2024/04/03 のログ
ご案内:「温泉旅籠「九頭龍の水浴び場」」にテイラーさんが現れました。
■テイラー > 曇り空から降り頻る雨粒は屋根のないそこかしこに落ちて弾ける。
露天風呂にもまた、ぱらぱら、ぱらぱら。
洗い場に、鹿威しに、庭園に、湯船に落ちて弾ける。
こんな天候だと利用が推奨されるのはやはり内湯なのだが、
雨粒に打たれても露天風呂を楽しみたいって変な客もいる。
「んふふふふふっ」
胸の下までたっぷり湯に使って温まりながら、冷たい雨が頭に肩に落ちて冷える感触も楽しければ雨粒に打たれて弾ける水面も鹿威しもこれはこれで風情があるだなんて思う変な客が只今利用中であった。同好の士……は、残念ながら今はおらず貸し切り状態の中、湯船でうんと足を伸ばして縁に肩も腕も掛けて体勢で機嫌良さそうに笑みを漏らす。
「温泉ってのぁいい。いつだっていい……」
晴れの日には晴れた日なりの、雨の日には雨の日なりの良さがあると思う、のだが……
雨天の露天風呂の良さを語らえる人が中々居ないのはちょいと寂しいところである。
男でも女でも誰か語らえないものかと混浴に足を運んでみたものの人影はなし。
まあ、一人っきりで広々とこの景色を楽しむのもありっちゃあり。
湯船に風呂桶と、其処な上に徳利とお猪口を入れて湯に浮かべ、偶に注いではちびちびと飲みながらのんびりとやっていた。
ご案内:「温泉旅籠「九頭龍の水浴び場」」に枢樹雨さんが現れました。
■枢樹雨 > 己の興味を引くものはないか。
肉体を得て数日。目ぼしい"何か"を探す為、霊体となってふよふよ空中を漂うが日課の妖怪。
天から降る雨は霊体の身体をすり抜け、見下ろす地上を濡らし、常よりもしめやかな空気を作り出す。
どうしたって外を出歩く者の少ない状況。代わりに目が留まったのは、どこか懐かしさを感じる建造物。
近づけば木造と判るそれは、妖怪が生まれた国の建物と似ていた。
「………城?」
首を傾げ落とした呟きは、きっと誰にも届かない。
屋根を越え、並ぶ窓を覗き込み、なかなかに大きな建物を興味津々観察していれば、雨間に覗く白靄が。
ふよふよと近づき見下ろした先には、広い池。…そして、そこに悠々と浸かる人の姿。
そのままその人の背後に降り立った妖怪は、その場で霊体から実体となって姿を現し、ひたひたと貴方に近づき。
「―――美味しいかい?」
妖怪の白い脚が、濡れた石造りの床を歩く。
しかし着物はしっかり着たままの妖怪は、露天風呂の縁にしゃがみこみ、口許でお猪口を傾ける貴方に問いかける。
淡々と、抑揚のない声。
頭から被った薄絹で雨を受けながら、その薄絹を目許から少し持ち上げて。
■テイラー > 土砂降りでないにせよ小雨というにも降水量はやや多いとなれば日中でも出掛ける者も少ないもの。
人通りも減り、曇天で光量控えめ、異国情緒溢れる建物は雨粒に塗られて黒く変色して、
どうにも重苦しい雰囲気さえあるが見る者が見れば懐かしくも映るその中で――
「……ぅん?」
番台に、廊下に、脱衣所に隔たり露天風呂と中も中にいるくせふと……
そうそう誰の目にも止まらぬ“何か”が空気を揺らしてもいないのに、
目線を少しと首を少し傾けては不可思議そうに声を漏らした。
「……くふっ」
それが、取って食おうだの化かそうだのという意図を含んだ気配であれば湯から立ち上がったものだがそういった害意らしいものは感じない。なら放っておくか、と思っていれば近付いてくるのに、くつりと喉を鳴らし、ひたりと実体も伴って近くに来たのならば濡れた手をゆらりと掌のまま挙げる。淡々とした声にそこで改めしかと薄灰色の瞳を向けては口元を笑みにしてから、
「中々の塩梅だよ。やるかい?」
徳利を持ち上げお猪口へとまた並々と透明の米酒を注いでは、持ち上げて差し出してみる。
■枢樹雨 > 人の子には目視できぬ霊体。
