2025/05/24 のログ
オズワルド > 「いや実はですね、」

前置きを置くのは、流石に物乞いと同じ行いをすることへの羞恥心ゆえ。
いやでも、実際耐えられない。具体的にどう耐えられないって、

ぐぎゅるるるるる…、

物の見事に腹の虫が鳴くくらいに耐えかねているのだ。よってやることは一つ。

「見て聞いての通り、現状食べるにも困っておりまして。何か食べ物があれば分けてもらえませんか…!」

ド直球。
なお、下手すると他にも物乞いが寄ってくる可能性はあるが、それを気にする余裕などなかった…!

「パンのかけらとかでも良いんで!最悪水とかでもいいですし…代わりに何かしらお役に立ちますよ、ええ。ですので何卒ーっ。」

へへーって膝をつき大げさに頭を下げて乞う。
声はかっすかすだが、言葉のぺらの回り方や大げさな動作も合わせれば、周りからの目は あ、あいつまだ余裕あるな、って冷たい目かもしれない。

カロン > 恥じらう青年と戸惑う少女の図の中、言い辛そうな彼の代わりに腹の虫が先に声を上げた。
それを聞いて、少女は見上げていた視線を胴へと落とし。

「――…………、あ、あはは……」

困ったように小首を傾げて笑った。
彼曰く、数日の強制断食に耐え兼ねて声を掛けてくれたそうで。

「まぁっ、それは大変です! ああっ、そんな……! 頭を上げてくださいっ」

大仰に頼み込む青年には流石に焦り、おろおろ、兎に角立ち上がらせようと手を取った。
しかし、だ。周囲の視線を受けて、少女は逡巡もする。

ポーチの中には昼食にと用意したサンドイッチと紅茶がある。
ここで、青年一人に無条件にそれを分け与えてしまえば、他の人も欲しいと言うかもしれない。
最悪、喧嘩になってしまうかも……。

そんな懸念が胸に浮かび、すぐには頷けなかった。

「えっと、あの……。
 そうですっ! まず、お名前をお聞きしてもよろしいでしょうか?
 あ、私はカロンと申します」

何を思いついたか、少女は青年の手を引きながら尋ね、手短に自己紹介をした。

オズワルド > よし!貧民街に慣れてない様子から見て察していたが、押しに弱い!ここは押せば行ける…!
ぎらり、眼がどんよくに煌めく。若干澱んでいるのはおなかがすいているせいです。
決して、ボイス可愛い…!って考えてしまったからではないのです。

ちなみに、取られた手は薄汚れていたが、それでも色々とタコができてあかぎれ気味の、働いている手。
取られてしまえば、にぎにぎ、とこちらからも握り返して。

「いやいや、こうしてねだるともなれば頭の一つの下げて当然のこと…!」

このまま一気に押し通してしまおう。そう思うのだが、しかし。
突然の自己紹介に顔を上げて瞬いて。改めて、声をかけた人物の顔を見る。

「うっ、」

美少女だ…!
むねがつまる。

「あ、あー…自分はオズワルドです。カロンお嬢さん――っと、」

手を引かれれば、一瞬かくっと体を揺らしてから、着いていた膝を上げてひかれるがまま。
歩き出すならそのまま、ついていくことになるだろうが。
何にせよ、プライドもろとも賭けにでた結果に身をゆだねるように、割となされるがままだ。

カロン > 握り返された。そのまま皮の厚い手ににぎにぎと触られると、不思議そうにキョトンと眼を丸めた。
飄々としていると言うか、軽薄と言うべきか、勢いのある青年の言動に押されっぱなしである。

「――? オズワルドさんですね、どうぞよろしくお願い致します」

何故か言葉に詰まるのにまた首を傾げ、ふらつくなら倒れないようにそっと腕を支えよう。
ようやっと立ち上がってくれたことにホッと安堵の息をつき、困惑強めだった苦笑が和らぐ。
こちらに向いた顔と視線を交わし、改めて青年を見上げた。

「あの、先ほどのお話なのですが。
 私、この辺りには不慣れでして、今道に迷っていまして……こちらのお店に行きたいのです。
 もしご存じでしたら、お店の場所を教えていただけないでしょうか?」

