2024/05/03 のログ
ご案内:「山窟寺院跡」に影時さんが現れました。
ご案内:「山窟寺院跡」にフィリさんが現れました。
影時 > ――旅は良いものだ。

事の起こりは逃亡から始まり。流浪に続き。知見を得て。やがて苦楽を見出すに至る。
仕事として臨むとそこに義務が挟まってしまうのが悩ましいが、だが、安定を好むなら冒険者を続けはしない。
故にここに至る。己がちょっとした楽しみと、一つの務めを胸にここに立つ。

「事前情報が間違いなけりゃァ、……ここか」

険しい山々が連なる九頭龍山脈の麓、切り立つような山稜を見上げられる辺りで一人の声が漏れる。
昼に差し掛かろうとする日差しを眩しげに仰ぎ、手を翳す異邦風の装束の姿の男がその声の主だ。
手にする地図に一瞬視線を下ろし、周囲に見える地勢を照合し、念のためにと太陽の位置を確かめて方角を定め、目的地の手前であることを再認識する。
この地域は、迷宮の入口含めて洞窟の類は何かと事欠かない。
間違えるつもりはなくとも、実のところ間違えたというオチは避けておきたい。
早い者勝ちで探索権利を獲得したのだ。それを不意にしたくない上に、その機会を以て弟子への実地訓練も兼ねるのだから。

「さて、と、だ。調子はどうだね、フィリお嬢様?」

地図を羽織の袖の中に畳んで押し込みながら、今回の同行者に声をかけよう。
旅としては、きっと大きくはない。だが、挑むにあたって細々としたもの、事項が多くなる。
俗に押し入って叩き切る、というような類の仕事はそうだろう。目的地までの移動と帰還の間の飲み水、食料も担がなければならない。
とはいえ、麓までは馬車を借りて道程を短縮は出来たはずだ。
馬車の揺れ、震動に慣れないという意見も多いが、足のあるなしとは大変大きい。此れもまた体験すべき要素の一環だとは考える。
何より、このような移動手段の費用も勘案して、雇い主たるトゥルネソル商会からは給与を得ている。
専用倉庫にそのまま通じる雑嚢ではなく、駆け出しの冒険者等と同じように荷物を詰めたリュックを下ろしつつ、装備の最終点検を始める。

水薬よし。兵糧丸よし。苦無よし。手裏剣よし。
道程を記すための方眼紙を挟んだバインダーよし。毛玉たち、……ヨシ。

羽織やその下の装束に仕込んだ武具、忍具を確かめ、使うつもりは無くとも常備すべきものを確認し、左肩と頭の上に乗った二匹を見る。
毛玉めいたふわもこボディに白い法被を着たシマリスとモモンガたちだ。ただの毛玉ではない。魔法も使える賢い毛玉である。
これでおおよその突入準備は完了だ。愛刀は雑嚢に仕舞ったままだが、今はまだ出さなくても問題はない。
じっと前方を見る。獣道というほどではなくとも、踏み締められたというには鬱蒼とした木々の合間の茂みが嫌でも目に見える。

フィリ > 「 ――だ …大丈夫だと…ぉ、思われ、ます――」

彼の背後から応える声は。台詞と裏腹、些かげっそりとした物である。
元々、この少女、諸々の事情からひきこもりであったし…それを脱却して尚、インドア志向に変わりはない。
そもそも徒歩に比べれば充分マシであろう馬車による旅程も。特定地点同士を魔法で跳び越える、楽をするのが万歳な少女からすれば。割と大変だったのだ。
…それでも今回。ついて来るかと持ち掛けられて、考えを重ねた上で頷いてみせた…位には。このままではいけないと考えているのである。

