2023/09/17 のログ
ご案内:「タナール砦」にリスリィさんが現れました。
■リスリィ > 地を噛み石を跳ねて車輪が弾む。
数台の馬車を中心とした一団が、王都の方面から、砦を目指していた。
それ自体は、とりたてて変わった物ではない、食料や武器、その他必要な物を細々と。定期的に補充する為の、輸送隊だ。
行きはこうして、物資を運び。帰りは持ち帰る物が有れば、必要に応じて積み込む。
例えば此処最近は…魔力に富んだ、捕虜となった魔族、等が。好んで運ばれるのだとか。
頻繁に繰り返される、都と砦のピストン輸送。往復の道筋も、兵隊にとっては、すっかり慣れた物であり。
馬上や徒歩の兵士達も、あまり…警戒していないように見えた。
ともすれば、慣れてしまい、気の抜けた、彼等に比べると。
実地研修として、車中に便乗する、学徒達の方が。生まれて二度目に近付いて来る、タナールの威容に。緊張めいた顔。
…娘も、その中の一人として。落ち着かないまま、膝上の剣を弄んでいた。
砦が近付いてくる。既に視界に入っている程の距離。何か有れば、砦の方でも気付く筈。
此処まで来れば……この侭。何事もなく、到着出来るのではないか、と。大半の兵達が、そう、考えていた。
■リスリィ > 最初、それに気付いたのは。やはり、現役の兵士達だった。
極々小さな足元への違和感。ぬかるんだ泥を踏むかのような、踏み均されている筈の道には、在り得ない感触。
彼等が手を挙げ、続く者達へと合図する、その間にも。もう少しだけ馬車が、先へと進んだ…其処で。
「 …っ!?」
がたん。と。大きく荷台が揺らぐ。けたたましい、馬の嘶きが、気の抜けていた兵達、気もそぞろな学徒達、皆の意識を引き戻す。
転げ落ちそうになり、荷台の縁に掴まりながら、前方に目を向けると。
人ならば、どうにか沈まずに済んでいた、柔らかな地面に。より体重の重い馬が、脚を取られ、ずぶずぶと沈み掛けていた。
勿論、人より馬より、更に重量級であろう馬車その物も。言うまでもなく同様に…ただし。
此方は、どちらかと言うと。藻掻く馬に振り回され、左右に揺らぐ、そちらの方が問題。
激しい揺れに、人も荷物もしっちゃかめっちゃか、悲鳴を上げ、振り落とされる者に物。
そうしている内に、とうとう、馬との繋がりがひしゃげて外れ、盛大に車体は横倒しとなって…誰もが、ごろごろと、地に転がる。
「な、に…これ、どういう事で…っ、 …あ、あ、 わ…!?」
ぶつけた背や頭の痛みも。何処ぞにすっ飛んだ私物も。全て後回しだ。
ぬかるみの上、顔を上げた途端…気付いてしまった。
兵達が皆、剣を抜いて、声を挙げ、駆け出している…打ち合う音が、怒号が、響いてくる。
これは罠で。奇襲で。 戦いが、始まってしまったのだ。
■リスリィ > それはやはり魔族なのか。或いは同じ人間かもしれない。
積み荷目当ての盗賊など、何処にでも出て来るものだろうから。
騒ぎはあっという間に拡大し。兵と襲撃者達がぶつかり合い。どちらとも知れぬ鮮血が、宙に飛び、若い者が悲鳴を上げる。
未だ無事な分の馬車を守るべく、止まらせるべく。騎乗兵が後方へ、馬を走らせて。
その分先頭が手薄になるが…きっと。立て直せない馬車も、ますます沈んでいく馬も、最悪、見捨てて良い、と。そういう事なのかもしれない。
其処に居た、娘と、その友人達数名、含め。
かちかちという、小さな音は。鎧でも得物でもなく、娘自身の、合わない歯の根が立てる音。
握力が、何処かに行ってしまったかのようで、手にした剣はいつ、すっぽ抜け、取り落としてしまっても。おかしくない。
それでも。じりじりと迫る敵の影、狭まる距離に、剣を向け……
暫く、耐える事が出来れば。目と鼻の砦から、援軍が駆けつけるだろう。
そうしれば、奪えるだけの物だけ奪い、敵も引き揚げていく筈だ。
…それまで、幾人が。娘自身が。無事でいられたのかは、果たして――――
ご案内:「タナール砦」からリスリィさんが去りました。