2024/07/12 のログ
ご案内:「山窟寺院跡」に影時さんが現れました。
ご案内:「山窟寺院跡」にフィリさんが現れました。
■影時 > 「んだな。必須なのには間違いねぇが、食ってのは中々どうして難しいものでもあってだな。
俺はまだ良いが、特定のものしか受け付けない、糧に出来ない……なんて奴らも世の中意外と多くてな?
そんな奴が旅先で飢えるとなったら目も当てられん。とまぁ、その上でも旅の準備は入念に、ぬかりなく、だ。
――おっと、悪い。俺の勘定が誤ったか。二人だ。お前さんとラファルとな。
無論だ。酒場で必ず酒を呑まねば帰れン、なんぞみてぇな掟があって溜まるかね」
食事は生きるに必須であり、そこに楽しみを見出すことも多い。だが、一方で諸事情で食材が限定されるケースは多い。
体質や病といった理由ばかりではなく、信教の問題という例も旅先で見かけたか。兎に角一概に言い難い。
いつぞやのダイラスでの買い出しのことを思い出す。色々と豊富に揃えられ、選択の余地があることはいいことだ。
が、その真逆が在り得るのが旅先である。此れしか食べられないというものが手に入らない――という事例もまた然り。
ゲテ物食いは兎も角として、常識的な範囲で好き嫌いなく食べられるのなら、きっと幸せだ。
そのうえで、大量かつ新鮮に食材を保持できる手段を使えるのは、恵まれていると誹りを受けかねない。
一方で収納手段が封じられた際のリスクも、考えるべきでもある。旅先に着いたら、先に水と食の確認を怠れない。
――食材的に気を配らないといけないのは、人間ばかりではない。意外とおしゃれ好きな二匹の毛玉たちもである。
雑食性であっても、人間と同じ味付けが出来るわけではない。故に飼い主としても気を配らざるを得ない。
そんな飼い主の気配りを知ってか知らずか、お気楽な二匹と顔を見合わせる。新しい服?服?とチラ見してくる。二度も三度も。
流石に合う服は知己の裁縫師でも難しいのではないか。そう思いつつ、続く少女の言葉に眉を動かす。
自分が漫談やら何やらを遣った時のギャラリーは、思い当たる一人だけであるはずがあるまい。
想定される一人である少女を酒場に連れて行ったら、どうなることやら。一先ず酒精の類は避ける。大人のお約束だ。
「……うーむ。何処まで“ぐれぇど”というものを下げるか、にもよるかねェ。
取り敢えず、俺として重んじたいのは体験だ。言葉として聞き、文字として読むばかりじゃ分からねぇこともあると思っている。
小鬼由来の被害の例を纏めて読ませンのもなぁ……いや、これは止めておくか。
酒が不味くなる話が多いのも、小鬼の厄介さといってもいい。まるで人間のよう――という感想を述べてた奴も居たかね」
一番間違いないのは初心者同士でパーティを編成し、出来る限り難度の低い遺構の探査に行くことだろう。
粗方盗り尽くされた遺跡や迷宮で想定されるのは、巡回の隙を突いて棲み付いた魔物の退治、掃討。
だが、それを強いることは出来ない。本人の気質もそうだが、何より万一が生じた際の対処に後れを生じてしまう。
過保護ではない。此れは親から信任された子を預かっている身として、当然考えなければならないリスク対策の一環だ。
それならばまだ温くなろうとも、単独行に素人を随伴させるやり方がまだ見ていられる分だけ、手を届かせやすいというもの。
同時に、無理をさせてはいけない――というのは、これまでの訓練から見ても鑑みないといけけない。
故に例え温くとも積み上げるように手堅く、場数を踏むのが少女の成長を促すには良いと。そう思う。
足りない要素は、座学に頼るのも間違いない。少なくとも文字を眼で追うことに忌避がないなら、信頼できる書を示せば良い。
冒険者ギルドからその手の記録を閲覧、筆写して要約したものを渡す、でもいいだろう。
