2025/08/18 のログ
■ナイト > 喧嘩っ早い狂犬にとって、相手が騎士でも、平民でも、貴族でも、喧嘩をするのは日常茶飯事。いつものことだ。
だが、ヴァリエール家の立場を考えれば、少女はもう少し思慮深く、冷静になることを覚えた方が良いこともまた事実。
特に最近のことを考えるなら、主人が足を掬われるような結果を招くことは避けるべきだろう。
「……いつものって。アンタ、本当に何処からでも恨みを買ってるのね。
ふーん、盗賊ギルドに貴族の手下、相手にとって不足はないわ。かかって来るなら何処からでも来い、よ」
美人局と言うのは半分冗談のつもりだったが、経験から来る返答だろうか。
少しの間を挟んで、少女は呆れたように言葉を返す。啓蒙局とは面倒この上ない。それに比べれば、後者は殴っても文句を言われないから気楽とでも思っているのか、強気な態度を崩さずに、ふんっと鼻を鳴らす。
そうして、男の後について曲がりくねる路地を行き、不意に先導者の足が止まった。
少女も数歩遅れて足を止め、今暫くは魔法で隠している狼の耳で周囲の音を拾い警戒を続ける。
その間にみるみる間に変装して印象を変えるのを横目で観察しつつ。
「ええ、わかったわ。大人しくしてれば良いのね?」
手で示されるまま、壁に背を付け振り返った瞬間、真正面から抱き締められて少女は石のように固まった。
ポカンと開いた口を あわ、あわわっ!と、戦慄かせかとと思うと、顔は見る見る間に林檎のように赤く染まり、動揺から魔法は解けて黒い耳と尾が現れる。
「――っ!? ちょっ、な、な、なによ……っ急に……。
べ、別に、これくらい良いわよ。さ、さっきの、お返し……みたいなもんだし……」
これは追っ手を撒くためだと、相手の言葉を聞いていたはずなのに。
少女はそのことを忘れたように慌てふためき、俯いてごにょごにょと声はどんどん小さくなっていった。
はたから見れば、いちゃつくカップルにちゃんと見えているのか、それが問題だ。
遠くから、急ぎ駆けるいくつかの足音が近づいてくる。
■ヴァン > 少女の喧嘩っ早い所は、男として危惧する所ではある。
戦わねばならぬ時はあるが、避けられるならばそれに越したことはない。体力は無限ではないのだから。
「昔いろいろとやったからね。人気者なんだよ。――穏便にって言葉の意味、知ってるよな?」
相手にとって不足なし、との言葉に思わず渋面。この少女、騎士になってからこの方、暴力以外の解決法を知らないのでは、と訝しむ。
追手を暴力で対処したならば、背後を吐かせ、敵が異変を感じる前に拠点に乗り込んで潰す。速攻が基本だ。
つまり夕ご飯はパーだ。あるいは木の実を蜜で固めたお菓子のような、栄養だけ摂れるものか。
少女の視線が普段と違う。ややあって、聴覚に意識を集中させているのだとわかった。
そういう所は人間とあまり変わらないのかな、と変な所で感心した。
「そうだ。それっぽく振る舞ってくれれば」
そして、抱き寄せる。中途半端な仕草は演技が露呈すると考え、腕の力に躊躇いはない。
顔は少女の右肩のすぐ上。右手は肩甲骨のあたりへ、左手は背筋へと添えられる。
耳が人と同じ場所についていれば静かな、ゆっくりとした息遣いまで聞こえる距離。
少し身体を押し付ける。シャツごしに男の硬い胸板の存在が伝わるだろうか。
「――そうか。それならいいんだが。ナイトさんもこんなオッサン相手に嫌だろうが、身体を寄せてくれ。
……俺達が来た道の方。のっぽとチビの二人組はいるか? 反応は?」
耳や尾の変化や、少女の顔が真っ赤になっていることなど露知らず、低い囁くような声で告げる。
