首を鳴らしながら卓に付く。腰を落ち着ければ息が漏れるのは何故だろうか。
そう思いつつも、弟子に促されてテーブルの上にぴょいん――すたっ、と降りてゆく二匹を見る。
とたたた、と己が傍に遣ってくれば、彼らは顔をこしこし擦り、尻尾をもしゃもしゃしたり、きょろきょろを周囲を見回して。

「じゃぁお前さんはワイン、と――……。

 あぁ、歴史書だな。時の権力者が書かせた――と思われる奴よ。
 此れがまぁ、多分この国の人間から見たら、書き文字もそうだが、やはり読み辛いらしい。
 抜粋で、という形でなけりゃ今日中には済まなかったろうよ」
 
持ち込んだ外国語の教師は、他に訳させたいものが積もっているようだったが、断固お断りにしたい。
だが、また生じるならば交換条件の有無でも詰めておくべきかもしれない。
弟子が希望する飲み物も含めて注文を通し、程無くすれば、注文した品々が運ばれてくる。
蒸留酒の水割りにグラスワイン、細かく刻んだ鶏肉を香草で焼いたもの、オリーブオイルで合えた赤い果実と水牛のチーズのサラダと。
後者を見れば、ついでに野菜スティックも頼みつつ、一先ずはそれぞれの飲み物を自分たちの前に置こう。

水割りの酒杯を掲げてみせるのは、無言ながらも労いの乾杯でもしたいつもりか。

> 「金銭を受け取り、仕事として請け負ってしまった以上は、出来る限りのことをせねばなりません。
 ……宿に戻ってシャワーを浴びたら、按摩を致しましょうか? プロほどの腕前ではありませんが、多少心得がありますので」

肩と首から骨の鳴る音がする。これは中々こっていそうな予感の音色に、重ねて「お疲れ様です」と心中で呟く。
翻訳の手伝いをとはいかないが、代わりに按摩――マッサージを申し出て、受け入れてもらえるなら後ほどその腕前をお見せしよう。
暗殺者として様々な場所へ潜り込むべく、身に着けたのは何も暗殺の技術だけではない。
メイドの仕事に、貴族の立ち振る舞い、踊り子の技術……。マッサージもその一つだ。
降り立つ二匹を眺めながら、こしこし顔を洗うおなじみの仕草を愛くるしく感じる。以前のように、飛び掛かりたい衝動はもう慣れたのかほとんどない。

「歴史書……。権力者が書かせたとなると、信ぴょう性が少し薄れますね。
 大げさに活躍を盛っていないか、という意味で。
 ん……、それはそう。癖のある筆記体と同じくらい読みにくい。あと……文字の種類も多い。
 慣れても、読むのも書くのもとても難しい……です。
 一応、一日で必要な分は終わらせられたのですね。それは良かったです」

教師同士の助け合いも、また学院生活では必須の項目。大変な作業ながら、またいつか縋られ頼まれる姿が想像できそうだ。
暫くして運ばれて来たワインは白。甘い香りの漂う酒気だけでも、ほんのり酔えてしまいそうな具合だった。
その何倍も強いだろう水割りの酒は師好みの辛口か。
鶏肉と香草の芳ばしい香りと、オリーブオイルが掛かったチーズと果実のサラダ。
どれから手を出そうかと迷いつつ、まずはワインを片手に取り。

「……乾杯、です」

同じく掲げて無言に頷き答えてから、グラスに口付けクーッと一口。
ほんのりとした苦味と爽やかな甘みに酔いが絡んで心地良く。二口目はチビチビと舐めるように飲み。
フォークを片手にサラダの中にある赤い実を掬って口に頬張ろう。

影時 > 「まァ、な。遊びついでに片せる仕事なるものがあるらしいが、俺にはよく分からん感覚だ。
 ……ああ、良いね。悪かない。やれるって云うならその腕前の程、見せてもらおうじゃァないか」

どれだけ鍛えていても、頑健でも。長時間同じ姿勢を続けていれば嫌でも凝るもの。
翻訳というのも難しいもので、口語訳めいた要約でとか注文を付けられると嫌でも時間がかかる。
按摩や点穴の類は己も心得ているけれども、構図的に分身に己が身体をほぐさせるのは何か違う気がしなくもない。
“できる”というのなら気になる。そのお点前を拝見せねば気分が悪い。

会った時、顔合わせしたときに感じた、肉食獣から狙われるに似た感覚は――二匹にはもうないらしい。
それが良いのか、或いは悪いのかは今少し、事情聴取含めて評定すべきだろうか。

