2023/07/28 のログ
ご案内:「王都マグメール 富裕地区/公園」にヴァンさんが現れました。
■ヴァン > 夏の日の午後。太陽は頂点から傾いてはきたものの、夕方までは数時間かかる頃合い。
銀髪の男――ヴァン=シルバーブレイドは道の真ん中で立ち止まると額の汗を手の甲で拭った。
カジュアルなジャケットとカーゴパンツにバンダナ姿といった、普段の服装ではない。
富裕地区にふさわしい装いとして、髪を後ろに撫でつけ黒の詰襟を纏っている。腰には鞘に黒布を巻きつけた打刀。
略式ではあるが騎士としての姿。普通は移動に馬を使うものだが、男はあまり乗馬が得意ではなかった。
「……ちょっと、休憩するか」
大きく息を吐きだすと、陽射しから逃れられる場所がないかと探す。公園が目に入り、その中心にあるあずまやへと足を向けた。
八角形の建物で、壁はなく屋根と柱があるばかり。中央には丸いテーブルと、弧を描くように造られた長椅子が4つ。
座れる日陰は道路が広く、建物間に距離がある富裕地区では貴重なものだ。
長椅子に腰を下ろすと周囲に視線を巡らせた。公園は窪地のように土地が低く、周囲にある貴族の邸宅の一部がいくらか見える。
炎天下のなか公園に出歩こうという者はいないようで、敷地内に人影はない。面した道路を馬車や馬が時折行き来するぐらいだ。
ヴァンは鞄の中から水筒と小箱を取り出すとテーブルの上へと広げた。
保冷の魔法がかかった水筒からコップへと丁寧に紅茶を注ぐ。紙製の小箱の蓋をとると、クッキーが顔を覗かせた。
ご案内:「王都マグメール 富裕地区/公園」にクロスロアさんが現れました。
■クロスロア > みんみんと少々賑やかすぎる虫の声にそろそろドン引きつつ、公園の木々を眺める。
「いっそ、そのげんきをわけてほしい…」
うだるような暑さに早々にへばった脱走犯…もとい、紫を基調とした黒いレースのワンピースを纏った黒髪の幼女は、大きな縫いぐるみの頭部にへばりつくようにして運ばれていた。
ぽてぽて、と…可愛らしい足音のわりに所々ツギハギの薄紫のウサギさんには少々夏らしい納涼な貫禄があるが、持ち主の趣味であるから仕方がない。
「……あっ」
ふと顔を上げた先…丸い黒縁眼鏡の向こうにとらえた、あれは休憩所だろうか。
「え、と……しあ?がぜぼ…?」
本で見たことのある名を呟くと、とりあえず自分も休ませてもらおうと人形の足を向けさせた。
「…おちゃかい、だー…!」
ぽてぽて…と、うさぎさんに乗ったまま気の抜けた足音をたてながら近づけば、紅茶の華やかさとクッキーの芳ばしいバターの焼けたかほり…
キラキラと輝く瞳は、先客をよそにお菓子に釘付けである。
■ヴァン > 一通りテーブルの上の準備をした後、長時間歩いて疲れたのか目を瞑ると目頭を軽く抑え、揉むように指を動かした。
小さく息をついた後に目を開けると、近寄ってくる小さな姿を視界の端にみとめて視線を向ける。
それなりに大きい兎のぬいぐるみが歩いてくる。その上に乗っかる――というべきか。とにかく、子供が一人。
背丈からいって5歳かそこらだろうか。図書館に文字を習いにくる子供達よりはやや幼い。
少女――いや、幼女と言った方が適切か、とにかくその周囲に使用人らしき姿がいない様子に首を傾げた。
富裕地区といえど不埒な者達は存在する。貴族の子女にはお付きの者がつくことが多い。
ヴァンに認識できないほど手練れの使用人なのか、幼女が外見通りの存在ではないか、あるいはぬいぐるみが使用人代わりか。
ぬいぐるみを見た感じ、子供を守れるほどではなさそうだが――。
「やぁ、お嬢さん。だいぶ疲れているようだね。一緒に休憩するかい?」
幼女の視界におそらく己は入っていまい。軽く手を振って自己主張と挨拶の言葉をかけて、存在を主張する。
隣の席を手で示し、着席を促した。少し箱をゆすって複数のクッキーがしっかり見えるようにした後、箱を幼女に寄せた。
身なりからして貴族階級だろう。平民や貧民の子供のように、いきなり両手でクッキーに掴みかかったりはすまい。
「丸いクッキーがおすすめかな。四角いのは少し大人向けだね」
ヴァンの言葉通り。丸いものはドライフルーツが練り込んであったり、チョコチップが入っていたり。紅茶にあいそうだ。
四角い方はハーブやスパイス、チーズが混ざっているようだ。どちらかというと酒のお供といった感じ。
■クロスロア > はた…と。
ようやく低い声に気付けば、男の人。
姉様より、見た目は年上そう…家に詰めてる騎士さん達くらいだろうか。
お兄様のお客様がよくこんな服を着てるから、きっと貴族の人、だ…?