被害の記録は時に生の声よりも生々しい。一体あたりの戦闘力は弱くとも、群れを成した悪辣さは人間のそれにも劣らない。
「ああ、知ってる。こンだけ身近でやってンだから、俺がそれを知らぬと抜かすのは道理にも合わねえわな。
竜の国――なんてものがありゃ、また話は別だったんだろうがね。
昔日の名残に思いを馳せるしかないとはいえ、フィリ。お前さんらがちゃんと共存してるのは理解ってくれるだろうよ」
如何にしてこの地は失われたか。どうなったか。それはもう名残からしか伺い知れない。
だが、それでもああであった、こうであった、と思えるものはある。主観交じりでも人と竜の関係は穏やかなものであったろう、ということだ。
此処と今雇われ、世話になっている家が同じか――までは知れない。が、性的なあれこれは抜きとして、人類に仇為す類のものではあるまい。
そう思いつつ、回廊の奥にある窟の様相を確かめる。最終的な戦場として此処が相成ったのだろう。
焼け付いた痕に名残。よくよく注視すれば、揃った爪が引っかいて生じた壁の傷、尾打による窪みや亀裂等々。
見える悉くは、竜の日常による傷と考えるには剣呑で、余計に切羽詰まった生々しさすら覚えるほど。
「ははは、そうだろうそうだろう。
カラクリ仕掛けよりも術由来の奴の方が、なまじ残り易い気がすンだよなあ。いや、場所にもよるか」
故郷のあれこれを思えば、自分はカラクリ仕掛けの方が多少はなじみ深い。だが、この手の仕掛けは場所にもよる。
迷宮や遺跡の設計者、成立の時代など――あるのだろう、きっと、恐らく。そう思いながら分身を解く。三つあった姿がひとつに収束する。
少女が読む小説に冒険物があるのなら、こんなくだりは無いだろうか。行く手を塞ぐ扉を開けるために特定の置き物が必要、とか何とか。
竜とて、寝床はちゃんと閉まる方が良かったのかもしれない。だが、此れは、この場合の仕掛けはむしろ――。
■NPC > 封印、否、復活のための寝所を塞ぐためのものか。其れとも。或いは。
かくして開かれた壁を扉とし、その奥に見えてくる情景とは――かつては寝床ではあったのだろう。
だが、今はもはや墓所としての側面も持つ。その奥に鎮座する巨大な骨格は少女の血統であれば、間違えようもあるまい。
竜のそれだ。だが、それと共にあるものは何だろう。人には違いない。けれどもヒトではないだろう。
――忍びの男の腰に在る刀が、震える。カタカタと身じろぐ。
屠龍の刃が震えるのは何故か。そこに正しからざる竜があるが故に、戦慄くのだ。
『おお、……初めて聞く、名だ。
だが、おお、感じる。フィリ、といったか。匂うぞ。温かな。竜の、血だ。』
低く呻くように、区切るように紡がれるコトバと共に、痩躯が少女と随伴する一人と二匹たちを見る。
起き上がった死者が生者を羨むような眼をするとすれば、まさにこんな目だろうか。
「かつて来たりし神の使いを名乗るものに我れらが地は襲われ、猛き風もまた討たれながらも使いを払った。
我れもまた死に瀕し、猛き風の血肉を喰らった。
我ら、は、竜と共に在りし、竜を尊び、己を高め、やがては竜の如く在らん――と願いしもの。
……行ならざるうちに手本たる竜と成らんとして、仕損じた。何者が齎したが知らぬ書に頼ったが、故か」
彼らにも分からないのか、それとも記憶が欠損し、または乱れている――のかどうか。
“猛き風”と呼ぶのは、骨身を遺すのみの竜の呼び名であったのだろう。
要約するなら、神の使いやら尖兵を名乗るものと戦い、追い払うが竜は死んだのだろう。その際同時にこの神官も死んだ、筈なのだろう。
だが、そうはならなかった。彼は竜を信仰し、己を高め、竜となる事を望む自然信仰――その信奉者だ。
信仰を極めた果てに竜と成るかどうかは分からないとして、生きようとして、魔法に頼ったらしい。
