2023/08/04 のログ
ご案内:「神聖都市ヤルダバオート とある聖堂」にアダンさんが現れました。
■アダン > 神餐節の時期となれば、聖職者達が王国内で忙しなく働いている様がよく見られる。
働くというよりは神への「奉仕」であり、正確に言えば労働とは異なるのかも知れないが、何にせよ彼ら彼女が忙しい時期であるには違いない。
神聖都市ヤルダバオートの路地や聖堂では、炊き出しや祈りの声が聞こえている。
巡礼者の他、そぞろ歩きをする観光者の姿も見え、神聖都市ならではの静謐さも今はなかった。
修道女を引き連れた男たちが、路地裏等に消えていくのを見れば、アダンは薄笑いを浮かべる。
アダンはそんな人々の流れを横目に、とある聖堂へと足を踏み入れた。
この神餐節のために心から奉仕している修道士や修道女なども多いのは確かだろう。
しかし、この神聖都市の裏側で行われていることを知っているアダンにとっては、この神餐節という祝日もただただこの堕落した国の欲望が発散される日の一つに過ぎない。
もちろん、アダンもその目的で神聖都市まで足を運んでいる。
普段神への祈りなど行っていない男も、この時期ばかりは「敬虔な信徒」となるのだ。
「どうぞお納めください」
アダンは聖堂内の司祭にある包を渡す。この聖堂への寄付金だ。喜捨である。
祈りなど行う人間ではないが、ノーシス主教の教会や聖職者への支援をアダンは積極的に行っていた。
その内実が腐敗していようとも、ノーシス主教が王国内で重要な役割を担っていることは間違いない。
司祭たちも人間である。それなりにこちらからよくしてやれば、政敵の弱みになる情報などもそれとなくこちらに流してくれる。
こと神餐節となればなおさらのことだ。
今日ここで良い獲物に出会えなかったとしても、神聖都市まで足を運んだ甲斐はある。
「お前たちはしばらく好きにしていろ」
寄付を終えれば、聖堂に並んだ椅子にアダンは腰掛け、従者たちに暇を出した。
彼らは彼らで神餐節の裏側を楽しむことだろう。
アダンは信徒のような顔をしつつ、聖堂に訪れる者たちを値踏みするように眺める。
別に相手は修道女でなくともよい。
平民であろうが貴族であろうが王族であろうが、この男にとっては自らの下卑た欲望を満たすための存在にすぎない。
ご案内:「神聖都市ヤルダバオート とある聖堂」にシシィさんが現れました。
■シシィ > 祝祭、そう表現していいものかどうかは迷うところではあるが。王国民にとっては一大祭事の一つの季節が訪れる。
聖職者たちが街中でも率先して行事を取り仕切る姿も散見するし、またこの期間はチャリティも盛んになる。
当然商いをする身としてもそれらは無視できるものではないし、また一国民としての喜捨として、行事そのものに参加することにもなる。
──女もまた、そうした王国の時節の流れに逆らうことなく、そういった世俗に身を投じる一人として参加していた。
とりわけ熱心な信徒、というわけでもないが、商いで生計を立てている以上、良い関係は築いておいても無駄にはならない。
神聖都市を訪れているのもそういった理由からだ。喜捨として金品、あるいは、祭具などを収めて回るその道行。
その聖堂を訪れたのもそういった、ある種個の時節においてはごく自然な成り行きであった。
他の巡礼者と同様に聖堂に詰める聖職者、司祭などに挨拶をし、祭壇へと喜捨を収める。
特に財を築いているという立場でもないから、貴族の家門のような扱いは受けることもない。
そのことに不満を覚えているわけでもなく、人々の波に従うように、その最後尾についた。
生成りの簡素なローブの頭巾をおろして、一息入れる。
ゆったりとした装束は、その実通気性もよく、こういった夏場の旅装としてよく纏っている。
眺めるともなしに聖堂の様子を眺めながら、列の前の動きに沿うように静かに歩を進める。
普段祭具を収めはしてもじっくりと足を踏み入れることは少ない。
危急の際に宿を頼むのはもう少し郊外のひっそりとした場所だったが、あそこも今はここと同じに賑やかなのだろうなと思うと表情がわずかに緩んだ。
■アダン > 喜捨・寄付、祈禱、祝福――
アダンが行ったように、その後に続いて様々な人間が祭壇へと向かい、各々の目的を遂げていく。
貴族などの高い身分にある者や、特に高額な寄付を行った信徒は優先して喜捨等を受け付けてもらえる。
アダンが聖堂にはいってすぐに用事を済ませられたのはそのためだ。
一般の信徒たちは列を成して祭壇まで向かうことになる。そんな様子をアダンは眺めている。
「ほう……」
それとなくその列の中から、今回の自分の目的に遭うような娘を探す。
目に留まったのは褐色の肌の女だった。
服装などからして、異国民――あるいはそうでないにせよ、王都から離れた地域の出身であろうことが想像できた。
その装いは旅のもののようであり、他の巡礼者同様、そしてアダン自身同様、神聖都市外部の人間のようであった。
アダンはゆっくりと席を立ち、その女がいる列へと歩みを進める。
相手の素性も分からぬ故、最初は多少なりとも慎重に行かねばならない。
この聖堂とは「良い関係」を結んでいるから、なにかあってもそう面倒なことにはならないはずではあるが。
「もし、旅のお方でいらっしゃいますか?