さて。彼女が纏う学院の制服という代物。こんな冒険には向いていない…ようでいて、実はなかなか侮れない。
何せ前々から学科によっては、冒険者志望やら軍人志望やらの者達も存在し。彼等彼女等の実地研修にて、身を護る事も。想定されているのである。
その上から、胸当て等急所を護るような、決して重くない装備だけを身に着けて。彼と共に歩き出す。
がさりと両手でぶら下げる鞄だけが持ち物であるが――彼の倉庫直結程ではないにしろ。見た目以上の容積を誇り、あれやこれや入っている。少女お気に入りの品である。
もしもの事を考えて、救急衛生用品良し。ちょっとした飲食物良し。先輩と呼ぶべき小動物達のおやつ良し。後は筆記用具やその他の小物…
こういう時に肝心要の。武器、という物も。勿論入っているのだが――今はまだ。出さないというか、出し辛いというか。

「……それで、はぃ…笠木様? これから向かぅ所、は、ぇぇ…とその。 …何が起きてぃるのでしょぅ。
発見当時の、調査報告とか…文献と照らし合わせて、歴史背景とか、そぅぃった事は。私でも調べられたのです――けど」

現金な物で。これで、目的地たる洞窟――大昔人の手が入った其処に関する蘊蓄を垂れ流し始めると。段々元気になってきそうな少女だが。
山中でマニア特有な早口を垂れ流す少女が、野生動物の注意を惹く危険性だのあるのなら。彼がすぱっと話を纏めてくれる方が良い…かもしれない。

影時 > 「……まぁ、大丈夫じゃねぇよなあ。ゆっくり歩くか」

家庭教師として面倒を見ていない時も含め、体力作りを奨励していても、何分引き篭もりのケがある弟子だ。
多少は楽にするつもりの馬車利用の道程、移動というのも己が思う以上に堪えるものだろう。
故に問いに対する受け答えは、火を見るよりも明らか、といわんばかりの事項だ。
だからこそ、リュックサックの中身は自ずと定まる。体力回復、気付けの水薬(ポーション)は多めに。簡素ながら甘いものも気持ち多めに。
気休め程度の効果でも回復薬に頼るのは歴戦の忍者にとっては相当の非常時だが、体力回復の手段は共有できる方がいい。
弟子たる同行者の装いと装備を改めて確かめ、問題はないことを確かめつつ歩き出す。

先導は自分。足元含め、肌色を晒さず尚且つ動きやすい忍び装束は元々は野良着なだけに、山歩きにも向く。
茂みをかき分け、踏み馴らし、太い蔓草が行く手を阻んでいれば、雑嚢の裏の仕込んだ鞘から苦無を抜いて振るう。
山刀というには大振りではなくとも、小気味よくざくざくと切り分ける黒檀色の鋭刃はルート開拓には十分すぎる。

「んー、あれだ。至極あっさり云うなら、お宝取っていい代わりに掃除と危険が無いかを探ってこい、という奴よ。
 深い階層の迷宮の入口の可能性もあンだが、この時期はどうしても冬眠から目覚めた魔物が蔓延りだす。
 
 ……歴史的な背景とは別に、人間どうしても現実的にならざるをえんのさ」
 
要は押し入り、奪い取る――と。未踏破の遺跡、遺構に初めて乗り込む際の旨味もそうだが、やることは単純明快だ。
昨今発見された遺跡群のうち、そのひとつに今回用がある。
天蓋のように入り組んだ木々の合間、ちらと空を見れば垣間見える山の峰に石組みの建造物のような直線が見えないだろうか?
飛竜で乗り付けた方がずっと早いのだろうが、気流の問題もあるのだろう。一番弟子のような竜でなければ辛い。
言葉を交わし、放ちつつ進んでゆけば森が唐突に抜ける。削られたように滑らかな岩肌が見えてくる。

――そして、目的地であるか否かの最終照合は洞窟の入口を見遣ろう。
ぽっかりと口を開いた洞の下、地面近くに白い塗料で描かれた番号。それが地図にも記された番号と合致することを確かめる。

