2025/05/04 のログ
> 青年の判断の速さは先ほどと同様だった。
警戒されていたとしても、普通は躱せない。今まで敵に躱されたのは、片手で数えられる程度しかない。
何より、それを見て動けるだけの動体視力と、魔術を発動させるまでの速さが尋常ではない。
魔力で強化していることは人間らしからぬ脚力で距離が開くと同時に察した。
あと一歩が届かず、刃は赤く染まらず空を切る。

「――ッ!」

相手は退いたと思えば、次の瞬間には此方へと迫り再びの接敵。
突出した素早さの代償は、その体躯から見てわかる通りの非力さであった。
鍔迫り合いになれば負けるのは当然此方だ。受けることは極力避けたい。
まさに一閃。振りぬかれた剣を、小柄は後ろに仰向けに倒れこむことで躱し、服の布一枚斬られるだけでなんとか難を逃れる。
倒れこむ勢いのまま迫る追撃をバク転で器用に躱し、その最中服の内に隠し持っていた苦無を右の剣で引き出し、一つ、二つと、くるりくるりと回りながら投擲する。

ジェス・アーキン > 少しでも気を抜けばこちらの命が絶たれるような身のこなし。
冒険者としての活動での経験、そして鍛え磨き上げた剣の腕と身体能力、魔術を合わせてどうにか避けた一撃。
もしどれか一つでも欠けていればそこで終わりだった一撃を避けては、攻撃の手を与えてはいけないと攻めに転じ。

振り抜いた横一線の斬撃は仰向けに倒れることで避けられ、剣から伝わる感触は良くて布一枚を切った程度。
ならばとそのまま追撃をかけるが今度はバク転で避けられる。

「…っ…器用だな。ならこれはどうだ」

そしてただ避けるだけではなく、その動きをそのままに変わった形の短剣を飛ばしてくる。
それを一つは剣を戻し弾くが、もう一本は弾けずに腕に突き刺さり痛みに顔をゆがませ。
片手とはいえ傷を負えば剣の扱いに鈍さは出る。
そこを突かれる前に一気に畳みかけると自分を巻き添えにする覚悟で相手に向け電撃の魔術を解き放ち、金属性のものを纏っているなら、至近なら自分すら巻き添えにするがそれでも気にせずに魔術を行使する。

> 次々と襲い来る攻撃をどれも既のところ躱し、最後にタッ、と片膝をついた。
久しく足音を立てたことに内心自分で驚きながら、それだけ相手の刃が己の命まで届きかけていたのだと気付き、赤眼は鋭くなる。
攻撃の手を緩めさせようと投げた苦無が一矢報いたが、手傷を負わせてなお油断はできない相手だ。

「ハッ、ハァッ…… ――――ッ!?」

荒くなった息を整える間もなく、また魔力の流れを感じ取りその効果範囲に目を見開いた。
ストールの隙間から青年を見た目は、「あり得ない、信じられない」と驚きを隠せない。
自分もろとも攻撃範囲に含むなど、真面ならば取らない選択である。自分の魔術だからこそ耐え切る自信あってのことなのか……。
魔術が発動するまでの僅かな時間の中で、ピリピリと空気を伝い来る微細な予兆から直に発動する術の系統を察し、小柄はなるだけ遠くへ逃げようと背を向け一目散に走り出したが――

「――く、ぁ……っ、あ゛ぁぁぁぁぁっ!!!」

離脱するには遅すぎた。
いかに足が速かろうと、雷の速さには到底敵わない。
全身に走る鋭く焼けるような痛みに悲鳴を上げ、小柄は床を転がり倒れこむのだった。

ジェス・アーキン > 今でこそ均等、辛うじて優位をとれている間に勝負をつけなければならない。
その考えで繰り出す攻撃を悉く避けられれば焦りも生まれる。
そして攻撃を避けながらも反撃を行う相手の脅威度は今までに戦った中でも上位と言え手段を選ぶ余裕も捨てる。

それほどの相手、もう手傷を負わされた以上、正攻法では勝ち目はないと考え。
同じ魔術を食らうなら体格が大きい分、自分は耐えることができると考えての手段。
この魔術は発動までの一瞬、空気に微細な電撃が走るので何かは直ぐに悟られてしまうもの。
それを察した相手も逃げに転じるが、その前に術は発動し。

「っ……ぐぅぅぅぅぅ…!」

自分も相手も金属製の武具を扱っていたのか電撃に絡めとられ、全身に走る焼けるような痛みに声を上げるが何とか耐えきり。

「捕まえたぞ……」

どうにか意識を失わずに苦しそうに息を吐いては床に転がり倒れた小柄な相手に近寄っていき、顔を隠すストールを剝がそうと手を伸ばす。

> かろうじて意識を繋ぎとめることはできたが、手足が痺れて双剣は床に零れ落ちていた。
これでは繊細な動きは勿論、自力で立てるかも怪しい。
回らない頭の中で、今度から身に着ける苦無や暗器はただの鋼ではなく絶縁処理を施したものにして、毒を刃に塗ろうと誓った。