言葉しながら、掲げられる書はどうやら魔導書であるらしい。不可思議な字体の文字が表紙に見える。
読める文字ではない。だが、意味が分かる。――“変現の書”という意味が。タイトルが。
「死に体に猛き風の血肉を重ね、写したところで、生じるは、死にながら、生きるようなもの。
長く、動けぬ身を横たえ、風の嘆きのみを聞き。
昨今、跋扈した小鬼どもの気配に、物見を仕掛けたが、よもや。生きた竜の血がきたる、とは、何たる、僥倖」
変身魔法を記されている魔導書、なのだろう。だが、そればかりではない。
構えた本がひとりでに開き、ぱらぱらと頁が一人でに繰られる。
此れを適切に駆使すれば、記載されている限りの魔法を行使できるのだろう。
その中には、視点を設置する監視用の魔法もあるらしい。うわごとのように言葉を放ち、区切り。
『……フィ、リ。おぬしの肉身を写し、喰らわば、我れは、生者に立ち還られるや、否や?』
少女を、見る。怨嗟ではない。恨みではない。生き返りたいという欲の目だ。
少女を庇い、守るように一歩前に立つ忍びの姿を前にしつつ、淀んだ色の竜眼が向けられる。
■フィリ > 「其処はまぁ――人間とぃぅのは、余程、恵まれてぃると。申しますか。
食性に於ぃて人間程、他種多様で居られる生物とぃぅのも、なかなか――他にはぉりません、かと。
勿論諸々、事情が絡む場合とぃぅのも。有るのかとは、思われるのです…が。それでもはぃ、準備…が想定出来るだけ。マシなのではと。
む、む。はぃ。最低限私とラファルちゃん様と――が。特に、ぉ世話になってぉります、し…?
ぁ、そぅです、例えばその彼女も、ぉりました……ぁまり酒場とぃぅ場所は、似合わなさそぅな方ですが――それでも。
長ぃ事笠木様と行動してぉられますし、もしかすると、そぅぃった所にもご一緒に…」
実際。生物学的に見れば、人間というのは。究極の雑食動物と言っても良いと思う。
体が受け付けない、というのも一部特殊な事例や症例による物が多く。種全体で食べられない物…というのは殆ど無さそうだ。
よしんば食べられない代物が有ったとしても、調理する、加工する…過程を加えて摂食可能としてしまう。
準備が入念に。其処については全面的に賛成するが――少女の場合逆説的に、準備が確かな結果を約束してくれるからこそ。
そういった見方をしているのかもしれず。
同様雑食ではあるものの。やはり人間程ではないというか。人間のように自らでは手を加えられないというか。そんな二匹。
はて、彼等と…少女にとって叔母に当たる、彼がこの地で弟子としている人物とは。どちらの方が付き合いが長いのか。
等と考えてしまいつつ…そういえば、彼女はどうなのだろう。
お菓子の取り合い括弧一方的が発生したりする分に、甘い物が好きなのは確実なのだが。さて、酒類等はどうなのか。
何処にでもついて行っていそうではあるし、だとすると、冒険を終えた後打ち上げ兼ねて酒場にでも――という機会も。有りそうではあるが。
何でも食べそうだが、好き嫌いはしそうだ、だとか想像するにしろ、酒についてはどうなのか。
身近に居ても想像付かず、つい首を傾げなどしてしまおうか。
「正直今回に関しましても…かなり。難易度は下げてぃただけてぃる、のでしょぅ――ほぼほぼ、笠木様が動ぃて下さったのです、し。
行軍だって、決して長ぃ物では御座ぃませんでした…し。ぃぇ勿論。それだけでも、学ぶべき箇所は多々、見受けられたのですが。
……とは、ぃぇ、はぃ。一度でも体験して済ませられる物ではなぃ――御座ぃますかと。
それこそ、命は。一つしか無ぃと思われまして。こればかりは実際試してみるとは……とても、とても。
――っぁ、ー…ぁの。…確かにその手の……はぃ。言わんとなされている事は…聞きしに勝る…と思われます、し――」