「歴史書はその辺りが厄介でね。……――とどのつまり、誰が書いたって信憑性を疑われる。
 同じ時期に跨る書があるならば、適宜見比べ、照合はしたいな。ほら、あれだ。裏取りのような奴だな。
 まぁ、同じクニの人間でも、俺のように色々読める奴はきっと珍しかろうよ。
 同じような字体で書くのは骨が折れるが、読むならばどうとでもなる。
 
 有難うよ。お陰様で、どうやら間に合ったみてぇだ」
 
次に頼まれるなら、空いた準備室などでも、己が城を持てないかでも打診してみようか。
そう思いながら、残る注文の品が揃うまでを待つ。
堅く焼かれた白パンに毛玉たち好みの野菜スティックとナッツ類。後は小皿と水差し。此れで一揃い。
並ぶ品々の向こうに、弟子の緋色の目を見る。抑揚をつけて云うのは、つい先刻の遣り取りに関して。
無理には聞くまい、とは思うが、さてはて……、だが、まずは。

「――乾杯」

酒杯を掲げ、希釈されていても喉と臓腑を灼く酒精を呷っては息を吐く。
野菜を早速齧り出す二匹を手前に見つつ、渡来の赤い果実とチーズのサラダを己も食べてみよう。
酸味のある味わいと癖のないチーズは、不思議とチーズが苦手な己でも食べられることに気づかされる。

> 「それは趣味を仕事にしている人間の言かと……。
 先生も、『強敵との手合わせが今日の仕事だ』と言い渡されれば、遊び、愉しめるのではないでしょうか?
 ――承りました。では、また後ほどお確かめください」

遊びの延長線にある仕事が、楽しいと思える前提ではないだろうか。
娘にとって、学び、主の役に立つことを嬉しい、楽しいと感じるように、師もまた条件が揃えばその感覚を理解できるのではないかと。
続く言葉は承諾。許しを得れば、一度深く頷き返す。
分身に身体を解させる図は奇妙極まりないが、それも便利な分身の使い方なのか。
何か違う気がするというのは、娘も納得する見解である。やるなら完全に気も心も力を抜いて、任せられる相手にさせるのが良いだろう。
今回はその役を娘が担うつもりでいる。

「なるほど、いくつかの歴史書、史実を検証して照合する。合理的です。
 動かぬ証拠があればそれが真実となりますが、残っていない以上は複数の証言から真相を導き出すということですね。
 理解しました。
 んくっ、ぅむ……同じような字体?字を真似る、ですか? 何のために? んー……? んー……」

乾杯、と酒を掲げて交わし。
納得だと首肯を返し、毛玉たちがパリポリカリカリと食べる傍で、口に含んだ赤い実をもきゅもきゅと頬を膨らませながら齧る。
みずみずしくて、オリーブオイルの香りとチーズの塩気が丁度良く。美味しい。
……美味しい、けれど。
師が言った最後の言葉には、含みがあったと気付けば、気は其方に向いて食事に集中できなくなってくる。
どうしたものかと悩んで、迷って、チーズの欠片を一つフォークで刺して口に運び。

「……あれは、元主様に雇われる前にしていた仕事の関係者、だと思います。
 顔……覚えてないから、誰かも知りませんし、興味もないですけど」

長い沈黙を挟み、重い口を開いて、抑揚のない声で淡々と当たり障りのない説明をした。
何処まで相手に聞こえていたかはわからないが、嘘はついていない。
強制され賭け試合に出ることを仕事と言って良いのかはわからないけれど。

影時 > 「嗚呼、篝もそう思うか。だが……あンまり己の好みと仕事とは重ねない方がいい。
 ――ふむ。あーあれだ。旨いものを食べる時と似るかもしれん。
 毎日毎日、自分の大好物が出るとする。寸分たがわぬ同じ味だ。それは飽きるだろう?」
 
続けて『心得た、期待している』と。持論を吟味し、述べた上でそう言葉を続ける。
矢張りこの手の整体は自分自身でやるのではなく、誰かに遣ってもらってこそ、十二分に堪能できるものだ。
自分で分身を紡いでやらせるでも良いのかもしれないが、やはり気分の問題でもあり、自分でも気づけぬ何かがあるのかもしれない。
故にやってくれるのならば有難いし、勿論その逆もおおいにアリである。
しかし、強敵との手合わせに対する己が好みは、考えると贅沢かもしれない。
対敵にも研鑽、成長を強いる、期待するという遣り口、在り方は、随分とグルメ、味にうるさい境地か。