けれどそれが人ならざる者であれば、話は別なのかもしれない。
より近くで見た背中から、貴方が男性のようだと認識していれば、不意に持ち上がる手。
いちど、にど、前髪の下でゆっくりと瞬きを繰り返せば、しゃがみ込んだままその薄灰を見つめよう。
しかし御猪口が差し出されるなら、視線は其方へと移り。
「………それ」
警戒なく伸ばされる白い手。華奢な指にも程良い、小振りな盃。
受け取れば、盃そのものも、澄んだ中身もまじまじと見遣る。
スンと鼻を鳴らせば、鼻を抜ける米酒の香り。
どこか呆然と、驚いた様子でしばし薄く唇を開いていれば、それを再び動かして。
「これ、お酒。――御猪口に、徳利。…あってるかい?」
指が、己の手元を、そして貴方の手元にある徳利を指差す。
■テイラー > 正道を外れた、仙人。“仙人”なるものを知らずとも“唯の人間ではない”という事柄は彼女にも知れようか。
荒縄を編み込んだような背中も、盛り上がった肩も、分厚い爪と筋張った指と手も、何れもが、
戦闘態勢とは真逆の実に気楽な力の抜きっぷりで掌が挨拶代わりにゆらりゆらりと緩々揺れる。
薄布と前髪とで二重に隔てられた向こうの瞳でぱちくり瞬いているのも、見えているらしい、
可笑しそうな楽しそうな笑みを口唇に浮かべて喉もくつくつと機嫌良さそうに笑気で鳴った。
「うん」
どうぞ、と真っ白く滑らかなお猪口を手渡した。
無色透明な液体から香る強めの酒精に爽やかな甘味のある香りが、
彼女の鼻腔がすんと鳴る度に嗅覚を刺激するだろう。
「そう、お猪口と徳利、大正解。お酒が初めてならぐいっといかずにまずは舐めてみるといい。お気に召すといいんだが……」
茫洋とした風情は浮世離れしてどこか超然的な雰囲気も醸す彼女だが……或いはまだまだ“出来た”ばかりが故か?
とは、一目見ない内から“何か”が居るとは分かっていても流石に一目見て何もかもは看破は出来ないので内心では実際よりさらに首を傾げつつ。
こうやって、とお猪口を持っているような風情で空をつまめば舌を出して一舐めして見せて。
■枢樹雨 > なんだろう。近づけば近づくほどに、何かが違って何も違わない。
生まれて数百年。この国に流れ着くと同時に肉体を得て数日。
知っている事と知らない事。わかる事とわからない事。感じられるものと感じられないこと。
其々に乖離が激しい妖怪は、今はただその目で捉えたものにだけ興味を示す。
散々に飲ませて貰ったこの国の酒とはまた違った香り。
けれど透明のそれは、妖怪がよく知る"酒"とよく似ている。
貴方がせっかく添えてくれた注意の言葉も半ば。
お猪口と徳利に間違いがなかったと判った途端、妖怪はお猪口を口元でくっと傾け、一気に中身を空に。
「―――うん、美味しい。じつに美味しいよ。」
貴方には見えているのだろう。前髪の下の仄暗い瞳が、感激に見開かれている。
伸ばしたのは、空いている右手。
触れようとするのは貴方のもとにある徳利。
露天風呂のふちにしゃがみこむ妖怪から届くだろうか。
「君はこの酒をどこで手に入れたんだ?それにその酒器も――」
■テイラー > 変わった妖怪だなと思った。
赤子みたいな雰囲気もあれば老成した人間みたいな口振りも色々と。
然し面白い出会いだとも思う。
口元も語調もすっかり笑みの形が浮き出たままになっていて。
中々の飲みっぷりにもこれまた、おー、なんて感心したような声音を出した。
「そりゃあ良かった。この国の酒も美味くて気に入っているがやはり故郷の酒も恋しくてね、ちょくちょくこうして飲んでるのさ」
隠された、光に翳せば宝石のようにも煌めきそうな瞳が広く広げられたことに、くつくつと笑気混じりの受け答えに頷き一つ。
伸ばされた手を追っていけば浮かんだ桶と徳利に向っているのを見ると、
そのままでも届くだろうがうっかり体勢崩してお湯にぼちゃん、何て、
ならないよう届きやすいように軽く指で押してやれば難なく掴めるだろう。
