2025/05/02 のログ
■篝 > 心温まる男と小動物のハートフルライフな時間を叩き壊したのは、年若い冒険者たちのイザコザであった。
派手な音を立ててひっくり返る机と剣士が一人。その後方、二歩斜め左で佇む小柄と、更にその遥か後方で、顔を青くしながらあわあわと慌てる魔法使いと言う図。
酒瓶片手、さらに小動物を引っ付かせてトラブルの原因をそれぞれ一瞥する影時の姿は、ちょっとばかし機嫌が悪そうに見えた。
まぁ、当然か。事故に巻き込まれた被害者なのだし。
「……私は、悪くないです。無関係なので」
いけしゃあしゃあと、小柄は軽く両手を胸の高さまで上げて首を横に振った。
それを見た剣士は、怒気のこもった唸り声をあげ上体を起こし、勢いに任せて文句を言おうとしたが、目の前で揺れる刀に怯み、声は尻すぼみになっていく。
若人の中で一番話ができそうな魔法使いが現場に駆け寄り、大慌てで剣士を引きずるように立ち上がらせ、何度もペコペコと大げさに頭を下げた。
魔法使いが言うには、剣士と小柄がほぼ同時にギルド受付の前に立ち、どちらが先かで揉めたことが事の始まりであったらしい。
何とも些細なきっかけだが、互いに機嫌が悪かったのかどちらも譲らず、最終的に魔法使いが剣士を宥める隙に、小柄が手続きを通してしまったそうだ。
魔法使いに促され、剣士も渋々と言った感じではあったが、影時へと頭を下げるのだった。
相手はどう見ても年上で手練れ。このまま許してもらえなければ命が危ないと、魔法使いは気が気でない。影時の許しが出るなら、二人はすぐにでもその場を逃げ出すことだろう。
……小柄はと言うと、その様子を一歩引いたところで、ただぼんやりと眺めていた。
本当に心の底から、自分に原因は無いと思っているようだ。
■影時 > 男が子分と呼ぶ毛玉めいた小動物はただの毛玉ではない。
死地を好む飼い主に連れられ、危険地帯の空気を吸って場数を体験した毛玉である。寝ぼけ眼でも咄嗟に動いた一匹がその証拠だ。
人参スティックの切れ端を咥え、男の羽織に引っ付いたモモンガには相方が居る。
尻尾をぶわわと膨らませた、相方とおそろいの白い法被を茶黒の毛並みの上に着込んだシマリスである。
二匹で共に羽織を攀じ登って、肩上にお座りすれば二匹二様に食べかけを食べたり、きょときょとと周囲を見回す。
「喧嘩もこういう場じゃ珍しく無ぇが、よう。……でー。なんだ。何だって?」
卓の上に置いた品で一番高価だった酒瓶とその中身が無事だった分マシだが、他が台無しだ。
要因たる剣士とその連れらしい魔法使いと、さて、もう一人は、どうか。慌てる姿とは対照的に佇む小柄に首を傾げる。
いけしゃあしゃあと宣われるコトバと仕草に目を細めつつ、身を起こす姿に視線を落とす。
腰の刀も珍しい品ではあるが、大層なものとなると、きっとさらに珍しい。それを己がものするものもまた然り。
声をすぼませる剣士に落ち着け、と酒瓶の底で軽く頭を叩きつつ、一先ずは話を聞こう。
聞いて浮かぶのは、思いっきり「しょうもねぇ……」と言わんばかりの呆れた面持ちだ。
「……――あぁ、大体分かった分かった。
呆れて弁償させる気も沸かねェや。行っていいぞ。……あぁ、お前さんは、と。ちと持ってくれ」
ぐだぐだと云っても仕方がない。手をひらひらとさせ、二人を放免としよう。
小柄な方については、どうしようか。微かな興味を抱きつつ手招きし、ぐいと手持ちの酒瓶を押し付けよう。
そうして騒ぎに片付けと掃除に遣ってくるウェイトレスに散乱したものの対処を任せ、ひっくり返った卓を起こす。
椅子も卓も元通りになれば、座れ、と目配せでもしようか。
■篝 > 絶景かな、絶景かな。とでも言いそうな、男の肩より見回す二匹の獣。
リスとモモンガとは、また愛くるしい獣の組み合わせである。
一見だけでは、踏んだ場数も、越えた死地もわからないが、二匹がすばしっこいことと、食い意地があることだけは誰の目にも分かった。
男が羽織る上着と同じ白い法被の小動物をストールで覆い隠した猫目がジッと見据えていた。
剣士の頭を叩いた顔に呆れの色が見えれば、同意するように魔法使いと小柄が頷き、剣士は悔しそうに歯を食いしばる。
料理の弁償なんて言われたら今日の稼ぎが全部消えてしまうと、内心焦燥に駆られていた魔法使いは、ほっと大仰に息を吐き、最後にもう一度剣士の頭を押さえて一緒に下げさせながら、そそくさと逃げるように酒場を出ていくのだった。