「史学者として理解を得たい、固めたいなら其れできっと間違いはない。
 問題はより古い時期やら、書がそれ一冊しかないような年代だな。
 ……真偽危うい武勲とか書きだされると、途端に胡乱になっちまう。
 間違ったコトを書いてなけりゃ良いが、それもそれで、いざその記述頼みとなる時が面倒臭い。
 
 ぁぁ、単純だぞ。達筆すぎる原本そのままの字体に、訳をつけてくれ、とか要求されたときな?」
 
裏付けの重要さ、必要性は過日の案件、未だ謎が残る件でも理解は得やすいかもしれない。
お腹が減っていたのだろう。小動物サイズでも良く分かる食べっぷりと響かせつつ、ちびりと酒精で喉を湿らせる。
何かと困るのは、比較対象が出来る資料が他にない場合だ。交霊術で裏付けを図る訳にもいかないお陰で面倒が過ぎる。
面倒と言えば、弟子が何か秘めている、過去を隠していると思える様も気になるが。

「成ァる程? “試合”“出ないのか”“勝ったら”……確かに関係者には、違いない。
 思わぬ処から、気が緩んだ隙を衝いて過去が追い付いてきた、と見える。無理に、聞かん方がいいかね?」
 
まあ、こういうだろうな、と。気心しれた娘が云いそうな、運びそうな流れ通りの受け答えに苦笑し、鼻の頭を掻く。
無理には聞くまい。云いたくないならばその意に沿う。過去を借りに知ったとはいえ、それで何かを変えるつもりはない。

> 「魚……も、美味しいけど、肉も美味しい……冷たい菓子も、おはぎも……。
 確かに、毎日好物が食べられるのは嬉しい、けど……違うのも食べたい、です。
 同じ料理でも、ずっと同じ味だと毎日は飽きる……かも? 贅沢な問題……食べられるだけでも、喜ばしいはずなのに」

今まで食事にこだわったことは無かったが、ここ暫くで好物と思えるものがいくつかできた。
寿司や刺身、酢漬けの魚、鳥の串焼き、フライドポテト、牡丹餅、氷菓子等々、上げるときりがない。
どれか一つと言われても絞り込めないし、違うものも食べてみたい。考えるだけで口の中にじゅわりと唾液が溢れて来る。
しかし、その一つを選んだとて毎日では飽きが来るのもわかる。師の言わんとすることは何となくわかった気がする。
小さく息を吐き、我儘で贅沢な己を自制すべきだと反省しつつ。

「一冊しかないなら、書物以外で歴史に関する証拠を探す……しか、証明のしようがないです。
 証拠も見つからなければ、その本を正しいと考えるか、夢物語とするか……判断に悩みます。
 悩ましい問題ですね。

 な、何故そんな要求を……? 達筆な文字は読みづらい。理解に苦しみます……」

頭の痛くなるような問題だ。教師や学者はしょっちゅうそんな壁と向き合い戦っているのかと思うと頭が下がる。
また、単純だと言われたことも娘には理解し難いようで、くらくらと額に手を当てるのは酒に酔ったからというわけではなさそうだった。

「……先生は人間ですが耳がとても良いですね。
 主様との縁も切れて、暗殺依頼も取り下げられたようだからと、少し……気を抜いていました。不覚です。
 また、いつも通り術を掛けて生活すれば、きっとこれ以上の問題は無いでしょう。

 ――……先生が聞いて楽しい話ではありません。それでも、良いとおっしゃるのであれば、話します」

過去の顔見知りとあったからと言って、きっと、先日のような荒事になることも、問題になることすらない……そう思いたい。
だが、何処で何と繋がっているかはわからないものだ。また師に迷惑をかけるかもしれないのなら、話す義務は娘にもあるだろう。

苦笑する顔を見ると、無意識に視線が下がりテーブルを見据える形になる。
呆れられているとでも思ったのか、小さくなってグラスとフォークを置いて、師の答えを待った。

影時 > 「言葉に出してみると、ぜぇたくな悩みのように聞こえて、切実だぞ。
 ……もっと根本的なこともある。強い奴と相まみえることの得難さを忘れかねないってのは、飽き以上に切実だな」
 
そうだろうそうだろう、と。云いたい処のひとつ、一部を察してくれる様子に頷きつつ、言葉を継ぐ。
強敵との戦いを好む理由のひとつは、対敵を叩き台とした自己鍛錬、研鑽としての観点が強い。
合間合間に噛み締めるのが良いのであり、生業に出来る程に寄せてこられるのは――やはり何か違う。

