2024/09/22 のログ
ご案内:「平民地区 公園」に枢樹雨さんが現れました。
枢樹雨 > 王都マグメール、平民地区。
週末の賑わいを見せる大通りや広場から少し離れた場所に位置する、木々に囲まれた公園。
常ならば此処もまた賑わいを見せているのだろうが、時間と天候が人の気配を著しく減少させている。

しとしとと降る雨。日中の激しいそれからは随分と落ち着いた、しめやかな雨。
青々と葉をつける木の下、妖怪は天から降り注ぐ数多の雫の軌跡を見つめる。
当たり前に背筋を伸ばし、同じく真っ直ぐに伸びた濡羽色の前髪の隙間から、仄暗い蒼が見上げる。
薄い唇が、おもむろに薄く、開かれて。

「あめあめ、ふれふれ――」

囁くような、細い声。
片手で着物の袖を押さえ、もう一方の掌を伸ばしてみれば、葉から落ちた大粒の雫が指先を濡らす。
元より体温の低い妖怪には、あまり冷たくは感じられないそれ。
手を伸ばしたままであれば指先は更に濡れ、雫は掌へと伝い落ちていく。

一歩、濡れた地面に下駄の跡を残し、前へと進む。
そうすれば必然的に雨に濡れる部分が増える。
掌は降り注ぐ雨を受け止め、手首から前腕には葉から雫が落ちる。
肘まで捲った袖が濡れる程ではないが、いずれ腕を伝って濡れそうなほど。

枢樹雨 > 白い指先、手首を伝い、雨は次々と妖怪の腕を濡らしていく。
気が付けば捲っていた袖口もじんわりと雨を吸って濡れ、生地の紫が色濃くなる。
それでも妖怪は伸ばした手を引っ込めることはなく、降る雨と、受け止めた雨をと見つめ続けて。

「蛇の目でおむかえ、うれしいな――」

木の下の小さな空間に、再び落ちる細い声。
心なしか拍子を感じさせるそれは、歌の一節なのか。
しかし歌と言うには途切れ途切れ。一節紡いでは、長い沈黙が落ちる。

再びの沈黙を紡いでいた唇がそっと開かれたのはしばらく後。
水に浸したかのように隙間なく濡れた手を引き寄せ、手首に唇を寄せる。
そうして舌を覗かせ、自らの手首を舐めた妖怪は、そっと息を零し。

「汚い…」

表情の変化がなかった顔が、わかり易く歪む。
自らの唾液がほんの少し残った手首。それ以外は雨にじっとりと濡れた手から前腕。
今度は手の甲を天へと向ければ、再び雨に晒し。

「なんでこんなに、汚いのだろう…」

首を傾ぐ様は、純粋に不思議そうなそれ。
先ほどのあからさまは嫌悪はなく、幼子の何故を瞳に乗せて。

枢樹雨 > 「なんで汚いって、知っているのだろう――」

重なる疑問。
見つめる雨は無色透明で、泥水の様にわかり易く汚れてはいない。
だからこそ自分の発言に首を傾げる、自分の発言であることに首を傾げる。

しかし疑問に答える者はいない。
ただ不思議そうに降る雨を、濡れる己の手を見つめるままに時が過ぎていく。

そうして雨が止む頃、妖怪はゆらりと姿を消した。
下駄の足跡だけを残し、夏の陽炎の様に――…。

ご案内:「平民地区 公園」から枢樹雨さんが去りました。