容易な依頼。初心者パーティー向けの、調査位で済みそうな物。
…が、万一は何時何処に転がっているか分からない。実際この依頼自体…魔物が棲息していると、確定していた訳ではなかった筈だ。
その結果初心者達だけで赴いた一団が、目も当てられないような被害を被った、という報告など。きっとごまんと存在するのだろう。
少女は未だ、実際の報告書に目を通した事はない。少女だけで赴いて、読ませてくれ、といった所で。早々許可が出る物でもなさそうである。
だが漠然とでも心当たりが有ると言わんばかりに、目を背け声音を曇らせるのは…
こうやって少しでもフィールドワークを意識し始めた学生の身分ですら、まことしやかに囁かれるという事であり。
小鬼の発生率や遭遇率の高さ、比例する以上の被害の多さ…が。正しく初心者を引き締める脅し文句として、世間一般に拡がっているという事だ。
中には、何処までが誇張か、それとも大半が真実かは判らないものの――趣味の悪い読み物等としても。世に出回る話が有りそうだ。
もし、興味本位でそうした物語に目を通してしまっていたのなら…性格的に。少女はさぞ後悔しただろう。
そして今後、物語よりも奇異で、より救い様のない、実際の報告を知らされたなら…果たして。
少なくとも、些かではあれ今回、命の掛かる事例を目の当たりとした以上。無理も油断もしない、とは思う。
重ねていくべき場数、その第一歩として。特に大事な事はこうしてきちんと学んだ筈だ。
「――なまじ、魔族の国とぃぅのも、直ぐぉ隣ですし。目に見ぇなぃ妖精の国、死者の国、等々――有るそぅですし。
もしかすれば、世界の何処かには――有っても、ぉかしくはなぃのですが。
残念ながら、はぃ…少なくとも。我々の知り得る、触れ得る、中には。そのよぅな国は存在しなぃ…しなかった、のでしょぅ。
より正確に言ぃますと――しなかった、と、言ぇるよぅに出来ましたらと。願ってぉり――ます。もしかしたら彼等のよぅに」
共存とは、如何なる物か。これだって幾つもの形が存在するだろう。
生物同士の共生関係という物ですら、時に片方のみに利する物、時に酷く限定的な物、等様々だ。
それ以上に、共に在る――というのは。主義思想含め、営利損得含め、より複雑な物となるに違いない。
もしかすれば途中までは上手く行っていたそれが破綻して。争いの末こうなってしまったのかもしれないし…
逆に最後まで共に在ったからこそ。最期すら同じくしていったのかもしれない。
少なくとも散見される痕跡からだけでも…そして、鎮座する亡骸からだけでも。往時を想定する事は出来無いが。
願わくば出来るだけ彼等は共に在った、そう思いたい。
その上で…遠い先達としての彼等に対し。自分達は、また違う形で。だが何らかの共存共栄を図れていると。
さて。実際こうして目にする、骨――と呼ぶのを些か憚られる程の。大いなる骸。竜の在った証。
からくり細工の向こうに存在していたそれが生きていた頃から。当の仕掛けは存在していたのだろうか。
だとすると、逐一複数人が祈りを捧げなければいけなかった訳で。竜当人?からすると、非常に面倒臭そうである。
もし此処で生きていた頃、眼前の存在が…あまり無さそうだが、叔母のような性格の持ち主だったなら。到底我慢出来なかっただろう。
――そう考えると。寧ろ仕掛けで閉ざされる事を望みそうなのは、竜自身、という訳では無さそうで――
■フィリ > ――――そうした少女の思考と。もしかすれば望郷の念にも似た物。大いなる竜の証への憧憬。
それ等を中断させたのは、直ぐ傍らからの微かな物音と。それに伴う、身を切られるような悪寒。
己が天敵。随分と薄まった、だがそれでも特異で、故に屠るべきと見なされているのだろう竜の血が。彼の刷いた刀の目覚めを意識する。
