2024/01/06 のログ
ご案内:「九頭龍山脈 温泉宿」にヴァンさんが現れました。
ご案内:「九頭龍山脈 温泉宿」にマーシュさんが現れました。
ヴァン > 九頭龍山脈の温泉宿。
王都でも有名な『九頭龍の水浴び場』の系列店である旅館は、王都とは違って落ち着いた雰囲気を醸し出していた。
歴史ある古びた宿といった風情で、いくつかの建物が点在している。

陽が少し傾きかけた頃にロビーに現れたのは銀髪の男女と、黒髪の少女が一人。
銀髪の男女は共に二十代に見える。恋人か、それとも兄弟か。近しい間柄なのは間違いなさそうだった。
黒髪の少女は十かそこら。東洋系の顔だちで、楽しそうな表情を浮かべていなければ二人との関係に疑問を持つ者もいたかもしれない。

「陸路なら何日もかかる九頭龍山脈も、ダイラスまで飛竜便を使えば半日か」

感慨深そうに言ったのは、過去に王都と往復した経験があるのだろう。

チェックインを済ませると、部屋の鍵を受け取る。
母屋たる旅館に、離れとして独立した客室がいくつか点在しているようだ。案内されたのは、そんな離れの一つ。
旅館には大浴場と娯楽施設、食堂、客室があるらしい。
男は従業員からいくつか説明を受けた後、質問されて後方を振り返った。

「食事は――マーシュ、夕食は部屋でとるのと食堂で食べるのとを選べるみたいだけど、どっちがいい?」

マーシュ > 普段と違う景色。少しだけ温かいような気がするのは、温泉地帯だからこその地熱の所為だろうか。
初めて目にするものも多いのは女が閉じられた環境しか知らないことに起因するのだが。

年末からの祭祀の連続を終えて若干寝不足気味の体に飛竜便がよくない、というのは若干身をもって理解した感。
元気そうな二人との体力の違いは歴然としつつ。楽しそうな様子にはこちらも和む。

「……乗合馬車とは全く違いましたね……」

彼方はもう少し体に優しかったというべきか、……その分進行もゆったりとはしているものだったけれど。

そんな回想はさておいて、宿に記帳した相手と、宿の案内に従って歩を進めている。
煮詰めた飴のような色をした建材の風合いが、建物の歴史を伝えるよう。
よく磨かれて艶を帯びたその雰囲気は居心地の良さを伝えるよう。

主館から離れた静かな別棟。
回廊でつながりあった建築は、己の知っている様式とはまた違う。
同系列ということだから旅籠と同じならシェンヤン風ということになるのだろうか。

説明と、それから向けられた問いに、少女へと目を向ける。
若干向けられている妙な勘繰りを避けるためなら──

「部屋のほうが落ち着けそうですから、そちらでお願いできますか…?」

ヴァン > 飛竜便は金で時間(そして安全)を買っているようなものなので、利用者は限られる。
あまり金に頓着しない男ですら、黒髪の少女に刀剣形態になるよう頼んだくらいだ。

「ダイラスからここまでの乗合馬車も高速だからね。疲れたかい?」

骨休めに来たのに疲れてしまっては本末転倒だ。気遣うように顔を覗き込んだ。

夕飯は部屋で、と伝えられた従業員は恭しく頭を下げた。
続けて「今のお時間だと大浴場も空いているのでおすすめですよ」と三人に告げる。何にせよ、荷物を置いてからになるだろう。
回廊を向かう途中、離れと離れの間に生垣がいくつか見える。利用者間のプライバシーを考慮しているようだ。

辿り着いた平屋の鍵を開ける。
畳敷きの室内は二間となっている。踏込の先に主室として低い机と四つの座椅子。右側の襖の先が寝室だと説明を受ける。
王都にある旅籠の上等な客室が似たような造りだったか。

「ええ、と。敷地内は浴衣を着るといい。浴衣は――あぁ、これか。大人用二人と子供用がある。
折角だし着てから風呂に入るか。で、大浴場は母屋の――」

机の上に置いてあった旅館案内に目を通す。旅館の構造図を見て固まった。大浴場には入口が一つしかない。
案内にはセキュリティもしっかりしていると書いてあったが、昨年の王都のようにはならないだろうか。不安が胸をよぎる。