いえ、突然申し訳ない。
私はアダン・フェリサというものでして、ここの聖堂とは良くしてもらっている者です。
そのお姿から拝察するに、旅の行商の方かと思いますが――
喜捨に来られたので? この様子だとかなり時間がかかってしまいますな」
アダンはローブを纏った褐色の肌の女に声をかけた。ちょうど最後尾とあって都合も良い。
行商人かどうかなどすぐに見てわかるものでもない。これは単なる予想の類である。
この聖堂と関係の深い篤信の信徒、そのように装いながら会話を持ちかける。
■シシィ > 列の進みはゆったりとしたものだ。それぞれの信仰を示し、あるいは祝福を授けてもらうためにそれぞれに時間がかかるのは致し方のないこと。
この時節特有の人波だと思えば、それもまた時節の楽しみといえるのかもしれない。
時間を取られるのは確かだが、普段じっくりと眺めることもない聖堂の装飾などに目が向く。
細かなレリーフの様子や、その保全痕等。
歴史のある建物は、それが故にその維持も難しい。こういった機会により多くの喜捨が集められるとそういったところにも手が入れられるのだろうなと、俗な考えが巡るのはやはり己は世俗側の人間だからかもしれない。
聖堂の中には、巡礼者や明らかに貴族、そして聖職者など様々な人々が思い思いに時間を過ごしているようだった。
信徒席に身を預け、祈りを捧げている人もいるし、高位司祭らと歓談する姿も垣間見ることはできる。
おおよその人間は己のように並んでいるのだが───。
さて、己のいでたちは、旅装としては一般的なつもりではあったが、暑さに特化したそれは確かに王国の周りでは見ない型だったのかもしれない。
あるいは、それをまとう己の肌の色が目をひく結果になったのか。あるいはそのどちらもかもしれない。
そんな物珍しさが手伝ってかけられる声に、よほど非常識なものでなければ穏やかに対応することにしていた。
彼の言葉もまた、ごく一般的なものであったと同時に──。
「ええ、そのようなものですが───、よくお分かりですね?」
己が商いをしているかどうかは出で立ちからではわからないだろうから、そこは少し意外だった。
素直な驚きを込めて返事を返し、返す視線。
相手の身なりは決して悪くはない。既に喜捨を済ませた様子からしてもおそらくは貴族なのだろうと察することはできた。
そんな彼の言葉に、視線を列の先へと向けて、少しだけ困ったような笑みを浮かべる。
「ええ、まあ…。神餐節ですから仕方ありませんね。私もこういった機会でもなければ訪れることはなかなか難しい場所ですから……」
己がいるのは列の最後尾。これからまた人が並ぶ可能性はなくはないが──時間がかかりそうなのは見ても分かる事実だった。
■アダン > 「やはりそうでしたか。お姿からして、この地域の方ではないように思われましてな。
おっと、これはいささか失礼な物言いでありましたか。
いえ、以前王都で似たような方をお見かけしたように思いまして――」
彼女が商人らしい荷を背負ってもいれば確実だったろうが、服装だけでいえば普通の巡礼者にも思える。
判断材料は何もないに等しい。故に、王都で見かけたなどと適当な言葉を告げる。
相手が実際に行商人であればよし、そうでない場合も自分の立場を述べる可能性が高い。
そして、目論見は成功した。彼女は商人であるとのことだ。
王城での権謀術数の数々の経験を活かし、アダンは即座に思考を巡らせる。
自身の名前を聞いても顔をしかめたりしないということは、腐敗貴族としてのアダンのことを知らぬということだ。
「ええ、時節柄どの教会も慌ただしくしているようですよ。
一般信徒への対応のほか、王侯貴族もこの時期は巡礼に来ますからね。
特にこの聖堂はそれが多く、今のような有様というわけです。」
いかにも事情通であるかのようにすらすらと言葉を並べ立てる。
「商人であれば、祭具などをお納めすることもあるでしょう。
私は貴族の末席を汚す者ではありますが、先程喜捨を終えて参りました。