言いながら、目的の店の名が書かれた手書きの地図を見せてみる。
彼が知っているなら運が良い。知らないとしても、自分よりは土地勘があるかもしれないと頼りにする。
希望を持って言葉を紡ぎ、最後に。

「それで、その……教えていただけましたら、お礼になるかはわかりませんが、ご一緒に昼食などいかがでしょう?」

交換条件を提示する。
あくまで、彼が物乞いをして得るのではなく、こちらから礼として渡すのだと、周りにも聞こえるように言葉にした。
歩き出すのは、青年の返事を聞いてからにするつもりなようで、少女は少し不安げに視線を逸らし、ぎこちなく笑って見せる。
これで良かったのかな?

オズワルド > 「ふんふん、なるほど。」

ひとまずは、カロンお嬢さんの言葉をきちんと聞く。
決していいにおいするなあとか、上目遣い可愛いの反則じゃね?とか、そういうことを考えているわけじゃないのです。
きり、とした顔をしようとしても、断食数日のせいでやや頬がこけてるのであまりきりっとならない顔のまま、最後まで話を聞いて。

「そういう事なら、今すぐ行きましょう。ちょっと地図見せてくださいね。」

一瞥では流石に判らないので、地図の内容をきちんと確認。
記された店名をまず見れば…

「ああ、この店なら知ってますよ。」

最初にお恵みをってやったら蹴りだされたお店だった。
…案内しても、店に入るのはやめておいた方が良いかもしれない。
見せてもらえている地図の一点を指差して。

「今いるのがこの辺りで、この通りが、」

すいっと指先が通りの方へ変わり、

「そこの道なんで、そこを曲がってまっすぐ行って、3つ目の路地を左に行けばすぐですね。」

お腹はなっているし声はかっすかすであれど、地図の読み方は早かった。

「というわけで早速行きましょう。是非お昼一緒にさせてくださいハリィハリィ!」

美少女が相手となれば、余裕をもって接することも考えはした。したがしかし、お腹が空いてはどうにもならぬ。
今はただ、一刻も早く飯にありつくために、握ったままのカロンお嬢さんの手を引いて、目当ての店に向かうのだ。
――事件が起こらなければ、店までたどり着くのもすぐだろう。

カロン > やや疲労を滲ませながらも、真面目に話を聞いてくれる姿に少女は好感を持つ。
その裏にある煩悩染みた雑念に気付くことがない今は、「貧民地区でも、やっぱり優しくて親切な人はいるんですよお兄様」などと、実家の兄たちの貧民地区は怖いぞ噺に異を唱え微笑むのだった。

「本当ですか! 良かったぁっ」

言われるまま地図を見せ、知っていると聞けばパァッと顔を明るくさせた。
依頼を先に片付けられるのは嬉しいけれど、相手――の、主に腹の虫――が悲鳴を上げないかだけが心配だったりもして、おどおど不安そうに青年を見ていた。

今度はこっちが話を聞く番となり、青年が説明してくれるのを聞き逃さないように耳を傾け、何度も頷いて、指さされた地図と、実際の通りを交互に見やり。
その間も、ぐー、ぐーと悲し気に鳴いている腹の虫にそわそわさせられて。

「は、はい! あの……食事が先でも、良いのですよ? ご無理はなさらないでくださいね?」」

善は急げと手を引き歩き出す青年に連れられ、少女もパタパタと付いて行く。
周りの視線は、ひとまず二人から興味を失くしたようで、通りを抜けて角を曲がれば、誰もが自分の日常へと戻るだろう。

――そうして、やって来ました件の店の前。
店の入口の傍には、不健康そうな顔色の男と、どうみてもチンピラ、小悪党と言う風体の若者が数人屯していた。
少女は彼らと目が合うと、

「あぅ……」

小さく声を上げ、ついつい青年の後ろに隠れた。
まさか、この店にお恵み求めて彼が立ち寄っていたことなど知らず、チラリと青年を見上げる。

オズワルド > 「ウッまぶしい。」

美少女の笑顔、きらきらしてる…!

