2016/11/25 のログ
ご案内:「月夜の海」にクロウさんが現れました。
クロウ > 煌々と、夜天に月が浮かんでいる。

星の光を呑み込むかのような、大きな大きな丸い月だ。
月は、突き放すように高い高い空の真ん中で、まるで空にあいた穴のように白く光を放っていた。

光が照らすのは、暗い暗い、真っ黒な夜の海。
波音だけが響き、他には何もない黒の海。
月光を受けて、しかし月影を落とすものは静かに揺れる波くらい。

―――否。
一つだけ、波の他に白の月光を黒の月影に換えて水面に映すものがあった。

船だ。
帆船。帆を畳み、ゆっくりと波間を揺蕩う一隻の帆船。

船上に乗組員の姿はない。
船倉にも、船室にも、どこにも、その姿も気配もありはしない。

ただただ無人の帆船が一隻、月夜の海に浮かんでいる。
聞こえるのは、波音だけ。

だがしかし、船上は無人ではない。
大きなマストの根元に、人影がある。

この夢に迷い込んだ、多分、夢であるこの船に迷い込んだ誰かが、そこに立っている。

クロウ > 見回せど、船上に人影はなく。
見回せど、海原の先に見えるは水平線ばかり。

やたらめったらと明るい月の光を頼りに目を凝らせど、目につくのは月光の強さにより深みを増した月影だらけの船上でしかない。
誰もいない。
気配もない。
無人の帆船。
そこそこの規模の帆船だ。
無人で動く事など有り得ない。十分な数の船員がいなければ、運用は不可能だろう。

しかしやはり、人影はない。

見回しても見回しても、見えるものは同じだ。
一歩踏み出そうと、一歩踏み下がろうと、それはかわらない。
ただ静かな船上に、足音が小さく響くだけ。

見上げれば、見えるのは月天。
そして、月光を浴びてはためく、一つの旗。
そしてそれは、目を凝らさずともハッキリと見える。
はっきりと、わかる。

海賊旗だ。

無人の帆船が掲げるその旗は、真っ黒に染め抜かれたその中央に白い髑髏をあしらった海賊旗。
風も感じぬ洋上に、しかしその旗は不思議とはためいて、月光を浴びながらはっきりとその姿を晒している。

クロウ > 夢というには、それは偉く明瞭で生々しい夢だ。
波の音、船のきしむ音、月光、月影、潮の薫り。
全てが、まるで現実のようにはっきりと感じ取れる。

しかし、現実というには、それは偉く不条理で整合性のとれない現実であるのだ。

であればこそ、それは夢なのだろう。

月夜、洋上に浮かぶ無人の帆船。
その上に、たった一人たたずむのはどんな気持ちだろう。
それは傍からそれを見るだけの者に、伺い知れるものではない。

不安か、混乱か、疑問か、或いは恐怖か。

波に船が揺れる度、ギィ、ギィと船が軋む音がする。

或いは人によっては、それは浮世を忘れていっそ寛げるような環境ではない事もないのかも知れない。
だが、それでもこの場所が迷い込んだ物に安らぎや癒しを与える事は恐らくないだろう。
無人。
そう、無人。
無人である、筈なのだ。
であるのに、感じる。感じるのだ。

視線を。

マストの影から、或いは船室に続く扉の覗き窓から、或いは背中の真後ろから。

どこからかは分からない。
しかし、確かに感じる。
迷い込んだ者を見つめる、視線を。
無論、そちらに視線を巡らせ、目を凝らしてみても、誰もいやしない。
直接足を運んだところでそれは同じ。
誰もいない。
何もいない。

しかし、それでも、それはその誰かを見ている。

確かに見ている。

見ている。

今も、見ている。

クロウ > 潮の薫りが、やけに鼻についた。
影から、闇から、視線を感じる。
聞こえる、波の音。
足場は波に合わせて揺れて、視界はただ月光と月影にのみ彩られる。

それはやはり、夢としか言いようのない現実で、だからそれは夢なのだ。

ギィギィと、船が揺れる度に船体の軋む音は響く。
視線は、複数あるようにも感じられるし、たった一つのようにも感じられる。
見ているのは、一体何なのか。
月と船と海と闇と、そして見られている誰かしか、そこにはないのだ。
であるから、見ているのは、月か船か海か闇か……或いは夢を見ている自分が自分を見下ろしているのかも知れない。

「―――こんばんは。」

そしてそれは突然に聞こえた。
波音ではなく、船が軋む音でもなく。
ヒトの声が突如響いた。
夢を見る誰かの、後から。
背中の方向から、聞こえた。
それも、驚くほどに近くから。
まるで耳元で囁かれでもしたかのように、近くから。

ある筈のない、声が聞こえた。

ご案内:「月夜の海」からクロウさんが去りました。
ご案内:「月夜の海」にクロウさんが現れました。
クロウ > その瞬間、誰かは目を覚ました。

目覚めた場所は、その誰かの日常。
正気なる現実だ。
その現状が、その誰かに先ほどまでの体験が夢であった事を確認させる事だろう。

そうして誰かは、己の正気なる現実への帰還を遂げる。

「―――またの乗船をお待ちしている。」

ふと、その誰かの背後でそんな声がした気がした。
当然、振り返っても誰がいる筈もなく。

そして今度こそ、その誰かは己の正気なる日常への帰還を果たした。


少なくとも、今回に限っては。
少なくとも、その誰かに限っては。

ご案内:「月夜の海」からクロウさんが去りました。