猪口と同じ美しい曲面を描いた陶器製の、つるりとした手触りのいい徳利。
揺らせばまだまだ残りの酒が徳利の中で重そうに揺れる。
「ここの。ああ。温泉宿なんだけれど。ここが用意してくれたものでね。
何なら瓶で用意してもらおうか? 他にも美味しいものもあるし、そうそう、それに。湯もかなりいい。おっと。入るのはいいが着物のままは厳禁だぞ」
ちゃぷ、ちゃぷ、と、音を立て、人差し指で水面を叩いてから、湯が滴る指先で彼女の衣類を指差す。
■枢樹雨 > 貴方の親切が、妖怪のお湯ぽちゃをしっかりと防いでくれる。
徳利まっしぐら故に、それと気がつかずに徳利を得ては、改めてその酒器を色々な角度から見つめている妖怪。
色柄はないけれど、白く艶やかな酒器。それは神へと捧げられる物にも似ている。
そう、感じれば、貴方の言葉に視線が移る。少し湯に湿った、黒の髪を見つめ。
「故郷。……ということは、君もこの国の生まれではない?
――私と、近しい生まれなのかもしれないね。」
正解か、不正解は。それはわからない。
ただ近しいものを感じれば、不思議と貴方にも興味が湧く。
持ち上げた徳利、そして空のお猪口も差し出すと、お猪口の方は受け取れとでも言うように軽く揺らし。
「お酌をしよう。私の初めてのお酌だ。これで、酒の礼にさせてほしい。」
貴方がお猪口を受け取ってくれるのなら、妖怪は見様見真似で空の杯を満たすだろう。
そして一度徳利を桶の中へと戻し。
「宿の酒、か。となるとこの国の通貨がいるのだろうね。……瓶酒の分も、お酌で良い?」
淡々とした抑揚のないしゃべり口調こそ変わらないが、幾分しょんぼりとして聞こえるかもしれない。
そして前髪の下から窺うように貴方を見つめると、頭にかぶった薄絹に触れ。
「それと……、君は、私を売ったり攫ったりしないか?」
■テイラー > 熱いお湯に落ちるのは冷たい水に落ちるよりは幾分は良いだろうが無いに越したことはない。びっくりするから。お互いに。
無事に済んだ彼女がしげしげと徳利を眺めていれば、雨粒が付着して、滑らかな質感や色艶を裏切らずつるりと滑って流れていって……
真っ白くも少ぅし周りの景色を映す鏡面が水滴でくにゃりと歪んだりもし色々な顔を見せてくれる。色柄がないからこそ浮かび上がる柄。
「そう。ここからずぅ~~~っと北の方さ、きっと近いところだよ、ふふ、会えて良かった」
同郷と思わしき人間もさして多くないが同郷の“人でなし”と会うのは殊少ない。
掌を口唇に当ててはそれを投げるように手首を返して。
……いやちょっと気障が過ぎるか? と、乾いた笑いも出したものだが、
返却されてきたお猪口を受け取ってから揺れる徳利に首を傾げたのも束の間。
「ああ、ありがたい、光栄だ」
酌と、序でというには勿体無い“はじめて”なんて付加価値には嬉しそうに首肯を一つ。
猪口を差し出してから満ちた米酒を一口に煽って、美味いとしみじみと零す。
「うん? 何。お礼は今ので十二分さ、お財布なんか気にしないでお酒もお湯も楽しんでくれ」
通貨、のところで、平坦な声だからぱっと見もといぱっと聞き分かり難いが落ちた声のトーンに、お財布は自分持ち。と、己を指差した。
彼女の“はじめてのお酌”はそれぐらいの価値が十分以上と。
薄灰色が、濡羽色に隠れた灰簾石をじっと見返しながら、
「売る? 攫う? はっはっは。いやいや、ご冗談を。
折角会えた同郷を、況してこんな嬉しい事までしてくれる子を女衒やら奴隷商やらに渡してみろ。
俺ぁこれから先生きていけないね」
■枢樹雨 > 滑らかな手触り。艶やかな仕上げ。伝う雫に映る景色と伝い落ちる様。
それらを美しいと、感じる心が妖怪にはあった。
眩しそうに細められた双眸は、無事貴方のもとへと戻ったお猪口へと向けられ、
華奢な指が徳利を大事に支え傾ける。
