2025/05/14 のログ
ご案内:「富裕地区/邸宅」に影時さんが現れました。
■影時 > ――指名の依頼を受ける。
この字面を見た時、心躍るのか否か。答えは至極単純。者による。
この場合の者とは依頼人だ。それが持ち込む内容、用件、傾向。それらを纏めることで、心象が定まる。
今回の場合――少々面倒か。冒険者ギルド経由で配達された手紙を受け取り、開いた時にそう思ったものだ。
夜を迎えた王都の富裕地区。
手紙の受け取り主は依頼を以て招かれ、契約を取り交わし、富裕地区に構えられた大邸宅の廊下を行く。
その装いは普段着とする異邦のそれではなく、白いシャツに黒いベスト、皴なく糊の利いたズボン、革靴としか見えぬもの。
髪を梳いて整えて首裏で束ね、片眼鏡でも付けてみせれば邸宅付きの執事、腕利きの使用人らしく見えるだろう。
実際、出来ることは多い。知り得て、学び得たものが多いからだ。出来なければ“らしく”装えず。
そして装う以上にこなせるが故に諜報含め、戦乱の世で何でも屋ともされる。それが忍者というものだ。
「世話になった恩もあるし、こっちも色々頼み込む以上は断れねェが……と」
富裕地区に大邸宅を構える者の名は、シュレーゲル卿。没落に傾きながらも名門の気風と勢力を保つ老貴族だ。
王国の現状を憂い、国力を取り戻し、盛り返そうと欲する一派に属する彼はいくつかの動きを行っている。
以前から欠かさず続けているのは、腕の立つものを集め、手勢として登用することである。
勿論、誰でも良いわけではない。だが、眼鏡に適ったものならば余所者であっても声をかけることに躊躇いはない。
邸宅の廊下を進みつつ、嘯く男――余所者たる抜け忍は偶然とはいえ、声をかけられた一人だ。
タナール砦で為した魔将と単独で交戦し、撃退するという戦功から食客となり、遇される代わりに幾つかの仕事を為した。
変装したうえで邸宅の内外を巡り、警戒がてら注意を払うのもまたその内の仕事のひとつ。
貴族たちの小競り合いは時折、闇に隠れた戦い、ぶつかり合いにも発展する。
騎士として従軍、出征の経験を持つ老貴族の勘が、戦いの匂いを嗅ぎ取り、在野に伏せた駒の一つを喚ばせるに至った。
もっと強く、より心得を持ったものを盤上に引き上げ、さながら兵棋の女王よろしく使おうという魂胆とばかりに。
喚ばれた側としては駒と思われるのは癪だが、断る理由はない。酒も交わせば互いに利用し合うことも厭わない間柄だ。
「襲われそうだから呼んだ……取り敢えず、好きに遣れ、とは言うがよう?」
老人が嗤いつつも宣った言の葉を思い出し、ぼやきつつも注意を巡らす。
この邸宅の一角には、昔己が暫く住んでいた離れもある。勝手知ったものだ。違和感があれば否応なく気づけよう。
現状として気になるのは、一つ。敵の出方だ。
この邸宅を訪れるに辺り、子分たる毛玉二匹を予め信頼できる者に預けておけば、差し当たっての不安はない。
故に依頼人含め、当初の依頼の履行、達成に注力できるものだ。暗がりを馳せ、蠢くものを屋外に意識しつつ、月光が差し込む夜の廊下を行く。
ご案内:「富裕地区/邸宅」に篝さんが現れました。
■篝 > シュレーゲルの現当主は、歳を重ねたことで晩酌を止めた。
代わりに彼が口にするのは一杯のハーブティー。主治医からの勧めで始めたことであったが、半年も続ければその効果は絶大で、今はそれがなければ熟睡できないと言う。
時計の針が真上をさす頃、ワゴンを押して廊下を行く一人のメイドの姿があった。
カラカラと車輪の回る音と、コツコツと大理石を叩く靴音が続く……。
メイドの正体は一人の暗殺者であった。
主人の命に従い、シュレーゲル卿の命を刈り取るべく遣いに出され、こうして使用人に紛れ込み紅茶を運ぶ。
普通ならば、新米のメイドが一人で当主の寝室に訪れる機会などない。それも、一日の中で一番当主が大切にしていると言って良いほど重要なティータイムの供を任されることなど、あり得ないことだった。
