2023/09/17 のログ
アマーリエ > ――単独、少数で動こうと思えば、遣りようは如何様にもある。

第十師団の特徴と欠点は、少数精鋭を重視することにある。
“竜騎師団”と俗称される通り、目玉、花形とする戦力は優れた騎士と竜のペアによる竜騎士だ。
その他の随伴戦力として、騎兵や荷馬車を多用する歩兵集団を擁しているが、単なる頭数だけを見れば他の師団には劣る。

現状、難攻不落を極めている拠点を落とし、攻めるにあたって決定打はまだない。今のところ出揃わない。
敵地の包囲が続くなら、見に回り、周囲をうろつく敵兵を各個撃破すれば其れで良い。
その上で少しでも敵情を知り、戦場の空気を確かめ、再認識したいと思うなら――、

「……アレが噂の、ね」

戦場視察と銘打って、師団長たる自身一人が出ればいい。そうすれば他の人員を他に回せる。
見に回るだけであれば、ぞろぞろと集団を引き連れてゆく必要はない。
長く続く戦場、戦域に於いて目にわかるような大きな変化があれば、頼まなくとも誰かが記録し、周知に回す筈だ。
であれば、より情報を得たい場合、直接代表が出張れば恐らくは事足りる。

雨が降りしきる昼間、城塞都市の周辺に構築された王国軍の陣の一つに、その姿がある。
薄汚れた黒いローブを纏い、目深にフードを被った者の姿が。
その下から覗く顔の形と零す声は、隠しようもない女のそれ。だが、ただの女ではない。遠巻きにする騎士、従士たちの様子は、一様に落ち着きがない。
風体だけで言えば如何にも怪しい女の正体は、彼らのさらに後ろで雨を浴びる姿を見れば一端は垣間見えよう。

(……退屈よのう。主よ、いつまで眺めてるのぢゃ?)

声に出さず、言語化された思念を飛ばしてくるのは、雨を浴びる大きな影に他ならない。
丸めた背に鞍や荷物を負い、翼を休める白い大きな竜がその主であった。
まだ少しね、と零して返せば、欠伸をするように牙が生えそろった口を開閉し、硫黄の匂いを放つ息を漏らす。
その様子を感じながら、ローブ姿が片手を出す。
ちょいちょいと手を動かせば、何を悟ったか。近くの侍従が慌てて筒状の道具を差し出し、渡す。

アマーリエ > 筒状の道具は俗に遠眼鏡、望遠鏡と呼ばれる道具だ。
今いる陣と敵の拠点である城塞都市の間に広がる戦域、その片隅を見たいならば其れが有れば事足りる。
自前の品が無いわけではないが、こんな風に催促すれば多少はらしくも見えるだろうか。
察しが効いている侍従にありがと、と答えつつ、受け取った道具を片目に当てる。
筒を伸縮して視界を調整していれば、次第にピントが合う。遠く悲鳴も聞える場所に在るのは、成る程。

「確か、エイコーンと呼ばれてたかしら。
 色々あるとかは聞いていたけど、遠くからでも見るだけでも……うん。厄介を通り越して、笑いたくなるかも」

――異形であった。一応の形状はヒトガタ。だが、大きい。実に大きい。
現在の戦場に出て暴れている個体は、目測で高さ5メートル位はあるだろう。
泥や黒曜石状の硬質部位が混じり、巨人騎士めいた様相を成したものが、叫喚を放ちつつ手にした大剣を振り回す。

大きさ、巨大さとは、それだけでも一つの脅威となる。
人間の数倍がある巨体で振るわれる手足は、さらに武器を持つことでより強烈な破壊をもたらす。
幾つか上がっている報告書によれば、この基本能力に加えて魔法的、と言える能力も見せるらしい。

「……――、前言撤回。あんまり笑えないわね」

其れが今生じた光、だろうか。目と思しい箇所から生じた魔力放射が光線として周囲を薙ぎ払い、火の手を生む。
起きる風が雨を波のように揺らし、声の主が目深にかぶったフードを跳ね上げるのである。
雨を吸い、垂れさがる前髪を掻き上げつつ、用が済んだ遠眼鏡を侍従に返却しては身を翻す。

何処に行くのか?という声が上がれば、

  「待たせたわね、トルデリーゼ。ちょっとそこまで運んでちょうだいな。……戦場にね?」

退屈そうにしていた竜のもとに歩み、その肩に乗る。鞍には座らない。
目的地の上空に至ればすぐに飛び降りる。そんな騎士の考えは既に承知している竜が、咆哮する。
周囲に居る敵兵、或いは王国の騎士や兵士が聞けば、知っていればすぐに悟ろう。誰が、何が来るのかを。

強き竜は己が姿を隠さない。
その乗り手たる騎士もまた然り。高らかに存在を謳い示し、来訪を告げるのだ。

アマーリエ > 契約を交わした主の頼みに応じ、相棒たる白い竜が畳んだ翼を広げて飛び上がる。
鳥のような小刻みな羽撃きではなく、魔法的な作用を伴う竜の飛翔は迅速の二文字に尽きる。
式典に竜を伴い、悠然と降下させるのは絵になるが、戦場でそうするのは悠長過ぎる。
竜騎師団の本領はそうした速度を利した急襲、奇襲にこそある。
その指揮者が単独であっても、それは変わらない。