そんな一幕もありつつ。たどり着いた目当ての店の前ぐー。きゅるるる…。
切なげに鳴く腹を押さえながら、後はもう店内に入ればいいところを――

「――カロンお嬢さん?」

ローブ一枚の貧弱な服装の自分の後ろに隠れる様子に、んんってなった。
店の近くには、どう見てもクスリやってそうな顔色の男と、見眼の良さそうな女が居たら攫ってヤっちまうのが一番だぜ!とか言ってそうなチンピラ、小悪党の集まり。

「ああ…。」

なるほど、これは確かに貧民街に慣れていないお嬢さんには色々キツいだろう。
実際、眼を付けられれば絡まれてしまうのもよくある話――というか、この店も貧民街にあるあたり、似たような連中と裏取引とかあるんじゃなかろうか。なんてことも思う。
噂話程度に聞いていたが、冒険者に荷運びの依頼を受けさせて貧民街に足を運ばせて、そのまま届け先で怪しい場所に連れ込み…なんて話もないわけではない。

「しょうがない…腹は減るけど。
 カロンお嬢さん、オレに隠れてついてきてくださいね?」

言って、慎重な足取りで歩き出す。屯している連中にカロンお嬢さんの姿が見えないように、隠しながらに歩いて行って――途中、空いている手で印を結ぶ。風、音、金属の印に、

『鳴れ』

魔法に関わる古語の発音。
同時、店の入り口から離れた路地の方から響く、金属の音――まるで、コインが袋から雪崩のように零れる音が響く。

『唄え』

続く古語の発音。同時、コインの音がした近くからまた音がする。「おっ、オレの財布があああ!てめえ何しやがる!」

――こうして作り上げたのは、仮初のひと騒ぎ。金が絡んでそうな音がすれば、チンピラだの小悪党だのは絡みに行くだろうと踏んだのだが――予想通り。
『金の音じゃねーか』『おすそ分けしてもらいにいこーぜ、貧民街じゃ大金は分け合うもんだ!』『イーッヒッヒッヒ!』
なんて、おしゃべりしながら音がした路地の方へと足早に入っていき――

「カロンお嬢さん、今のうちに。早く早く。」

ゆっくり誘導していた足取りを速足に変えて、店の戸の中へご案内だ。
これだけやれば、カロンお嬢さんは目撃されないはず…たぶん。

カロン > 「うぅ……」

貧民地区も悪い人たちばかりではないと思った矢先のこれである。
頭の中で兄たちが「ほら、危ないぞ! 今すぐ帰りなさい!」と慌てふためいているが、少女にも冒険者の意地がある。まだなり立てだからほんのちょっぴりだけども。

恐怖を感じ、反射的に青年の影に隠れてしまったことが少し悔しくて恥ずかしい。
勇気を振り絞って出て行かなければ!……そう思い勇気を奮い立たせるより早く、青年が助け舟を出した。

「?」

隠れて着いて来いと言う意味に一度首を傾げそうになるが、尋ねはせずにコクコク2度頷く。
青年のローブの影になるように、歩幅が小さい分、早歩きになりながら隠れて進み――

不意に彼から漂う魔法の気配に青い瞳を大きく開く。
顔を上げれば、唇から紡ぐ言葉に確信を持った。

彼が紡いだそれは、風、音に関する古語。確か、一部で魔法の詠唱に使われるものだと学校で習った言葉だった。
彼もまた、自分と同じ魔法使い。もしくは魔術使いなのだと、つい嬉しくなって。

「えへへ……っ」

悪戯に成功した子供のように楽しそうに笑った。
屯っていた怖い人たちが不穏な空気を放ちながら金の音につられて行くのを見送り、店の中へと急いで飛び込む。
すると、慌ただしい来客に何事かと店の奥にいた店主が立ち上がり、世間話をしていたらしい女性は店主と目だけで会話をして肩を竦めて見せた。

「――あ、あの、“32番のルイ”さんからお届け物です。
 それから、このお薬と薬草を売ってください!」

店の前にいた彼らが戻る前にと、少女は急ぎバスケットを店主に渡し、続けてメモ書きを渡して注文を済ませる。

オズワルド > 「ふふっ。」

楽し気に笑う様子に、こちらも口元から笑いが零れた。

ひとまず、目論見はうまく行った。
面倒で絡まれたくない連中は他所へ行ったし、カロンお嬢さんも店の中にあわただしくも無事入店できた。
まあ、もっとも。自分は店主に胡乱な目で見られるのも何なので、店には入らなかったのだが。

