2023/11/12 のログ
影時 > 「……よし」

砂時計の容器に詰められた砂が、全て流れ落ちる。どうやら飲み頃となったらしい。
そうとなれば並べられた品のうち、ソーサーに寝かせられた白磁のカップを取り上げ、ひっくり返す。
よく手入れされ、シミもこびりつきの目立たない器にポットから茶を注ぐ。
立ち昇る薫りは呑み慣れた安い茶のそれとは、違う。値段相応かそれ以上のものと感じられる良さがある。
加えて、添えられる茶菓子類もまた茶葉に見合うものであろう。
その日限りでしか食べようがない生菓子ではなく、用意されているのは持ち帰りの弁も考えたものが多いのだろう。
が、それもまた材料単位から凝りに凝れば、凝る程に際限なくなる。

「――イタダキマス」

主の様子を見上げると、じゃれていた二匹が背筋を伸ばす。
ぱんと飼い主が軽く手を合わせる仕草に合わせ、似たような仕草で前足を揃えてみせる様子に笑って、カップを取り上げる。
それだけで一層薫りが増すのが、分かる。一口含めば納得が生じ、二口含めば程よく抽出された味わいが喉を撫でて過ぎゆく。
成る程、悪くない。王宮に納められる等と言った上質品が他にあるだろうが、値段に頷ける類だ。
さて、そんな茶にあう茶菓子とは、如何ほどなものか。
一緒に頼んだ角切りリンゴに耳をぴこぴこさせつつ、早速齧り出す小動物を一瞥してフォークを取る。

(これはこれは……)

パイやケーキの類を食べたことがないとは言わないが、切り分けられたパイのピースは実に分厚い。
蜜に漬けられた煮リンゴを挟み、たっぷりとした生地で焼き上げたそれは見た目だけで食べがいがある。
材料のリンゴが恐らくは一緒に頼んだものであろうが、二匹が前足で取り上げて無心にしゃくしゃくと齧り出す様子は実に旨そうだ。
故に期待と共にフォークで慎重に一かけら切り出し、一口してみよう。

影時 > 「……なぁるほど。噂になるだけのコトは、在らぁな。思ってた以上に悪くない」

元々のリンゴ自体も恐らく、山野で採取したものではなく、何代も交配して甘味を増したものであろう。
それ自体も酸味以上に甘味が強いうえに、それを下拵えを経て更に甘さを加えられている。
最終的によく練った生地で挟み、焼き上げてしまえば言うことは無い。
泣き疲れた子供だって、一口するだけで笑顔になりそうな味わいが出来上がる、というわけだ。
仕込みもそうだが、時節によっては材料ストックできずにすぐに売り切れている可能性もあり得る。
運が良かった、と。そう思わずにはいられない。どうせなら、誰かを誘ってくるともっと良いのだろうが。

「また、次の機会に――しとくか」

そう思いつつ、暫し。飼い主と小動物と。各々の食べ物に舌鼓を打とう――。

ご案内:「王都マグメール 富裕地区2」から影時さんが去りました。