2025/05/19 のログ
ご案内:「富裕地区/邸宅」に影時さんが現れました。
ご案内:「富裕地区/邸宅」に篝さんが現れました。
■篝 > 辺りが光に焼かれ白む中、精神で結われた細い糸が娘の身体に巻き付く。
手が、足が、胴が、首が、糸に絡めとられ自由を奪われていく……。
娘が自由を捨てて選んだのは最悪に備えて設置しておいた爆薬の起爆であった。
これは最後の手段であるため、指先さえ動けば遠隔で起爆出来るよう設計された特注品だ。
即座に起爆させず閃光弾を先に放ったのは、相手の眼を奪うこと、そして油断を誘うため。
彼方が躍起になって、刺客を逃がすまいと此方に力を注ぐなら、遠くの主人を咄嗟には守れまい。
娘の選択は、どれもこれも確実にシュレーゲル卿を殺害するための布石であった。
男に向けて双剣を抜いた時に、娘は生きて帰れるなどと言う甘い考えは捨てていた。
卿を始末したその後、己がどうなるかと言う不安も無かった。それで死んでも、死ぬより酷い目に合おうと、主人の命に逆らうよりはずっと良いと、自身を一つの捨て駒として冷静に判断していた。
叶うなら、この男を黄泉路の連れにと願うが、そう容易く殺せるほど相手も甘くはあるまい。
後の憂いは、せめて奴隷に落とされる前に死ねることだけを祈るばかりだ。
糸から伝う雷撃の予感を肌で感じ取りながら、白む世界で、片手で一つの印を組み、最後に指輪を親指で撫でるように擦れば、火打ちの魔石は小さな火花を上げた。
「――ッ、ゥッ……!」
糸を焼き襲い来る雷撃に身を焦がし、痺れに耐え、たたらを踏み、前屈みに崩れ落ちそうになる体を銀の刃で支えた。
以前のような無様な悲鳴はもう上げぬと、声を殺し、息を吐く。
「……カグツチノ加護願イ奉ル」
口にするのは火之神へ願いを捧げ力を乞う言の葉のみ。
それを合図に、まず兵の宿舎で爆発音が響き渡る。
空が赤く染まるより、悲鳴が上がるより早く、立て続けに大広間や客間で更なる轟音が響き渡り屋敷を揺らした。
そして最後に、二人が対峙する廊下の遥か彼方、屋敷の主人であり暗殺対象のシュレーゲル卿がいるであろう寝室へ焔は灯る。
――ドォォォーンッ!!!!
三度目の揺れと炎が屋敷を襲った。
忍と暗殺者の衝突で数枚割れていた廊下の窓が、とうとう全て爆風で砕け散り、爆炎と共に流れ込んだ煙が廊下を覆い、駆け抜け、窓の外へと流れていった。
■影時 > 依頼を受諾した後、邸宅内を一通り巡ったが――今のこの時刻に至るまで完全に、とは言い難い。
嫌がらせ的な襲撃は“昔”のように起こり得るという点については予見していたが、用意周到な仕掛けまでは後手に回る。
だが、この邸宅の主も実力行使すら影に生じる政争で、何の考えもなしに住まいを建ててはいない。
邸宅の外延部からの放火に備え、建材を燃え辛いものにしておくのは序の口。
場合によっては最後の砦ともなりうる寝所、執務室といった箇所なら、魔法技術を凝らした防護を凝らしておく。
その位は、今回の襲撃相手とて承知しているだろう。
屋敷を建てた職人たちにも、屋敷が落成した後の設計図等、図面と発注書の類は残さず回収し、処分を確認したほどの徹底ぶりだ。
だが、それでも。それでも、だ。経験を積んだ忍びというのは、入念な観察を経て破壊工作の手立てを勘案するものでもある。
この小柄の娘にそれ程のセンスがあり、学びを得る機会があったかどうかは、この場に臨む忍びにも分からない。
「……! 成る程、成程。
見境、無ェとくるか。やってくれる。下準備も含め、その才見事、と言っておこうか」
雷迅の術を氣糸を介して流す。対敵が頑丈、そもそも耐性がある場合を除き、凡そ通じる場面が多いだろう。
だが、耐える。堪える。気概の強さか、気位の高さか。否、それだけではないだろう。
冒険者同士の修練場の模擬仕合などであれば、最早片が付いたかもしれない状態だが、ここは違う。戦場だ。
聞き覚えのある言の葉、奉るコトバは符号か。仕込みを作動させる合図か。
遠く兵舎で火が上がり、次に大広間、次いで客間。爆音轟音が連続する距離と方角から、凡その目星をつける。
一番手近で生じる爆発と震動が、廊下の窓ガラスの悉くを吹き飛ばしてしまう。
風を生む。煙を孕み、吹き抜け、流れゆく。口元を襟巻で隠していなければ煙を吸い込んでいただろう。
城塞よろしく破壊工作を想定した造りでも、寝所が直ぐに焼けないとしても、時間がかかり過ぎるとまずい。
「あの爺さんは修羅場を幾つも踏んでるからなァ。事が済むまでは梃子でも動くまいよ。
……どうしても殺しに行きてェなら、俺だ。俺を殺してから、先に進むがいい。だが……」
――――殺せるかな?
