2025/05/15 のログ
> 雷撃の音を聞きつけ、いずれは人が集まってくるだろう。
記憶している警備の配置から、異変に気付いた者が他の兵を集め隊を組み、此処へと辿り着く時間を考える。

……5分。

否、この屋敷の兵は士気だけは高い。3分強と言ったところか。
タイムリミットは近い。

主からは、『あの爺を殺せるなら最悪屋敷を全壊させても良い』と許しを得ている。
そうなった場合は、己ともども屋敷も皆まとめて爆薬で吹き飛ばす算段で、既に昼間、メイドとして働いている内に屋敷の主要な柱、主の部屋、兵の宿舎には爆薬を仕込み終えていた。
……あくまで、本当に最悪の場合だ。暗殺者も好き好んで死にたいわけではない。
要は、この男を早く仕留め、シュレーゲル卿にお茶――もしくは、刃を飲ませれば良い。
問題は、事前情報になかったこの男の実力がどれほどのものかと言うこと。

「答える義務はない」

問いには淡々明解に不解答を示す。
争い事に面白いと言う感性は理解し難く。

矛盾した斥力と引力を同時に持つ白黒の双剣は、呼び合うように引かれ合い、かと思えば弾き合う。
見た目も珍しく、そこいらに転がっているようなエモノではない。
以前の席で相手が尋ねていたならば、代々受け継がれてきたものだと正直に話していたかもしれない。

目の前にいる男が、いつものように二匹の小さき獣を共につけていたならば、娘も一目でその正体を看破できたが、残念ながら今日は不在である。

――最初に起きるは重力。次いで起きるが引力。最後に弾くは斥力。
重力で押し付けるように斬りつけ、前に出る黒い刃が白い刃を引きつけ、白い刃の反発する力で黒い刃が押し出される。
小柄であっても、それだけの助けを得れば熊でも大男でも斬り伏せられよう。

硝子と大理石の砕けた欠片が飛び散る。
致命傷を与える心算でいたが、刃を防ぐ腕を切り落とせないことに僅かな焦燥が心中に湧いた。
服の下からあらわになった鈍色に視線を向け、後ろに飛び退りながら、見る見る間に現れた異国の武具にパチリと瞬きをして一瞬動きが止まる。

この国にまれびとは多いが、その中で忍装束を纏う者はそう多くない。
娘は、最近見知った者にそんな風変わりな男がいたことを、そこでようやく思い出すのだった。

影時 > さて、此処で質問だ。闖入者、ないし間者、暗殺者の類を見つけたなら、先に何をするべきか。
色々あるだろう。その中で最悪の愚を端的に述べるとするなら、自分が倒して手柄を上げると息まくことに他なるまい。
そんな功名心を手慣れたものが悟らないわけがないだろう。
旨く引き込み、引き寄せて首を折るか急所を一突き等されて、物陰に押し込まれる死体に成り下がるがオチだ。

――この場合の平均的な対処、最適解と言えるのは、声を上げること、音を鳴らすことだ。

故にやおら、と。あちこちで気配が上がり出す、声が上がり出す。
自分が暗殺者を差配するなら、他に何が考えられるだろう。
このメイドのように女忍者、くのいちの類でも遣わすならば、もう一人位は動いていてもおかしくない。
かつて己を食客としていたご老体には、思考実験的な襲撃対策の際、そのように意見具申をした記憶がある。
その点を踏まえるなら、あまり時間をかけるのも良い対処ではない。愉しみたいというのに、悩ましい限りだ。

「然様か。では、お前さんのカラダに問うとしよう」

珍しいもの、印象的な道具を見れば記憶に残る。曰く伝承されてきたもの、であったろうか。
ここで二匹の毛玉たちを連れてきたなら反応も違っただろうが、仕方ない。
今頃ぐーすかと寝こけているものを、持ってくるわけにはいかない。それは飼い主兼親分としても駄目だろう。
相手の技は、流儀はその身に尋ねれば良い。言葉ではない。
身に沁みた所作こそが、きっと己への解となり、更なる問いの呼び水となろう。

「どーも、お嬢さん。……捕縛させてもらうとしよう、か……!」

忍装束に身を包んだ際、両腕を覆う手甲は羽織の下に隠れるが、まさにこういう時のための備えである。
外見を術で偽装する関係上、胴鎧までは着込めなかったが支障はない。
ばさりと広げた羽織に袖を通し、残る片眼鏡を外して。
そして入れ替えるように腰裏から引き出す長い襟巻を口元を隠すように包んでしまえば。
きっと、見覚えのある姿が出来上がるに違いない。胴鎧と腰の刀がなくとも、このようないでたちの者はこの王都にそうはいない。
略式ながらも手を合わせ、会釈しての挨拶を経て刹那。忍びと化した男が動く。
腰裏に手を伸ばし、雑嚢の裏の隠しに差し込まれた刃を――黒檀色の刃を持つ苦無を右手に引き抜く。
呼吸をもって練り上げた氣が刃を濃密に包みながら、そうと悟らせぬように隠形が利いた刃を構え、踏み込む。