…が。今日だってそれ以前だってずっと。彼と幾度も行動を共にして、時に力を発揮して。それでもこんな危機感は覚えなかった。
少女が総毛立つ物すら感じるような、刃の目覚め。それを起こさせたのは、どうやら――
「『猛き、風。Ferus=Ventus。 …それが、この方の――ぉ名前なのですね。
嗚呼、もしかすると――だからでしょぅか。風に連なる竜血は、私にとっても、とても…身近に感じますので。
この場にも。この空気、力……未だ在す墓所の主に、も。感じ入る物が有る、よぅな――』」
嘗てを語る目の前の者。
それこそ正しく、嘗てはヒトであった者。もしくは、モノ。
彼の言葉が正しいのであれば、此処で有った戦いは。やはり最終的に…共存を終わらせてしまったらしい。
それでも最期まで、この地を守り、なるたけ多くを生かさんとしたのが、墓所の主であるというのなら。
形は違えど、血が薄まろうと、両者の間を繋いだ身としては。本能に根ざしたレベルで焦がれもする、という物なのだが――
途中で。ぎょ、と。息を飲み、言葉を途切れさせてしまった。――彼は。目の前の存在は、何と言った?
「っっぁ。 ぁ゛。 ぇ――? っ、 ……」
人の言葉、竜の言葉、どちらも咄嗟に出て来なくなった。
ぱくぱくと唇を虚しく開閉させつつ…どうしたら良いのかも判らず、彼の方を向き…其処で。
何時の間にか後方から傍ら、更には一歩前。立ち位置を変えている彼の、明確な警戒態勢に気が付いた。
――昔々。人ならざる物の血肉に手を付け、死ぬに死ねず永い生を得た者が居るという。
戦の中で竜の血を浴び、人を超えた力と不死性に目覚めた者も居るらしい。
はたまた、亡き者と一つになる為に。その骨を口にする事こそが…弔いであるとする文化も。世界の何処かに現存するらしい。
が。そういった物は皆少女にとって。頭の中にしかない、文字でしか知らない、謂わば物語だ。
実際に。しかも随分近場といっても良い王国の中で。そんな事例を目の当たりにするなど、まず想像出来なかった。
……本。どうやら目の前にそれが有る。「有ったら良いな」等と言っていた魔導書の類だと思われるそれ。
言葉と同じく竜種の魂に由来するのか、其処に印された文字もぼんやり理解出来てしまうのだが…逆に。
竜という、人ならざるモノに向けられたとしか思えない、その書物の内容を。読めたとしても何処まで解して、この神官は行使したのだろう。
何れにせよ。どんな魔術も実験も。細心の注意に万全の準備を重ねて、それでも尚、努々油断出来無い――もう一人の叔母から痛い程教わっている。
先程は料理の話だったが。それに限らずどんな過程も準備が大事。…死に瀕して、等という危急の、万全とは言えぬ状況で。
どんな術が試みられたのだとしても、上手く行かなくて当然だったのではないか。
ともあれ。そうした諸々の――恐らくは不幸な、偶然の重なりが。生きているとも死んでいるとも言えぬ、この人物を永らえさせている。という事か。
…書が動く。開く。捲られる。一体どれだけの術が其処に在るのだろうか。――どれだけが、今使用可能なのだろうか。
頁を捲るという、少女にとって日常を象徴する、とすら言える音が。完全に飲まれていた意識を、どうにか。此方に引っ張り戻してくれた。
ぜ、と掠れた息を吐き。無理矢理大きな呼吸を繰り返して。此方に向けられた欲と対峙する。
三大欲求、等で済む物ではない。より大きな――生、その物への欲。
彼によって庇われているという状態を意識しているからこそ。少女の頭は目まぐるしく事を考える…考えに、没頭出来る。
考えて、考えて、考え抜いて――……嗚呼。それでも、結論は出せそうにない。
「『――神官、様。ドラーゲ様。 …こぅぃって伝わるか、分かりませんが…私は学徒。浅学の身。