棒立ちの少女を抱き締めている姿では追手の目は誤魔化せないかもしれない。
少女も男の後頭部に手をあてるなり肩口や背中に手を回すなりと思うものの、触れた手から少女が緊張している様子が伝わってくる。
食事などの報酬で釣るか、あるいは負けん気の強い性格を逆手にとって煽るか――考えるうちに、追手は近づいてきたようだ。
見失ったと慌てて追いかけるか、思いがけない場面に出くわしたかと目を逸らすか。
あるいはメイド服に気付いて相手が標的でないかと注意深く確認しはじめるか。
後者だと厄介だ。もう少しこの演技を続けなければならない。
■ナイト > 「知ってるわよ、それくらい。相手の爪を切って牙を折れって事でしょ?」
爪と牙を失くしたら、どんな奴も静かになるものよ。
しれっと返す物騒な言葉の何処に穏便の二文字が繋がっているのか、渋面に軽い調子で返せたのはそこまでだった。
今となっては、そのふてぶてしさが嘘のように静かになってしまっていた。
頭の上に立つ大きな三角の耳は、周囲の音を拾い足音のする方へと向いているが、少女の視線は俯いて。
それっぽく、と言われても。ぐるぐる渦巻く目は混乱状態に近く、背中に当てた手の抱き寄せる力が強ければ、太い尾が逆立ち更に体積を増す。
何を意識しているんだと、いつものように鼻で嗤って皮肉を返していたなら、少女の熱も冷めるのだろうが……。
いや、それはそれで違う意味で熱に変わる。怒りと言う熱量に。
それはさておき、
「オッサンて、自分で言ってちゃ世話ないわよ……。――ぎゃっっ……、わ、わかってる、わよ……っ。
……はいはい、のっぽとチビね。
――あ、来た」
密着した身体と、寄せられた顔。頭の横、耳元へ囁く男の声を聞いて、叫び出したい衝動を何とか堪える。
ゆっくりと顔を上げ、彼の肩越しに視線を向けて路地へと入って来る影を見据える。
やがて姿を現したのは証言通りの容貌をした二人組だった。彼らは辺りを見渡し、人影があることに気付けば鋭く目を光らせてくる。
羞恥と緊張で固まってしまったメイドの少女と、それを口説く様子の男。
自分たちはそう見えているだろう。
少女を口説いているのは探し人と同じ背格好の男だ。必然、此方を見る目は怪しむものへと変わって行く。
早鐘を打ち続ける心臓に急かされて、少女はきゅっと下唇を噛み、そっと男の腰へ手を伸ばし、シャツを握りしめ抱き返す。
そして、一つ息を吸い。
「……何見てんのよ? 邪魔よ、噛み殺されたくなかったら、さっさとどっか行きなさいッ!!」
低く、唸るように呟き、ギラギラと輝く獣の瞳で男たちを睨みつけた。
捕食者の圧に本能から彼らが怯めば、追い立てるように吠え、本当に食い殺されかねないと錯覚させて追い払う。
こいつ等は関係なさそうだ。そう頷き合い、そそくさと逃げるように追っ手は路地を駆け抜けていった。
つい、力加減を忘れて抱き締める腕に力が入りすぎたのはご愛嬌。
ギリギリと軋むような痛みが彼を襲ったとしても、それは不可抗力と言うやつだ。
■ヴァン > 穏便の定義を少女から聞いて、これは一度こんこんと説教をせねばならぬか……と心の中で思う。
狂犬の名がぴったりな少女は――借りてきた猫のように大人しくなってしまった。
追手の側から男の顔が隠れるようにするために、少しだけ上半身を傾けている。あまり動いて追手にばれると努力が水の泡だ。
少女を慮るように僅かに頭を動かし、ぴょこんと立った狼耳に視線が届いた。
尾は……わからない。左手を下ろして腰骨のあたり、あるいは尻に手をやればわかるのだろうが、平手打ちでは済まなさそうだ。
手の甲にあたる違和感が尾なのだろうか。単なる気のせいか。