マーシュ > 「多少は。しっかり休めば大丈夫ですし……そのための場所でしょう?」

嘘をついても仕方のないことだし。様子の違いはすぐに分かってしまう。
だから正直なところを吐露して──問題のないことも告げる。
休息というよりは寛ぐための宿なのだろうけれども、ワーカホリック気味な女にとって違いは至極曖昧だ。

覗き込む眼差しに柔く双眸を細めることで応じ。

此方の要望に対して異はなく。案内とおすすめを告げてくれるのに軽く首肯した。
さりげなく配置された庭木の配置などはそれぞれの離れを利用する客に配慮したものなのだろう。
適度に距離感を作ってくれるそれらが、不必要な余人との接触を避けてくれるようだった。

とはいえ、王都の安めの宿の構造とはまるで違う。
当然宿代わりに宿泊施設を要する教会とも。
寝るだけ、のような簡素さはなく、生活する空間を意図して作り上げている。

説明に同じように耳を傾けながら。
───若干その贅沢さに落ち着かなさを感じもする。

さほどない荷物を置いて。
浴衣、と告げられた簡素な装束へと目を向ける。
着方は一応以前教えてもらったからあれでいいのかな、と思いつつ、だが。

「………大浴場は母屋の?」

そこから先の言葉が潰えてるのが気になったのか、鸚鵡返しする様に復唱しつつ
卓上の書付を眺めて固まっている相手の背後からのぞき込む。
簡易な絵図に目を向けて。

「…………王都の旅籠の系列だから、絵図だけじゃわからないとは思いますが。
いってみます?」

じー、と卓上を眺めながら嘯いた。

ヴァン > 「もちろん。夜もしっかり眠れるようにするよ」

寝ている途中に悪戯をしないという意味なのか、熟睡できるほど身体を動かすということか。
にやっと笑ってみせるが、相変わらずどこまでが冗談かわからない。

女とは対照的に、男は贅沢さにある程度慣れているようだった。
とはいえ、客室が小さいとはいえ一つの建物なのは初体験なのか、時折感心するような声をあげている。

「……あぁ、母屋の一階にある。なだらかな丘になってるから、二階とも言えるのかな。
まぁ、この時間には人も少ないと言っていたし、大丈夫だろう」

ジト目になっていそうな彼女の顔を直視できず、半ば自分に言い聞かせるように口にした。
男は寝室へ向かってから浴衣に着替え、二人の許可が出てから主室へと戻る。バンダナも外している。
玄関には、敷地内専用の履物があった。鼻緒に足の指を差し込んで履く木履は王国では珍しい。

「そういえば、この造りはシェンヤンとはまた別の……セカンドがいた地域のものに近いらしい。
シェンヤンは赤というか朱というか、派手な基調の建物が多い。ここはもっと落ち着いた感じだな」

回廊を母屋へと戻りつつ、思いついたことを言う。
所々にある案内で大浴場につくと、入口はやはり一つしかない。脱衣所も一つだ。
いくつも棚に並べられている籠を見ると、その一つに浴衣が入っている。先客がいるようだ。

「王都とは違って、元々混浴なのか。……あ、そうだ。マーシュ、髪を結ってくれないか?」

そう告げると黒髪の少女へと視線を向けた。少女は嬉しそうに女に背中を向ける。
浴衣を脱ぎ、タオルを手に取ってから浴場へと入る。周囲を見渡すと思った通り人がいる。
親子連れと思しき三人組が湯船に浸かってのんびりしていた。

マーシュ > 「夜は、寝るもの、です」

じとめ。

冗談めかした物言いだから、大して意味はないはず。
応じつつ、己とは違い寛いでる様子なのは、育ちの違いなのだろうなと素直に受け止め。
肩に入りがちな力を抜くべく、ゆるく深呼吸。

「………まあ、そうですね。……ダメだったら逃げてしまえば」

此方を見ずに言葉を紡ぐ相手を少し面白がるような眼差しでみやり。
とりあえず浴衣を二人分受け取ることになる。

寝室に着替えに向かった相手を見送ってから──、着付け。
隣室の相手には着つけている最中のにぎやかな声が聞こえていたかもしれない。
主に少女の楽し気なそれであったかもしれないが。