何食わぬ顔で、その後に続こうとしていた小柄だったが……。
呼び止められればピタリと足を止め、肩越しに振り返る。
「……どうして、私だけ?」
二人のことは見逃したと言うのに。悪いことしてないって言ったのに。
そういう文句が込められた疑問符だった。
ささっと手早く片付けられる床に散らばった料理を、チラチラと気にして目で追いながら、
「もったいない……」
誰のせいでと言われそうな事を口にしつつ、押し付けられた酒瓶を言われるまま手に持ち、仕方なく席に着く。
いったい何用だと言うのか。まさか、一人だけ謝らなかったから、料理の代金を支払えとでも言われるのか。
今は、財布の中身がそれほど肥えていないのだが。
■影時 > 毛玉達は上背のある飼い主、若しくは親分の頭上や肩上を定位置にしている。
おそろいの白い法被は、中々会うこともないが彼らの同族と遭遇した際に見分けをつけるためである。
彼らには色々と苦労させられるが、同時にちょっとばかり恩恵もある。
特に女子供を相手にする際、彼ら二匹が居たら和ませ役になる。
可愛さばかりは、如何な腕利きでもマネできるものではない。……そう、彼らにも真似は出来るまい。
(……根こそぎしてやっても良かったが、な?)
彼ら二匹と同じような愛嬌の類までは、年若いといっても求めようが恐らくないだろう。
求めるとすれば、残り一人の小柄な方だろう。
魔法使いは兎も角、剣士は珍しいものではあまりない。だが、何故だろうか。小柄な方に奇妙に引っ掛かりを覚える。
「なぁに、ちぃとな。ちぃと気になったもんでな。
……少し付き合ってくれや。恐らくだがシゴト、欲しかったんじゃァないかね?」
顔を隠している点もそうだが、細かな所作が気にかかる。見慣れたような動きが垣間見えるような気がしてならない。
だが、決して悪いことばかりではないぞ?と。そう述べつつ、汚れ、物によっては油に塗れた依頼書たちを拾い。
酒瓶を持っていてくれた姿が座すのを見れば、己も座して片手を挙げる。
取り敢えずは水と、新たな野菜と肉。酒杯を持ってくるよう頼みつつ、肩上から卓上に降りる二匹と小柄な相手を見遣ろう。
■篝 > さっさと逃げた二人のことを狡いと恨むべきか、それとも、これも袖触れ合うもと考えるべきか。
そんな戯言を思いながら、あっという間に片付けられ奇麗になった机の上に酒瓶を乗せ、てってと机に降り立つ二匹を見やる。
愛くるしい毛玉達を見る赤眼は細められ、ついつい気を抜くと瞳孔が徐々に開きそうになってしまう。鼠やリスの類を見ると、どうも狩猟本能をくすぐられて仕方ない……。
それを自覚してか、強く瞼を閉じ、拾い上げられた依頼書の方へと目を向けるのだった。
「仕事は欲しいです。少し、手持ちが心もとないので」
返事は簡潔ではっきりとしていた。その真意は、金だけと言うわけでもない。
ただでさえ、今日はアサシンとしての仕事も中途半端になってしまい、フラストレーションも溜まっているのだ。
新たな料理を頼むのを横で聞きながら、小柄も店員に串焼きを数本頼みつつ、途中になってしまった話を戻して。
「……仕事の内容とは?」
早速、本題へと切り込む。
■影時 > 死地に遭い、好機を見出して逃げるのも一つの才覚だろう。
その点、否定はしない。このまま幸運が続くならば生きるかもしれないし、不慮の事故で死ぬかもしれない。
機を逃さないセンスが磨けることだけを、先達であろう者として祈っておこう。
問題はこの赤眼の御仁である。気にかかることがいくつかある。
……親分が感じた、気になった所を二匹もまた、なんとなしに感じてるかもしれない。
何か狩られそうな悪寒、もしくは予感、とも言うのか。
卓上で背伸びし、顔を洗うような仕草を見せる二匹が細められる眼差しに尻尾をぴん、と立てる。
威嚇するように振り回さないのは、向こうが見せる自制めいた自覚のような所作のお陰だろう。
「良い食いつきだなァ。見込んてみた甲斐がありそうだ。
……例えば、これだな。この時期に湧いてくる手合いなンだが、極力痛めつけずに狩らなきゃなんなくてな」
そして、簡潔で。すぱっと速やかな物言いに、イイねぇと目尻を下げて笑おう。
串焼きを頼む様に己含め二人前を頼みつつ、先に持って来られる新たな酒杯を受け取ろう。
店員が気を利かせたのか、二つ。
その一つを小柄な方に押しやりつつ、呑むか?と聞きながら、今手元にある依頼書の中身を語る。