「…り、りお、りお、おろして…!」
わたわた、あわあわ…
一応ぬいぐるみに支えられていた体をえっちらおっちら地面へと下ろせば、パンパンと軽く衣装の乱れを直して…す、と淑女のお辞儀をひとつ。
「…ごぶれいを、おゆるしくださいな。
わたくし、“くろすろあ”ともうしますの」
ちまっとしててもきちんとしたカーテシー…相手が貴族であるなら貴族の礼をしなくちゃダメ、と、マナーの先生が言ってた、はず。
…チラッチラッと視線を向けて彼の様子を見てしまうのはご愛嬌というやつで。
それも薫風に煽られたコンガリ小麦の香りに釣られるまで、なのだが。
「おまねきいただき、うれしくおもいます、わ?」
やっぱり誘惑に負け気味なお子様は、せっかく習ったセリフや礼節もそこそこに椅子に向えば…ヒョイ、と、お供のぬいぐるみに座らせてもらい、丸と四角のクッキーを忙しなく見比べている。
「それじゃあ、まぁるいのっ!
…あぁ、でも、しょっぱそうなのもおいしそう……!」
ほぅ…と、両手を合わせてうっとりとした溜め息をこぼす幼女の横でぬいぐるみもポスンと座り、もはやすっかり警戒心ゼロの様相である。
■ヴァン > 普段の装いでないことは幸いだった。
カジュアルな格好で富裕地区でこんなことをしては『小さな子供に声をかける不審者』として衛兵に通報されてしまうだろう。
今でも不審者かもしれないが、騎士階級であることを示す詰襟の軍服が男の身分を証明し、厄介事から遠ざけていた。
りお、というのはぬいぐるみの名前だろうか。
年の割に綺麗なお辞儀をされたので、少し戸惑った。ややあって椅子に腰をおろしたまま、上半身だけでお辞儀を返す。
席を立ってするのがよいのだろうが、若干の疲れもあった。お辞儀の後で座ったままで失礼、と付け加える。
「クロスロアさん、か。おじさんはヴァン、という。
君はこの近くに住んでいるのかい?」
スパイス入りのクッキーを一つとって、眼鏡の幼女に質問した後に口に含む。
彼女の隣のぬいぐるみを興味深そうに眺める。使い魔か、魔導機械の類か――長時間運用するのは難しそうに男の目にはみえた。
一方で先程までの幼女自身の様子から、それなりの距離を移動してきたのだろうか、とも思う。
再度、周囲にある貴族の邸宅を見回した。屋敷の玄関や門を経由すると、直線的には近くてもそれなりの距離になるかもしれない。
「あぁ、お茶もどうぞ。……もし食べてみて口にあわなかったら、おじさんがもらうよ。
自分で作ったものは、自分で責任をとらないとな……」
箱の中身はヴァン自身が作ったもの。保存の魔法をかけてもらい通常よりも長く保つようにしたものだが、そろそろ期限切れだ。
しばらく箱にしまったままだったから、香りや味は落ちていない……筈だ。
スパイス入りのクッキーは職人のものにはかなわないが、素人が作ったものにしては上出来だと自画自賛する。
幼女ははたして目の前のクッキーにどういう評価を下すだろうか。
■クロスロア > なんだか不思議そうなお顔をされている気がする…?
一瞬脳裏を過るが、そんなことよりクッキーだ。
「てんにましますかみがみよきょうもかてをおめぐみくださるそのじひにかんしゃをささげましていただきますぅ…!」
訳:天に坐す神々よ、今日も糧をお恵み下さるその慈悲に感謝を捧げまして、頂きます。
食前の祈り略式超高速ノンブレス詠唱、からの、クッキーまっしぐら。
「おいふぃー…♡」
リスも斯くやと言わんばかりの頬袋を引っ提げて幸せに浸る。
家で食べるお菓子とは違い、どちらかというと中流くらいのお店に近い温かみのある味がする。
「…んぅ?
