2025/02/06 のログ
ご案内:「イフレーア・カルネテル邸/書庫」にアイシャさんが現れました。
■アイシャ > 深夜の邸内は暗く静まり返っている。
手元にある小さなランプを伴って、少女は薄暗がりの中を奥へと進んでいく。
静かな夜には、少女がたてる小さな足音と衣擦れの音すらよく響いた。
寝付けなくなった夜はいつも読書の時間。
けれど、それは昼間に読んでいるような学問や知識としての学びのあるものではない。
(…誰も、いないはずだわ)
一度だけ、後ろを振り返る。
今のところ、後ろに誰かがいたとは感じない。
だからそのまま菫花の香りを伴って、足は迷うことなく広さのある書庫の中のある一角を目指す。
少女が幼い頃から入り浸っている奥まった一角には、読書に夢中になって眠ってしまう少女の為にと置かれた二人並んで座ることが出来る程度の長椅子。
彼女がよく居ついていることが誰にもわかる残り香がその椅子にも移るほど。
「……、」
特別気にいっている少女だけの書架。
昔から読んでいる御伽噺の絵本。
精霊達と話すようになってから読むようになったもの。
可愛らしい装丁の、少女向けの宮廷小説。
そこから少し離れて、目立たないように別の本の装丁を模したカバーの掛けられた本、その背表紙に指をかけた。
取り出せば、長椅子に腰掛けて濃い花の香りが染みついたその表紙を開く。
陽と月の描かれた中表紙。
けれど、それだけではない。
本は、少女の秘蔵ともいうべき一冊だった。
■アイシャ > 少女の部屋を今宵訪うものは誰もない。
だから少女はこの図書室の最奥ともいえる片隅に。
ぺらり、と、乾いた髪をめくる音が響く。
窓越しの月光を背に、僅かな灯火だけで静かに読書に耽る姿は髪色も相まってどこか絵画のよう。
けれど、何度も繰り返し読んでいたはずのその本を読み進めるにつれて頁をめくる指先は緩慢になった。
「……、っ、ん」
息を詰めて、細く吐く。
時折、唇を噛んで頬を染める。
肩から滑り落ちそうなショールの胸元を強張った指先で手繰って。
陽と月─────陽と陰、転じて男と女。
秘蔵のそれは、淫らな御伽話。
それも、一番気に入りの。
膝の上に開いた本の文字を強張った指先がなぞる。
何度もなぞったのだろう、活版のインクが染みた文字は少し毛羽立ってすらいる。
余りにも短い文章だというのに。
『 にいさま 』
(…兄、さま…)
誰かに聞かれたら、という不安はずっと付きまとう。
だからなぞりながら呼ばわる声は、何度も何度も頭のなかだけで繰り返したもの。
ショールの合わせを握りしめる指先が、小さく強張った。
■アイシャ > 書庫は、自室ではない。
邸のなかとは言え、本来あるべき本を探しに来るという目的で誰が訪れるともわからない場所。
幾らその方面においては随分と大らかな家とはいえ、少女にだって羞恥心ぐらいはある。
ましてや、自分の嗜好に偏りがあることを、深く理解しているのだから。
頁をめくり、文字をなぞり、そこにある淫らな描写。
頭の中で何度も思い描いていたもの。
けれど、今となっては描写からの甘い恍惚だけではない感覚を少女の体はもう知ってしまった。
「…ん、っ」
ショールの合わせていた指先を解いて、その下へと指先を潜り込ませれば、あとは、もう。
息を潜め、声を殺し。
少女はただ独り、月の下で────耽る。
ご案内:「イフレーア・カルネテル邸/書庫」からアイシャさんが去りました。