2025/09/22 のログ
エレイ > しかしやはりというか、特にこれと言ったものも見つからず。
頭を掻きながら掲示板の前を離れ、ひとまず小腹でも満たそうかとギルド併設の酒場の方へと足を向け──

ご案内:「王都マグメール 平民地区」からエレイさんが去りました。
ご案内:「王都マグメール 平民地区」にさんが現れました。
> 街に耀が灯り始める頃、街は雑踏に満ちる。
仕事帰りの者。此れから仕事に向かう者。酒場で一杯ひっかける者。お気に入りの娼婦に会いに貧民地区へ行く者。
千差万別。十人十色。それぞれが、それぞれの日常を送る。――少女もまたそんな一人。

大通りを行く白髪の少女は、雑踏に紛れながら大通りを歩いていた。
特にどこかへ行く予定もなく、真っ直ぐ宿に戻っても、きっとまだ同居人の誰も帰っていない時間帯。
程よい空腹感に従って、鼻を頼りに今日の夕食を決めるのも良い。
ギルドに併設された酒場で時間を潰すか、それとも貧民地区の酒場にするか。それとも富裕地区に向かうか。
暗殺依頼も無事取り下げられた今、自由になった野良猫が何処へ行こうと咎める者はいない。

認識阻害の術も、今はもう必要ないだろう。
耳と尾は隠れている。この顔を見られたところで、困る理由もないのだから。

「んー……、何処にする、か。お金……は、節約。贅沢はしない」

財布の残金を思い出しつつ、行き先を頭の中でいくつかピックアップする。

ご案内:「王都マグメール 平民地区」に影時さんが現れました。
> 店を決めた時だった。不意に、少女の肩に伸びる大きな手が一つ。

「――っ!」

いくら人混みの中と言えど、気配――得意に害意には敏感な少女は、伸びた手が肩に触れる瞬間、その手を払い落した。
同時に振り返り見たのは、見覚えのない中年の男。冒険者崩れのならず者と言った雰囲気の、貧民街でよく見かけるようなガラの悪い輩だった。
だが、此処は平民地区。それも夕暮れ時で、人通りの多い大通りの真っただ中。
絡んで問題を起こせば人目につくし、通報されれば衛兵に捕まることだってある。
人違い……? 一度はそう考えたが、次に男が発した言葉で、その可能性は消えた。

『あー、やっぱそうだ。お前、シロネコだろ』

「……何のことでしょうか?」

『その澄まし顔、変わらねぇな。背もちっこいままだしよぉ……。
 ――ま、こっちの方は中々良い具合に育ったみてぇだが』

既に酒に酔ている様子の男は、へらへらとだらしなく笑いながら、此方の話がまるで聞こえていないかの如く楽し気に語る。
シロネコと呼ばれた瞬間、少女は帽子の下に隠した耳を跳ねさせ密かに驚愕した。
ミレーの特徴である耳も尾も隠しているのに、何故バレたのかと。
そして、男が一人話を続ける中で、薄々ながら少女も気付き始める。
この男といつ何処で出会っていたのか。それは――

『もう試合には出ないのかよ? また俺が勝ったら、その時は……なぁ?』

下品に嗤う男の顔を見上げ、少女は固まった。

影時 > ――仕事を終えたら、食事にしよう。

そう思う男の仕事は幾つもある。家庭教師であり、学院の教師であり、盗賊ギルドの構成員である。冒険者でもある。
一番最後の気紛れと不測の事態が生じない限り、三つ上げた肩書を適宜配分するようにして時間を割く。
気付けばつくづく、肩書が増えたものだ。どれもこれも責任があり、派手に動く場合は何かと注意が要る。
当然である。仕出かしたら己が身一つで済む、という価値観、考え方は世間知らずが遣ることだ。
故に予め入っている仕事日は、可能な限り漏れがないように動く。そんな今日は――。

「……やーれやれ、思ったより時間喰ったなァ。古書を訳せよというのは俺の領分じゃない筈だが」

王立コクマー・ラジエル学院の方角から、平民地区の酒場や宿場が集う地域に向かい、一人歩く姿が嘯く。
刺繍が入った白い着物を纏い、腰に刀を差した男だ。
一見しなくとも物珍しい異邦の装束は目を引く。だが、そうではないのは見慣れているからか、そもそも気づきが鈍いか。
後者である。大通りの雑踏を水が流れるように擦り抜ける姿の気配は、奇妙に薄い。
されども人混みの中にヒトガタの空白を生むがごとき違和感は、ない。感じさせない。肩上に二匹の小さな齧歯類が居てもそれは変わらない。
お腹減った、とばかりに尻尾で飼い主を叩く姿にへいへい、と声を挙げ、どうするかと思えば。

「――ふむ。……ン……?」

通りの中に、見知った姿が見えた気がした。間違えようもない。間違える気もない。
常に纏っていた術がなければ、“分かるもの”には認識できる。丁度良い。声をかけようと思ったところに、眉を顰める。
風向きがおかしい。同業にしては実に持ち崩した風情の中年男が、視線の先の小柄に対しての動きが見える。

