2024/03/16 のログ
ご案内:「北方帝国シェンヤン「帝都シェンヤン」」に睡蓮さんが現れました。
■睡蓮 > 帝都シェンヤン。国号と同じくする都。東側の天都の片隅。
市の立つ通りに額編の掲げられた小さな香廠の入り口があった。
──いつから存在していたのか、それは古くから都に住み、商いをするものでさえもその記憶がまるで煙に巻かれたように定かではない。
だがそこに香廠が存在すること自体には、誰も違和感を覚えない。
市の賑わいを見せる通りから、扉一枚隔てただけだというのに、その室内はひどく静かなものだった。
光量の控えめな吊り灯篭がいくつか灯を入れられ、昼間であっても暗い室内を柔らかく照らす。
卓にのせられた凝った形の香炉からはいくつか煙が立ち上り、控えめな香りを廠内に薫らせる。
時間の流れを伝えるものは、時折空気の流れにたなびく香煙程度。
廠の主である女は、格子窓の向こうの景色に視線を流し、行き交う人の流れを横目に手にした長煙管の火皿に火を入れていた。
チリ、チリ、と乾燥した香草が燃され、香とはまた違う薫りを揺蕩わせる。
吸い口に唇を寄せ、静かに吸い、煙の味わいを舌に感じてからゆるゆる吐き出した。
「ん」
変わらぬ賑わいの街並みだが、それでも翳りは見えている。
政変よってか、あるいは別の要因によってか市に並ぶ貴人の姿。あるいは──、こことは逆の地都の端で巡らされている昏い思惑。
どちらも女には遠いものではあるが、一応この国に根を下ろす存在としては気に留めておくべきだろう。
「どこも同じなのかね───まあ、知ったこっちゃないが」
ゆら、ゆら、煙を纏う女は独り言つ。
気まぐれに、入り口は土地を変える。今は馴染みの深い帝都であっただけのこと。
明日には──どこの軒先に扁額がかかっているかなんて、術を掛けた己ですら与り知らない。
だってそのほうが……面白そうだったから。
■睡蓮 > 「小腹もすいたことだし───どこぞでも冷やかすか」
ちら、と窓の外に向ける視線。斜陽というにはまだ少し早いが、それでも市の終わる刻限までは幾許あるかどうか。
諸々眺めて、冷やかし交じりに彷徨くのなら、少々遅いといえるのかもしれない。
等々、等々。
とりとめもなく考えながら煙管をふかす。すい、とたなびく香煙は甘さを残す沈の風味を絡みつかせ。
ひとしきり喫煙を楽しんだところで、ゆったりと腰を上げた。
さらりと揺れる衣擦れの音。
淡く、濃く。翡翠の色の変化を重ねた襦裙の裳裾を捌く。
玉牌と煙草入れが動きに合わせて揺れ。
装飾が重なる儚い音を奏でるのを耳にしながら、女は香廠の扉を抜ける。
扉を抜けた瞬間、喧騒が身を包むのに少し眩し気に目を細め。吸い口を食んだままの唇をわずかに笑みの形にゆがめて歩き出す。
以前訪れた時はいつのころだったかな、と思い出しながらそぞろ歩きに意識を向ける。
小腹が減ったと嘯いた言葉はどこへ行ったのか。気まぐれな行き先は、その場その場の興味の赴くままに向かっていったのだとか。
ご案内:「北方帝国シェンヤン「帝都シェンヤン」」から睡蓮さんが去りました。