偶然、担当のメイドがメイド長に呼び出されてしまったから。
偶然、頼める相手がそのメイドしかいなかったから。
偶然、その者が紅茶の扱いに慣れていたから。
ここまで偶然が重なれば、必然である。
頼ったメイドは、後になって首を捻ることになるだろう。
確かに顔を見たはずなのに、その相手の顔が思い出せない、と。
皆がその新米のメイドの存在を認知していながら、名前すら思い出せず、ミレー族の娘であったこと以外何も思い出せない。
奇妙な現象が起きる――
これは、その奇怪な現象が起きる少し前のことである。
「…………」
当主の部屋へ続く廊下を進む途中、新米メイドは向かいから来る使用人の男とすれ違う。
事前に調べた使用人の中にこの男の顔は無かった。
なら、最近召し抱えられたものだろうか……。
警戒は時に相手に伝染して敵愾心を抱かせる。
ここは歩む速さは乱さず、軽い会釈だけをして立ち去ろう。
■影時 > それを聞いた時、かの爺は暫く会わないうちに老いたか?と首をひねったものだ。。
己が生まれた頃かそれよりも前より長く続く戦乱期だった故郷では、小競り合いは直ぐにでも火の手を挙げたことだろう。
火種がくすぶっていればその分だけ、火に油をぶっかけたくらいに燃え上がる。
それは言い換えれば、直ぐにガス抜きが出来ることでもある。
心得ている者同士が戦いを企てるなら、虎視眈々と火を継ぎ、燃え上がらせる時を待ち続ける。
若い頃ならばまだ良い。老いたなら――そうもいかない。
老いてなお鈍せず。次に。その次に。更にその次にと、死んだ後すらも策を巡らせるなら。
まだ良かっただろう。だが、次に託せぬなら、託し辛いならば、そうもいかない。
日和り怖じる弱気になる。一言に言い換えれば鈍する。
医者の勧めで何よりも好む火酒を止めた、というのは、さて……鈍したのか。それとも。
「……誘いかねぇ」
貴族同士の抗争、戦いが武力を伴う際、色々と考える。誘いの手を考える。
例えば、弱みを装ってわざと情報を流し、その流言に乗ったものをおびき寄せて討つ位、当然の習わしではないだろうか。
本気で健康状態を心配しているのなら、酒をやめた、というのも根本的な解決というには何か足りない気がする。
まあ、これは己が酒飲みだからということも大きいだろうが。
取り敢えず、この場合の状況として思うことがある。定時の決まった習慣を持っているならば、注意すべきである。
腕利きの使用人、または執事のように見える男が、当主の居室がある区画の方まで歩き、巡回に移る。
その足取りに淀みないのは、まさに慣れたもの。多少は改築されていても食客をしていた時と変わらないのは、大変有り難い。
ポケットから取り出した懐中時計を一瞥し、時刻を確かめながら――ふと顔を上げれば、見える者がある。
「……――見てねェ顔だな。ちぃと止まってもらおうか?」
ワゴンを押して向かいの方向からやってくる、すれ違うメイドのように見える姿だ。
横目に一瞥し、足を止める。あのご老人、ミレーは毛嫌いしていなかったが――信頼を置けるもの以外を寝所に呼びはするまい。
であれば。であるとすれば、どうだろうか。
横目に向け遣る眼差しがふと。強く、光を帯びているように見えたのは気のせいではあるまい。見透かすように。
■篝 > 主人は言った。『何事もバランスが重要なのだ』と。
『左に天秤が傾けば、右の皿にも同等の荷を加えなければならない。
しかし、乗せらる荷がない時もある。
そんな時は――……増えた分を削ってやれば良い。これで、またバランスは保たれる』
国力の低下は、国単体で見れば憂うことだが、国内外の力関係を見た上で考えれば現状を維持することが“自身の得”である。
それが主人の出した結論であった。
国を、お家を盛り上げ立て直そうと考える今のシュレーゲル卿は、暗殺者の主人であるヴァリエール伯爵にとって邪魔者でしかない。
