2023/12/25 のログ
ご案内:「王都マグメール 貧民地区」に影時さんが現れました。
■影時 > この時期になっても、この時期でも、忙しないものは忙しなく、足掻くものは足掻く。
そこに世間がどうである、こうであるといった事情は関係ない。
その日暮らしのための銭を稼ぐものは多く、はたまた実行者として何某を雇って遣わせることは絶えない。
そうした者たちの接点となる酒場は、何処に位置していても人は絶えない。
貧民地区の一角、入り組んだ路を進んだ先にひっそりと存在する酒場。
風が吹くだけで恨めしげに鳴く扉の先は、雑多な臭いが立ち込める。
煙草の匂い。泥酔者が吐き戻した吐瀉物の悪臭。いかがわしい薬物の臭い。男女の交わりの性臭。
こうなると酷いものだ。供される酒の質、否、酒と呼んでいいのかすら危うい。
そんな場所でやり取りされる仕事の内容は、少なくとも公正な仲介を介さず、裏取りがなければ死を招きうる。
『……らっしゃ、なんだ、また扉が動いただけか』
そんな場所の扉が開き、軋む。その後に続く足音の有無が、その酒場の主が来客を見定めるポイントらしい。
一応は酒場らしく務めているつもりなのだろう。
食器を磨く手を止め、声を放つも客が見えなければ小さく舌打ちを零す。だが、今宵はそうではない。
「――ここに来れば、まずは客に見合った酒を頼むのが良いと聞いたが」
声が、する。姿が生じる。店主が陣取る店の奥、そこのカウンター席に先程まで無かった筈の姿がある。
蠟燭や煤の多い油の明かりに照らされるのは、この辺りでは見ないであろう羽織袴の男だ。
その男が椅子に腰かけ、頬杖を突いた姿勢で薄らとにやついた笑みを湛えてみせる。
ありありと驚愕を顔に湛える店主に釣られてか、店のそこかしこで音が生じる。身構えた音か、または泥酔した者の痙攣か。
■影時 > この来客が単純に気配を隠し、誰にもその姿を気取られることなく着席した。その事実に気づいたどうか。
頭脳に酔いが回り切っていない、少なからず心得のある者であるならばそう考えるだろう。
だが、同時にこうも考えるかもしれない。それ程の実力者が何故どうして此処を訪れるのだろう?とも。
そう考えた者が居る場合、その認識は正しい。間違いではない。
「頼んだなら、待たせずに出して欲しいモンだがなァ。
……まあ良い。此れをお前さんに渡せばいいというコトだったが、如何に?」
不意の客の素性を見定めきれていないのか、それとも例えば強者の類を見慣れていないのか。
いずれとも取れる当惑げな店主の有様にひょいと肩を竦め、男は懐を漁る。
取り出されるのは封蝋が施された一通の封筒だ。封蝋の側が見える様に示せば、薄暗い中でもどうやら送り主を宛先たる店主は察したらしい。
(“客に見合った酒”というものも、何らかの符牒なのかねぇ……)
そんな思考を浮かべる来客たる男は、所定の場所に手紙を運ぶという仕事を請けただけだ。
ただ、依頼主が素性が知れず、送り先へのアクセス、並びに立地故の危うさが色濃かったが。
字面だけは容易そうに見えるが、見ないようにしようとばかりに冒険者ギルドの掲示板に残っていたのはそのせいか。
ともあれ、奪うような勢いで封筒を取り、急いで店のバックヤードに引っ込む様に大きく肩を竦めよう。
■影時 > さて、来客である筈なのに何も出されぬまま、暫し待てば店主が戻ってくる。
無言で出される布袋は、成る程。一応事前に認識している情報通りではあるらしい。
掌の上に乗る袋は小さいが、その小ささには見合わない重みがある。掌で揺らせばその正体はすぐに知れる。
硬貨のそれだ。金貨何枚という単位の仕事ではないが、手間賃にしては高い額となるだろう。
受け取った袋の口を開き、じぃと目を遣る。中身が間違いないことを確かめる。
「で……――酒はまだかね。濁酒でも出してくれたら、云うこと無ぇんだがよう」
だが、肝心の酒がまだだ。もしかすると符牒以上の意味がないのだろうが。
せめて何か出せ、とばかりに店主を睨めば、そんなもの置いてねぇ、と首を振る姿が見える。
そのかわり、なのだろうか。カウンター席の向こうに並べられた酒瓶たちより一本掴み、酒杯に注いでくる。
まるで水のように透明ではあるが、酒精の匂いが強いそれを静かに置く。
それを取り上げ、まず匂いを嗅ぐが、酔えればいいというだけの酒――ではなさそうだ。
「まぁ、此れでいいや。あと、何か食えるのも頼む」
此れだけあれば足りるか?と。先程受け取った袋より硬貨を数枚摘まみ出し、カウンターの上に並べる。
壁に貼られた品書き通りで間違いはないらしい。
直ぐに出される酒肴を一瞥し、仕方ないとばかりに息を吐こう。質素だが無いよりはましだ。