2025/05/12 のログ
■篝 > ――お医者様曰く。
『これまた、綺麗に折れてるね。何したの?
え? 転んだ? どんな転び方したら、こんなパキッと鎖骨が折れるんだい?
いやいや、最低でも二日は安静にしなさい。魔法で一応くっついてるけどね、脆いの。わかるかな?
転んで骨折るんだから、家から出るのも止めたいくらいだよ。おうちの手伝いもほどほどに、重いものを持つのも禁止だからね?
……先生の話、聞いてるかい? おーい?』
とのことで。
屋敷へ戻る道中、ぼんやりと空を眺め、俯けば嘆息を零した。
怪我人の自覚がないからと、半ば無理矢理つけられた右腕の白い三角巾がやけに大げさに見えた。
「……暇を、与えられてしまいました」
少女が主人に言い渡された休暇はたった二日だが、それでも長すぎると感じる。
急に自由な時間など与えられても何をして良いのかもわからない。
■篝 > 何か、仕事に関することをしていないと落ち着かない。
こう言うのを強迫観念と言うのだろう。
安静を言い渡されてしまった今の状態で出来ることは限られる。
普段立ち入れないような、街娘が好んで通うような場所で情報収集でもするか、仕事に使えそうな変装用の服でも見繕うか。
幸いなことに、妙な金貸しの施しで治療費が浮いたおかげで、財布には少し余裕がある。
「…………」
目を伏せ、あの同族から受けた施しと、受けた痛み、両方を今一度思い返して――
再び瞼を開く。
麦わら帽の鍔の隙間から漏れる日差しが煌めいて、緋色の瞳は青空を映した。
受けた情けと施し。そして、客観的な評価。
それらを無駄にしないようにしようと、しかと頷き、財布の口を堅くする。
無駄遣いはしないように気を付ける。
金貸しからもらった金は、普段手にする硬貨より何倍も重い気がした……。
■篝 > そして、少し……。本当に、少しだけ、何故か気分が高揚していた。
スカートの中に隠した尾が無意識にゆらりと一度八の字を描く程度だが、高揚を自覚するにはそれだけで十分だった。
少女はバッグから小瓶を取り出し、瓶を振ってコロンと転がり出た丸薬を掌に載せる。
小粒な葡萄の粒程度の小さなそれを噛んで飲み込む。
「ん……」
丸薬から滲み出る独特の薬草臭さも、慣れれば不快ではない。
噛んで飲めば持続性が落ちる代わりに即効性が強くなる。
少しの浮つきも一瞬で平坦に均されて、尾も、心も凪に戻る。
薬師からは、『コレも中毒性が低いと言っても薬である以上限度がある。用法容量は守って――』と、そこから先はよく聞いていなかったので思い出せなかったが、口煩く言われたと記憶していた。
お医者様や薬師と言う人種は、どうしてああも小言が多いのだろうか。
皆、その仕事に就くとそうなって行くのだろうか……。
謎だ。
「……ん、邪魔」
いつも通りの機械染みた無表情で、猫がエリザベスカラーを嫌がるように、少女は戒めとして付けられていた三角巾を迷いなくほどいた。
どんなに毛並みを整えられても、所詮は元野良猫。主人の命令以外は素直に聞くはずがないのだった。
ご案内:「王都マグメール 平民地区」から篝さんが去りました。