フィリ > 「ひゃ、っ……ぇぇと、はぃ。ずっと座ってる…とぃぅのも、思った以上に――」

もしかすると。車中と山中の合わせ技でずっと揺られ続けていた三半規管が、まだ落ち着いていないのかもしれない。舌を噛みそうになって首を振る。
耐久力と回復力は有るが、腕力や持久力は無い。少し休めば長丁場でも耐えられるが、逆を言うと休み休みの活動しか出来無い。
人と竜との合いの子である少女は、何かと中途半端且つ面倒臭い体質の持ち主であった。
なので持ち物の中にはきっと、彼女の側も同様に。小動物達の分だけでなく、自分達の為のおやつ類も。飲食物の一部として含まれている事だろう。
難なら以前港湾都市の方へと赴いた際、海を渡る為の保存食でも、物珍しさで購入していれば。そういう物も入っているかもしれず。
取り敢えずそうした持ち物含め、準備に不足は無い――筈だ。事前にしっかり冒険クラスの教室に赴いて。講義も受けたし教科書も参考書も読み込んだ。
序でに姉達にも色々、聞ける話は聞いてきた――残念ながら、一番聞きたい相手である伯母、即ち彼の弟子については。
例によってというべきか、捉まえる事が出来無かったのだが。

それでも鞄と、頭とに。詰め込める物だけの物は詰め込んできた。
先ずは山中を歩んでいくその際も。ちょっとばかり興味を惹かれる何かが有れば、つい其方に惹き寄せられがちな少女だが。
珍しげな花も例えば毒を有しているだの、足元に飛び出している葉はかぶれがちだの、事前に把握してきたので。余計な手出しはせず、彼の後を追う。
お陰で――どうやら。目的の場所へと到着するまでには、トラブルも起きずに済みそうであり。

「意外…と。まだ、そぅぃった所。残ってるの…でしょぅ、か。
この辺りとっくに。調査の入ってぃなぃ遺構は…残ってなぃ、と。思ってぃたのですが…」

それとも。例えば最近になって、地崩れ等で。昔埋もれていた入口が再度出現した、だとか。そういう前提が有るのかもしれない。
或いは強力な魔物の根城になっており、長い事誰も近付けなかった――いや。それはないか。この時期蔓延り始める、という彼の言葉と矛盾するから。
何にせよこれから調査しなければならない場所が残っており。その先行調査に、お宝発見のボーナス付きという事か。
昔々の文化を目の当たりに出来るという、歴史学としての調査にも。大いに興味を惹かれるが――
それは、それとして。もし、以前話に聞いた魔族の国での冒険のように。未知のアイテムにお目に掛かる可能性が有るのなら――

…唾を飲む。顎を引き、視界へ入る所まで来た入口を注視する。――何だか物凄く胸が高鳴ってきた。
魔導の品、太古の品、それ等への関心が日増しに強まり、将来の目安の一つとして考えている少女である。
もしかすれば初めて、自分で発見段階から関わる事も出来るかもしれない、そう考えたなら。気が気でないのも当然だ。

そうして辿り着く目的の場所。山肌に半ば一体化するかのように飛び出す、人工的に補強された洞窟への出入り口。
この辺りで昔栄えていた者達の、という前提通り。古い古い作りではありそうだが…すん、と鼻を鳴らす。
人間よりもそこそこ強い嗅覚に。良からぬ臭い――低く地面に溜まる毒気のような物は感じないので。踏み入った途端おだぶつ、という事は無さそうだ。

影時 > 「ん、だな。ただの乗合馬車よりも金を掛けてる馬車のようだったが、アレ以上となると……なぁ」

揺れない馬車、か。無いわけではないだろうが、考えるだに明確と言えることがある。きっと高いのだ、ということ。
貴重な割れ物を運ぶために一から吟味し、魔法を仕掛けられた荷馬車ならば乗り心地は良いのだろうという気もしなくもないが、さて。
だが、そんなものはない――わけがないにしても、普通ではない。一般ではないなら、折り合うしかない。
いずれは普通の乗合馬車までグレードを落としてみたいが、まだまだきっと早い。体質とは一長一短に改善しないことを己はよく知る。
だから、適切な食事と休憩でカバーが出来るなら、一番手っ取り早い。
海を渡る船の食事の一つとして、煉瓦のように硬く硬く焼きしめられた堅パンも携行食には持ってはいるが、まだ干し果物の方が受け容れやすそうだ。