芽は早い内に摘むに越したことがない。動き出したばかりの今が刈り取る絶好の機。他を牽制することにも繋がる。
今の衰退と混乱こそ、暗躍に重きを置き、虎視眈々と百年を超えて根を張り巡らせてきたヴァリエール家が望んでいた時代なのだろう。
そう言った貴族たちの腹の探り合いを駒が理解する必要はない。
駒は道具だ。
主人の命を機械的に、従順にこなす、道具。
それだけで良い。
それ以外は求められていない――
男の声にピクリと耳を揺らし、緩慢な動作で足を止める。
「……はい」
メイドの姿に違和感はない。動作も、普通の娘のようにゆったりと、足音まで立てて歩いた。
何が男の疑心に引っ掛かったのか、原因は思いつかなかった。
まさか、シュレーゲルの当主がミレー族を嫌っているとは思いもせずに目の前の男を見上げる。
「紅茶が冷めてしまいますので、お早く願います」
■影時 > その論じようを聞くことがあれば、老貴族は鼻で嗤ってみせたことだろう。
否、最早それは既にあった、起こったことかもしれない。もしそうだとすれば、こう言ったことだろうか。
『若造が賢しげに言いたげな言の葉よなァ。
良いかねお若いの。……お前は我々がただただ肥えるばかりを良しとしたいのであろう?
我々が肥えるなら、それは民もまた同じように肥え、満ち足り、増えなければならん。
ただただ、減るばかりに増やさずに、力を戻さずにというのはお笑い種であろうよ』
――などと。
忍者も政治は幾つか言はあるが、タナール砦をはじめ各地で終わらぬ戦乱を見るがいい。乱れようを見るがいい。
悪戯に兵を減らし、減じ、そのしわ寄せを兵の源たる農民平民などに求めるのは、限度がある。兵は畑で採れるのではないのだ、と。
繰り返しになるが、仮にこのような論じ合いがあったのならば、それはそれはもう水面下の戦いの要因にもなるのだろう。
駒はただ、用を知れば良い。その先の深淵、深慮、深謀までは、知る必要もない。
だが、己は冒険者である。今は大商人の家庭教師もしている冒険者である。商いの基となる国が、しようもないことで滅びては困るものである。
知らぬ貴族に使われるなら、まだ、知己にして恩義のある老貴族に肩入れする方が面白い。
「ふむ。……あのご老体らしかねェな。来てもらおうか。
ご老体からの委任状も貰っている。否、とは言わせん」
そして、だ。人種差別云々までは強くなくとも、護衛を受けるに辺り、幾つか根掘り葉掘り聞いた事項と異なるのが気にかかる。
ミレー族のメイドに加え、ワゴン。それなり等の仕込みをするなら、凝らすなら己はどうするか。
火薬爆薬それに類するマジックアイテムの一つや二つ、仕込むのはこのご時世、当然のことのようにも思える。
では、最低でもまずはボディチェック位はすべきであろう。
それが出来る部屋まで引き連れるかどうするか、そう考えながら向こうの片手をひっつかみ連行――とでもしてみようか。
――ここで抗うか。それとも火の手が上がるか。同時にこの後の算段、或いは惨状も考えながら。
■篝 > 暗殺者もまた、貴族同士のにこやか――表面上はにこやかで円満な会合を、陰に潜み聞き耳を立てていた一人であった。
戦場で起きている散々な惨状を見て報告はしたが、主人は今の政が楽しくて仕方ないらしく、チェス盤を眺めるのに夢中で、民草の疲弊などどうでも良いようだった。
そんな人でなしの貴族でも、娘にとっては重要な主人だった。
娘は表向きには冒険者としての責を置いてはいるが、本業は暗殺業だ。
民草や見知った者が戦に嘆き、苦汁に顔をしかめようと、主人の命が何よりも優先される。
目の前の男が一度依頼を共にした冒険者であると気付いたとしても、いざとなれば手を掛けるのに躊躇は無いだろう。
幸いと言ってよいのか、まだ相手の正体に気付くに至っていない為ただの執事とメイドとして対峙しているが……。