………(ゴクン)…ぶぁ、ウァ…ばんおじさま。
くろすはねー、ちょこっとはなれたところからきたのよ。
えっと、えっとねー…あっち!ですの」
おくちの中の幸せを喉奥へと押し遣り、彼の名乗りをまず復唱…復唱、できなかった。
Vの発音はどうにも舌が回らず、いまだに上手く発声ができない。
己が舌を呪いつつ、何事もなかったようなすました顔で彼の質問に答える。
まずキョロキョロと周りを見渡し、見覚えのある屋敷の屋根を見付ければ…その屋敷ではなく、屋敷の庭の更に向こうを指差して。
…その方向にはまさに“ダンタリオ”という、騎士系貴族であればまぁまぁ噂等々聞き覚えのあるであろうお屋敷のある場所で。
「…ふぇ……?
このクッキー、ばんおじさまがやいたの…!?」
左手で虚空を指差したまま、右手で紅茶を飲もうと…しながら固まった。
おじさまがクッキーを焼く…貴族のおじさまがクッキーを……なにそれ珍しい。
ぽかーんと口を半開きにしたまま数拍男をしげしげと眺め…
「すごいすごい!
おりょうりできるおとこのひと、かっこいい…!」
ぱぁっ、と、笑顔と尊敬の眼差しを向ける。
何気なく手が触れたのが四角いクッキーだったので、そのまま気にせず口に運ぶ。
さっきのはチョコ、今度はチーズ…甘いしょっぱいの交互とはなんと罪深い味だろう…!
「んん〜…♡」
落っこちないよう両頬をおさえて、また、にっこり。
■ヴァン > 幼女が手を合わせたと思ったら何やら口走った。
音を単語に分け、食前の祈りの言葉だと理解した時には箱の中のそれなりな量がもぐもぐされていた。
「口にあったなら良かった。
ちょこっと離れた所か。あっち……?」
クロスロアが指さす屋敷へと視線を向ける。「あの家」ではなく「あっち」と言った。
その方向にはいくつもの屋敷がある。有名な家もあるが、特定できるだけの情報がなかった。
ヴァンも貴族の端くれなので、社交界に顔を出したことがある王侯貴族の外見・肩書・名前について当然暗記している。
だが、幼女までは情報収集の範疇外だ。
「あぁ……万愛節の時に初めて作ったんだが、味見を任せた部下からさんざんに批評されてね。
それがきっかけで定期的に作るようになったんだ。半年前に比べたら上達したかな」
貴族にとっては料理は食べるものであって、作るものではない。
美食を突き詰めるために自ら料理を作る貴族は一部で有名だが、それも珍しいからだといえる。
彼女にとっては貴族らしからぬ言葉に驚いたのだろう。ぽかんとした表情をみて曖昧に微笑む。
「……ん?そうか?貴族にとっては料理は作らせるもの、だとは思うが。
それに料理ができる、というほどではないよ。まだ焼き菓子しか作ったことがない。
食事は……肉を焼いたりするぐらいだ」
てっきり珍獣を見つけたかのような反応をされると思ったが、どうやら好意的に映ったようだ。
二つ目は何にしよう。無難に干しレーズンを練りこんだものにするか。箱のどのあたりにあるか指がさまよい、一枚を取り出す。
あずまやを弱い風が通り抜けて、男は目を細めた。満足そうな幼女の姿に唇の端を綻ばせながら、他愛もない話を続ける。
「クロスさんは今日は何をしに外へ?おじさんは仕事が終わって戻る途中、疲れたからここで休んでたんだ」
■クロスロア > 男が“あっち”の言葉につられて指差す方へ顔を向ければ
「うん、あっち〜。」
と、大したヒントにならない情報を再度復唱する。
クロスロアからすれば最悪飛んで帰れば充分なので、自分基準で一番大事な“方向”を示したのだが…初対面な彼が其れを知る由もなく。
「こくひょーくっきぃ…はんとしで、かわいいくっきぃ…」
手に取ったスパイスクッキーをジッと眺める…
つまり、素人でも練習すれば美味しいクッキーが作れるようになる。
美味しいクッキーいっぱいいっぱい食べ放題になる。
…なんと、お肉も焼けるようになる!?
「できることがふえるのは、よいこと…!」
帰ったらメイド達におねがいしてみよう、手作りのクッキーを渡したらきっとメイラ姉様も喜んでくれるに違いない。
興奮にほんのり頬を染め瞳を輝かせ、新たな技能習得に胸を躍らせて。
…が。
彼の何気ない問いにビキッと固まる。
「ん"っ、んん〜…ごようじ、ごようじはー……
…おさん、ぽ……?」
まさか、ちょっとお外が見てみたくなって一人とぬいぐるみ一匹で屋敷を抜け出してきた、とは言えまい。
そう、おさんぽ、おさんぽなのだ…何も間違ったことは言っていないし嘘もついていない。
とりあえず、紅茶のカップで口元を隠す…あっ紅茶も美味しい。
…盛大に目が泳いでしまっているが、嘘はついていない。