2024/11/17 のログ
ご案内:「平民地区 大通り」に枢樹雨さんが現れました。
■枢樹雨 > じき日が変わるであろう頃合いに、それでも賑わう大通り。
その中でもよりいっそう人が集まる一角がある。
其処は店が在る訳でもなく、露店が在る訳でもなく、ただ男が一人立っているだけ。
その男を取り囲むようにして集まる数多の人々。
その最前列、かつ中心という特等席で体育座りをし、長い前髪の下の仄暗い瞳を好奇心に輝かせている妖怪ひとり。
男は始めにコインを使い、次にカードを使い、そして今はワインのボトルとグラスを使って様々な奇跡を起こしている。
男の一番最初の前置きは、「僕は魔法も魔術も使えなければ魔族でもありません」。
その前置きに胡散臭げな視線を送る者もまた多くいるが、妖怪はすっかり魅了された様子でいくつもの奇跡に釘付けの真っ只中。
ちなみに男の手書きなのだろう置き型の看板には、「マジックショー」と達筆な文字で書かれていた。
「え!」
思わず零れた驚きの声。
男の助手だと言う女性が大きくはない箱の中に入り、其処へいくつもの剣が突き立てられる。
悲鳴は聞こえない。血が流れだす様子もない。
飄々とした態度の男は箱に突き刺したいくつもの剣を抜き去り、そしてゆっくりと箱を開ける。
その箱の中からは傷ひとつおっていない助手の女性が飛び出してきて、観客の驚きを攫って行く。
妖怪もまた前髪に隠れた双眸を丸々と見開き、同時にぱちぱちと何度も拍手をおくり。
■枢樹雨 > 魔法でも魔術でもない奇跡に加え、話上手の演出上手。
路上で突然始まったマジックショーは随分と盛り上がりを見せ、次が最後の軌跡であると男が語る。
思わず前のめりになった妖怪に、不意に伸びる手。
「お手伝いをお願いしても良いですか」と男に指名された妖怪は、しばし状況理解に時間を要し、「お嬢さん?」と
改めて声をかけられてやっと瞬きを繰り返し。
「……私?」
己を指差せば、そうだと頷く男。
観客からも視線を注がれる中、戸惑うままにひとつ頷けば、妖怪は手を引かれて男の隣りへと。
当然そうなれば、妖怪は見る側から見られる側へ。
この国では比較的珍しい服装もあって殊更注目を浴びる中、トランプの中から好きな1枚を選んでほしいと男に頼まれれる。
男は他の観客に視界を塞ぐよう頼み、先ほど箱の中でめった刺しにされたはずの助手の女性もまた他の観客に目隠しを頼む。
そうして妖怪がどのトランプを選ぶのか、ショーを行う二人にはわからぬ状況となれば、妖怪はそっとトランプの中から1枚を抜き取って。
「もう良いよ。選んだ。」
胸元に隠すようにして抱えたトランプ一枚。
目隠しの両手が離れた男は、残るトランプをすべてお客様の方へ投げてくれと言ってくる。
自分はその中に無い1枚を当てるからと。
すっかり男の起こす奇跡に魅了された妖怪は、残った52枚のトランプすべてを思い切り観客の方へと放り投げる。
対して肩の強くない妖怪が投げたトランプは、少しだけ宙を舞い、ばらばらになって観客の頭上へと落ちていき。
「落ちる絵柄、全部見たの?」
そんな風に問いかける妖怪に、得意気な笑みを見せる男。
降ってくるトランプをキャッチする者、何も見逃すまいと男を凝視する者、色々な観客を後目に男は妖怪が胸に抱えて隠す
トランプをビシッと指差す。
そうして『クラブの5』とシンプルにその一言だけ。
妖怪は本日何度目かになる驚きを顔に乗せ、裏向きにしていたトランプを男にも観客にも見えるようにひっくり返して高く掲げ。
「あっている」
妖怪と同じようにぽかんと目を丸くする者、歓声と拍手をおくる者。
よりいっそうの盛り上がりを見せる大通りの一角の中心で、妖怪はグラブの5のカードと男とを交互に見遣り。
■枢樹雨 > 当然、トランプと男とを見た所で答えはなく、タネ明かしがあるわけもない。
流れで一緒にお辞儀をすれば、ショーは終わり。
お手伝いへのお礼と言って『特別製』だと言う飴玉を貰った妖怪は、カラリと下駄を鳴らし、上機嫌に大通りを歩き出す。
手の中にある飴玉の封を開けてみれば、薄紅色のまん丸な飴がひとつ。
それを早速口の中へと放り込めば、じんわり広がる甘い味に双眸を細め、口内で転がしながら一緒に貰ったトランプのカード
を改めて見遣り。
「何故わかったのだろう…。透けて見える…?」
適当な照明にトランプをかざしてみたところで、当然絵柄は透けない。
不思議そうに首を傾いでは、何かの果実を模したのか甘さだけでなくほんのり酸っぱさも感じられる飴に、じんわり滲み出て
くる唾液をこくりと呑み込んで。
■枢樹雨 > 「人の子は本当に不思議なことを思いつくね。」
結局見せてもらったどの奇跡もどのようにして起こされたのかはわからない。
それでも満足気な妖怪は、相も変わらず淡々と抑揚のない声音で呟いて、大通りより去っていった。
ご案内:「平民地区 大通り」から枢樹雨さんが去りました。