注がれる米酒には、絶えず天の恵みも注がれるが、それに気を害す者はここにはいない。
「北…、北か。私はどの方向から来たかもわからないんだ。
故郷を懐かしみたくなる日があったなら、北を眺め酒を飲むとしようか。」
気がついたらこの地に立っていた。
果たして郷愁に駆られる日などくるのか。じつに怪しい所だが、人の子の感覚に興味があるのもまた事実。
己が酌をした酒を気持ち良く飲み干す貴方を眺めながらに、少しだけ口角を持ち上げ。
―――そして、貴方が己の憂いを払う返答をくれるのなら、妖怪は灰簾石に喜色を浮かべる。
「それなら安心だ。少し、待っていて。」
立ち上がった妖怪は、被っていた薄布を外す。そうすれば現れる二本の鬼角。
そのまま踵を返すと、適当な屋根を探し、其方へと小走りに駆けていく。
脱衣場だろうか。それらしき籠を見つければするすると帯を解き、手慣れた様子で着物を脱いでいく。
再びの小走りで戻って来るのは、一糸纏わぬ妖怪。
改めて温泉のふちにしゃがみ込むと、左手を差し出し、湯に触れて。
「あっ、つい?……いや、しかし、」
肉体を得て数日。風呂の経験もなければ勿論温泉の経験もない妖怪。
雨に冷えた身体は殊更湯を熱く感じ、驚きに一度手を引いてしまう。
しかし目の前の貴方はじつに心地良さそうに湯に浸かっている。
怪訝に首を傾げるなら、今度は右足を伸ばし、ゆっくりと湯に沈めていき。
■テイラー > 雨粒で弾ける酒も、波紋の広がる猪口も、良いものだ、気の合うどうにも愛らしい子が酌もしてくれて“美味い”以外は無い。
有難う、と、猪口を軽く掲げてもう一度謝意を示してから、
「機会があれば旅をしてみるといい。
きっと、見つかるさ、それまでは、ふふ、いいね、風情のある飲み方だ」
己がやってきた土地を、恐らく彼女がやってきた土地のある方角を一瞥してから彼女に目線を戻すと頷く。
僅かばかりに持ち上がった広角を収めると、
すっかり張り付いた笑みが戻る気配もとんと無くまたくつくつと喉を鳴らして。
「清廉潔白を謳うつもりはないが向き不向きってものがある。
悪徳ってやつはどうにも俺には不向きで性に合わん」
想像するだけでも眉を顰める。この返答で安心はして貰えたか、浮かんだ喜色に顕わになった鬼角に、吐息を零して。
行ってらっしゃい、あ、濡れてるから気を付けて云々なんだかお母さんみというかお婆ちゃんみというかの忠告と一緒に見送った少し後。一糸纏わぬ、隠れもしない肢体にも同じような忠告を再度掛けるが目線は反らしておいてから。熱めのお湯、普通の風呂よりも温度が高くされている、熱い風呂好きにはいい塩梅だが慣れぬと少し梃子摺るお湯に案の定苦戦の声音を聞き取ったら、
「ん。ほら」
徳利とお猪口を置いといた風呂桶で湯を組んで、雨粒と外気を含んで少し掻き回し冷ましてから、
彼女のほうへと向けると湯に沈んでいく右足の太腿近くに軽く流してやって少し温めから慣れさせようとお手伝い。
目線は向けないまでもこれぐらいなら見なくても器用にこなせる。
■枢樹雨 > 人の悪意はよく知れど、人の善意は深くは知らぬ。
そもそも人の良し悪しなど、妖怪にはわかりはしない。
大前提として貴方が人か否かの判断すらつけていないことは置いておいて――。
着衣の背中で受け取ったお小言じみた忠告は、聞いてはいたけれどまったく反映されていない。
いつか見た、人の子が湯に浸かる姿。
ああ…と、じつに気持ちよさそうに声を零し表情を溶かす様。
それを味わいたくて気が急いて、結局濡れた床を走り戻る。
湯に触れた手の先が、ほんのり赤い。
湯に浸した足先が、じんじんと熱い。
これは果たして正解なのか。戸惑いを含む目を前髪の隙間から向けていたが、そこへ助け舟が。
少し優しい湯。まるみを帯びたようなそれが腿に触れれば、それはなんだか心地良い。
そして温められた腿は、足先よりもよほどすんなり湯に沈んでいく。