そっと、睦言でも囁くように。最後の言葉は静謐に風に紛れる。
この分だと、邸宅の主は寝室で剣を片手に籠城でも決め込んでいよう。下手に飛び出されるよりは良いが、早々に問題を解決しなければまずい。
黒檀色の苦無――世界樹の苦無を中空に放り上げ、両手で印を組む。術を編み、氣を奔らせ、発動。
煙が渦巻き、ひとつふたつ。みっつよっつ。その数だけ姿が生じ、ぱしりと揃って苦無を引っ掴む姿がいつつ。
分身:分け身の術。術者と寸分たがわぬ姿を得物ごと投影させ、実体をも有した分身を生成する術法。
うち二人を寝室の方へ護衛がてら差し向け、残る三人で小柄な姿が見えた位置に向かい、進む。
煤けた壁から天井を蹴り、窓枠しか残らぬ窓を足掛かりに跳んで、そして正面。
頭上、窓側、正面。三方向から揃った動きで敵を廊下の壁際に寄せ、虜にせんとばかりに。
■篝 > 念には念を。最終手段として用いられる爆炎の技は、付け焼刃の毒薬とは一線を画する出来で。これは師である父から最後に学んだ術である。
大陸を渡り、いくつもの国を経て今ここに至る、代々受け継がれた相伝の技である。
いかに使い手が暗殺者として未熟であり、幼さを残した小娘であろうと、培われた技の歴史は増えはしても減りはしないことを証明して見せた結果となった。
――唯、だ。
その爆破の技術と知恵をもってしても、戦場を駆け、暗躍を退け、此処まで生き永らえた貴族を仕留められたかは定かでないのもまた事実。
籠城していてくれるならまだ良いが、隠し通路なんて裏技で逃げられては堪らない。
みしるしを頂戴するまでは、任務完遂とは言い切れない。
痛みは駆け抜け消えても、痺れは長く身体に停滞する。
ふらつく足を踏ん張り意地だけで支え、轟々と燃え盛る火を背負う男へ向けて顔を上げる。
賛辞に対する感謝を述べるべきか、場違いな逡巡も続く言葉を聞けばすぐに消えた。
挑発されている。
誘う声に大きな反応は示さず、ただ一言。
「……最初から、そのつもり。さっさと済ませる」
自分の命がある内は目の前の男を生かして逃げるつもりはない。丁度良く煙幕が巻き上がるとしても、だ。
この試合――死合をどう片付けるか、優先順位は変わらず卿の暗殺ではあるが、その妨げとなる最も強固な壁を如何にして越えるか、打ち抜くか、方法を迷っているだけ。
そう己に言い聞かせ、床に刺した白刃を抜き、姿勢を低く保ったまま次の一手を迎え撃たん。
希うは起爆の為だけにならず、その真価はまた別にある。
焔の加護を受け、娘の白い尾の先に鬼火が灯り、獣の耳の周囲にはパチ、パチッ――と、火花が上がる。
その姿は五徳猫が如く、巻物に描かれた怪異のそれを連想させるか。
赤く輝く双眸は闇夜なれどはっきりとものを映す。男が宙に投げた苦無を一瞬目で追い、僅かな衣擦れの音を拾いすぐに本人へ戻す。また、雷撃の術か、それとも別か。
そうして、煙の中より現れた男は五つに増えていた。娘は目を瞠り、警戒を強め小さく、浅く息を吐く。
「多勢に無勢、は、ない」
増えたとて関係ない。的が増えただけだ、と。
どういう原理かはわからぬが、手数が増え、役割分担などと言う舐めた真似をされては流石に尾が膨らむ。
能面のような顔とは違い、感情豊かに荒く揺れる尾は苛立ち、三方より此方へ迫る男へ向けて娘は火を吹いた。
文字通り、軽く息を吹くようにして、円を描き火炎を撒き、近寄ろうものなら容赦なく燃やし尽くしてやろうと。
■影時 > 爆炎を御する術技――火術、焔術等々、呼び方は色々ある。やり方も色々ある。
火薬を調合して駆使する方法から、符術や氣を用いる等、この国の魔術、魔法の類によく似た超常の技まで色々ある。