(……いざとなりゃ、抱えて走りゃぁいい)

そんな思考を脇に置きつつ、宣言した通りにペース配分に気を付けつつルートを開拓し、時折背後を確かめる。
厄介事が起これば、暇潰しがてら周囲を見る肩上と頭上の毛玉たちが知らせることだろう。
ピクニックと呼ぶには風光明媚に実に欠けているが、見るモノ、気になるものは望まなくとも遣ってくる。それが自然というもの。

「世の中何があるか分かったモンじゃねぇからなぁ。
 例えば、地殻変動。またまた例えば、隠匿の魔法の効力が切れた、或いは物好きな魔族がわざわざ拵えてみせた、とかな」
 
さて、穏便に目的の場所の入口に辿り着けた。自然の洞窟の利用に加え、鉱山の入口のように丸太で補強してみせた構造は新しい。
先程まで通った森を肩越しに見れば、何本か切り倒されて切り株が残る木々が見える。発見者かギルドの関係者などの仕業、で良いのだろう。
子分たる二匹が親分の装束を伝い、するするするーと降りて、洞窟の入口まで進む。
すんすん、と匂いを嗅いで尻尾を振るのは毒気がないと知らせているつもりなのだろう。その後、近くの茂みに入るのは、きっとお花摘みか。
頭の上などで粗相されては敵わないので、突入前の二匹の動きには文句は付けない。
想定される発見に至ったまでの経緯の一例を挙げつつ、手にしたままの苦無の刃を拭い、改めて雑嚢に手を差し入れる。

――ずるり、と引き出すのは鞘に納められた一振りの刀。

それを腰に差し、リュックサックの重みを確かめる。毛玉たち二匹が戻ってくるまでが突入までの猶予だ。
装備の最終点検、息抜き、水分補給、等々。色々してもいいし、不要ならばしなくとも良い。先導者たる己は既に準備万端だ。

フィリ > 「其処まではこぅ…ぉ母様方に頼る訳にも、はぃ。
プラスになるよぅな、何かしら、発見出来るのでしたら。それでも良かったのかも…なのですが」

顎をこねくり小首を傾げ。思案気…というより、計算中。
例によって発見物の中から、彼個人が使いたいという物を除けば。大半は少女の実家、商会が買い取る事になるだろう。
それで最終的に儲けが出るなら。それこそ揺れの少ない、もっとしっかりした馬車だって用意して貰えたのではないか。
寧ろ個人で持ち出せない程の大きさや量の品物など出て来たら。それこそドラゴンなどの輸送手段を用立てて貰う事にもなる筈だ。
…が、今はまだ先行調査。どれだけの成果が有るかは分からないし、ともすればもぬけの殻という可能性だってある。
骨折り損で赤字となるのなら、母におねだりするのも何だかなぁ…という事もあり。またそれ以上に、帰るまでが遠足、移動手段も修行の一つ、と。
彼の意図が分かっていたので、大人しく今回の馬車を利用する事にしたのだった。

腰だの尻だの背中だのが、ダイレクトにダメージを受けるガタゴト道。それに比べると、寧ろ山道を歩く方がマシだったのは。
まがりなりにも先んじて人の手が入っている証でもあったのだろう。
現に辿り着いてみたのなら。入口回りだけは発掘者達が確かめたのか、補強の跡も真新しい。
逆を言えば彼等だけでは調査しきれない、或いはしない方が良いと判断するような。何かが有ったのかもしれない――いや。
そういう事情を隠して冒険者に依頼してくるような。悪徳業者の仕業ではないと思いたいのだが。