ゆっくり、ゆっくり。貴方の助けを借りて、気が付けば白い肩まで湯に浸かり。
「―――――はぁ…、―――温かい。…これが温泉か。
身体の先が、じんじんする。…熱かったのに、…温かい。」
ほっと、ひと息。瞼を閉じて熱を感じれば、人の子が湯を好む理由が感じられる。
長い髪をゆらゆらと湯船に浮かせながら、少し間を置いて瞼を持ち上げる妖怪。
目許に貼りついた前髪を少し掻き分け、改めてはっきりと、青の瞳で貴方を見つめ。
「ありがとう。助けがなければこの心地良さを知る前に逃げていたよ。」
■テイラー > 走って行って走って戻ってきてそれをはらはらしながら見守る図式は燥ぐ子供と母親か。
滑らず転ばず何とか腰を落ち着けたところをほっと一息零したところで脳裏にそんな事をふと……
保護者の苦労というものを思わぬところで知ったがその感嘆は今は置いておくとして。
不安そうに此方を伺う目線に、大丈夫と声も掛け手も掛けて、
少し冷ましたお湯でも慣れなければ水でも貰って湯に混ぜるかとも一思案したが幸い杞憂で済んだ。
「いらっしゃいませ。そう、いいものだろう? 今日はこうして雨の日だけれど晴れの日にはまた違う味わいだ、是非通ってくれ」
此処は湯と酒は宜しいが無防備に通うには宜しくない側面もあれどそこはそれ、
金と常連客の面子とあとついでに『俺に喧嘩売る気か?』と宝具でちょいと……。
何て企みはあとでそのまま実行するにして今は気持ちよさそうに浸かる彼女の方へ意識を置いた。
湯で輪郭が歪んで、浮かんで漂う濡れ羽色でより隠れて、おかげで目線を漸く戻せるようになる。
「どういたしまして。一緒にこうして湯で語れる同士は少ないからね、俺の方こそありがとうだよ」
はっきりと浮かび上がった青の瞳に薄灰色を合わせてから目元も弛める。
丁度、宿の者がお代わりは如何と伺ってくれたので、瓶で一本注文すれば直ぐにようく冷えた米酒を持ってきてくれるから次いでに頼んだぐい呑を二つ並べて、一つを自分に、一つを彼女へと注いでから差し出す。
「では、改めて、乾杯といこう。と、そういえば、名乗ってなかったか、この国では“テイラー”と名乗っている。宜しく」
■枢樹雨 > 転ばす怪我無く無事に湯に浸かれたのは、半分は運という名の偶然のおかげ。
そしてもう半分は、母役を請け負ってくれた貴方のおかげなのだろう。
初対面の己の身を案じ、女性体を直視せぬその紳士っぷり。
そこに気がつけない愚か者の妖怪は、表情こそ大きな変化はないが、じつに機嫌良く湯に浸かり。
「雨の日に、晴れの日に、…では雪の日もまた違う味わいを得る事ができるのか。
――しかし、通うには"ごるど"とやらが必要だろう?私はそれを得る術を持っていない。」
思えば今日は雨が降っている。
天を見上げ、目許に落ちる雨粒に目を細めると、同じく天から降り注ぐ白を思い出す。
積もる白雪と、昇る湯気。それはどの様な感覚をこの肉体にくれるのか。
好奇心は積もるばかりだが、先日知った通貨の存在が、妖怪の唇から溜息をひとつ引き出してしまう。
改めて重なった貴方との視線。仄暗い灰簾石が薄灰を見つめ。
「旅を薦めてくれたが、君は旅をしていたのか?遠い遠い北の国から、この国まで。
その時、酒や食事、こういった楽しみはどのようにして得ていたのだろう。」
貴方ならば、何か良い知恵をくれるだろうか。
自分のように何も持たずに生まれてきたはずもないのに、問いかけていた。
――と、そこへ酒瓶が運ばれてくるのなら、興味は一度そちらへと移る。
差し出されたお猪口、礼の言葉と共に受け取ると、左手に持ったそれを貴方に差し出し。
「私は枢(くるる)。君は、テイラー…だね。 …では、乾杯。」
倣ったばかりの、優しい乾杯。持ち上げた御猪口を、そっと貴方のお猪口に重ねようとして。
■テイラー > 己の性分がこの国においては少数派であることはこの国にそれなりに居ると自覚するところ。