『『……、……』』

  「……………………、全く」
  
肩上の毛玉共々耳をそばだてれば、微かに聞こえるものが幾つもある。続く声を聴けば、――するり。
動く。雑踏に気配も姿も紛れさせ、人を隠す森として、狙いをつけたものの後ろに忍び寄る。

「――失敬?」

中年男の耳の傍に軽く、軽く。手を打ち合わせる。氣を篭めた小さな小さな拍手、手拍子。
何の耐性も無ければ、ダイレクトなまでの聴覚経由で認識をかき乱す。酩酊をさらに促す――幻惑の術だ。

> 嫌な記憶は無かったことのように忘れてしまう。そうでなければ、心を平らには保てない。
男の顔には相変わらず覚えが無かったが、その物言いや、“試合”と言う言葉で関り合った場所を察した。
幼い頃とはもう違う。この男に負けることは無い。
仮に、敗北を予感したとして、今は逃げることも出来るのだ。どうとでもなる。

……否。

否、否、否――。
顔を知っている。過去を知っている。コレは、己にとっての枷となる。
邪魔になる。知られたくないことを、忘れたいことを、掘り起こされるのは不快だ。不愉快だ。
ならいっそのこと消してしまおう。骨も残さず、灰にしてしまえば……。

男が少女の顎に手を触れ。少女がレッグホルスターに収めた双剣に手を掛けた時だった。

――パンッ!!

と拍手が打ち鳴らされ、男はよろめき、少女は据わりかけていた緋色をハッと見開いて、男の隣に立っていた異国の服に身を包む師を見上げた。

「せ……っ、……」

先生と口にしそうになるのを押し止め、堅く閉じる。
よろめいた男は蹈鞴を踏んで、頭を大きく振り乱された意識を無理矢理引き戻す。
酒に酔い身体運びもなっちゃいないが、本来はそれなりに腕の立つ方なのだろう。
無様に倒れ込まずに、何だ何だと行きかう人の視線が向く中、眉間に皺を寄せて酒焼けした声で男はわめいた。

『……何だテメェは、邪魔すんじゃねぇよ。
 ったく、妙な術つかいやがって。あー、クソッ! まだ耳が気持ち悪ぃ』

影時 > 雑踏の最中、人混みのある中だと明瞭な聞こえとまではいかない。
だが、極細の針が落ちる音をも聞き逃さぬよう鍛えられた忍者の聴覚は、一つの直感を紡ぎ出す。
どうやら、この弟子とこの男は何がしかの因縁がある。それも今の時分にとっては大変好まざるものであろうが。
詰まりは過去である。良い記憶、では、きっとあるまい。弟子が意図する素振りを男は見逃さない。
故に注意を惹き付けてみよう。暗殺者も忍者も、今このように注意が向いたターゲットの隙を衝くの容易いが。

(……――ほーぅ?)

これは驚いた。飼い主が何をやろうとしたのかを感じたのか。
前足で耳を押さえた二匹ともども、見えた反応、動きに思わず目を丸くする。
一応名を持たせた術ではあるのだ。幻術・惑我失(マドワシ)。絵に書いたような幻影、幻惑には劣るが感覚に作用する術。
酒酔いの酩酊と合わせて、確実を期せるとも思ったが標的もさるものか。――面白い。

「いやァすまんすまん俺の連れに何かちょっかい掛けてくれてるから、ついつい手ぇ鳴らしちゃったよ。
 悪いね兄弟。ここはこいつに免じて引いてくれちゃったりしないかなー、好きだろ?これ。お金様」
 
不意に、男が放ちだした猫撫で声に毛玉達は尻尾を「?」「!」を書くように曲げ、立てて襟巻の中に潜る。
喚く男の横にするりと肩組みなぞしつつ、片手で取り出す硬貨を相手の目に見えるように親指で弾き上げよう。
――金貨だ。ゴルドではない。厳密は遺跡で見つかる古びた其れであるが、ゴルドに換金も出来るもの。
腕の立つ冒険者なら、自ずと拾い集めがちなそれを貯め込み、宝石と同じように換金したりするもの。

> 強引に肩を組まれれば怪訝な顔で睨み返すが、その目の前に金をチラつかされれば色を変え。
打算的で狡賢い頭が算盤を弾き答えを導き出す。

『あ゛ぁ? ――……はーん、そう言うことか。なんだよ、売りになったのかお前』

「……な、ちっ、ちがっ!」

『んで、そっちのテメェが先約と。そう言うことなら、これで手を打ってやろう』

必死に言い返そうとする少女の言葉も聞かず、ピンと来た様子で男は片眉を跳ね上げ、下心いっぱいの嫌な笑みを浮かべて骨董品の金貨を受け取り、するりと腕から抜け出して。
ちょっとした小遣いになるだろう戦利品をズボンのポケットにしまい込み。