森林地帯に出てくる、熊に似た大柄の魔獣だ。背に奇妙な茸を背負ったそれは一種の共生関係を持つ。
熊らしく色々な素材に使え、特に茸部分については如何わしいのも含め、色々な用途に使える。
冬眠明けとなれば、その薬効は凝縮されたが如く高まっている――のだという。
栄養のほとんどを茸に吸われたような熊はこの時期気が立っているが、心得ているものならば討つのは難しくない。
ただ、その「心得ているもの」がそう多くない。気配を隠し、隙をついて殺せるような技能者とは巷に転がっているとは限らない。
■篝 > 相手と、その子分達の勘がどの程度優れているやら。
認識阻害の魔術は常日頃から、それこそ四六時中掛けたままにしているので、小柄にも自信があった。
とは言え、気を抜いて本能を垣間見せそうになるくらいには、目の前の二匹は魅力的であったのもまた事実。
自制できたのは、二匹が警戒して尾を立てたお陰でもあったとか。
「痛めず……傷めずに、狩る。ですか」
此方の返事に気をよくするのを横目で見ながら、半ば押し付けられた杯を手に首を傾ぐ。
更に詳しく依頼の内容を聞けば、なるほどと合点し首肯した。
熊の毛皮に、爪に、牙に、肉に、珍しい茸。確かに、それなら傷を極力つけたくないのも理解できる。
「……狩りは得意な部類です。報酬は、幾らでしょうか?」
断る理由も特になく。
あえて、問題点を上げるなら、この仕事を持ちかけた相手の真意が何かと言うところだけだった。
相手は比較的練度の高い冒険者と見受けられる。わざわざ、仲間を連れて取り分が減るような事をする理由が見当たらない。
それも、初対面の小柄を誘うのだ。料理を台無しにした分、ほとんどただ働きで仕事を手伝えと言う腹積もりか……。
小柄は疑り深く、腹の底を探るように視線を投げかけるのだった。
酒は、勧められれば断らずにいただくことだろう。
ギルドに併設されたこの酒場で出されるものは、基本的に安全性と信頼が高いことは周知の事実。
ここの料理や酒は、小柄が安心して口にできる数少ない物の一つであった。
■影時 > 飼い主と子分たちの勘は、それぞれ得意分野が異なる。
戦いの勘が前者なら、子分たちは勿論、動物的な直感にこそ長ける。そして他者の感情の匂いに敏感である。
飼い主と子分な毛玉達のそれぞれで、今声をかける相手の何かを察している。
毛玉達はそれをちょっとした危険、という形で察したらしい。
顔を洗い、尻尾を立てる二匹が顔を見合わせ、……どうよ?――危ない?危ない?と言わんばかりに首を傾げ。
「依頼主のご意向としては、原形を可能な限り留めたままで手に入れたいンだろうよ。
……今回の狩りのエモノに限らず、魔獣は大体どれもこれもが利用価値が高いからなぁ」
魔獣狩りは冒険者として珍しくないが、今回の仕事は脅威度として、初心者には斡旋されない類のものだ。
獣が脅威たるが証明としての要素もそうだが、依頼主から求められる要件が厄介だ。
一つ考えれば、得心できなくもない。
強力な魔物には魔法で仕留めれば――というような短絡さは、得られる素材の悉くを駄目にしてしまいかねない。
「満額で10万ゴルド、だ。
だが、此れを俺が請けるに辺り、ギルドから縛りをかけられててなァ。誰かを連れなけりゃ請けられんのよ。
どうせ連れるなら、腕が立つ奴の方がいい。お前さんなら、きっと見込みがありそうだと思ったのさ」
――報酬は折半だ。言葉の最後に、しっかりと言い足す。
言質を取る云々以前に重要なことだ。ただ働きをさせるつもりもない。
互いに遣るべきことを遣ることが必要だが、己の目が確かなら、見込みがある。そう予感した。
請けるか請けないか。それを探るように、反応を愉しむように問いながら酒を注ぎ、応えを待とう。
了承したならば、前祝よろしく酒を呑もうではないか。そのあとは――また、別のハナシで。
■篝 > 情報、条件、真意。
全てを聞き終え、男とその子分である二匹を見据え、小柄はしかと頷いた。
また、答える声は先と同様、簡潔に。
「――……承知いたしました。その条件で、承ります」
抑揚のない静かな声で言うのだった。
戦を前に飲み交わす酒は、さぞやうまい物であっただろう――。
ご案内:「王都マグメール 平民地区/酒場」から篝さんが去りました。
ご案内:「王都マグメール 平民地区/酒場」から影時さんが去りました。