母役ついでに、良い? 俺みたいなのは少ないんだからあんたみたいな可愛い子は云々……
もう少し後になるかもう暫く後になるかは兎角お小言は飛び出す事になるだろう。
「良い目の付け所だ。格別だよ。雪景色を肴に熱燗をやるとなったらそれはもう……うん? ああ。
この宿では“ごるど”の心配は要らない。勧めたのは俺だ、財布を持つのも俺が必然というものだ」
しんしんと降る白い雪がふわりと白い蒸気で溶けて消え、緑が白く化粧される雪の日の温泉。
体躯はとかく頭がちょいと寒いところは甘く熱い酒で温めながら浸かるあの心地を、瞼を閉じ、
通貨という現実と落ちた声音にすぐに開くが“なんてことない”と当たり前のように頭を振る。
小言といい財布といい先ほどから『世話焼きおかん』化が著しい。
……直ぐにそれに気付いたが、もういいかと開き直る。
「こんな声だが歌と、それと楽器が少々得手だ、そいつで路銀を。一芸あると旅もそれなりに快適だ。
……簡単なもので良ければ一つ二つ教えようか?」
老人という程ではないが若人にしては嗄れた、声。然し聞き取り難さもとんとないだろう声と発音。
喉を指してから、弦を弾くような真似もして己の一芸の内容を語ったあと、
習得はそうは簡単ではないもののどうせこう世話焼くならじっくり世話焼いてみようかと首を傾げて。
「よろしく、枢。かんぱい」
くるる。字はこうかな? 何て中空で人差し指を使って描くのもそこそこ、小気味よい音を立てて杯を合わせれば口を付ける。
湯は芯からぽかぽかと温めてくれて、温めすぎてくれすぎるぐらいだ、雨粒は冷たいがそれでは心許ない火照りを冷ましてくれる冷たさと、きりっと引き締まった辛味が一瞬過ったあとに広がり香る甘さの酒精に、ほう、と一息を零す。
■枢樹雨 > いつか聞けるかもしれない更なるお小言。果たしてこの妖怪は真に理解できるのか。
宇宙猫なんて、見たことも聞いたこともない生物の顔になってしまわないかはその時にならなければわからない。
ちゃぷ…、ちゃぷ…と、右手で湯をすくい、流れ落ち、すくい、流れ落ちと、手遊びをする様は、
手に入れた肉体とはいささかちぐはぐな幼稚さで。
「財布を持つと言っても今日の話だろう?私は雪の降る頃にも此処に来たいと――、
ん?まさか今後もずっと君が対価を支払ってくれるということ、かい?」
今こうして共に湯に浸かり、初めてのお酌の対価に酒を貰う。そのひとときの話。
しかし話の辻褄を合わせて行けばなんとも自分にとって都合の良い話が浮かび上がるのだから、首を傾げ。
「ほう、うた。楽器も。三味線だろうか。それならば私も―――、
私、も、……弾ける?」
貴方が弦を弾く仕草は、妖怪の記憶の中にある楽器に重なった。
肉体なくとも、聴くことができた音。数多ある怪談話に添えられた音。
教えてくれると聞けば、何故か、弾けると思った。思ったけれど弾いた覚えもない其れ。
思わず首を傾げ、貴方に訊ねるように答えてしまう。
己が名を表す文字には、ひとつ頷き答え。
「そう、その字。…テイラーは、私と同じような文字を使った名?」
先ほどよりもよく冷えた米酒。それを今度はちびり、ちびりと、貴方を真似るように味わう。
喉を、その先を、通り抜けていく酒が、己の身体がずいぶんと温められていることを教えてくれる。
その新鮮な感覚に目を細めては、貴方を見るでもなく問いかけよう。
君の名にも漢字が当て嵌まるのか。
■テイラー > 背景やら胸中やら脳内やらが夜空の向こう側にいってしまっている猫みたいな顔した彼女の頬をむんずと摘んで、くどくど、くどくど……
世話焼きおかんの優しいところと厳しいところをこれでもかと流し込む時は仕草まで女っぽくなっているかもしれない。
掬い上げられては、手中で揺れ、零れ落ちると、飛沫と波紋と湯面に軽い渦巻きを作る手遊び。