俯せに床に転がったまま、近付いてくる足音を耳にして、小柄は何とか懐に隠し持つ竹筒をとりだそうとする。その中身は爆薬であった。
青年の自爆覚悟とは違う、文字通りの自爆を図ろうと言う、徹底したアサシンの思考だ。

「……っん! ……?」

不意にストールをはぎ取られ、顔を床に伏せたまま、それでももぞもぞと痺れる手を動かし火元を探す。
黒い布の下から現れたのは真逆の白髪で、頭の上にはそれと同じ白い獣の耳が鎮座する。猫の耳だ。
ぺたりと伏せた白い耳が、痺れからか、それとも怯えからか、ふるふると小刻みに震えていた。

ストールにかけられていた認識阻害の魔術は、それを剥がれたことで消えてしまったようだった。

ジェス・アーキン > 「この手段は二度と取りたくはないな…」

かろうじて動けるがここで相手に戦闘能力が残っていればもうどうしようもない。
二度とはこのような自爆的なことはしないと固く誓い。

そして急に襲ってこないかと警戒をしたまま近づけば微かに動いているのを見て取り。
これが急に飛び上がるようなことがあれば容赦なく一撃を銜えるのだがその様子はなく。
そしてストールをはぎ取り見下ろし。

「……ミレーか。あいつを狙う動機ならあるか」

ストールをはぎ取り能われた真っ白な髪と同じ色の猫の耳。
伏せられたそれを見ればこの屋敷の主なら狙われると納得してしまい。
痺れか怯えか、それ以外の原因かはわからないが小刻みに震えていることに気が付くが警戒は解かず。

つま先を小柄な相手の体に引っ掛け、そのまま仰向けにして顔を拝んでやろうと足に力を込めて。

> この屋敷の主が恨まれる原因は多岐に渡る。ミレー族からの恨みもあれば、それ以外のものも当然ある。
が、アサシンはけして私情などでは動かない。小柄の動機もまた、主人の命令以外になかった。

「…………」

まぁ、わざわざ答える義理も義務もない。
余計な情報を吐く前に自らの口を封じようと、ようやっと探し出せたライターを握りしめたところで青年の足が体に掛けられる。
抵抗する余力があるなら今すぐ逃げているわけで。逆らうこともできず、されるままゴロンと転がされるのだ。
二人が互いの赤い瞳を見上げ見下ろす中、小柄――もとい、少女の視線は左へと逸れる。

その痺れた手には、火のついたライターが握られていた。
そして――

コロコロコロ……
床を転がる軽やかな音を目で辿ったなら、二人の傍から転がっていく竹筒と、筒から伸びた導火線から上がる煙に気付くだろう。
竹筒を放置するなら、爆発の規模はそれほど大きくはなく屋敷を破壊するまでには至らないが、この廊下は容易く吹き飛ぶに違いない。

ジェス・アーキン > やはり断ればよかったか、この依頼を受けたことを先ずは後悔する。
もともと敵が多い屋敷の主、ミレー族までは侵入者になっている以上、思っている以上に恨みを買っていそうだと感じ。

しかもこちらの言葉に何も返さない辺り、個人での襲撃ではなくそういうことに関するプロだとわかるには十分。
その正体を知ろうとはあまり思わないが、自分にここまでさせた相手の顔を見てやろうという考えはおき。

「なんだ…街中であったら普通に声をかけそうだな」

抵抗なく転がした相手の顔、少女だと分かればそんなことを口にし。
ただこの少女を屋敷の主に渡せば壊れるまでお楽しみに使うだろうと思うと、どうにも面白くなく。

適当に逃げたとでも言っておくか、そう考えたときに少女の視線が動いたことに気が付き。
そしてその手のライターとかすかに聞こえる転がる音。

「俺よりもお前のほうが正気じゃないな…!」

音の先に目を向ければ煙を上げる導火線がついた竹筒。
自分よりも余程に悪質なことをする少女の行動に驚きながらも鈍い痛みが走る身体を動かし、少女を雑に抱えるようにし近くの扉を蹴破るように中に飛び込み扉を閉め。
直後に扉の外、廊下で爆発音とその衝撃、屋敷を揺らす振動を感じては大きな息を吐いて。

> 文句や恨み言をまず言われると思っていたのに、相手の言葉はそうではなかった。
少女はパチパチと二度瞬き、ほんの少し頭を傾けた。

「……?」

どこにでもいるミレー族と言う意味かな? それならわかる。
じゃあ、街中でも大概はこの格好でいるから、きっと今までもこれからも声はかけられないだろう。
と、ズレた一人合点をして、残り数秒の人生にしては穏やかな時間だったと瞼を閉じた。