慣れなくはあったが、基本的に構造自体は簡素なそれだ。
逃げたり跳ねられたりしなければさほど難しくはない。
問題は簡単に一枚布を巻き付けて、帯だのでまとめているだけの簡素さが、少々心もとないくらいで。
着替えを終えて外に出る段階の履物も併せて東方風、ということらしい。
柔らかな気の感触が素肌に伝わるけれど、うっかりすると脱げてしまいそうだ。

「………目に優しい感じがしますね。庭の樹なんかも自然にあるがままといった感じを受けますし」

手入れはされているのだろうが、きまった形を作るわけではなさそうだ。
もちろん丸く刈り込まれたりしたものもあるので、何らかの規則性はあるのだろう。

浴場の入り口はやっぱり一つ。脱衣所も当然のように一つなのに若干背筋が固まるものの──
先客の数もそうない。
それから告げられた言葉と、素直に背を向ける少女に対しては眉尻を下げた笑みで応じた。
湯を使うからある程度上げて……項を見せる形でお団子風に。
とは言え、髪留め一つ解けばすべて解ける簡易な結い方なのは、濡れ髪が痛まないようにという配慮。

己も同じように髪をまとめると──…諦めて装束を解く。
薄いタオルで攻めて体を覆うのは最後の防御といいたいところ。
先に浴場へと向かった相手を追いかける格好で二人で扉を潜ることになるのだろう。

先客の姿に少しだけほっとはしたけれど。
少なくとも乱交じみたことにはならないのは確かそう。

ヴァン > 「ここは日帰り入浴をやってないから、温泉に入れるのは宿泊客だけだ。変なのはそういないと思いたい」

王都のように旅館ぐるみということもあるまい。気楽に考えることに決めた。
襖越しに声を聞きながら、左右を間違えないように帯を結ぶ。ゆったりとした服はどうも慣れない。
東方から流れてくる冒険者はこんな服で刀を振るい大立ち回りを演ずるのかと思うと少々驚く。

「そうだな……いつ建てられたのかはわからないが、石はほとんど使ってないみたいだ。
木は……うん。詳しくはないが、庭園の刈り込み方とは違う感じがする」

石造りの建物が身近で、小さな建物だと木材も使う、というのが男の印象だ。木が主な建築にまさに異文化を感じている。
脱衣所には所々に貼り紙がある。マナーなどを案内するものだろう。一通り目を通しておく。
『過度に他のお客様と接触される方は出入り禁止』という文言もあることから、旅館としては注意をしているようだ。
一方で、注意書きがあるということは過去そういうことがあった、ということでもある。


「まずは身体を洗って、汚れを落としてから湯船に浸かる……と」

先程脱衣所に貼られていた紙の内容を思い出す。単なるマナーというだけではなく、温泉の薬効を高める意味もあるようだ。
洗い場に整列する椅子の一つに少女を座らせると、湯をかけてスポンジに石鹸を塗る。
そのまま背中を洗う姿は娘の世話をする父親に見えなくもない。纏められた髪に、なぜか嬉しそうに微笑む。

「……ん? あぁ、わかった。浴場内ならいいよ。泡を落として……いってらっしゃい」

子供が少女に話しかけてきた。八つほどの女の子だ。
温泉には湯治で訪れる者も多い。子供には退屈なのだろう、同年代の相手を見つけて興味を持ったようだった。
女の子と話したいという少女の希望に頷くと、二人は少し離れた湯船に浸かっていく。
親らしき人達に視線を向けると、すまなさそうに頭を下げるのが目に入った。

「さて……マーシュも、背中を洗ってあげようか?」

スポンジに湯を含ませてから石鹸を塗って泡を立てた後、問いかける。後で自分もやってもらおうという魂胆だろうか。
真面目なのか下心があるのか読み取りづらい、柔和な表情を浮かべている。

マーシュ > 「日帰りは無理があるでしょうしね、そういうこと…なら…?」

東方の装束をまともに纏ったことはない。これはどちらかというと寝巻きだとか室内着に相当するらしいことは宿の従業員の言葉で知ったくらいだ。
彼が雇っている、宿の女主人ならそういったことにも詳しいのかな、とたっぷりとした袖を軽く引いて眺める。
ゆったりとした装束という意味では己が普段纏っているものとさほど変わらないが
そちらより頼りなく感じるのは、ボタンや留め具が一切なく、紐や帯がその代わりを務めているのが起因しているのだろう。