微笑ましいものでこれも肴になると足を組んだままぐい呑を空にしたら一献注いで酒が進んだ。
彼女が来る前にも数本空けて彼女が見ている前でもかなり飲んでいるが、
顔は湯で火照っているだけで酒に酔った風情はないまま財布の話も極極普通に頷いて見せる。
「そういうこと。何、遠慮する事はない、枢の酌にはそれぐらいの価値があって然り。
こうして喋っていても楽しいのだから対価は払われるべきさ」
金の使い道なんてそうはないしね。何て付け足してから、
「心得はある? なら、習得も思ったより直ぐだろう、うん、きっと弾ける」
楽器を弾く以外の用途にもよく使われていそうな、
分厚い爪と筋張った指が握り込まれ親指を立てる。
弾けるようにしてみせる、と、
自信満々さを仕草にも言動にも浮かべて宣って。
「ん? ああ。いいや、テイラーは北とは言語が違う。本来のものもあるんだが……ぁー。なんだ……。
少々。いや。かなりか。かなりだな。道を盛大に踏み違えた事があって、以来、本来の名が名乗れん」
今の名を北風に言い換えることも出来ないではないが今の名はやはり王国風がしっくり来るもの。
北の生まれらしい容姿とそれに因んだ名はあれど属していた集団の戒律とそこを離れた罰則がある。
このあたり少々複雑というか気恥ずかしいというか……云々、
歌と楽器の話のときと違ってどうにも歯の詰まった物言いになってしまった。
いやお恥ずかしい、と顎に手を添えたり目線も反らしたりである。
■枢樹雨 > 波紋に誘われ、ゆらゆらと揺れる濡羽色の髪。
今度はそれに指を絡め遊ぶ手遊びへと変える頃には、妖怪の肌も湯に色付いていく。
その色が、酒によるものか湯によるものかは定かでないかもしれない。
「む…、そうか。太っ腹だね。君はどこぞの殿かな?」
己の酌の価値がいかほどか。宿代も、遠い地の酒の値段もわからぬ妖怪は、
不思議そうに男の顔と、身体と、眺めてみる。
しかしながら肝心の殿の顔も身体も見たことのない妖怪では当然結論は出やしない。
少しずつ味わっていたはずの酒は、その心地良い冷たさ故にあっという間に無くなってしまい、
「テイラー」と空の杯を差し出して3杯目を強請る辺り、遠慮なくお財布を頂戴する様子で。
「心得が、あるような…、ないような…。何故か、音と、指を、知っている……気がする。
―――何故だろう。…テイラーはどうやって楽器を弾けるようになった?」
頷くに頷くことができず、己の事ながらよくわからない状態に首を傾げるまま。
おもむろに手遊びしていた右手を貴方の方に伸ばせば、立てられた親指をぎゅっと握ろうとする。
叶うなら、「私はこんなに大きい指じゃない」と。
「―――本来の名が、名乗れない?」
自分の知らない漢字を知ることができるかもしれない。だって、テイラーという響きは、生まれた国では聞かなかったから。
しかし思わぬ返答が返るなら、仄暗い瞳をぱち、ぱちと、数度瞬かせる。
そうしてしどろもどろな貴方を、じぃ……と見つめよう。
「―――君は、人の子?」
■テイラー > 「との? っく、っふふ、っはっはっはっは!」
殿様? 思ってもみなかった表現に怪訝が出たが瞬き一つで消え失せて直ぐに喉も肩も笑気で揺れる。
鋭利さのある相貌も引き締まった肉体も湯ごと揺らしてツボに入ってしまってその儘暫く笑っていた。
「んく、ふふ、ああ、はいはい。ふふふふふっ」
声音もすっかり上擦るぐらい笑気が収まらなくとも酒を注ぐ手付きだけは慎重だ、
ぐい呑からこぼれ落ちないようにだけ気を付けて彼女の杯へと手酌の三杯目。
己は幾杯目か数えていないがまた空にして互いに遠慮もなければ見る見る内に減る瓶の中身。
もう一つ頼むかどうするか、宿のものを呼ぶ前に、
「さて。あるいはその理由も旅する事があったらその時に見つけられるかも知れないなぁ。
きっとすぐに巧くなるよ、俺も手先は器用だったからこうして練習し、っくっ、ははは!