「偶然、自然、だと良ぃのです。が。 …最後のはちょっと、悪戯と呼ぶには…大仰なの、ですよ――ね。
出来れば、そぅでなぃと。思ぃたぃのです、はぃ……」

…魔族。何だかんだ身近に存在する魔として、異母姉妹達を思い浮かべてみると。
あれこれ周囲を引っ掻き回しがちな者の多い気がする…いや。多分気のせいではないだろう。残念ながら。
が。そんな少女達レベルの悪戯(性的な意味で)とは、全くの別ベクトル。覗き込んでもまるで奥先の見えない遺跡を、丸毎トラップとして下準備するような。
――悪く言うと物好きな魔族の仕業、なのだとしたら。とても想像し得ないその思考体系に、目眩を覚えそうである。
出来れば今回の発見、悪意を持った誰それではなく。自然の悪戯辺りであって欲しいと願いつつ…先ずは。二匹の優秀な先輩達が、様子見に赴いたらしいので。
彼と共にその帰還を待つ事にした。

きょろきょろと周囲を見回し、丸太を切り出したばかりなのだろう切り株に。ハンカチを敷き腰掛けて、鞄をごそごそ。
そろそろ汗ばむ季節だが、それでも長袖長裾必須の道程故、嫌でも水分は不足している事だろう。
鞄の中では時間も関係ないのだろう、しっかり冷たい侭の紅茶を、水筒から二人分用意して彼にも差し出し――

ぴく。差し向けた指先が。少しばかり震えてしまった。
丁度彼が取り出しているのは、少女にとっても何とも不穏な――竜特効の刃である。
鞘に封じられている以上、今は大丈夫、と判っていても。何となく気にしてしまうのは仕方ないだろう。

影時 > 「なんだよなぁ。ドラゴン急便頼むのも考えたが……そこまでやるとな。収支の帳尻がな」

雇い主たる商会が誇る物流手段は旅客用途ではなくとも、頼めば人を運ぶくらいはやってくれるだろう。
ただ、そこまでやるのは幾らなんでも大仰すぎる。
遺跡や迷宮の発見物は、基本的にトゥルネソル商会に持ち込む。鑑定の上、手元に残したいもの以外は買取を頼む。
しかし、探索一番乗りボーナスを当て込んでも、金になるという前提には繋がらない。
最終的な収支で収入より支出が上回るのは、結果として損にしかならない。無形の経験を教訓、糧にするにしても限度がある。
如何に酔狂を愉しむにしても、これは流石に違う。旅先に楽がないにしても、明らかに分かる損得は避けるべきだ。

(帰り道は――楽をしてもいいかねぇ)

帰り道は近くの町、または村まで歩き、馬車を呼ぶつもりでいたが、素直にズルをしてもいいだろう。
己の雑嚢は、王都のトゥルネソル家の屋敷にある倉庫に直結している。その倉庫の扉を出口にしたポータルの門を兼ねている。
危険地帯や緊急事態からの即時避難手段であり、こうした遠方からの帰還に役立つ近道でもある。
ギルドに報告する際は訝しまれるかもしれないが、その時は素直にこういうつもりだ。走って帰ってきたのだ、と。忍者の速足は遠駆けも難なくこなす。
今の当座の問題は、突入した後、なのだろう。この入口を補強しただけで、帰ったのは何だったのだろうか。

「俺もそう思ってる。だが、大仰なのを真顔でやる類を思うとなあ。余程のバカと悪意の持ち主位だろう……と」

数ある迷宮のうち、魔族が拵えて管理しているような類は一段と悪辣だ。
それは放棄された、盗り尽くされた後と思われた迷宮をわざわざ改装し、手をかけてみせる生真面目さと相まって厄介が過ぎる。
偵察を終え、茂みに入って一息ついたと云わんばかりの顔の二匹が、何のつもりだろうか。
木の葉を被って親分の肩上に戻ってくる。雑嚢に潜ろうとしないのは、嗚呼。呼吸面では危なげはないということなのだろう。
御苦労と宣いつつ、羽織の袖を漁って小さな干しフルーツの欠片を与える。ついで、切り株に腰掛ける姿に歩みよれば、差し出される品を忝いと受け取り。