だが、どれが一番優れているということはない。
どれ程大層なものであっても、最終的に成すべきことを成せるかどうかだ。過程よりも結果こそが全てである。
腕の立つ忍者であった男から見て、此れが忍びの技であるならば、成る程。見事である。評価に値する。
――最終目標を成せたなら、より完璧に近いだろう。
その障害を阻む一手として、己が居る。この手管は見事ではあるが、大変大掛かり過ぎる。
人目を引く。下手人を捕まえられたとするなら、都市内でこのような火を使うことは重罪にも値しかねない。
戦国の世ならばいざしらず、今の情勢の王都でこの手を使うこと自体が、恐らく。
(切羽詰まって来た、と見るべきよな)
判断を誤った、気を急いたとも見るべきかもしれない。或いは窮したか。
仕込みが直ぐに露呈しない仕上がりであれば、もう少し時、タイミングを見計らって火の手を上げ、狙いを澄ませただろう。
この小柄な相手が死兵同然でもあるとも想定すべきだろう。帰れぬつもりで退路を断った恐れもあり得る。
そう考えるならば、出し惜しみはしていられない。下手に惜しめば、己にとっての為すべきを為せない。
「おお、怖い。そりゃ困る。……――俺にはまだまだやらなきゃならんことがあって、な。」
術使いの類として、炎の使い手であったか。鬼火が尾先に灯り、火花が上がる。
このような姿に覚えがある。知識がある。であるならば、見掛け倒しである、と軽んじるのは己が命を軽んじるのも同義。
気勢を整え、覆面代わりの襟巻の下で嗤いつつ、予兆よろしく娘の尾が揺れる有様を見逃さない。
小さな子分たちがやるように、獣の徴の代表格のような尾の動きとは、視界を広く持ちながら注意を向けるに値する。
まさに、そう。今。火が噴かれる。火の手が上がる。
冒険者の常として素材を厳選した装束だ。燃え辛く、強靭であるが過信して突っ込むのは無謀が過ぎる。
正面を行く本体がその様に腕を掲げ、顔を守る。踏鞴を踏む。だが、残る二体は分身である。それ即ち、捨て駒にも出来る。
「だが使える、手だから、よう。こう使う――氣爆!!」
頭上と窓側から来る二人の分身が組み付こうとする。が、それよりも真っ先に猫の炎がその全身を呑み込む。
氣が作ったかりそめのカラダだ。骨も残らぬが、それよりも前に燃えてやろう。爆ぜてやろう。
術者の号令に遵い、苦無を心臓に突き立て、分身がその存在を全て爆発力に転換してみせる。
さながら、死兵の自爆も同然。その爆圧は、至近の炸裂であれば先程の発破に用いられたものにも劣るまい。
■篝 > 忍と暗殺者。どちらが成すべきことを成せるか。
どちらが互いの飼い主にとって有用であるか。
術を見せ合い、牙を剥き合い、証明するにはそれしかない。
此方は徹頭徹尾、相手を屠るべく牙を剥いてきた。それがようやく相手にも伝わったか、に見えた。
だが、違った……か。
男は戦いの中でなおも軽口を叩き、余裕を崩さず対峙する。
それが娘には理解し難く、また不快であった。
「不愉快……」
戦を楽しむその性根、後悔する間も与えず燃え尽きろと思う程度に、不愉快であった。
覆い隠した下で愉しむ気配に、耳の傍で弾ける火花がより一層強く弾け、娘の燃えるような赤の瞳を怪しく輝かせる。
噴いた火炎は轟々と、辺りの火の手にも負けぬ業火を撒き散らす。
最初に退いた正面の一体を本体と見定め、其方へ向けて追立てようとした。が、――
「――っ!」
残りに二体。四本の腕は此方に迫ったまま、退くことなく、むしろ身を投げるように自ら炎の中へと突き進む。