賭場ですってんてんにされてもなかなかやるじゃないかオレ、なんて。
そんなことを考えていたのもつかの間。ぐぎゅるるるる、と再び鳴る腹の音。
空きっぱらをさすりながら、店の前でかがみこんでしばし待つことに。

店内からはカロンお嬢さんの明るい声が聞こえてくるもので、まあ上手くやる事だろう。
――詐欺店舗じゃなさそうなのは、安堵する理由の一つであった。

そんなわけで、カロンお嬢さんが出てくるまでは、さっきの連中が戻ってこないかと見張る番犬じみた様子で、店の前で待つことに。

「――腹、減ったなぁ。」

かっすかすな声でぼやきながら、待つ。

カロン > 依頼の内容は荷運びと買い出しの代行と言う、平和なオブラートに包まれているが、その背景はかなり後ろ暗いものらしい。
そんな依頼とは知らずに、少女のような貧民地区とは毛色が違う人種が運び手としてやって来たものだから、店主は大層驚いたことだろう。
しかも、それを案内してきたのが、つい先ほど物乞いをしてきた青年だったのだから、何かの罠ではないかと、店主は身内である女性と視線を交わしたのだ。

こうして、運び手として、帰りも帰りで中々に危険な臭いのする薬類を運ぶことになっている少女は、店主の「お、おう。ちょっと待ってな」と言う焦燥滲む声に気付かないまま、元気に返事をする。
待っている間は、

「わぁ……、これは何の薬になるのでしょうか?」

と、隣にいた女性に呑気に世間話をしたり、ちょっと珍しいものに触れてみようとして待ったをかけられたりとしていた。
限りなく違法に近い品々に気付かれれば、この娘も処分しなくてはいけなくなる。そんな手間は御免だと、キビキビ働く店主のお陰で、買い物はすぐに終わった。
少女は店の扉を開けると、その前で待ちぼうけをしている青年に気付き慌てて。

「す、すみませんっ! お待たせしてしまって!」

深く頭を下げた。
それを扉から顔だけ出した店主が見下ろし、
『買い物が済んだならさっさと行け。物乞いが店の前にいちゃ客が減っちまう』
なんて意地悪を言って、ばたんっ!と、扉を閉めるのだった。

「…………え、えーっと、そろそろお昼に……しましょうか?」

少女は取り繕い笑って見せたが、どうにも苦笑になってしまう。

オズワルド > しばらく待っていると、先に顔色の悪い、どう見てもクスリやってるよなって顔の男だけが戻ってきた。どう見ても顔色が悪い…やばそう…。
絡まれないよう注意した方が良さそうか? なんて思っていたが、通りのど真ん中でぼっ立ちしてたから近づかなければ大丈夫そうか…?

「おや、終わりましたかカロンお嬢さん。」

そんな自分の言葉と重なる、店主の言葉。
まあそりゃもっともだけどちょっとイラッと来たのは、心の問題だから許してほしい。
ふー、と深く息を吐き出すのに合わせて、ぐぎゅるるるるる…高らかに腹が鳴る。

「…そうしたいところですが、まあ少し場所を離れてからにしましょう、カロンお嬢さん。流石にそろそろきついですが。」

ちらり、顔色の悪い男の方を見る。顔色が悪い…クスリの香りとかに反応して絡んできそう…。

「店の前より、居心地のいいとこに行きましょう。 まあ、歩きながらでも良いんですが。」

よろっと小さくよろめきながら立ち上がれば、行きましょうかと手を刺し伸ばした。

カロン > もう絶命寸前かと思うくらいの腹の悲鳴に、苦笑の色が強くなる。

「そっ、そうですよね。どこか良い場所をご存じでしたら、案内していただけると嬉しいです。
 って、無理しないでって言った私が無理ばかりさせてますよね……。ごめんなさい」

変わらずふらふらな青年にまた手を貸そうとした時、ふと虚ろな目で彼方を見つめ立ち尽くす男に気付いた。
さっき店の前にいた内の一人だと気付けば、土気色の顔につい目が行って。