来いと言う男の言葉に僅かに頭を傾ける。
「拒否します」
委任状など知らないとでも言うように、否を即答する。
「これ以上、時間に遅れれば旦那様に叱られてしまいます。
……私だけでなく、私に給仕を任せた他のメイドまで……罰を受けます」
そう言って目を耳を伏せ顔を逸らす姿に嘘は無かった。
確かに、メイドも己も罰を受ける。それぞれ違う主から、だが。
今回の暗殺には、紅茶に毒を仕込むと言う古典的な暗殺方法を用いていた。
毒と言っても跡が残らず、時間が経てば消えてしまう類のもので、それを口にした者も眠るように亡くなるため自然死と判断されることがほとんどだ。
だが、跡が残らないのは数時間先のことで、今ではない。
どうしようかと、ぼんやり考えている途中、此方へと延びてくる手を反射的に弾いていなす。
慣れた動作だが、普通の娘はこんなことはしない。できない。
言い逃れが難しいと判断してからの行動は早かった。
「――――、」
一呼吸するより早く、スカートの下に隠し持つ双剣へと手を伸ばした。
■影時 > そう、貴族同士の戦いは笑顔の下に刃を呑んでやるものだ。
最初から杯やらティーカップを投げる戦い?……あるかもしれないが、余程の異端、田舎者、変わり者か。
政が最終的にどのように転がるかは、神ならぬ忍者風情には分からないもの。抜け忍となれば尚更に。
この国が自分が死ぬまでは意外と長持ちするかもしれないし、明日にはふっと消えているかもしれない。
一々一喜一憂していながら、日々を生きていられない。
毛玉達の面倒をみていられないし、月を肴に酒を呑んでもいられない。
明日の糧には直ぐには困らぬ身ではあるが、少しでも蓄えを増やすつもりで、知己からの依頼を受けることだってまた然り。
「……ほう?」
さて、さてさて。面白いことになってきた。
返ってきた応えに片眼鏡の下からでも分かる位に、面白そうに両の眼を見開く。
続く言葉は御尤もではあるが、かのご老体はそこまで了見が狭い御仁ではない筈だ。
己が必要であると判断した検査故に、茶の時間に間に合わなかった。報酬は規定の筈だが、手間料を請求してくれても構わん、と。
叱りの場に同席し、そのように述べれば、任を請けるに辺り一筆記してもらった書面を持つものとして、酷いことにはなるまい。
にも拘らず、だ。このメイドの受け答えは随分と判断が早いではないか。
オマケに伸ばした手を払う。特段強い力を込めてるつもりではかったが、弾いていなす有様は、ただものではない。
「――……曲者、か!」
そう来る。そう来たか。仕込みを隠すに役立つ、基本ともいえるスカートの中に手を伸ばす姿に動く。
弾かれた手を引き戻し、ぱ、ぱ、ぱ、と指を組む。くねらせ、特定のシンボルを象るように五指を組み合わせ、氣を走らせる。
その一連の動きを若しかしたら、メイドを装った暗殺者の娘は見たかもしれない。
人間の親がこうした技を遣えたなら、それを辿るかのよう。練り上げた氣を奔らせ、呼び起こす力は、雷霆。いかずち。
廊下の床に手を突き込み、メイドの方に目掛けて放射状に紫電の疾走が解き放たれる。
反応できなければ雷の圧を受け、焦がすには足りずとも身を痺れされ、強張らせること請け合い。
同時に発動に伴い、スパーク音が生じる。
間近で落雷したにも似た音の圧は、夜の静寂を乱し、無言の敵襲を告げるのだ。
■篝 > 会合の席と、たった一日給仕として仕え遠巻きに見た時間程度で、シュレーゲル卿の人となりまでを理解することは叶わなかった。
実際に言葉を交わし、気に入られて招き入れられた相手の方が詳しいのは当然である。
せめて一月、調査する時間が与えられていればこうはならなかっただろう。
無論、その一月でシュレーゲル卿が力を蓄え、この屋敷の守りが更に強固なものに変わっていた可能性も否めないが。
「…………」
返る声を聞きながら、敵とみなされれば躊躇は無い。
