2023/12/19 のログ
ご案内:「メグメール(喜びヶ原) 乗合馬車」にセリノさんが現れました。
■セリノ > 日の出前。王都・東城門近くの広場にて停留する黒幌馬車の中、セリノはかじかむ手をすり合わせていた。
黒幌馬車。王都近辺の主要都市をつなぐ乗合馬車の一種である。
黒幌馬車という名も通称だが、正式名称をきちんと覚えている利用客は多くはない。
それほどに、荷台を覆う分厚い幌布が印象的なのだ。天面のみならず側面もぴっちり覆いきり、窓もない。
背面の出入り口も重たい防水布が二重に重なりあい、不慣れな者は出入りすら難儀するだろう。
ほぼ密閉空間といえる荷車内部は真っ暗で、それゆえに色々と面倒事が起こり、悪評にも繋がっている。
だが悪評の分だけ、価格は抑えめ。長距離便はその距離分だけ値も張るが、他の幌付き乗合馬車よりはずっとお手頃。
また、冬にはこの密閉性は見逃せない利点となる。重厚な幌が冬の風を完全にシャットアウトし、保温性もあるためだ。
どんなにビュウビュウと寒風の吹く日でも乗客が悩まされることはない。
ちなみに夏場の黒幌馬車はというと……語るのもおぞましいほどの地獄の様相を呈する。
「ふうぅ……そ、それでも流石に冬の早朝は車内も冷え込みますね……」
酸欠や火災を防ぐため、馬車の中で火などは炊かれておらず、許されてもいない。
客自身を暖房とするシステムため、もう少し客が入れば過ごしやすくなるのだが、早朝便ではなかなか望むべくもない。
……まあそれでも、吹きさらしの荷台よりはずっと快適だ。
昨晩、遠方にある古代遺跡の情報を情報屋から購入した、冒険者セリノ。
徒歩で丸2日の距離にある遺跡の情報ゆえ、安く売れ残っていたものだ。この寒空の中徒歩で行くのはさすがに難儀である。
だが早朝の馬車に乗れば日暮れ頃には目的地付近の宿場町まで辿り着けそう。
そんなわけで早起きし、東方に向かう長距離便に1番乗りしたわけだ。距離が距離のため、これが第1便にして最終便である。
この後この馬車は王都の他の城門をぐるりと回って他の客を拾い、それから街道に向かう。
通りがかる宿場街でも客の乗降のために都度停留することだろう。
「他の客が来ないと暖かくなりませんけど……でも変な客が隣に来たら怖いな……」
隙間風も入らないほどの半密閉空間ゆえ、内部はほぼ真っ暗闇。邪な客が隣に来たとしても、少女にできる抵抗は少ない。
料金は先払いで、期限付きの旅というわけでもないため、途中下車して逃げ出すことも可能ではあるが、そうならないに越したことはない。
■セリノ > 結局、始発駅である東城門からはセリノ1人だけを載せ、黒幌馬車は出発する。
王都の城壁をぐるりと回って、他の主要城門から客を拾った後、街道へと出る予定だ。
「……………………」
セリノは、幼いころにうけた呪いによって五感がかなり鈍っている。
視力や嗅覚の鈍りが顕著だが、痛覚や寒暖に関しても同様に鈍い。これは利点とも欠点ともいえよう。
実際この寒々しい空間にいても、手指の関節がこわばる感触こそあれど、苦痛に感じるほどではない。
当然暖かいに越したことはないのだが。
王都付近の道は、とくに城壁周辺の道はきわめてよく整備されている。
常歩の速度で走る馬車は揺れも少なく、コトンコトンと心地よい。
前方に意識を傾ければカポカポと16の蹄の音もリズミカルに。
真っ暗闇は怖いが、この空間に『今は』自分ひとりなのであれば、恐れるものはない。
やや無理して早起きしたこともあって、セリノは早くもウトウトとし始めて……。
「………………………すぅ…………………すぅ……」
後頭部を分厚い幌布にあずけて。
最初の停留所につくよりも早く、セリノは寝息を立て始めた。
■セリノ > 西城門で1人、北城門で2人の旅客を拾った馬車。
他の客が後部の布地を持ち上げてよいしょと乗車する間も、セリノが目を覚ますことはない。
定員8人(向かい合う4人掛けのロング席2つ)の馬車内は、見事に行儀よく4人が隅っこに座る形となり、王都を離れる。
二度寝に耽っていたセリノが次に目を覚ましたのは、街道を進み始めて3時間が経過したころ。
突然馬がけたたましく嘶き、ガタンと車体を揺らしながら急停車した。さすがのセリノもこの衝撃なら目覚める。
動揺する他の客たちをよそに、未だ夢うつつのままのセリノは、馬車の外の方に意識をむける。
すると何やら『声』が聞こえる。人間の言葉とは違う、ガラスをひっかくような耳障りな音。しかしそれは確かに言葉である。
冒険者セリノはこれを知っている。ゴブリン達の言葉だ。彼らの言語体系を完全に熟知しているわけではないが。
だが金目のモノや食料をせびる語彙のいくつかは、冒険者や旅慣れた者なら聞き覚えのある者もいるだろう。
進路を塞がれているようで、馬車は強行突破しようとする様子もない。
「ふあぁぁ………っ、ん………まったくもう……ひとがいい気持ちで寝てるときに……」
奥の席に座っていたセリノはあくび1つをすると、御者席に通じる窓を仕切る厚布を持ち上げ、顔をのぞかせる。
進路妨害をしているゴブリンは10匹。都合よく道の真ん中に固まっているのが見える。
「すみません御者さん……10秒後に馬たちの頭を下げさせてください……」
眠たげな声で御者にささやきつつ、セリノは懐からワンドを取り出し、前方に向ける。
御者は意図を察したようで、振り向かずに小さく頷いた。
セリノはそのまま、ムニャムニャと寝言めいた呪文を口に含むように唱え始めた。
――御者が手綱を打ち、指示通りに馬の頭を下げさせるのと同時に、魔術の編み上げが完了する。
『――――――――ッ!!! ギャッ!!! ギャアアッ!!!』
ゴブリンの一団を、凄まじい勢いの雪と雹が襲う! 魔術でしか再現できない、超局所的な吹雪だ。
過冷却された水分を含んだベトベトのミゾレがゴブリンの身体に纏わりつき、急速に体温を奪い、氷の層と化す。
皮膚を裂くほどの雹の打撃も合わされば、野生に生きるゴブリンとてひとたまりもないはずだ。
逃げ遅れた1匹が半身を氷で覆われて倒れ、身動ぎひとつ取れなくなる。残りは悲鳴を上げながら散っていった。
吹雪が止むと同時に御者は馬たちに発破をかけ急発進。難を脱する。
「………はぁ。まったく……こんな寒い日にゴブリン共はよくも元気に暴れられますね。凍傷とか怖くないんでしょうか。
やっぱり旅は幌つきの馬車に限りますよね……多少お高い運賃を払ってでも、ね……」
比較的高度な魔術を行使したため、疲労感がずしりと押し寄せてくる。
椅子に座り直したセリノは、未だ緊張の解けない他の客をよそに、再び居眠りに興じ始めた。
その後は特にハプニングも起こらず、定刻通りに目的の宿場町まで到着する。
遺跡探索は翌日から。どのような成果をあげるか、あるいは良からぬコトに巻き込まれるか、それは別の話。
ご案内:「メグメール(喜びヶ原) 乗合馬車」からセリノさんが去りました。