「……オズワルドさん、すみません」

彼の空腹も早く何とかしたいのはやまやまだけれど、目の前に危険な様子の人がいればそちらに気が向く。
差し出された手に一礼を返し、彼の脇を通り過ぎて男の元へと歩み寄る。

「ぁ、あのっ! 大丈夫ですか? ご気分が悪いのでしょうか? 顔色がよろしくないように見えるのですが……」

遠慮がちながら、けれどお節介に呼びかける声に男は反応を示さない。
だが――

すん、と鼻を鳴らしたかと思うと、虚ろだった男の眼が大きく見開き、荒く息を吐き歯を剥く。
そして、少女――が手に下げたバスケットへ向け身を乗り出し手を伸ばした。

「――えっ?」

オズワルド > よろめきはしたものの、立って歩くくらいはまだできる。走るのは少々しんどいけれども。

「いえいえ。飯を恵んでいただけるのでまだ辛うじて何とかなんのその。」

飯のためならえんやこら――だったのだけど、

「お、おお…? ちょっ、カロンお嬢さんその人は…!」

ああ、飯が遠ざかる…!もとい、カロンお嬢さんがどう見てもヤクチューの男に近づく様子に、顔色が変わる。ヤバイッテ!
とはいえ、すきっ腹にはすぐに動くのもしんどいところ。
ちょっとよたつきながらにとた、とたたっと慌てながらに近づくけれど――そんな速度では制止するには遅すぎる。

カロンお嬢さんに追いつき、手が届きそうな距離にたどり着いた頃。

歯をむき出しにしたヤクチューの男が伸ばした手がバスケットを掴めば、
『クスリ、クスリだ、よこせよこせよこせぇぇぇっ!!!』
錯乱した様子でカロンお嬢さんに迫るヤクチューの男。
片手でバスケットを、片手でカロンお嬢さんの腕を掴んで、クスリのせいで力の加減など忘れているかのようなパワフルさで、そのまま地面へと引き倒しにかかる。

――っていうか、やっぱりクスリ系のお仕事かよ!
オズワルド、心の俳句とともに。
引き倒しにかかったヤクチューの男の脇腹に、すきっ腹でへろへろでも、一応青年の蹴りを叩きこむ。げしぃ!
ヤクチューの男にどれだけのダメージが与えられたかはともあれ、カロンお嬢さんが抵抗する余地は生まれるなり拡大するなりする、はずだ。

カロン > 男がこちらに手を伸ばしてくるのを、倒れかけたと勘違いして、自ら迎えに行く形になっていた。
ふらついていたはずの男の力があまりにも強く、バスケットを乱暴に掴まれると、少女は慌てて引き寄せようとする。

「わっ!? やっ、あ、あの、あのあの、ぁ、駄目ですっ! それは、お使いでっ、頼まれてるも――」

薬を欲し叫ぶ声に驚き、どんどん目に涙が溜まって行く。
男に反対の腕で捕まれ体を揺らされると、瞳から雫がポタポタと零れ落ちたが、狂気に呑まれた男がそんなことを気にするはずもなく。

「きゃっ!」

それなりに魔法は使えても、それはこの場では役に立ちそうになかった。
街中で襲われるなんて考えたこともないから、杖はポーチの中。そもそも人相手に魔法を使うなんて、したことがない。
力も見た目通りのひ弱な少女は引き倒され、尻もちをついてしまう。
打ったお尻も痛いし、何より怖くて、視界は滲み揺らぎっぱなし。それでも取られまいとバスケットを手放さなかったことだけは褒めても良いだろうか?

暴れる男の脇腹に青年の蹴りが入る。
男は小さく呻き苦し気に青年を睨みつけ、邪魔をするなと吠えて威嚇する。その目だけで人が殺せそうだ。
少女は男の意識が逸れた隙に、バスケットから手を離し、中の包みだけを引き抜いて慌てて立ち上がり。