「あぁ、その場合についてだが、口伝えになってる伝承を辿る……なんて遣り口もある。
 とはいえ、そういうのに限って、読み物として編纂済みである恐れもあるから総合的な纏めがし辛い。
 権力者が歴史を作る、とはよく言ったものだ。辿ろうにも辿れず、比較も出来ンことほどたちが悪いものはない。
 
 ……さてな。俺にもよく分からんが、原本とは別に訳が付いた写本の如くしたいンだろうなあきっと」
 
全く、声に出すとつくづく頭が痛い。
史学の裏付け方、固め方は他にもあるのかもしれないが、書物的にも発掘しても得られぬ情報を匂わす記述は厄介そのもの。
お陰で時の権力者は、自分にとって都合のいい記録情報を流布できる。
依頼者はそんな一例も、この国で読み解ける形態に落とし込みたかったのだろうか?面倒な話だが。

「……落ちる針の音を聞き取るような鍛えもさせられたからなァ、昔。
 気の緩め過ぎ――とは言わんぞ。それ程の事だったからなあ、ありゃ。
 だが、緩んでいる、抜けていたと思うなら、改めて締め直せばいい。ただ、それだけのこった。
 
 ――篝と会った直後なら、今のように前置きはしてくれなかったろうなぁ。
 篝のことなら、俺は知っておきたいと欲する。話しても良いと思うなら、聞かせてくれ」
 
暗殺者と忍者の鍛錬、鍛え方は重なる処とそうでない領分がもしかすると、あるかもしれない。
今回の一例にふと、そんなことを思う。まあ、油断はあった。その結果が今だったのだろう。
それは反省すればいい。直ぐにでも対処できることだ。思い知った現実に更に咎めるつもりは欠片も無い。
だが、今回追いついてきた過去については、知っておくべきであろう。過日にまみえた弟子の父親にも関係するだろう。

手を止め、フォークを置きつつ、己が言葉を待つさまをじっ、と見据えて――望もう。知りたいと。

> 「現に切実な問題。先生のと同じくらい、切実。
 得難いもの。特別だと感じられることも、また一つの幸福……そう言うことですね」

師にとっての“強敵との死闘”も、娘の中で置き換えると“更なる美食との出会い”になるわけで。
初めて食べる美味しいものの一口目、驚きや、思わず尾が揺れ出してしまう感情に慣れて忘れてしまうのは惜しいものだと頷く。
いたって真面目な話をしているが、さりげなく鳥の香草焼きにフォークを伸ばしてちょっと味見して、「これもまた美味しい」とポツリ呟くのだった。

「口伝の昔話も、怪しい所は多いです。ん……、歴史書は一つの可能性として、保管する程度が丁度良いのかもしれません。
 それを探り真実を解き明かすには、情報が不十分。そして、それは学者の領分……なので。
 んー? おもむき? わびさび、のようなもの? 雰囲気が大事……やはり、理解できません」

コテンと首を傾げて、これ以上考えても仕方ないと思考を放棄した。
とりあえず、本日任せられた面倒な仕事が片付いたなら良しと言うことで。

「昔、そういう修行をした。ですか……。
 ……はい、先生。気を引き締め直します。私は、火守……なので」

パチリと瞬き、少し考えるような仕草で、皿の縁に置いたフォークを見下ろす。
気を緩めていた。自由になって、少し、安心してしまった。普通の人のように出歩けるものだと、勘違いをした。
暗殺者として生きるなら、普通になんてならなくていいのに。
己の過去を忘れたふりをしても、過去の者は忘れてはくれない。消さない限り、消えないのに……。

伏せた緋色が再び前を向く。暗赤を見つめ返し、師の返答を聞きとげ頷き返した。

「……そう、ですね。私も、思い出したくない……ことだった、ので。
 承知いたしました、お話します。

 ――その代わり、先生の昔の話も……聞かせて欲しい……ですっ」

話したくない事には口を噤み、耳を伏せ聞き流した時を思い出してばつ悪そうに言葉を濁し。
承諾すると同時に、テーブルに手を掛け軽く身を乗り出して、下から顔を覗き込むようにして願いを口にする。
緊張して声が震え、握りしめた指は少し冷たくなる。

影時 > 「……あ。ありていに云うなら、まぁそんな具合だな。……相まみえたその時を大事にしろ、とも云うかな」

あ、食べたか。まだ己も口をつけてない鶏肉の香草焼きに舌をつける様相に、ついつい「ぁ」と声が漏れる。
まあいい。遅いか早いか、だ。毒味役にさせたわけではないが、美味いと認識できているかどうかは重要だ。
生きているということである。色々あったとはいえ、生を謳歌できる時分の若さがある。
謳歌の手立ては人それぞれだが、そのうちのひとつが己にとっては戦いであった、というだけのこと。
遅れて、己も香草焼きの一切れを確保して一口、二口。成る程、悪くない。