深く祈られるということでもなければ、商人や貴族のための別の喜捨の受付場所がありましてな。
よろしければそちらにご案内しても? 一般の信徒の方も順番が速く回って喜ばれるでしょうから。
司祭や修道女も手一杯のようでして、せめてもの奉仕として案内のお手伝いをサせていただいているのですよ」
列の前方では、敬虔な信徒と思しき人物たちが司祭たちと話し込んでいる。
そのためか、なかなか列が前に進むことはない。彼女の後ろにはまだ誰も並んではいないが、この聖堂に向かってくる一団が見えてきている。
アダンは商人や貴族のための優先的な喜捨の場所がこの聖堂の別所に用意されているなどと告げた。
貴族のための優先的な場所があるのは事実だが、商人のための場所はこの聖堂には用意されていない。
「よろしいですか、こちらの方をご案内しても?」
信徒を案内していた修道女が近くを通れば、彼女に声をかける。
修道女は『お願い致します』などとアダンに一礼し、申し入れをあっさりと受け入れた。
案内をしているというのもその場の思いつきもいいところだが、内部の人間がそれを承諾したのならば、アダンの話にもそれなりの説得力が生まれるかも知れない。
修道女はアダンのことを知っていた。この聖堂に多額の寄付を行っており、裏側も知っている男だ。
そのような男の言葉をここで否定するようなことはなされなかった。
ローブの女がアダンの申し入れを受け入れれば、アダンは聖堂の奥へと向かい歩きだすことになる。
■シシィ > 「……そうですね、王国内で商いをしておりますので、王都にも顔を出しますが──」
己が扱っているのは、平民向けの雑多な雑貨品。貴族や富豪などと接するのはおそらく鑑定などの仕事の場合だが。
基本そういった仕事は、紹介状を介しての仕事になるだろうが──どこかで一方的に顔を覚えられていることもあるため曖昧な笑みを浮かべてごまかした。
知ってもらう分には特に問題はないと判断してのこと。
それらが口先だけのことだとしても、特に気にはしていなかった。
こちらも、彼の顔を知らなかったし、身なりや口ぶりからは貴族だろうという判断くらい。
彼の名と評判は耳に届いてはいないため、語られる言葉に素直に耳を傾けている。
「そうですね、こちらの都市にお邪魔するときは大体がそうしたものを納めるときがほとんどで──。
今日はそのほかにいくばくか喜捨を、と思ったのですが。なかなかに難しそうな時間帯でしたね。
───あら、そうでした、か……?」
以前訪れた時はそういったことはなかったような気もするが。
己が普段訪れている聖堂とは違うこともあって勝手はわからない。わずかにためらうものの──、彼の言葉通りな部分があるのは否めない。
列の先の人々の様子や、聖堂内のざわめき。……己の背後に連なるだろう団体の姿が見えたのにためらいつつも頷いた。
確かに己は、敬虔とは言いがたいのは自覚している。そんな念も手伝って──天秤が傾いた。
彼が見知っているらしき修道女に声をかけたのも大きい。
あっさりとした承諾の返答、慣れた仕草で奥へと歩き出す姿に僅かにためらいはしたが……その後ろに続くことになった。
■アダン > 女は多少ためらいを見せたように思われたが、拒否するでもなくアダンの後ろをついてきていた。
ひとまずは成功といったところだろう。やはり自分の息のかかった場所を色々な街に用意しておくのは便利なものだ。
アダンは下卑た笑いを浮かべ、聖堂の奥の扉へと歩みを進めていく――
ご案内:「神聖都市ヤルダバオート とある聖堂」からアダンさんが去りました。
■シシィ > 彼個人を信用していいかはわからないままだったが──聖堂関係者までを疑わなかった。
人の良さそうな修道女であったことも彼にとっては幸いに、女にとっては災いだったのかもしれない。
ほくそ笑む彼の後ろを、わずかに視線を散らしながら女は続くことになった。
ご案内:「神聖都市ヤルダバオート とある聖堂」からシシィさんが去りました。