とてもではぁりませんが、その問ぃに答ぇられる、知識は…持ち合わせて、ぃなぃのです。
――……ですが、ぉ望みなら。……はぃ。生きずして、死なずして、の苦しみが和らぐと。仰るのなら。
……流石に全ては差し上げられませんが……血や、肉でしたら。吝かでは…御座ぃません、はぃ』」
そ、と。神官の方へ手を差し出そう。掌を向け――正確には。手首、血管。其処を破れば新鮮な竜血が迸るであろう部位を。
■影時 > 「恵まれてる――というよりは、よくもまぁ適応できる生き物の類と云うンだろうなぁ人間とは。
……ん、そうだ。俺の本業じゃないが他所の地理と主食について、照らし合わせてみるときっと面白いぞ。
偏食癖は個々人のどうたらかんたらがあって面倒だが、この手の学びは意外と時間が過ぎちまう。
その内もっと増えそうで、俺としては戦々恐々だか何だかだが……ああ、だな。ラファルを連れてくコトもあったなぁ。
ラファルもラファルで、酒吞むぞ? 本気出すと二人で小せぇ酒蔵潰しかねンから、加減はするがね」
好き嫌いなく何でも食べられる――というのは、何の変哲もないように思えて、生物としては凄いことだ。
それは加工することで食べやすく、消化しやすくする工程を経るが故に、生食しかできない種と一線を画す。
此れは魔物もマネできるものではあるまい。地方特産の有毒な芋を加工し、栄養源と化す生態は他に類を見ないだろう。
己が思う準備とは現地調達が出来ない、不可能な場合を鑑みたものだ。
予想以上に旅が長引く場合も決して少なくない。未知の領域に踏み込み、踏破する場合準備が確実な成功を保証するとは限らない。
とはいえ、道連れとなる子分たちを飢えさせるというのは、親分失格でもある。
ムリすれば食べられなくもない生き物でも、非常食とするために連れていないし、飼っていないのだから。
さて――弟子は、どうだろうか。
そうふと思い、複雑そうな面持ちについ頬を掻く。火を通す程度の料理もするし、雑食さ加減であれば、人間をも超えやしないか?
竜の血に混じったヒトの特質か? そうなると、ヒトはどれだけ凄まじいのかどうか。
哲学的な観念にまで踏み込みかけた思考を、首を振って振り払う。少なくとも自分と同じ位呑み食い出来る。それが一番弟子である。
「控えめに言わなくとも、お前さんの認識のとおりだよ。少なからず学びになったなら幸いだが。
今度は魔物が棲んでいるかもしれねェ史跡巡りでも、考えてみるか。
厳然とした記録の方が、どんな警句よりも雄弁に脅威を語る。――まぁ、好き好んで体験しに行くものでもないわな。
だから、学院も校外演習に俺みてぇな引率や監督役を出すわけだ。ちゃんと生きて帰るように」
もっと初心者向けとなると、どうなるだろう。どれほど落とすことになるのだろう。
粗方盗り尽くされ、頻繁に手入れが入る遺跡、遺構の類の巡回が挙げられるか。
初心者の実力を図るため、冒険者ギルドはそうした場所を押さえていることがある。
それがつまらないと思う考え方は否定はしないが、必要なことでもある。少なくとも監督し易い難易度の場所は、成功体験を得るにも必要だ。
経験を積んだベテランが帯同したうえで、多少なりとも学びを得るとするなら――今度は未踏破の場所を避けるのもありだろうか。
そう考える。失敗の経験も積むことも重要だが、それは想定する限りの最悪の失敗を得て欲しいわけではない。
そんな失敗例は、記録を読み返すだけで十分だろう。先ずは場数。現場の空気を感じるだけでいい。そのための保護者、引率だ。
「魔族の国は何度も足を運んだが、妖精の国は……あー。あそこは、そうも言えン、のか?ありゃ。
地の底の黄泉の坂を下る気はさすがにならんが、ふむ。