し、しし、心配しなくともこんな指には、な、ならないから……ふふふはははっ!!」
笑い上戸ではなかったつもりが先程からずうっと、笑みを浮かべるどころか大笑いが続く。
サムズアップを手中に収めるものだからなんだろうと思ったら、太い指がどうのこうの、
一度ツボに入ってしまうとツボの沸点というかが低くなってしまうものなのか……
終いには、もう片方の手で目元を抑えて喉も顔もあげて爆笑しまくっている。
はーーーー……と、笑いも何とか、笑いに笑って何とか、目元に浮かんだ涙を拭って収め。
「まあこれも笑える話といえば笑える話さ。数百年もな、目的があって生きてきたが嫌になって投げ出した。で、今は気儘に生きている。
此れが俺が生きてきた世ではかなりの重罪でねぇ。罰則、てワケでもないんだが、一応のケジメみたいなもので名前は故郷に置いてきた」
重いようで重くない話。恥ずかしいと言えば恥ずかしい話。笑えるといえば笑える話。意味があるようで、ないような……
人だった。疑問にはそう答えて何とも言えない話を披露する折には何とも言えない顔で、肩を竦めて見せる。
■枢樹雨 > 此処が露天風呂でなく内風呂であれば、豪快な笑い声が室内によく響いた事だろう。
とはいえ目の前で聞く妖怪にとっては、露天風呂という環境でもなかなかのもの。
僅かに目を瞠り、ぱち、ぱちと、先のように瞬きを繰り返し、しばし黙って見つめてしまう。
ただ、差し出したお猪口にはしっかり酒を注いでもらって。
「そんなに、笑わなくても、良いだろう…。
君のような指になることを心配しているのではなくて、
君のような指でなくとも弾けるのかを心配している。」
心なしか不満気な青のたれ目。
捕まえた親指を叱咤するようにぎゅうぎゅう非力なりに握ってみるが、まったくもって効果が無いのは火を見るより明らか。
最終的に親指を開放し、空いた手でべちりと湯面を叩く。
そうすれば跳ねあがった飛沫が貴方の顔や胸元にかかることだろう。
残念ながら妖怪の顔にもかかるのだが…。
「そうか。人"だった"か。ではやはり、私と同じく人ならざる存在だね。
なるほどそれならば、私を売るも攫うもしないか。同じならばそう価値もない。」
貴方が語ってくれる自身のこと。その顔を、笑いつかれて涙ぐむ目許をじぃ…と見つめるまま、酒をひと口。
得心がいったとばかりに頷けば、ぐいと一気にお猪口を空にし、今度は妖怪が貴方の杯を満たそう。
二度目のお酌は瓶から。注ぎ過ぎて少々溢れ零れたのはご愛敬。
「しかし、ケジメをつけるだなんて人の子のようだ。
清廉潔白を謳わずとも、悪徳とはならぬ。
その揺らぎながらも水平を保つ秤のような生き方も人の子のようで…。
君も十分に、愉快な人だと思うよ。」
恥ずかしいことなのか。ケジメをつけるほどのことなのか。
それは怪異にはまだ理解できなくて、それでもどこか、自分の知る存在を思わせた。
少し口角をあげるなら、緩む口許。其処から微かに息が漏れ、妖怪は確かに笑って。
■枢樹雨 > 思わず出会った貴方との、有意義な時間。
談笑はまだ続きそうで―――。
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