多勢の正しい使い方を魅せ、男は分身に犠牲を命じる。
それを目にした少女は、大きく目を見開き一瞬動きを止めた。
嗚呼。これが、捨て駒の正しい使い方か。
そうして、一歩で遅れる形になったが、痺れる身体を無理矢理動かし、空いた正面へと転がり跳ぶ。
「……ッ、ん……ぐっ……うぅ……」
至近距離で自爆に巻き込まれたのだ。当然、無傷とはいかない。
身を縮め最小限の被害でと動いたが、守り切れず鼓膜をやられたようで、白い耳は血を滲ませ音を拾えず震える。
――分身が爆ぜる寸前、無表情を貫いていた少女の口角が微かに上がったのを見たものはいないだろう。
学びと気付きを与えてくれた敵へ返すべき言葉を考えながら、男は何処に行ったかと首を巡らせ姿を探す。
■影時 > 忍び、忍者、草、乱破、乱破――はたまた暗殺者、アサシン。
知らぬものがその在り方を知り、論じるならば近しいものとも見られがちだ。
殺しもやるが、それだけではない。諜報も破壊工作もやるが、それ一辺倒でもない。
だが、この王都で仮に忍びを名乗るものを雇い、利用するなら、殺しとその真逆の用途に使うだろうか。
雇用主に、一から十まで説明する必要はない。
己はどういうことができ、何を成せるか。そしてその説明を受けたものがどう使うか。最終的には其れが全てだ。
そして、忍びの技という一芸を修めたものは、多芸に振る舞える。
攻めるだけではない。その逆、迎撃にも用いることが出来る。その経験の多さが、余裕を生む。
「そうか? 俺は愉しいがね。
俺が知る流儀かそれに似たようなものかまでは知らぬが、他所の土地でできる若い奴と遇う。
……中々どうして、得難い機会じゃぁないか。此処で捨てるには惜しいもんだ」
若くして己が知る技と近しい、類似した流儀を扱う娘。
似たようなものの心当たりがあるが、違う方向性、毛色で遇うのは天命、運命とやらまで思うほどだ。
向こうの雇い主などの背景は気にならないでもないが、此処で無駄に死なせるには惜しむ気すら過る。
どの道、生かして捕まえなければ、情報を得る以前の問題でもある。
そんな猫を捕まえるには、どうしたものだろうか。彼我を比較し、己が持ちうる有利、アドバンテージを活用すべきだろう。
疲れるが、駆使する分身はそれに見合ったメリットがある。犠牲とするに辺り、躊躇いを持つ必要がない。
生じる煙や塵に紛れるように息を潜め、気配を滅する。
(………………)
測らずも立て続けの爆発、衝撃で窓ガラスの悉くが割れ、淡い月の光や遠くから差し込む火の手が、ぼんやりとこの場を照らす。
分身は術を解けば、術者の方に氣を引き戻せる。その分をまるまる爆圧に転化する手管は、氣の損失分だけ疲弊をもたらす。
同時に感覚のフィードバックも大きくも、メリットがある。捨て駒同然に近い遣り口は確実性を高められる。
しかし、それで完全に相手を制圧できた――と思うのは、早合点過ぎる。
二方向から接近し自爆せしめたとなれば、退路は前か後ろか。前ならば己のほうにずっと近くなる。
であるならば、
「……――全く。ここまで俺に使わせるとは、見どころがある。
無駄に殺すならいっそ己がものにしちまう方が、後に嘆かずに済みそうじゃねえか……なァ?」
すっと身を引き、足元にわざと。苦無を落としてみせつつ、感じる気配の背後へと回ってゆこう。
さくりと床に突き刺さる苦無の音は、囮。
背後から左手を胴の前に押し付け、引き寄せながら腰裏の雑嚢の中身を弄る。
取り出す瓶の蓋を親指で捻り開ければ、特に猫、もしくはその性質をもつものに異様な酩酊めいた錯覚を与える匂いが生じるに違いない。