『へへっ。んじゃ、俺はお暇するぜ。シロネコ、今度会った時は俺が先に買ってやるから楽しみにしてろよ。
 ――兄弟、アンタも良い夜を』

そんな激しい勘違いをしたまま、男はよろよろ千鳥足で人混みの中に消えていく。
その脚のよろめきはきっと酒だけが原因ではないだろう。
一難去って一先ずの平穏が戻り、安堵して思わず深い溜息が出た。
師の真意がわからないのは毛玉も少女も同じなようで、どう言葉を掛けて良いやら、少し迷った末に。

「申し訳ありません。余計な出費を……。今日の夕食は、私の稼ぎから出しますので、どうかご容赦を」

双剣から手を離し、小さく頭を下げて淡々と言葉を紡いだ。

影時 > 金は人の心を鈍らせる――とはよく言ったもの。
聞こえた範囲と今回の相手の所作で幾つか読める、垣間見えるものがあるのだ。
まぁ、控えめに言って“ならず者”である。食い詰め者。冒険者に夢を見ている者が見たくないであろう末路の一つ。
そもそも冒険者であるかどうか、という時点で怪しくある。
何よりも自分の生活のこだわり、在り方として、きっとそうだろう、と思う点がある。

(……こ奴、ろくな酒呑んじゃぁいなさそうだな――)

己が真っ当な酒飲み、酒好きかどうかは評価が分かれそうだが、この酒気は酔うのが日常的、とも思える気がする。
何故か。酒を呑まなければ日々の憂さが果たせない、鬱屈している、捌け口を求めている。
次いでの決め手は、弟子に対する反応。試合に出ないのか否か。また勝ったら――等々聞こえた。

(……次に会ったら、殺しても困りはしねぇが……ああ、成る程?)

表情ばかりは、盗賊ギルドで“(シャッテン)”を名乗っている時の其れのようにも似て、胡散臭く。
狙い目通りに勘違いをして、機嫌をよくした相手の顔をにこやかに見遣りつつ、脳裏で思う。そっと密やかに押し隠す。
聞こえてくる言の葉に、はいはい、と適当に受け答えをしつつ、よろよろ足で消えゆく姿を見送ろう。
見えなくなるまで、その所作を観察する。推し量る。
戦う者は足が基本。足運びの乱れ、よろめきは、酩酊以外にもありそうだ。さて、何はともあれ。

「……なーに、気にすンな。迷宮に潜ってりゃ、ちょくちょく見かける類のものだ。
 しかし、変な所で会ったなぁ。ちと、氣を緩めすぎか。……立ち話もナンだし、どっか適当に入るか」
 
剣に触れていたと見える小柄に目をやり、着流しの表面を叩き、酒気の残滓を払うようにしながら頷いてみせる。
金で片付くなら、最終的には一番楽だ。衛兵に身代金めいた罰金を払うより、まだ安くついた。
もそもそと襟巻から顔を出す二匹が終わった、終わった?とばかりに周囲を見遣り、頭を下げる姿に飛び移る。
左右の肩上に跳んで、ぺたぺた触れたり尻尾で擽ってくるのは、心配だからだろう。きっと。

> ろくな酒も、ろくな寝床も無さそうな身の崩しよう。向かう先はやはり貧民地区の方角だった。
あの金貨を質に入れても、今日の酒代であっと言う間に消えてしまうのだろう。
貧民地区を根城にするゴロツキの生活など、大概そんなものだ。
多少腕に覚えのある者も、いずれは錆びつき鈍って腐る。そんな場所だ。

師が何を考えているのか深くは探れないが、あの胡散臭い笑みの下で何か強かな事を考えているのだけは感じられた。
あまり口を挟まず、見なかったことにした方が良いだろう。
わざわざ藪を突いて蛇を出す必要は無いのだから。

「……はい。……先生は、仕事の帰り……ですか?
 ん。じゃあ、そこの店で―― ぅ?」

気にするなと言われ頷くが、心は未だ晴れない様子。
下げたまま上がらない視線で、適当に近くの酒場を指さして伝えた。
不意に隣から何かが飛来する気配を感じ、軽い重みを両肩に感じる。
ふわり、ふわり、ゆれて擽る二本の尾に頬を擽られ、何度か瞬きをして、左右それぞれ肩に乗ったシマリスとモモンガを一瞥して。

「ん……。ふわふわ……くすぐったい……」

微睡むように目を細め、ほんの少しだけ頬が緩んだ。
勝手に男に触られた嫌な感触も、これならすぐに忘れられそうで、頬を摺り寄せながら一息ついたら、師の後について店へ向けて歩き出そう。

宿と食事処が一緒になった酒場は、夕食時と言うこともあり人で賑わっている。
だが、どんちゃん騒ぎをするような客はおらず、店内は比較的落ち着いた雰囲気だった。
一列のカウンター席と、テーブル席が幾つかある中で、奥ばった所のテーブル席が丁度空席になっているのが見える。