「一々そう考えてると、目線が偏りそうなのが難点だが、見方、読み方としてはまぁそうもなるわなあ。
 この国、この王国も若しかしたらそうかもしれんが、ま、得意な奴に任せる。
 趣きと云うか、変に徹底したいか……かね。きっと、恐らくは――だが」
 
そして、史料として信憑性に欠けると思った場合、他はどうか、どうなのか?という疑念にも通じる。
この国でもまた、同様、近しい事例が無いかという疑問が生じるかもしれない。
否。既に生じているのかもしれない。そこまでの深い追及は――己にとっては、機会があれば、でいい。
それどころではない。今は色々と遣ることなすことが多いのだから。

「ああ。感覚を研ぎ澄まさせる訓練を色々と、な。
 ――んー。いや、火守だからって言い方はあンまり良くねえなぁ。俺も深堀りせずとも似たようなもんだが、
 見せても良い、気づかれても良い奴以外には秘め隠す、みてぇな心地で良い。大仰に構えてると疲れるだろう」
 
同じ修業をしたことがあるかどうかは、いずれまた聞き取れば良い。
今言っておく、釘を刺しておくとすれば、~~だからという考え方やら悲観になりたげな点である。
気配を潜め、紛れさせる状態が平常に出来る己が云う言葉ではないが。
過去は消えない。不意に追いついてくることがある。だが、それもまた心構え次第でどうとでもできる。

「……善かろう。話してやろう。

 全部事細かくまでは、良いぞ。こンな場所で云えない、言いたくないことだって在ろうよ。
 今すぐ、全て事細かに問い質してると――、酒がどンだけ在っても足りなくならぁな」
 
話したくないことの有無は、お互い様だ。聞き耳が立てられる場所では難しいことだってある。
それは己もまた然り。寧ろ己の場合、与太与太しい要素すら含まれる。
まず、今は空腹を満たして、合間合間に耳を傾け、同じように答えよう。
緊張をほぐすように先ずは食え食えと促し、腹を満たそう。話し始めればきっと、――お互い長くなりそうだ。

> 美味しそうな料理が目の前に置かれているのだから、冷める前に一口味見するのが料理への礼儀と言うもの。
何てのは建前で、特に深いことも考えずに小さな欠片をパクリと口に含んでの一言であった。
それに続いて食べる姿をじぃっと眺め、どこか嬉しそうに目を細める。

「この国でも。……ん、そうですね。適材適所。信頼ある賢人に任せるのが最適と考えます。
 徹底、ですか。何か深い目的が……いえ、何事も怪しんでいては疲れる。そう言う依頼者は、ただの変わり者なのでしょう」

この国、王国も、と言われて少し曖昧な返事になる。
必要なことは学んできたが、不要なものは知らない娘は、この国の歴史を真面に知らずに育ったようで、師の言葉に首を傾げつつ話を続けた。
概ね結論が同じなら話を掘り返すこともなく、話は移り変わり。

「良くなくないです。私は火守で、暗殺者……兼、冒険者なので。
 日々の鍛錬……姉弟子のように、完全に消えられるくらいになるまで、がんばる」

そう言う師自身が普段から其れなのだから、説得力は薄い。
妹弟子は、師と姉弟子と言う大きすぎる目標を意識して、頑なに感じる程はっきりと首を横に振り、己を律するように呟いた。
師がさりげなく刺した釘も効いているのかいないのか、どうもわからない。
真面目な顔で身を乗り出し口にした願いは、少しの間を挟んだが無事許された。

「……言質、取りました。
 はい、簡単に……纏めてから、話す。
 酔いに頼るよりも、落ち着いて話せるほうが……私は良い、です。

 んっ、うん。食べる……っ! あーむ、ん――」

帽子の中でピンと耳を立てて、娘は満足したように身を引き椅子に座り直す。
伝えるべきことを纏めるには少々時間が必要で、そして、ここで話すのはあまり気が進まない部分が多い話でもあった。
フォークを再び手に取って、勧められるままに料理を口に運び、小さな口でモグモグと時間を掛けて腹を満たし。
知らなかった師の色んな話を聞けることを喜ばしく。己の話はポツポツと呟き語り――季節は秋の長夜にはまだ早いが、語り明かすには良い長さだったとか。

ご案内:「王都マグメール 平民地区」からさんが去りました。
ご案内:「王都マグメール 平民地区」から影時さんが去りました。