「……――少なくとも、フィリ。お前さんの背中には向けねェよ。
 敵が出たら、俺が前に出て囮となる。敵の背後から、攻撃を向けられるように立ち回る。良いな?」
 
創造主たる鍛冶師に手を加えられ、威を放つべき時を弁えることを覚えた刃だが、その屠龍()と在り方に変わりはない。
己が全力を受け止められる刃は少なく。かと言って、わざわざ新たに拵えるには聊か迷いもある。
が、刃の向け先を決めるのは刃ではない。柄を握る者に他ならない。
紅茶の味と冷たさに、ほ、と息を吐きつつ言葉を投げ掛け、確認がてら突入後の立ち回りを述べる。

フィリ > 「其処ははぃ。頼んでも大丈夫――な物が。見つかる事に、期待するしかなぃ――と。思われます」

こっくりと頷いた。甘い方の母親に対する、娘のおねだりという反則を用いる手は有るのだが。それでは修行と言えないので。
序でに、直ぐ様商会に運び込んでプロの大人が鑑定に入る――よりも先に。現地で少女自身が、発見した何かを矯めつ眇めつ出来るかもしれない。
そんな興味と欲望が優先してしまう衒いも…無い訳ではない、だろう。古来より竜とは財宝に弱いモノなのだ。

という事で。帰りの事は帰る時、考える事にしよう。今は目の前の依頼(の成果)に集中である。
大きな発見が有ったので直ぐ来て欲しい、運んで欲しい、等という要請に関しては。時間も掛からないだろうから。
…それに。少女の興味その他は決して本題ではない。見つかるか見つからないか曖昧な成果物よりも先。確実に、今この場に存在しているのは――
一般人は退去して、冒険者達に後を任せた方が良いと判断させた。何かしらの可能性なのである。

入口だけ補強していったという事は。其処では一頻り物音などたてても問題無かったのかが、奥で何か起きたのもしれないし――
或いは逆に、其処まで済ませた所で何かしらやむなく、中断せざるを得ないトラブルが発生したのかもしれない。
取り敢えず視界に入ってくるような、判り易い異常は見出せず。やがて二匹の小動物達も、何事も無く戻って来たので。
少なくとも、入った途端えらい事に見舞われる――訳ではないという事か。

「発掘隊では物足りなくて。求む、腕の立つ冒険者、みたぃな――趣味に走り過ぎな気も、ぃたしますがー…無ぃ、とは」

言い切れないのがなんとも、である。不特定多数の人間を閉じ込め、極限状態を演出し、その行動と去就を愉しむ手合い。
有る意味ダンジョンの深淵に待ち受ける魔族等というのは、往々にしてそういった所に愉悦を感じていそうではないか。
その為に遺構を改築し、御褒美兼トラップとして宝物も用意し、配下の魔物も育成して芸?を仕込んで…つくづく。手間を掛けていそうだ。
自分にはそんな事出来そうにない、と。心底げっそりしてみせる…古来なら洞窟に財を溜め込んでいたであろう、討伐対象だっただろう、竜の末裔であった。

そんな少女に流れる竜の血から。ついささやかながら反応してしまった事を。茶を受け取る彼は当然気が付いたのだろう。
だからその点と。更にこの後の動きについて。指針を示されたなら頷いて。

「――は、ぃ。はぃ其処は…ちゃんと。判ってぃるの、です。…解ってぃても怖ぃとぃぅ…先端恐怖症みたぃな反応、と。思って下されば?
…けれど、ぇー…と。もし。もし私も、その…何かに、攻撃しなぃと、と。なりましたら――」

どうしたものかと思案気な表情で――  ずどん。
鞄から質量無視で引っ張り出した少女の得物。当人以外にとっては重量級、魔力を持つモノには更に危険球――あれこれ不穏当な魔鎚である。
そして、鎚という形状故に必然。後方に居るとあまり役に立たない代物なのであった。
もし。それを当てなければいけない。当たらなくとも振るわなければならない時が来たら……と。考えてしまうのは当然か。