だが、そうは問屋が卸さない。
驚く青年の声を目と閉じたまま聞いた直後、体を引かれて冷たい床から持ち上げられる。

「――うっ?」

やはり、青年の咄嗟の判断と行動には瞠るものがあり、竹筒に気付くと瞬時に少女を抱えて廊下に隣接した部屋の中へと逃げ込んだ。
少女は青年の行動の矛盾に首を傾げながらそれを見ているしかなく。
爆発音が響き渡り、またしばらくの沈黙の後、屋敷の中が騒々しくなっていくのを耳をパタパタと忙しなく動かしていた。

「……理解に苦しみます」

ポツリ、と一言呟く。
深紅の瞳はジーッと青年の顔を下から覗き込む。
何故、暗殺者と分かっていて、なおかつ手傷を負わされたのに、今まさに殺されかけたのにわざわざ助けるのか。
そんなにも情報を吐かせたいのかと疑心が顔を出す。

ジェス・アーキン > 命のやり取りを行った後に思うことではないが、依頼外で会えばまず声をかけるだろうという感想。
ただ少女が先ほどの格好でいるとは思いもせず、まず遭遇するということがない、してもわからないという事までは考えが回らず。

そして一人で逃げればいいのに反射的に少女を抱えて部屋に逃げ込み。
爆発から逃れれば大きな息を吐いて力を抜き、もう動きたくはないというように座り込んで。
しばらくの静寂の後、屋敷の中が騒がしくなるが後始末ぐらいは其方でやれと丸投げを決め込んで。

「…それは俺もだ……変に疲れた。あれだ、お互いに依頼失敗で手を打たないか?」

きっと依頼主に会えば小言が多いだろうがそれを考える時が重くなり。
会いたくないと考えていると聞こえた声に視線を下げ、自分を見上げる少女を見下ろしては一言返し。
助けたのはほぼ反射的行動だったので理由はなく、最初は多少は考えもいた暗殺を依頼した依頼主の情報を得るもどうでもよくなっていて。
いっそ両方の依頼失敗で手を打とうと提案をする。

> 青年の真意は少女には理解できず、本人ですらそれを説明できないと言うなら永遠の謎として迷宮入りだ。
ただわかるのは、この騎士の青年は、館の主とは違い善良な部類の人間だということだけ。

「…………」

少女は無言で暫く青年の顔を見続けていたが、疲れ切った青年から差し出された提案に、ぼんやりと天井を見上げる。
お互い痛み分けと言うには、相手の方が血を流した分損をしているが、少女もまた主人の元へ帰って失敗を報告すれば厳しい仕置きを受けるだろうと考えると、イーブンになった気もしてくる。

「……怠惰への誘いです」

迷っているのか、視線を左右に揺らし、耳を伏せてまた少し考える素振りをしてから

「わかりました。今回は“一度”手を引きます」

コクンと首肯した。
完全に「諦めた」ではなく、一時撤退らしい。
だが、主人から再び命令が下されるとしても、時間を空けてからのことだろうし、その時に青年がまた雇われるとも考え辛いから、これで良いだろうと言う。

ジェス・アーキン > 少なくとも他から暗殺者が送られても少女ほどは早々いないはず。
ここで再戦をすれば集まっている先ほどまで姿がなかった警護兵もいるので数では優位になる。
犠牲は出るだろうがそこまで考えるのは疲労もあり面倒だと放棄し。
失敗したことにすればギルドの評価は落ちるだろうがそれだけ、小言に関しては聞き流せばいいので些細な問題として。

「嫌ならもう一度殺し合いだ。それなら手を打つほうがいいだろ」

怠惰への誘い、確かにその通りだと苦笑を見せ。
迷っている様子に答えを出すのをしばし待ち。

「それでいい。次は俺がいないときにしてくれ」

一度手を引く、その言葉にそれでいいと頷く。
この少女が次はいつ来るかはわからないが、その時は自分はいないはずなのでそこまでは知るかと投げ。
それよりも提案を受け入れられたことに大きく息を吐いて。

「表が静かになるころには逃げれるだろ、そうなったら逃げてくれ」

そう口にしては少女を床に下して。

> 「それは困ります。……今日は、隠密にと言われていたので、あれ以上の爆薬は持ち合わせていません」

表情の変化も声の抑揚もないが、本当に困っているらしく、頭の上の白い耳がまたぺたんと倒れる。
手負いとは言えそれはお互い様。そんな手練れの青年と、腕は悪くとも数はいる兵士たちを相手にすれば、じり貧になるのはこっちである。
最悪、また爆発を起こし火事に乗じて逃げると言うのも、今回は用意がないので難しい。
それに何より、今日はもう疲れた。