「……――此処で下りるわ」

竜のひとっ飛びに任せれば、先程まで見遣っていた戦域の一角は目と鼻の先のようなもの。
眼下の情景を確かめ、鞍に括り付けていた槍を外して脇に手挟み、騎士は竜の肩をぽんと叩く。
行ってくるとは言わない。行ってらっしゃいとも言わない。
無言の信頼のもと、竜は頷くように長い体躯を捻る。その動きで、肩に乗った騎士を送り出すために。
ひらりと散歩に行くにも似た足取りで、中空に放り出された騎士は槍を振るい、その長大な切先を地に向ける。

「見上げられるのね。けど――遅い!」

竜の咆哮とその後に続く飛翔、そして到来を告げる風を聞いたのか、感じたのか。
眼下で暴れていたエイコーンが手を止め、顔を起こす。その顔に先刻見かけた魔力の集中を開始する。
其れを確かめつつ、魔力を解放する。竜の権能(チカラ)の一端を借り受け、呼び起こす。
ばたばたと風にはためくローブの裾が形を変える。蝙蝠の翼めいた形を帯びて風を孕み、一打ちして身を加速させる。
そして、構えた槍の刃に光が宿る。
瞬くような光は火種であり、竜の火炎の吐息そのものである蒼い炎へと転化する。蒼い炎を帯びながらの急降下の突貫が向かう先は、閃光を放つエイコーンに他ならない。

「~~~~~~~……ッ、結構、硬いわね……!!!」

魔力放射の光線でわずかに勢いを減じつつ、勢いが乗った突貫が敵の胴に突き刺さるが――浅い。
穂先が深々と刺さりながら、中枢を捉え損ねたと言わんばかりの硬い手応えが貫通を阻む。
槍に掴まる己を捉えんとする腕の唸りに、エイコーンの胸部を蹴って飛び上がる。
中空でくるりと一回転して、泥濘を蹴立てながら着地しよう。
最早隠しようのない長い髪をたなびかせ、敵を見据えて――笑う。確かにこれは強敵である、と。

アマーリエ > 今こうやって会敵した存在の情報は、体験しないと実感し難いものが多い。
前職ともいえる冒険者としての経験として、己が身の丈よりも大きい敵との戦いは何度もある。
だが、兵士たちがそうした経験に慣れているか、と考えるとそうではないだろう。
寧ろその手の巨大な魔獣、魔物との交戦経験は単なる兵士より、冒険者や傭兵の方が多いのではないか?

救援の到着、到来と思ったのだろう。
周辺で戦っていた王国の騎士、兵士や魔法使いに命じられるでもなく、負傷者を抱えて引いてゆく。
その情景をちらと横目に確かめ、小さく頷く。
巨大な敵との戦いに不慣れ、いや、戦いを強いられて漸く慣れだした頃合いだろうか?
必要に迫られて学ぶのが人間であれば、彼らは生き延びれば次回はより上手く遣れるだろう。

「様子を窺っている……でも、ないか。
 師団長と直で戦うのは初めて?でも、お生憎様ね。そう長く保たせるつもりはないわ、……っ!」

膝を伸ばし、右手に握る槍を構えてみせながら態勢を整えたエイコーンを睨む。
師団長を名乗るものを見る、確認したというのは、敵側にとってどれだけの回数があるだろうか。
其れは分からない。だが、まるで怨敵を見つけたといわんばかりに、巨人が震える。わなわなとと震え、咆えるのだ。
それはまるで怨嗟のよう。聞いたものを怯ませる竜の咆哮とは似て、それに増して悍ましさを覚える。

「っ、ああもう、何よ、これ。死霊を沢山宿らせているなんて、言わないでしょうね――!?」

まさか、と。幾つかの考察も含めた報告を思い出しながら、暴れ始める巨人より距離を取る。
先程までの居場所を、振り回される敵の大剣が叩き潰す。
ただ叩き潰すだけではない。向こうの大剣には、炎が宿る。赤と黒が混じった怨嗟のような火だ。
竜の吐息のそれを模倣できなかったかわりに、不浄めいた焔を呼び起こした――とでもいうのか。

であれば、炎術の心得がある女騎士にもいくつかの手立てがある。
距離を取りつつ、魔法使いの杖のように槍を構え、呪文を紡ぐ。謳うように放つ術は浄火のそれ。
不浄を清め、焼き払う眩い白い炎。それを幾つかの火球として呼び起こし、連続して叩きつければ、叫びが響く。

アマーリエ > 「多少は効いてる……と思いたいわね、全くもう。
 暫く前の騒動よりまだマシでも、こんなのが大挙された日には前線がもたないわよ」

超高熱で焼灼するのではなく、条理を逸したものを滅却することに特化した術法だ。
表面を焼き焦がすより、巨人を駆り立てる何かには十分に効くようには思う。
問題はそうした術式、魔法、魔術の使い手を何人揃えることが出来るかどうか、か。
神官や僧侶の類でもいい。ただ、問題なのは術者が前衛を張れるとは必ずしも限らないことか。

最悪、国境の警護、巡回に出している竜騎士を全員集め、横隊で竜の吐息を放つか。
エイコーンが仮に万一量産、大挙してきた場合の乱暴な対処としては先ずそれが思いつく。
だが、と。前置きをせざるをえない。噂に聞く敵の知将が対策を講じないと、どうして言えるのか。
方策を練るための試金石として、個体の力量を測るように間合いを取り、攻防を続けながら――思う。

最終的に打倒した後の感想としては、この状況の継続は軽視し難い。
そんな結論を陣を借りた騎士たちとのやり取りを経て得つつ、王都に戻っただろう――。

ご案内:「◆城塞都市「アスピダ」(イベント開催中)」からアマーリエさんが去りました。