「場を和ませようと思ったんだがな……」
多少は緊張が解れただろうかと解釈する。追手の方に神経を集中させれば、より緊張はなくなるだろう。
『さっきのメイド……?』『いや、でも耳が……』『近づいて確認……』『お前やれよ。俺は嫌だぞ……』
追手とおぼしき男達がぼそぼそと喋っているのは、狼の耳がはっきりと聞きとれるだろう。
追っていた標的とは背格好が似ているが、ジャケットがないし荷物もない。男達からの視線の届かぬ場所に隠されている。
男達の相談から、眼光鋭いチビの方が近づいてくる。ノッポの方は周囲に見落としがないかと注意深く観察を続け――。
「「「…………!?」」」
その場にいる男三人全員が呆気にとられる。追手が立ち去るまで、男は黙っている。
密着し少女のスレンダーさを堪能しているとでも思うことで、激痛を甘受していた。
少女が手を回した腰骨のあたり、ベルト上にはナイフホルスターが装着されている。
少し上のシャツを掴んだことになったろう。何者かが少女の手の甲をとんとんと軽く叩いたのは錯覚だろうか。
「…………えぇと、ナイトさん? 情熱的なハグは嬉しい限りなんだが。
もう追手もいないようだし、そろそろ……緩めてもらってもいいかな?」
少し震えたような声で、少女が正気に戻るのを待つ。戻ったら戻ったで大概なことになりそうだ。
熱烈なハグもしくは鯖折に耐えかね、長い吐息が少女の右耳を擽った。
■ナイト > もしも、彼の手が背ではなく尻に回っていたなら、問答無用で平手打ちないし、投げ飛ばしでもして痴話喧嘩の喜劇へとシナリオを書き換える羽目になっていただろうか。
魔法が解けていることに気付いていなかった少女は、尾と耳が出ていることを知らず、男たちの会話でようやっとそれに気づく。
拙い、しくじった。隠して。いや、今更遅い。ミレー族のふりで通るか。
……ああもうっ! うっさい、こっち来んなっ!!
一気に思考が回り焦燥感に駆られたが、それ以上にこの状況から早く抜け出したいと言う羞恥心が勝ち、結果少女の行動は威嚇へと落ち着いた。
眼光の鋭さではチビに負けず劣らず、睨みつけ一吠えすれば、男三人を呆気に取り、やり過ごすと言う戦果を挙げて事なきを得る。
走り去る足音が完全に消えるのを待つ中、落ち着けとでも言うように誰かに手を叩かれた気がして、ハッと我に返り。
自分の今の状況を思い出すと同時に、震え声が長い吐息と共に告げて少女の耳を擽る。
「……なっ、ち、ちがっ! これは、違うから!!
い、言われなくても放すわよ! ばかっ!」
少女は一度落ち着きを取り戻しかけていたのに、また顔を真っ赤に染め直し、尾は荒ぶって激しく揺れて。
慌てて腕を解きバッ!と両手を上げ、その勢いのまま男の胸を押しのけて離れれば落ち着こうと胸に手を当てて。
見た目以上に、意外としっかりと筋肉のついた身体だった。
とか、そう言う無駄な感想が頭に浮かんでは、違う違うそうじゃない!と頭を振って、正気に戻ろうと努める。
「と、とにかく! 撒けたみたいだし、これで一先ずは大丈夫そうね?」
話を逸らそうとして高らかに声を上げ、頭の耳を隠す様に両手で耳を伏せさせた。
尾を大きく一振りすれば、再び不可視の魔法が掛かり、少女は人間と変わらない姿へと早変わり。
■ヴァン > 目の前の少女は言動の粗さに比して、異性に対する耐性は皆無のようだ。
逆説的に、言動がゆえに異性が近づいて来なかった、というのが適切かもしれない。
少女が威嚇し、男達を追い払うまでそんなことを考えていた。
「違う……そう、か。ナイトさんが意外と乙女で驚いたよ。
と、とにかく助かった。揉め事はないならそれに越したことはない」