「貴方がいない時がわかりませんが、次は用心します」

頷き返し、床に下ろしてもらえば、はっと思い出したように青年の袖をグッと掴んだ。
苦無が刺さった方の腕だ。

「……ん」

振りほどけば離れる程度の強さで手を引き、傷つけた詫びのつもりか、傷に顔を寄せ舐めようとする。

ジェス・アーキン > 「それはいいことを聞いたな。けど、もう今日はごめんだ」

表情や声に変化はないが、頭の上の耳が倒れる様子に困っているのはわかり。
お互いに手負い、疲労アリでは数を揃えられるこちらが優位ではあるが自分から提案したことなので破ろうという気はなく。
もう一度爆発を起こされれば、次は逃げれないかもしれないが持ち合わせがないと聞けば内心安堵して。

「次はもうここの依頼は受けないつもりだ。
…どうした?」

割に合わないと零しては本気で受けるつもりはない様子を見せ。
後は休んで適当なタイミングで顔を出すか、そう考えていれば傷を負った腕を引かれ、傷に顔を寄せ舐めようとされると驚きをみせて制止するタイミングを得れないままに傷をなめられてしまう。

> ごもっとも。少女は深く頷きを返す。
今回は痛み分けで、青年はギルドと家からの小言、少女は主人から、それぞれペナルティを受けることで決着がついた。
出来れば、今度は間抜けな見つかり方をせずに相手と相見えたいものだと少女も心の底から思うのだった。

「それは私も助かります」

淡々と相槌を返し、青年の手を引く。
尋ねる声に返事をする前に傷に口付け、舌で流れた血を舐めとっていく。
傷口には強く触れて痛みを与えぬように気を付けながら、熱心に心を込めて奇麗にすれば、満足して顔を上げた。

「――……これで大丈夫。痕にならないように、お医者様に診てもらってください」

そう言うと手を離し、まだ痺れの残る足で立ち上がろうとするが、やはりまだ動けず座り込んでしまう。
青年の言う通りにして屋敷が静まるまではここに身を隠すほかないと諦め、脱げて首にずり落ちていたストールを巻きなおす。

ジェス・アーキン > 乗り気でない依頼、予想外の強敵、そして吹き飛んだであろう廊下。
ここまで重なっては五体満足で生きているだけで上々、多様のペナルティなど些細に思え。
次にもし出会うなら酒場あたりで平和に会えれば、殺し合いの場はごめんだと心底思い。

「元々な……家の付き合いがないなら受けてないんだ」

本当に不本意だったと小さく零し。
自爆覚悟の魔術のダメージに比べれば些細となってしまった腕の傷に舌を這わされるとくすぐったく。
痛みがないようにと気を使われながら傷口を綺麗にされると、小さく礼を返し。

「そうさせてもらうよ。礼になるかはわからないが…この部屋には誰も近づかないように言っておく。
ちゃんと逃げてくれよ?」

傷を舐めおえ、立ち上がろうとしては座り込んでしまう少女にそう告げ。
この部屋は普段は使われていない様子の部屋なので誰も来ないとは思うが念のために奏しておくといっては立ち上がり。
ストールを巻き終えた少女を見ては、人はよそにやっておくと告げて扉を開けて外へと出ていく。

ご案内:「王都マグメール 富裕地区」からジェス・アーキンさんが去りました。
> 家の付き合いと言うなら、この青年も貴族なのか。
貴族と言うものにあまり良い感情を持たない少女は微かに眉を潜めたが、今実際に目にした青年の言動を思い返せば、それもすぐに薄れて行く。

「……大変そう」

貴族にも色々あるんだな……。
と、思いながら、青年の言葉に嘘は無いと感じて少し同情の念すら覚えた。
傷の治療(?)に礼を返されれば首を横に振って返す。

「助かります。ご助力、感謝します。
 貴方より素早い人間はそうそういないので問題ありません。逃げ足にも自信があります。……用心は、します」

助言と心遣いに、床に手を付け深く頭を下げる。
青年が部屋から立ち去るのを見送ってから、元通り顔と頭の耳をストールで隠し、再び認識阻害の魔術を施せば、少女は性別不詳、種族も年齢も不明の小柄へと戻るのだ。
彼の助けもあり部屋へ訪れる者もなく、爆発による火の始末も早々に片付いたようで辺りは静まり、暗殺者の襲撃を乗り越え屋敷は一時の平穏を取り戻す。
その平穏の裏で、小柄は闇に紛れて屋敷を抜け出し主の元へと重い足取りで帰るのだった。

ご案内:「王都マグメール 富裕地区」からさんが去りました。