目に触れるもの、目新しいものや目にとまったものを言葉にしていきながらたどり着いた先もやはり、物珍しさは十分。
そういった客のための書付が随所に案内として掲示されているのはありがたくもある。

「……………」

洗体が先、というのは合理的だし。そのために訪れているわけだし否はない。
否はないけれど、若干距離を置きたいなと思うのも女の本音だ。

先に少女の背中を流し始めたのにほっとして、こちらも己で体を浄めようとしたのだけれど。

「………………」

やはり小さな───先に入浴していた家族の子供なのだろうが。無邪気な様子で言葉をかけてくるのに目を細める。
少女同士で話がまとまり、楽しそうに湯船につかって会話する姿はその由来を聞いていても普通に人間の少女のそれだ。
それを見送ってしばし。

「………………………ん」

なんだか聞き捨てならない言葉に、呻く。
手に持ったスポンジが泡立てられているし、割と本気なんだろうかと胡乱な目。
ふる、と首を横に振った。

「いえ、自分で洗えますし。……
───…ヴァンが流してほしいというのならお手伝いはしますが、私は、自分で、できますから」

二人っきりというわけでもない。
ふる、ふる、ともう二度三度と首を横に振った。

ヴァン > 「ちょっと離れた所に別の温泉があって、そこでは複数の温泉を楽しむことができるらしい。湯めぐり、だったかな」

男も詳しくは知らないようだが、そこでは日帰りができるのだろう。
己の浴衣の帯や紐などを時々確認して首を傾げてみせる。


少女を見送った後、スポンジを握っては離して泡立てる。

「ん……?」

呻きに反応するように首を傾げた。
他の客に迷惑をかける行為は厳禁とされている。子供達の目に触れさせるのも同様だろう。
チェックイン早々追い出されるようなことは男はするまい。
遠慮するような言葉が続いたのは想定の範囲内か。
ふるふるという首の動きは男には伝わっているものの、そそくさと背中側に回る。

「まぁまぁ……さっきと同じようにするだけだから。前は自分で洗って、後ろは人に洗ってもらう。
背中側って意外と自分ではしっかり擦れないだろ?」

さっき、とは少女に対してだろう。確かに少女はリラックスした表情を浮かべていた。
貼り紙の下に料金表もあったが、その中に三助もあった気がする。
なぜ聞いたと問われそうだが、結局男は背中を流したいようだ。
首筋から肩にかけて、す、す、とスポンジを押し付ける。

「これくらいの強さでいいかな? 強弱のリクエストがあったら言ってくれ。
――さすがに、ここで変なことはしないよ。」

後の方の言葉はかなり小さい。大きければ、浴場全体に反響しただろう。

マーシュ > 湯めぐり、という言葉に興味はそそられる。
いろんなタイプのお湯があるのかな、と純粋な好奇心ではあるのだが。

己と同じ理由かは定かではないが、袖や帯が気になっている様子なのは同様で、すこし和んだりもしていたのだ。

「───」

気を回しすぎ、というよりは当然の反応ではないのかなと思うのだが。
そもそも混浴───家族風呂のような状況とは言え。男女が肌も露な場所で同席するような状況に慣れてない。
宿側の注意云々の前に、恥ずかしいのはかわらないことを理解してもらう前に───。

「え、ちょ……あの、ぅ……っ」

はっきり断ったはずなのに───!?と言いたげな表情。
さっき、といわれましても、彼女と己では若干状況や意味が、と言葉が形になる前に、首筋に泡の感触が触れてびくりと肩を震わせた。

「──────……ぅう………、ええ、はい……」

なし崩し気味に背中を流されてしまう。
おかしいな…とそろえた膝の上に視線を下ろして。

ひっそり告げられた言葉に、音の反響する場で即座に返答もできずにまたうめき声が響く。
湯の熱に充てられている、というよりは、じわりとした羞恥に肌を甘く染めながら、おとなしく洗い場の小さな椅子に腰かけて。
諦めたように背中を任せることにする。
ただ───、意趣返し、というわけじゃないけれども。