締め付けが緩められ、息を吸おうとしたところに掌底のごとく押しのけられ、後ずさりした。
男がげほげほとしているのは演技ではなさそうだ。
胸に手をあてて何やら少女らしい表情を浮かべた後、頭をぶんぶん振っているさまを、不思議そうに見つめる。
追手は去っていったが、また戻ってこないとも限らない。長居すべきではないだろう。
隠していたジャケットを羽織り、肩掛け鞄を手に取った。
狼の耳と尾が消えたことにも驚いた様子はない。伯爵から全て聞いていると考えれば不思議はない。
「そうだな。改めて、助かった。ありがとう。
その格好だと、仕事の途中か。今度屋敷にいった時に何かお礼の品を持っていくよ。――大通りまで送っていこうか?」
今すぐ何かお礼をする状態ではなさそうだ、という考えに至った。
裏路地に近い場所、女性を一人にしておくにはあまり安全ではないが、少女は問題なさそうだと内心思いつつ。
男の申し出に、さて少女騎士はどう返答したか――。
■ナイト > 鯖折りにされかけた身としては、文句の一つでも言いたいところだろう。
少女は皮肉か揶揄いと受け取って声を裏返して吠える。
「は、はぁっ!? バカにしてんの? バカにしてるわよね、それっ!」
ギャンギャン騒ぐ煩い狂犬に乙女の姿は見えない。一時浮かべた恥じらいや、少女らしい表情もまた、直ぐに消える。
相手を押し退けてしまえば男は苦しそうに咳き込み、その姿を見て、今更ながら力加減が出来ていなかったことに気付いた。
大丈夫かと声を掛けようとするが、なんと言えば良いのか迷っている内に咳は収まり。
謝る機会を失ってしまえば、取れる態度は一つだけ。
「……力加減って苦手なのよ。
怪我したくないなら、ふりだったとしても気安く私に触れないことね」
口を尖らせ、生意気に返す声は少し静かで、少女なりに反省しているようで。
耳と尾を隠し終えると、丁度、彼方も支度は整った。
「別に良いってば。自業自得って訳じゃないんでしょ?
ん? まぁ、一応仕事中ではあるわね。でも、後はお使いして屋敷に帰るだけだから、急いでもないわ。
ふふっ、お礼は喜んで受け取ってあげる。何が出て来るか楽しみね」
恰好も戻れば、振るまいも元通り。
お礼をとの言葉には素直に喜んで、少し意地悪く笑った。
「……そうね。また変なのに絡まれても面倒だし、表までエスコートをお願いするわ」
申し出を断る理由は無い。買い出し途中の紙袋を抱え直し、彼の案内で安全な表通りまで少女は無事に帰りつくだろう。
ご案内:「王都マグメール 平民地区」からヴァンさんが去りました。
ご案内:「王都マグメール 平民地区」からナイトさんが去りました。
ご案内:「王都マグメール 平民地区」にエレイさんが現れました。
■エレイ > 「──~♪」
雨がしとしとと降り注ぎ、普段に輪をかけて人気のない住宅街の路地を、
ピーヒョロロと下手くそな口笛を奏でながら、一部に赤いラインが入っている意外はほぼ全てが銀色の番傘という
奇妙な物体を担いでのんびり歩く、金髪の男が一人。
傘を携えている代わり、普段羽織っている銀色のジャケットは今はその姿は見えず。
昼食を終えた後、暇つぶしを求めてブラブラと大通り、路地裏と歩いてきたが、特に何か特筆するものと遭遇するでもなく、
気がつけばこの場所まで辿り着いていた。
先の二箇所に比べると、余計に事件性の少なさそうなロケーションではあるが──
「……まああ人生ドコでナニが起こるか判らんもんだからな」
なんて小さく笑って独りごち、軽く肩をすくめて。
適当に視線を彷徨わせて住宅街の景色を眺めつつ、ぱしゃ、ぱしゃとマイペースに歩を進め続ける。