詰まり。殺気のような意が籠ったようには見えない、何気ない腕振りめいた一振りが。
た、と履物まで変じたように生じる足音もまた、密やかに。メイドの胸元の高さを左から右に薙ぐ一閃が奔る。

> 辺りが騒がしくなるにつれて、頭の上の耳がパタパタと世話しなく跳ねるように動き音を拾う。
そして最後にまた正面を向いて。
無駄口を叩くのはよろしくない。時間もないし、情報も与えたくない。
口を閉ざせば、娘が声を出すことはもうなかった。

どういう仕組みか、魔術の類か、執事の装いは様変わりし、洒落たモノクルが取り除かれた顔は、やはり見覚えがあった。
が、また顔は襟巻に隠される。それもある意味で見覚えのある風貌ではあった。

「…………」

宣言通り、武器を手に捕縛へと動き出す男と対峙する。
エモノは長さからして打刀。リーチは此方の倍はあるか……。
以前の討伐で見た相手の動きを参考程度に思い出しながら、あの時の技は見事であったと――

――結論。
確実に殺さねばならない人間が一人増えた。それだけだ。
見事であったと今しがた心中で褒めた相手でも、殺ることは何も変わらない。

娘は著しく情に欠けていた。
少しでも人情を持っていたなら、こうもあっさりと釜の飯を共にした相手を斬る選択は出来ないはずだ。
だが、それは暗殺者にとっては素質とも言える長所であった。
機械のように、無感情に刃を振るい命を奪う。
情が無いが故に、娘の振るう武器には一切殺気が生まれない。
それが常識であると誤認しているが故に、目前に迫る心無き刃を獣の動体視力()で捉え、更に迫るものは無いかと視界全体で見定めながら、身を逸らし、しなやかな動作で右から迫る刃を既の所で躱す。

躱しきれる――……はずであった。
普段と今が異なるのは、娘の姿も同様であった。着慣れた黒装束であったなら躱せた刃だが、今日はメイドの――娘の姿をさらしていた。つまり、胸が平らに抑え整えられていなかった。

「む、ぅ……っ」

掠った刃がブラウスのボタンを一つ弾いて飛ばす。
娘は距離を開けようと、逸らした背のまま後ろへ倒れ、バク転を一、二、三と繰り返した。

影時 > 得物で相手を判別するのも良いやり方ではないが、十中八九――直近における既知であると。そう踏む。
何故にとは問うまい。よくあることだからだ。
冒険者としてというよりは前職、戦乱の世を駆け抜ける一人の忍びであった時に酸いも甘いも知らされた。
大名抱えの忍びが大名同士が組む際に共同することがあれば、その逆もあった。
この国においてもそうだろう。食い扶持を稼げずに山賊に鞍替えしたり、迷宮で同業者を襲う野盗に成り下がることもある。
今回もまた、似たようなことと訳知り顔で割り切るのは、ちょっと早いだろう。

羽織を媒介にし、見た目を装い、偽装する忍術を解きながら思考を巡らせる。
予め表裏の柄、色合いを変えた羽織を使うことで、昼夜や場所に応じた迷彩とする手管がある。この術はその遣り口の派生だ。
モノクルばかりは偽装の忍術の範疇とは出来なかったが、心得てさえいればこういう場所、仕事で便利である。

あとは武装だ。閉所で戦うは如何様にもあるが、長身の身で長さのある打刀を振り回すには聊か危うい。
故にこの時、この場合については、一番威力を出せうる打刀は雑嚢の中に仕舞っておく。
忍びたる男にとって、剣術剣技とは手段だ。どのような相手でも一番破壊力を見込める表道具と分類できる。
手段と手管の多さこそが、この忍びにとっての武器、強みである。故に今の瞬間では扱いやすい苦無を右手に執る。

「……」

ふむ、と。氣が宿った黒檀色の刃を躱すさまを認めつつ、思考を回す。回転させる。
成る程、その動き、何よりその心方は忍びめいている。暗殺者(あさしん)なるものは色々だが、此れは心の殺し方より欠落の方が色濃い。
よくよく馴染みのある感覚だ。昔は己もそうだったなァと内心で思い、苦笑を滲ませ得るほどに。
だが、刃が空ぶるだけで落胆も何もしない。手持ちの苦無の刃長は向こうの双剣にも同等であり、同じく軽く扱いやすい。
おまけに氣がよく通る。神経同然にまで氣が切先に充溢していれば、明瞭に刃が掠めた感覚も意識できるというもの。

「なァるほど。やはり下手に殺すワケもいかねェなあ――、と!」

右手の苦無をひき戻しつつ、構える左手で印を組み、ば!と五指を開いて伸ばす。
瞬間、五指それぞれの先端から光が迸り、伸びる。
直ぐに月光に紛れるそれは、氣を撚り合わせ紡いだ極細の半透明の糸に他ならない。
名付けて、氣鋼念糸の術。糸繰りの術における糸を氣から生成した半実体に置換した忍術。
術者の技と意に随い、中空を奔る糸は、何も対処が出来なければ首、右手首、左手首、胴、右足首に続けざまに絡み、動きを縛りにかかる。

