2024/04/21 のログ
ご案内:「無名遺跡」に影時さんが現れました。
■影時 > ――失せもの探し、人探し。
冒険者が請ける仕事ではそれなりに頻度があるものだ。
有力な手掛かりがない限り、見つかる保証はないが、それでも依頼に上がるのは悲喜こもごもな事情があってのことだろう。
だが、それが迷宮の中で――となればどうだろうか。
已むにも已まれず、全財産そのものとも云える貴重な装備を擲って命からがら脱出を図り、回収を頼むために依頼を出すケースもあれば……。
「……行方不明者の探索、ねぇ」
人探しの仕事の中で、恐らくは上位に登るのはこれだろう。迷宮探索に挑んで行方不明となった者の探索だ。
事のついでに請けたのは良いが、いまいち気が入らない。そんな風情の声が迷宮の片隅で漏れる。
九頭竜山脈の麓に数ある遺跡。迷宮と呼ぶに房しい程に深く、複雑な遺構の片隅の暗がりでその声は生じ、闇に溶ける。
声の主たる男の姿もまた、闇に溶けるように気配はおぼろで、動きやすそうな異邦の装束の色合いもまた然り。
最近発見され、探索が始まったそれは未踏破階層が多く、人の入りもまた多い。入りが多くとも、出が少ないのがミソだ。
「心配する位なら、向かう前にどーにかこーにか引き留めとけ、とは思うンだが……と」
声の端が僅かに跳ねるのは、手を動かしたからだ。通路の脇にあった窪みで通りすがった魔物を躱し、後ろから奇襲を加えたのだ。
小柄なデミヒューマンを逆手に持った苦無で首を切り裂き、動かなくなった死体を転がす。
口元を覆面で隠した姿が行う所業は遅滞なく、作業的ですらある。死体が纏う襤褸で刃の血を拭い、収めながらどこか居心地悪げに身を震わせる。
妙な匂いがする。殺した魔物が放つ悪臭ではない。匂い自体はもっと別だ。周囲から生じ、立ち込めている気さえするほどの。
■影時 > 「……なンか甘ったりぃな。陰どころか、淫気の類かねさては」
魔族の国の領域で嗅ぐ瘴気とも、闇が濃すぎる領域特有の陰気とも違う。
劣情を掻き立てる蜜のような大気は、それこそ淫気と呼ぶ方が遥かにしっくりくることだろう。
道理で潜る前、入り口近くで子分の小動物たちが、揃って妙に居心地悪そうに鞄の中に退避したわけだ。
いわゆる高レベルの冒険者など、心身を鍛えた者たちならば、この位はまだ物ともするまい。
外に出たら欲望発散に努めることだろうが、強力な淫魔でも相手にしない限りは十二分に耐久出来る筈だろう。
慣れない駆け出し、耐性やら対策やらが出来ないものは、どれだけ耐えられるのだろうか?
「ン……? お、ッ!? おいおい、まだ浅い階層の筈だろう? ここは」
奇異はまだある。魔物を死体を押しやった側の壁が、不意に蠢動する。
まるで粘体やら粘菌の類のように、苔生した石壁に見える壁面が色そのままに無数の触手を生やしたのだ。
触手の群生が向かう先は、男に――己に対してではない。先程倒された魔物の骸に対してだ。
骸を取り込み、包んだ触手がそれこそ、きゅっぽん、と言わんばかりの勢いで引き込まれ、元通りの姿を取り戻すのだ。
ついつい放つ言葉通り、今言る階層はそう深くはない。
未開拓の領域もあるだろうが、初心者が踏み入ってもおかしくない浅い階層だ。
まさか、この手の生きた壁面が張り巡らされているのか? 何のために?
考えるだけ無駄だろう。迷宮の支配者、または管理者の考えることは――理解を及ばせる処を超えている。