「オ、オズワルドさんっ! 手をっ!」

男が立ち上がる前に早く逃げようと青年に手を伸ばした。

オズワルド > 「女性を困らせるもんじゃないぞ、まあオレは困らせるタイプだけどさっ。」

威嚇してくる相手に啖呵を切るが、すきっ腹を抱えたままで対峙できるような相手じゃない。と言うか、クスリのせいで色々とブチギレてる向こうのが絶対動きは良い。

となればここは逃げの一手。カロンお嬢さんが立ち上がれているのをわき目に見れば、

「クソッ、クスリはくれてやるよっ!」

ばしっ と次いで蹴りつけたのはバスケット。通りの脇に行くように蹴りつければ、カロンお嬢さんの手を取って、

「なんとか…!持ってくれ、オレの腹の虫…!」

二人で手を取り合って、その場を逃げ出す。通りを駆け抜けながらに、

「次の辻…左に曲がって…すぐ先の右手に狭い路地がある……そこを通り抜けて大通りに出れ、るから…そこをいくよ、カロンお嬢さん。」

きりりっ 顔を引き締めて逃走プランを伝えるモノの、
実際には青息吐息で、声がかっすかすで、息切れだらけの伝え方になっただろう。
そうして、何もなければ何とか、大通りまで逃げきることはできるだろう。何事もなければ。
そして何事もなく逃げ切ることができたならば――ばったり、力尽きたように地面に倒れこむオズワルドの姿を見ることがかなうはずだ。

ぐぎゅるるるる…。

カロン > 彼の言葉にまんまと騙され、薬で目が曇った男は空のバスケットを追い、背を向けると獣のように涎を垂らしながら駆けて行く。
その姿にまた密かに恐怖して、少女は悲鳴を上げそうになるのを堪え、ぎゅーっと強く目を瞑った。

大きくて厚い手と手を繋ぎ、彼の先導で路地を駆けて行く。
普段からもっと体を鍛えていればと今更後悔しても後に立たず、青年の足手まといにならないよう、一生懸命足を動かす。

「はぁ……っ、はぃっ!」

箱入り娘の令嬢にとって、男との荷物の取り合いに続いて、全力ダッシュは息を上げるには十分な運動で。
空腹と脱水でギリッギリの青年と良い勝負の駆けっこになる。
凛とした瞳と儚さが混じる吐息は、きっとこの状況でなければ少しはときめけたのかもしれないが、逃走劇!小説みたいだ!とか喜んでいられないので仕方ないか。

青年の言うとおり、左折、右手の路地を通り抜け――そうして、命からがら、息も絶え絶えになりながら、二人は大通りへと戻ってくるのだった。

「……っ、はぁ。ふぅー……。ら、らいじょうぶ、ですか……オズワルド、さん……」

地面に倒れ込む隣で、少女も荷物を抱えてその場にしゃがみ込み肩で息をする。
大丈夫かと問う声にこたえるように腹の虫が鳴くのを聞けば、少女は緊張の糸が切れたのか。

「――ふふっ……、ふ、ふくっ、あははっ。お腹、空きましたね?」

クスクスと笑だし、目じりの涙を指で拭う。

オズワルド > 「モウムリ、ハラヘッタ。」

片言になるレベルで限界の真っただ中。
どうにかこうにか、地面に座り込んだまま起き上がりはしたものの、その顔は砂埃で汚れていた。

「お言葉の通り腹減りが限界なのでそろそろお昼を下さいカロンお嬢さん。マジでひもじい…しまいにはそのスカートに縋りつきますよ。」

しゃがみこんでいるカロンお嬢さんに、そんなことを言いながらぐてーっとのしかかる仕草。
まあ、やろうと思えばすぐに押しのけられるような弱弱しいものだけれども――まあ、そんな限界状態でも、

「美少女の笑顔見れたなら3割得か…。」

カロンお嬢さんの笑顔、プライスレス――。

カロン > 「ふふっ、私も走ったらお腹が空いちゃいました」

本当に限界らしい片言に肩を竦め、ちょっとだけ頭を傾ける。
寄りかかって来る青年のじゃれつきに可笑しそうに笑いながら、

「はい、約束しましたから、勿論ご馳走しますよ。
 ……あの、なので、スカートに縋りつくのは……止めてください。恥ずかしいので」

はいはいと大きな犬でも宥めるように、ポケットから取り出したハンカチで青年の頬についた汚れを拭う。
最後に付け足した声は、ぼそぼそと小声になって。ほんのりと赤くなった頬を隠すように顔を逸らし、拭う手も止まった。
その頬の赤みの原因は、美少女なんて揶揄いの言葉に照れたのもあるけれど、なんて返せばいいか分からないので、代わりに

