2023/12/03 のログ
ジギィ > 海は全くの始めてでは無いのだが、ここまで蒼く澄んだ場所は初めてだ。
森から出て初めて海を見た時も感動したけれど、ここはまた格別だ。その色鮮やかさと溢れる生命とが何故か故郷を思い出させて、はしゃぐのと同時に懐かしく切なくも思う。

ともあれ身を起こした天使像少年は、彼がしゃがみ込むと心配げに覗き込む。
そのくせ、身を起こしたその場から腰を上げようとしないのは、背負っている何かが強烈に重いからなのか、何なのか。

『どうしましたか…ご気分が悪いのでしたら、お茶よりもココナツジュースの方が良いかも知れませんね。
…ああ。そこの耳長の方。すみませんが向こうの椰子の木から採ってきていただけませんか。
登るのが難しいなら、抱えている小動物に頼むのも良いでしょう。
 …ええ、わたがはこの御方を介抱しておりますから、ご心配なさらずに』

天使像少年はエルフに気付いていたらしい、振り返るとつらつらと言葉を告げて、終わればまた彼の方を向き直った。
当のエルフは困惑と急に居丈高に話しかけてきた少年への反感とを、抱え込んだ小動物たちが毛を逆立てたりしぼませたりするのに合わせて感情を表していたが
最後には『…それはそれで面白いことになるかもしれない』という顔になって、くるりと踵を返して少年が示した椰子の木へと向かう。彼からすると背後の方、駆けおりてきた丘の麓近くの、ひょろりと高く一本立ち上がっている椰子の木だ。
声を出せば聞き取れるくらいの、駆ければ如何ほどもない距離。
少年の得体は全く知れないが、彼を打ちのめせるような何者かとも思えない。まあそう判断してとのことと、少年の言った『お告げ』が気になっての行動だ。

少年の方はエルフが踵を返したのを確認することもなく、彼の方を覗き込んで
やがて彼が顔を上げるタイミングを見計らったように、何処からともなく取り出したものを、その目の前に掲げて見せる。
―――――青い、虹色に輝く鳥の羽だ。

『…これをお探しでしょう?旅の方』

そう言って、艶然と笑って口元にその羽を押し当てる。
――――相変わらず腰半分下、砂に埋めたままで。

陽光は彼からすると逆光。少年の顔はやや影になって、その深緑色の瞳は底光りしている様にも見える。
その光景の背景音で、エルフが『ひーちゃんがんばって! あ、そうそうすーちゃんがソッチに縄を回して…』などと言うのが、潮騒に混じって聞こえて来る。

影時 > 寒々しい海はともすれば淀んで見えるが、この南の島の海はまるで真逆だ。
この辺りにまた旅することがあれば、きっとまた同じ青い海が自分たちを迎えてくれるだろう。そんな確信がある。
きっと此処には、争いも何も無い。仮に何もかもを捨てて隠棲するなら――こういう地が良いかもしれない。
ふと、そんな感慨が過る。きっとそれは無理だ、という度し難いとも諦めとも云える感覚と共に。

否、これはちょっとした現実逃避でもあったかもしれない。

しゃがみ込んだ姿勢で頭を振り、顔を起こせば――嗚呼。これが現実であることを嫌でも思い知るのである。
眼に入るのは見慣れた顔や子分たちの顔でもない。何やら背負った、天使のような少年の濃い肌色のかんばせであるのだから。

「……いや、大丈夫だ。何も問題はない。なにも、問題は、無ぇ。いいな?」

熱いお茶も悪くはないが、こういう南国であると冷たい飲み物の方が欲しくなる。
鞄が繋がっている王都の商人の屋敷の倉庫、魔法的に拡張された内部空間には水入りの瓶も買い込んでいた筈だ。
だが、ココナツの味わいもまた確か、中々格別であったではなかったかとも思う。
毛玉たちが警戒しているのか、否か。大きく尻尾を振って威嚇するような仕草に、大丈夫だからとも目配せをしよう。
無事に届いているかどうかは分からない。ヤシの木に向かってゆく二匹と一匹とそれらを抱えたエルフの背を見る。

この場を任せる、ということなのか。それともまた、何だろうか。
言葉にし難い、表し難い他のナニカを求めての仕儀であろうか。

「! お前、何故それを知っている。
 まさか、“お告げ”とやらで分かったと云うんじゃァないだろうな?」

その何かはきっと、まずは自分の驚愕を呼び水に満たされるに違いない。
すっと取り出されたものは、鳥の羽だ。ただの鳥の羽ではない。海の色にも似た青色を湛えた虹色の羽である。
それを口に当てる姿は、それだけで一幅の絵になるよう。ただ、背の何かと埋もれた姿だけが形無しである。
底光りするような眼差しを紅みを帯びた双眸で見据えるも、潮騒に紛れて聞こえてくる声にすっと外す。虚空を振り仰ぐ。

「そして、そうだというなら――何を抱えて、ここに来た?」

その上で問う。ここで羽が手に入るなら、それでこの旅の目的は達成だろう。
だが、タダほど高いものはこの世にはないのである。何かを得るなら、何かを捨てるか為さなければならないのだから。

ご案内:「南方の島」からジギィさんが去りました。
影時 > 【次回継続にて】
ご案内:「南方の島」から影時さんが去りました。