> 忍ぶ術。殺す術。騙す術。
相手の行動から学ぶものは多く、もう少しリミットに猶予があったなら勉強したいところだが、リミット――足音――が本格的に迫ってくることに気付けば、そんな悠長なことも言っていられない。
ここが暗殺の現場でなく、ギルドの修練場であれば良かったのにと思うのは贅沢だ。

男の手に握られた苦無は年季を感じる代物であった。
目前まで迫る中で、丹念に磨かれた黒い刃に細かな傷の歴史を感じる。これを殺すには、どうすれば良いだろうか?それだけを考えていた。
逃げおおせ距離を開けたことに安堵したのも束の間、男は追い打ちをかけ術を組む。
瞬間、娘の中でいくつかの選択肢があげられる。

「…………」

この場合において、相手が取るだろう行動は二つ。
一つは此方を仕留める大技を繰り出すこと。
もう一つは、此方を捕縛し情報を吐かせること。
十中八九、相手が後者を選ぶことは、これまでの一貫した言動で明らかだった。

ここで、重要とするのは優先順位。
一番はシュレーゲル卿の殺害。
二番はこの男の殺害。

逃げることは許されない。今逃げたところで、この男に素性を知られている以上、いずれは捕まる。
この二つの使命を果たす方法は案外簡単である。
今日は、最悪の選択を主様は許してくれているのだから――

思考する時間は1秒に満たない。施行する時間はさらにその半分。
男が五本の光を伸ばすとほぼ同時だった。

娘は裾を両の刃で持ち上げお辞儀をする。
そこから――コロン。コロ。コロコロ……。コンッ。3つの竹筒が落ちて廊下を転がった。
スカートの中に隠し持っていたの苦無だけではない。爆薬だけと言うわけでもない。
次の瞬間、眩い閃光が弾け周囲を白く染め上げる。

体の自由が奪われようと、ほんの少し、一瞬の隙を作れるならばそれで良い。
次の布石に繋げるために自由は捨てる。
もし、閃光が男の眼を焼き隙を生じさせたなら、娘は右の武器を手放し手印を組む。手首は縛られようと、指先までは自由を奪われなかったことが幸いするか。

影時 > 心中に抱くものは、幾つかある。
捕縛しなければならない所以は情報収集、尋問の一環でもあるが、殺すには惜しいという心理の表れだと。そう自覚している。
此ればかりは聞かねば分からぬだろうとしても、所詮は手先でしかない者に情報を多く持たせるのは、如何なるリスクを持つか。
己ならば?自分ならば? そうしたディスカッション、思考実験の類は何度でも繰り返した。
常道、セオリー的に平均化できる思考とは先入観交じりであっても、凡そこう帰結するか。

尋問してもそうそう情報を得るものは出来ないだろう、とも。
おまけにミレー族だ。老貴族が熱心なミレー嫌いではないにしても、下手に手勢に下げ渡すとどうなるか。
女の捕虜をどうするのが良いのかを心得た“戦場の倣い”なら、往々にしてろくなことになるまい。

――であるなら、此れもまた同じく戦場の倣いだろう。功を立てるものにこそ、褒賞を下すべきである、と。
好きにやれとかの老人が宣ったなら、己もまた好きにやる。ただ、それだけのこと。

(! ……竹!?っ、てことは、だ……!)

糸の術に必殺自体を狙うことはない。
糸自体は極細の糸を繰っての切断より、登攀や移動、回収の用途であり、もう一つ意図がある。
ともあれ、糸が絡み付くならば少なくとも振り払うために、性質を理解して切り払うために行動を強いらせる。
だが、それには糸を張らせて力を籠めるのが少しばかり、足りなかったのだろう。遅かったのだろう。
メイドらしくカーテシーでもするような仕草とともに、ころころ、ころり。三つの竹筒に見えるものが転がる。
散々見慣れた形状のものが何を意味するかは、忍者ならばすぐに検討がつく。だいたいは、そう。
こんな風に、爆ぜる。至近での爆発を許すほどのものとなると、閃光、目くらまし。――だが。

「……甘ェ、な。甘い。今一度奔れ、雷迅――ッ!」

繰り返しになるが、糸の術に必殺自体を狙うことはない。その意図は次撃に対する準備である。
氣から撚り紡いだ半実体の術は、余分を含まないが故に氣を伝達するラインとして、最良の手立てとなる。
黒檀色の苦無を握る右手指がくねり、息吹を篭めることで再び掌に雷光を宿す。雷氣を行使する雷迅の術。
それを注ぐ苦無を半透明、半実体の氣糸に触れ、乗せるなら瞬間――直で電流が糸を燃えがらせながら、損失なく伝わるだろう。

雷氣の媒体となる糸が、チカラの伝播と引き換えに失せようが問題ない。
避雷針の要領で防御され、対処されるなら、躱しようがない状態で叩き込めばいい。

影時 > 【次回継続にて】
ご案内:「富裕地区/邸宅」からさんが去りました。
ご案内:「富裕地区/邸宅」から影時さんが去りました。