「バケットサンド。ベーコンと、レタスと、トマトと、あとチーズが挟んであるんです。
 ギルドの隣の……宿屋の料理長さんのお手製で、きっとオズワルドさんにも気に入っていただけると思うんです――」

目を細め、微笑みを。彼がつい飛び起きたくなるような、そんなお腹の空くような話を聞かせるのだった。

オズワルド > 「まあ、あれだけ走ればな減りもする。」

それはそう。
寄りかかりを受け止められたら、そのまま寄りかかりっぱなしになる。
いいにおい…。
いいにおいに負けたまま、ハンカチで清められつつなだめられれば、

「じゃあ縋りつくのはやめで。」

とおとなしく引き下がり――

ぐぎゅるるるるるぅーーー、

腹の虫は大人しくなんてしてくれなかった。なんちゅう飯テロをしてくれたんや…!
カロンお嬢さんの目論見通りか?寄りかかっていた体をすっくと起こし。何ならさささっと立ち上がりまでして。

「今からギルドの方まで行けば食わせてもらえるんですね…!」

食べたい って顔に書いてあると言われたら、それはそう…とうなずく表情であったと後に語られることとなる。

カロン > とっても素直なお腹の音にまたクスクスと笑って、重さが無くなれば少女も立ち上がり、スカートについた砂埃を軽く叩いて落とす。

「一人分なら、今ここにあるのですけれど……。
 二人で分けるには足りなさそうなので、ギルドまで行く方が良いと思います。
 平民地区になるので少し距離がありますが、頑張れますか?」

貧民地区から平民地区はそれほど離れていないけれど、彼のお腹の虫は待てが出来るだろうか?
それが問題である。
んー、と悩みながら、食べたいって書かれてる顔を見上げ。

「頑張れそうなら、出来立てが食べられますよ? あと、温かい紅茶と、食後のクッキーもつけましょうね」

最後にもう一度、「頑張れますか?」と尋ねる。
頑張れそうなら一緒にギルド隣の宿の食堂へ。無理そうなら、ポーチの中にある昼食用だったものを手渡し、行儀は悪いが道中食べることになるだろう。

オズワルド > 出来立て!

ぐぎゅる

暖かい紅茶!

ぐぎゅるる

食後のクッキー!

ぐぎゅるるる

「カロンお嬢さんがオレの理性を試してくる…!」

意地悪されてるとでも言わんばかりである。子供っぽい言い草。

「ええい、ここまで来れば一番美味しいのが食べたいので、死ぬ気で歩きましょうとも。
 …倒れたらやばいんで、手だけ繋いでもらっていいです?」

言って、子供みたいに手を差し出した。

カロン > 「そ、そう言うつもりでは無かったのですけれど……」

無理はしてほしくないからした提案が、まさか相手を試し追い詰めることになろうとは。
言われてハッとし、おろおろと申し訳なさそうに言葉を濁し。
我慢して歩くと聞けば、また嬉しそうに笑みを深め手を取った。

「はい、勿論ですっ。今度は私が引っ張りますねっ?」

声を弾ませ、青年の手を引き少女は歩き出す。
目指すは冒険者ギルド。――の、隣の宿屋。最後まで頑張って歩いた分だけ、きっとバケットサンドは美味しく感じられたことでしょう。

オズワルド > 「ほんとかなあ。」

なんていぶかし気に告げる声は、むしろこっちが意地悪気な声。 ただし、声量かっすかす。おそらく一番最初に必要なのは、暖かい紅茶だろうことは間違いない。

カロンお嬢さんに手を引かれて、ギルド隣の宿屋に向かうことになるのだけれど――その道中で、

「あ、荷物届ける時は周囲に気をつけてな、カロンお嬢さん。何ならついてく?」

なんて。そんなことを聞くくらいには、心を開いていたのだとか――

――食事にありつき、何とか郊外の家に帰りつく気力が戻った後の事。その日の日記に書いたのは、すきっ腹の沁みたバケットサンドの美味しさであったそうな。

ご案内:「王都マグメール 貧民地区」からカロンさんが去りました。
ご案内:「王都マグメール 貧民地区」からオズワルドさんが去りました。