窓から差し込む月明かりを反射させ、レッグホルスターより引き抜かれた獲物は銀と鐵の双剣。
そして――
此方が戦闘態勢に移行すると同時に、対峙する相手も印を組み上げる。
己の使う術とは異なる、異国の――忍の技だが、高められた氣が空気を震わせ伝播する直前に肌でそれを感じ取り、経験から得た予見で、スカートの裏に潜ませていた苦無を一本、左の白刃で引き抜く。
「――フッ!」
自身は宙に高く跳び、身を翻して苦無を迫りくる雷目掛け突き立てる。
大理石の床の僅かな隙間に突き立った苦無は、避雷針の要領で雷を留め青白い光を弾けさせた。
以前、警備に同様の術を使われ酷い目に合った経験が今に生きている。
伸びしろ。成長の見込みがある。そう評価された言葉を思い出しながら、ふわりと宙を舞い天井に足を付け。
「……、……ッ!」
音もなく、十字に構えた刃を顔の前に掲げ、重力を伴った電光石火の一撃を相手に見舞おう。
■影時 > かのご老人が己が暇乞いを経て離れたのち、如何なる手勢、手駒を編み上げ、引き入れたか。
そこまでの仔細は問うていない。調べれば容易い、否、素直に聞けば答えてくれるにしても、一先ず思うこともある。
外の守りを固められる、満足いくものを揃えられたとして。
その逆、間者や暗殺者を繰り出すような、後ろ暗い戦い方について、一抹の不安が拭えない状態だと。
老いてもまだ盛んとして、いつまで戦いの匂いを嗅ぎ取る第六感が続くとは限らない。
――故にせめて、せめて。
子や孫が長じ、育ち、覇気を以って家を保ち、命脈を続けるように努めたいといったところか。
国を直し、立て直すにあたり、1年や2年の計画、スパンでは足りぬ。先の先、その先を見通さなければならぬと。
そのためには、時に己自身が囮になるのも厭わぬ。弱みを見せて喰い付く魚が入るなら、それを手頃な駒を宛がい、釣り上げて仕留めると。
「……――ク、はっ。」
スカートの下から引き抜かれ、示される得物は双つ。銀と鐵のやいば。
見覚えがないとは、いうまい。その使い手にとってもまたきっとそうではないだろうか。
一度、そう一度。魔物を仕留め、報酬を分け合うシゴトをこなした際、その際の仕事の際にも、振るわれたものではないだろうか。
口の端を捩じり釣り上げ、嗤う。その刃がどこにでもあるものとするなら、こうは思うまい。
そして何より、今繰り出した雷の忍術――雷氣を駆する“雷迅の術”に対し、的確な対処を高じては見せないだろう。
その要が引き抜かれた苦無だ。それがまさに、避雷針の役割を成し、想定される被害を食い止めるのである。
「面白れェ。面白いことは、大変いいことだ。その技、その動き、そのエモノ――何処で見知った?」
返しの技もまた見事。飛び上がった動きは其れだけでは終わらない。間合いを取る?いやいや、何を甘っちょろい。
見事な動きで天井に足を付け、加速を得て重力を伴いつつ、一撃を見舞う。
そのぶつかり合いに、轟音。床の大理石がひび割れ、曇りなき窓のガラスが震え、場所によっては砕けてみせる。
だが、それでは終わらない。男もまた、振りかざした両腕を十字に組み合わせ、刃を防ぐ。
落下の勢いがあれば、メイドが小柄であろうとも、刃の切れ味で骨ごと腕が落ちていよう――否。
衝撃に千々に袖が吹き飛んだ下より現れるのは、鈍色。鈍色に染まった奇妙な素材で作られた手甲が刃を防ぐ。
ふン!と男が気張り、身を屈伸させて刃を押し込む相手を吹き飛ばしてゆきながら、手を動かす。
襟元を掴み、引きちぎるような所作を行って見せれば、おお。
さながら、表皮が剥がれるが如く、装いが剥げて、その下に隠れていたものが見えてくる。
――黒色基調の忍装束。そして、両腕を守る鈍色の手甲。
剥がれた表皮はふっと羽織の形状へと変じ、裏返せば、否、表地に戻せばくすんだ柿渋色へと変じる。
整えた髪をくしゃくしゃと乱してしまえば、此れで普段通りだ。