死者と生者の境を超えるのはまずいが、竜と人含め、異種が共存する場は幾らでも在りうるだろうよ。
昔日の名残となっていたとしても、だ。何せ、歴史は巡るものとも云う。だが……今は、また別の問題があるか」
妖精の国、と聞いて考え込むものがある。思うものがある。
旅の経験は多いが、悪戯好きの妖精やよくわからないものが跋扈している森に踏み込んだことがある。
今の子分となった、シマリスとモモンガと出会った場所がまさにそこ。
妖精と聞いて尻尾をくるんとくねらせる二匹と共に苦笑を浮かべ、共存共栄の有無、共生の可能性を思う。
死者と生者はその境を超えるのも難しいが、知性を持つ異種同士がともに在る実例やその場は、この地ばかりではないだろう。
思い馳せるまでもなく、今関わりを持つ商会と家もまた、局所的とはいえ、その例と言っても良い。
その関係が崩れるとすれば、何が在り得るか? 身のうちに生じる悪より他者からの干渉が一番の要因たりうる、か。この地の例の如く――
忍びと二匹が言葉を交わす死者の如きものと、少女を見守る。
刀が震え、鞘の裡で気配を解き放つ。屠龍の威とは言葉よりも雄弁に、圧を伴う。
■NPC > 『……おお、おお。恐ろしきものを連れておる……』
神官、を名乗ったものが見たこともない装束を着た男をねめつける。睨み付ける。
男が何処から来たかは知らない。だが、写し、取り込んだ竜の血が発散される屠龍の威と共鳴し、脅威を告げる。
“あれ”は殺して沈めるものである。荒ぶる竜に威を示し、鎮めようとするためのもの。
それは死にながら辛うじて生きるものでも、屠るべきものと見做したか。
死にながら生きるものが、生を繋ごうとして何を欲するか。その歪みを察したかの如く。
『然り、然り。我れらが朋友は、人のような名で呼ばれるより、斯様に呼ばれることを、喜んで、いた。
先程、一際強い風の音を聞いたように思うたが、まさかそれもまた竜の眷属とは』
何たる天啓。何たる奇妙さか。
人語で明瞭に命名し、発音するなら斯様な音、響きに相違ない。だが、かの竜は通り名のような名を好んでいた。
人語を繰っても野生のような在り方は、男と少女が知る野生児めいた竜とも若しかしたら近しいのかもしれない。
だが、厳然に違うのは猛き風は死に絶え、生命の風は止み、骸が残った。
第一の朋友にして求道者たるものが死にかけ、ヒトよりもなお強い筈の骸の昔日の姿を写そうとし、血肉を得て、永らえようとした。
その選択、その渇望自体は必ずしも間違いではあるまい。
だが、ヒトから抜きん出ようとするのは、確かな手順、工程を踏んでこそ成る所業。正しくない方向で為そうとすれば、こうなる。
『書の力を呼び起こしても、無より何も来たらず。命は生じず。
猛き風から潤いは去り、我れの身は、ただただ、渇き朽ちるのみ。
であるならば、乙女の一滴の血、ひと齧りの肉でも、足らぬ、……よりあたたかな、より多くの、糧を。生命を……』
一人でに捲られる書は、幾つもの魔法陣、魔文字の円環を生じさせ、チカラを喚起する。
書に記されたのはその名の如き、変身の魔法。一時的になりたいものになれるマホウ。
完全になり替わろう、そうなろうとする場合、対象の血肉を取り込む必要がある。
外法じみてはいても術そのものに善悪はない。
ただ、その前提を成しうるための要素が足りなかったのは、神官たちの願いを歪めるための魔族の策略、先見さ故か。
差し出された暖かい血肉が脈打つ手を見て、干乾びた痩躯は緩やかに頭を振る。
理性的のように見えて、その行動原理は屍人のそれと最早同義だ。
無に有を重ねても、無にしかならない。にもかかわらず、生命の火を無理やりにでも継ごうとする不毛さに男の刀が震える。
『――退け……』
その震えに導かれるように、一人前に出るものを見る。少女を庇うように前に出る男の姿を。