「次はヴァンの背中も流しますから………」

むすーと、拗ねた声音で言葉を返し。

ヴァン > 女が感じる羞恥はわからなくはない。
とはいえ、既に何度も互いの裸を見た仲ではある。
気掛かりなのは他の利用者だが、子供の親もヴァン達より一回りは年上に見えた。何より視線は自分達の子供に向かっている。

「ここの泉質は色々あるが、美肌効果なんてのもあるみたいだ。もっと綺麗になったマーシュを見てみたいなー」

冗談めかした言葉だが、本心でもあるのだろう。
スポンジが肩に触れた時の震えに一瞬スポンジの動きが止まったが、しばらくして肌の上を滑っていく。
丁寧にスポンジを動かし、背中の中心から横へ、上から下へ。
寝屋で身体を撫でる時のように丁寧で、漏れがないように洗っていく。腰のあたりまで下りてくるとスポンジが離れた。

「ありがとう。強めに擦ってくれて構わないよ。
さて、こんなもん……かな? あとは普通に手が届くと思うが、どう?」

返事の後、隣の椅子に腰かけると手や胸をごしごしと洗っていく。
マーシュが身体を洗い流し、背中側に向かうまでに前面をあらかた洗っておくつもりなのだろう。
女より少し背は高いが、男はそう体格が優れている訳ではない。
洗いやすいようにやや背を曲げると、大きさがさほどでもないことに驚くかもしれない。

「部屋に戻ったら、緑茶を飲んでみたいな。机の上にあった丸いやつに入ってるんだっけ」

黙っているのも変なので、先程の居室を口にする。円柱状の木製の容器内に異国の茶器が入ってると聞いたことがある。

マーシュ > ───そういう関係で。忌避はない。
それでも恥ずかしいものは恥ずかしいし、それに雰囲気というものだってあると思うのだ。

昼下がりのまだ明るい時間、ある種長閑すぎる光景ではあるのだが。
……恋人同士の甘さ、というものにはいかんせん慣れないままだ。それを正直に口にしたら───残念なものを見る目で見られる気はするのだが。

「……美。」

困惑の声が上がる。褒められることに悪い気はしないとは思うのだが───、己の美醜を客観的に論じる機会のない女は惑う。
背中をこすられる刺激は心地よく、徐々に緊張を解いて目を伏せた。

「…はい、ありがとうございます。流すので少し待ってくださいね」

暫くそうしていたら、背中を泡立て終えたらしい手が離れてゆく。
最終的には心地よかったから、それを素直に伝えて───、己が残りの肌を濯ぎ浄める間
傍らで同じように体を洗っている相手の言葉に対して視線を横に流す。

客室に用意されていたのは、宿の世界観に合わせたお茶と、お茶請け。
お茶に対してこだわりのあるらしい相手の言葉には純粋に笑みがこぼれた。

「ええ、お菓子も綺麗でしたね。
………ちょっと不思議な感じがまだしてます」

つい先日までは、祭祀に追われていたのだけれど。
今は温かな湯で身を浄め、言葉を交わしている。旅程がそれだけ急いだこともあるのだけれど
まだ現実感が乏しいままなのを紡いで、静かに笑う。

泡を流すと、身を起こして相手の背後に。
あまり鍛えているようにも見えない背中。
背が高すぎることもない相手の体つきは、騎士と聞かなければわからない程度には普通…だと思う。
己が相手にする人は病人だったり老齢だったりすることが多いから、一概には言えないのだが。

「それじゃあ、失礼しますね?」

同じように手にしたスポンジで泡立てると、項側にあてがい、力加減を確認しながらこすってく。
そのへんは──入浴介助にも似てるな、と思ったけれど。それを口にするのはさすがに憚った。

ヴァン > 「仕事柄、装飾品とか化粧とは遠いだろう?」

連れ合いの美しさを誇りたい気持ちと、あまり多くの男に知られたくないという相反する感情を持つ、心配性の男。
温泉の効果を凝縮した粉末が土産物屋に売ってたな、と呟いた。

「……あぁ、着替えをしている間に見たのか。楽しみにしておこう。
不思議、というと……?」

自分は茶びつの中身を見ていなかったから、お茶請けの中身について言及されると一瞬不思議そうな顔をした。
お茶についても、緑茶を飲む機会はあまりなかったようだ。どこか楽しそうな雰囲気が伝わってくる。
背面に回っていくのを横目で追いつつ、振り返りはしない。
スポンジが背中を洗っていくと、気持ちよさそうに息をついて目を閉じた。
女が仕事で行っていることに似通っている所がある、とはついぞ思わないまま、終わるのを待つ。

全身の泡を流した後、浴槽を見た。誰も入っていない。おや、と首を傾げる。
黒髪の少女が入口の方から戻ってきた。その背後で親子連れが会釈をしながら脱衣所に向かっていった。随分腰が低い家族のようだ。

「さて、湯船にしっかり浸かろう。……どれくらいがいいんだろう」

あの家族はそれなりの時間いたようにも見えるが、よくわからない。
男はほぼシャワーで生活しているし、女も湯船に長く浸かる習慣はなかったと思う。
湯あたりをしない程度の長さで楽しむことにしよう。時間は十分にある。

温泉の中でしばし、水入らずの時間。

マーシュ > 「多少手入れはしますが、装う為のことはあまりしないですね」

一応己の会派は清貧を歩む派だ。
王城にいる以上は多少気を遣うものの、それとて一般の女性や、ましてや貴族の女性からしてみれば大したことではないだろう。
何か聞こえた呟きはとりあえず聞かなかったことにしつつ、手を動かした。

少なくとも己の価値観では外見の美醜が、その魂の評価を決めることではないからだ。
ただ───

「見てみたい……んですか?」

己が湯めぐりの湯の種類がいくつあるのかを試したいのと同等の好奇心のようにとらえての問いかけ。
だからといって装うにも己の手荷物は必要最低限しかないけれど。

「はい、動物や、花の形を象っていて……見てのお楽しみですね。
……いえ、たいしたことではないのですが。つい先日まで王城にいたのに、九頭竜山脈まで来てしまってることに対して、ですね…?」

仕事と、休息の切り替えがまだうまくいってないようです、と続け。

背を流すのに心地よさそうな吐息が聞こえたのなら少し満足気。
そうやって隅々──とはいっても相手と同じように嗄れの手の届きづらい範囲を泡立てると、軽く声をかけて湯を流し始めて。
そうしてる間に、先に入っていた家族は湯から上がるよう。
戻ってきた少女とともに湯に浸かりながら。

「…………逆上せない程度に、でしょうか」

禊としての沐浴は習慣があるが。
身を浸す場が温かいことはまずないので、こちらも少しだけ落ち着かない。
ただ、じわじわと伝わってくる熱は心地よくて───、羞恥とは違う熱に染まってゆく。

移動の疲労感もゆるゆる溶けてゆくような心地よさを感じながら───。
3人で穏やかな時間を過ごすことになるのだろう。

ご案内:「九頭龍山脈 温泉宿」からヴァンさんが去りました。
ご案内:「九頭龍山脈 温泉宿」からマーシュさんが去りました。
ご案内:「九頭龍山脈 山賊街道/山中」にイェリンさんが現れました。
イェリン > 人の気配を感じられない山道。
日も暮れ始めた時間帯に小さな背嚢を背負い、地図を片手に歩く。
地図によればもうすぐ山道を抜けるはずではあるが、続く道にその気配は全くなく。
安く買った地図ゆえの縮尺のおかしさに気が付かないまま、あと少しで抜ける筈、目印に書かれているのがそういえば無かった、等と考え。

「いい加減に山小屋か山を抜けないと暗くなってくるよね。
野宿の準備はしてないから、それは困るかも」

予定では山を越えた先の宿場に、無理でも避難用の山小屋にまではたどり着ける計算。
しかしそのどちらも無理そうに思えれば野営しかないが準備もない。
その事に悩むしぐさをするが。

「最悪は洞穴探しか丁度いい木の虚でもあれば御の字かもね」

それを探すのはもう少し後でも行けそう。
空を見てそう判断をしては山道を歩き続けて。

ご案内:「九頭龍山脈 山賊街道/山中」からイェリンさんが去りました。